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若将軍は旅がしたい!  作者: 高嶺の悪魔
第四章 エルフの森

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黒い剣士 4

 おいおい。

 布の下から現れたその顔に、思わずそんな感想が漏れた。

 まるで彫像のように均整の取れた中性的な面立ちだ。涼し気な目元が特徴的なその顔は何と評するべきか。美青年、美丈夫と、顔の整った男性を讃える言葉は数あれど、この男の顔面をもっとも適切に表現する言葉を敢えて選ぶとすれば、美貌、だろうか。

 もっとも。女性でも羨むようなその顔に浮かんでいるのは、獣染みた凄惨な笑みなのだが。先ほど殴った時に切れたのだろう。薄い唇に滲む血の赤が、やけに艶めかしく感じる。

 いや、男の顔を見て何考えてんだ俺は。


 だが、この男の見た目に関する本当の驚きはその後にやってきた。

 お互いに少し距離を取ったところで、男は顔の横でひらひらとしている布を邪魔そうに投げ捨てた。そのせいで、隠れていた頭髪が露わになる。

 それを目にした群衆が、俺の銀髪を見た時以上にどよめいた。

 無理もないだろう。

 無造作に刈りこまれた男の黒髪は、前髪の左右一房ずつが異なる色に染まっていた。右の目尻にかかる一房は新雪のような純白に。左の一房は光沢のある紫に。

 奇抜な髪色はラキアで見慣れているつもりだったが、これには俺も驚いた。同時に、この男の頑丈さや、その体格からは想像もつかない威力の攻撃を繰り出していたことに納得がいった。

 それでも、こんな風に妖精人の血が発現しているのは珍しい。

 と、彼を見た群衆の一部が、にわかに騒ぎ出した。


「〈黒鴉レイブン〉だ」


 誰かがそう口にしたのが聞こえた。

 黒鴉レイブン? この男のことだろうか。

 まさか、本名というわけでは無いだろうが。

 などと考えている暇もなく、男は斬りかかってくる。

 顔を覆っていた布が外れたからか、先ほどよりも動きが良い。まあ、それはこちらも同じなのだが。


「どうした、どうして反撃してこない!」


 剣を右手、左手と持ち替えつつ攻撃を防いでばかりの俺に、男が焦れたように舌打ちを漏らす。


「うるせえ」


 舌打ちしたいのはこっちだと言い返す。

 このまま防戦一方というわけにもいかないことくらい俺だって分かっている。しかし、これほどの使い手、それも妖精人の力を継ぐ人間相手に、指輪なしでは正直きつい。

 どうにかコイツに剣を収めてもらう手はないものか。そんなことを考えながら、周囲に目を走らせる。

 観戦客たちは呆れたような顔で俺たちの剣戟を眺めていた。その中に混じって、ラキアが何かを祈るように両手を握り合わせている。頼みの小男も茫然と立ちすくんでいるだけで、とてもこの男を止めてくれそうにはない。

 その上、事情を知らない通行人たちが腕比べの決闘をしていると勘違いしたのか。観戦者の数がどんどん増えてゆく。

 危ないから離れていて欲しいのだが。

 それに、これ以上目立つのは嫌だなあ。

 今さらかもしれないが、そう思わずにはいられない。


「どうして攻撃してこない!?」


 そして、そんな俺の気持ちなんて微塵も気にかけてくれないヤツが一人。

 せめて指輪を使えれば、力任せに押しきることもできるだろうが。しかし、コイツだって一応は人間だ。出来ることなら傷つけたくはない。甘いと思われるかもしれないが、そう考えていたのだ。

 だが。男の一言で気が変わった。

 ええい、くそ。もうここまで目立ったのだ。これ以上目立ったからといって、どうなるというわけでもないだろう。

 これが終わったらすぐに街を出ればいい。森に入ってしまえば、誰も追ってこないだろうし。ああ、くそ。それにしてもまだ巡ってない屋台がたくさんあるのに。どうしていつもこうなってしまうんだろうか。俺はただ、のんびりと旅がしたいだけなのに。

 そんな苛立ちを叩きつけるように、首を刈り取りにきた男の剣を弾く。


「ようやくその気になったか」


 これまでの防御とは少し違う。斬り返すような太刀筋に、黒づくめの男が楽しそうに笑った。


「いや、もう十分だ。終わりにしよう」


 決心を固めた俺は剣を両手で構えると、無駄と分かりつつ男にそう言った。


「何を言ってる。まだまだこれからだろう」


 応じて、男も剣を構えた。


「剣を収める気はないか」


 重ねて尋ねるも、返答はない。男は片手で持った剣をゆらりと揺らすと、一気に踏み込んできた。


「そうかい」


 小さく嘆息を漏らしながら、それを迎え撃つ。

 これまでの打ち合いで、男の癖は概ね把握している。急所ばかりを狙ってくるのだ。

 予想通り、男はまず俺の喉元へ切りつけてきた。それを弾くと、今度は一度剣を引いて心臓へ一突き。分かりやすすぎる。剣を使うまでもない。身体を捻って、その一撃を躱した。男は素早く身体を翻すと、今度は剣を振り上げた。

 ここだ。

 眉間めがけて振り下ろされる斬撃を、下から掬い上げるように剣を構え。俺はこの戦いが始まってから初めての攻撃に転じた。

 高速で振り下ろされる男の剣に、精霊鋼の刃を打ち合わせる。

 それまでとは違う、キィン、という甲高い音が周囲に響いた。


 男は剣を振り抜いた姿勢のまま固まっている。

 何が起きたのか分からないといった顔で、手にしている剣を見つめていた。いや、もうそれは剣とは呼べまい。柄だけを残して、刀身がすっぱりとなくなっているのだから。

 すぐ近くから、とす、という音が聞こえた。

 消えた男の剣の刀身が、地面に突き刺さった音だ。

 男がそちらを見て、それから茫然とした目を俺に向けた。

 まあ、そりゃ驚くだろう。剣を剣で斬るなんていう離れ業をやってのけられたのだから。

 もっとも。種明かしをすれば、鋼でもないただの鉄の剣と精霊鋼の剣では強度も切れ味も比べ物にならない。巧く合わせてやれば、鉄の刀身を切るのはそれほど難しい事じゃない。


「お前の負けだな」


 構えを解きつつ、男にそう告げた。


「そうだな」


 男は随分と素直に己の敗北を受け入れた。それから柄だけになってしまった剣を放り捨てると、俺の前で両膝を突く。


「俺の負けだ。殺せ」


 男は何処か晴れやかな顔で、胸を張りながら言った。


「嫌だね」


 俺は答えた。そして、剣の柄を振り上げる。

 どこまでも実戦を想定して鍛え上げられた精霊鋼の剣の柄頭はごつごつとした鉄球のような形をしている。敵を殴り殺すためのものだ。そんなもので人間の頭を殴れば普通は死ぬが、コイツなら大丈夫だろうという妙な信頼があった。

 怪訝そうな顔で俺を見上げてくる男の眉間めがけて、柄頭を思いきり叩きつけた。

 どさりと音をたてて、今度こそ男が地面に沈み込む。ようやく、気を失ったようだ。

 剣を鞘に収めて一息つくと、一拍遅れて、周囲から爆発のような歓声が上がった。



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