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若将軍は旅がしたい!  作者: 高嶺の悪魔
第四章 エルフの森

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黒い剣士 3

「ふぅ」


 間一髪。男が巨漢に振り下ろした剣を精霊鋼の刃で受け止めた俺は、ほっと息を吐いた。

 思ったよりも重い一撃だった。本気で殺す気だったな、これは。


「……なんだ、アンタ」


 突然割り込んだ俺に、剣を打ち合わせたまま黒づくめの男が醒めた声を出した。


「なんだ、じゃないだろ。もう決着はついた。お前の勝ちだ」


 打ち合わせていた剣を払いながら言い返す。

 さて、思わず飛び出してしまったが。これからどうしよう。

 そう思って周りを見回す。審判役の小男も観客たちも、呆気に取られた顔で俺たちを眺めていた。その視線がなんとも居心地悪い。


「邪魔をするな。その男はまだ生きている」


 そうした衆目を集めていることなど気にした風もなく男が言った。

 俺の肩越しに気絶している巨漢を見下ろす瞳は何処までも冷たい。


「なんのつもりか知らないが、これは腕比べの決闘だ。殺し合いじゃない」


 念のため、男に対して剣を構えつつ答える。


「死合いの最中に手出しは無用だ」


 だが、相手はこちらの話を聞いているのか、いないのか。

 そんな返答とともに、ようやく男が俺に目を向けた。

 なんて空虚な瞳だろうか。そこだけぽっかりと穴が空いているようだ。まるで感情が読めない。分かるのはただ一つ、この男が巨漢を殺そうとしているということだけだ。


「そこを退け」


 退かなければ俺ごと斬ると言わんばかりの殺気を静かに放ちながら男が言う。

 だが、退くわけにはいかない。

 流石に、目の前で殺人が行われるのを見過ごせない。


「そんなに殺し合いがしたけりゃ、他所に行け。そこらへんで化け物でも殺してればいいだろ」


 思わず口調を荒げながら、俺は広場に置かれた木机の上に積まれている銅貨を指さした。


「ともかく、勝負は終わりだ。賞金貰って、さっさと何処かへ行け」


 そう言い放って、剣先を男に突きつける。それに、どうあっても俺が退くとは無いと悟ったのか。男はつまらなそうに目を細めると、剣をだらりと下げて数歩、後ずさった。

 これで退いてくれるかと思ったその瞬間、男の姿がぶれた。


「っ!?」


 喉元めがけて突き出された男の剣先を、反射的に構えた剣で弾く。再び、金属同士がぶつかり、擦れる音が辺りに響いた。

 その一撃を防いだ俺を見て、黒い布からわずかに覗く男の目が見開かれた。

 驚いているらしい。よほど、今の技に自信があったのか。

 確かに狙いは正確だし、それまでただ突っ立っていただけの姿勢から繰り出されたとは思えない速度と鋭さを持った斬撃ではあるが。こちとら、奇襲に対する動きは骨の髄まで染みついているのだ。

 故郷での辛く、厳しい修行の日々を思い出す。

 中でも特にきつかったのは、一族中の剣士が出会い頭に突然斬りかかってくるのをひたすら防ぐだけという修行だった。何時如何なる時でも、突然の襲撃に対処する動きを身に着けるためとはいえ、昼夜問わず、寝ている時でさえお構いなしに襲撃されては気の休まる暇もなかった。

 それも後半になって俺が慣れてくると、やあやあと挨拶を交わして別れた直後に背後から斬りかかってくるだとか。時には二人以上が連携して、片方が俺の気を引いている間にもう一人が死角から斬り込んでくるだとか。襲撃方法にも技巧を凝らしだして、難易度はどんどん上がっていった。

 この修行法、祖父さんとアルドが考えたものらしいが、俺の他に同じ修行をしているヤツを見たことが無い。今ではただ単に俺のことをいびりたかっただけなんじゃないかという気さえする。襲ってくる連中もやけにノリノリだったし。

 だが、成果は確かにあった。あの日々のおかげで、今のような突然の攻撃にも身体が自動的に反応するようになったからだ。

 それに、コイツの剣はアルドに比べればまだまだ甘い。


 剣を弾いた体勢のまま、しばらく睨み合っていると、ふいに男が剣を下げた。

 こちらに背を向けて、数歩、距離を取る。そのまま退いてくれという俺の願いも虚しく、そこで振り返った男は胸の前で剣をまっすぐ立てた。


「一手、死合いてもらいたい」


 そう言って小さく一礼した男に、思わず肩の力が抜けた。

 既に一度、斬り結んでおいて何を今さら。やはり変なところで律義な奴だ。

 だが、俺の答えは決まっている。


「お断りする」


 きっぱりとそう口に出してみたが、無駄だった。

 たぶんコイツ、人の話なんて聞く奴じゃないだろうなとは予想していたが。答えた次の瞬間には、もう斬りかかってきた。

 左胸を狙った、やや突き気味の一撃を捌いて、そこからはなし崩し的に斬り合いとなってしまった。


 すでに分かっていたことだが。この黒い剣士は人並み外れた技量の持ち主だった。

 恐るべき速度で振るわれる剣は重く、鋭い。その上、やたらと正確に急所を狙ってくる。一撃でも防ぎ損ねれば、それで終わってしまうだろう。

 だが、数合打ち合ってみて分かったことだが、どうやらこの黒い剣士、正規の剣法を修めたわけでは無いらしい。一撃、一撃は鋭くとも、技の連携はぎこちない。太刀筋も滅茶苦茶苦で、まるで素人だ。それに防御が甘い。というよりも、男の戦い方は身の守りなどまるで念頭にないかのように攻撃一辺倒だ。

 もっとも、そうした技の稚拙さや防御の甘さも驚異の剣速で補ってしまい、なかなか反撃の機会を与えてくれない。これはもう努力とか修練で身に着くものじゃない。才能の世界にある剣だ。

 この男は間違いなく、天才的な剣士の才能をもって生まれてきた。もしもまともに剣術を学べば、恐るべき使い手になるだろう。

 くそ。その才能を、もっと世のため人のために活かそうとは思わないのか。


 次々に繰り出される斬撃を弾き、逸らし、受け止める。街中に剣戟の音を響かせながら、さてどうしたものかと考える。

 驚くべきことに、打ち合うたびに男の剣は速度と精度を増している。

 これはちょっと、本気で気が抜けない。それにこのまま防戦一方では埒が明かない。

 そう思って、男の剣を弾くと同時に踏み込んだ。右の拳で男の顎を打ち上げる。指輪による肉体強化が無いとはいえ、割と本気で殴ったのだが。男は一瞬よろけただけで、その後は何事も無かったかのように攻撃を再開させた。

 頑丈なヤツだ。これは思った以上に厄介な相手かもしれない。

 その後、数合。男の攻撃を捌いて殴るを繰り返していると、ははは、という笑い声が耳に届いた。楽しくて楽しくて堪らないといった調子の笑い声だ。

 どうやら、目の前の男が発しているものらしい。


「アンタ、強いな」


 ますます攻撃を激しくしながら、男が笑う。

 突き、薙ぎ払い。切り下ろし、切り上げ。まるで四方八方から同時に斬りかかられているのかと錯覚するほどの速度で繰り出される攻撃を俺が捌くたびに、くくくと男の喉が低く震える。


「楽しい! こんなに楽しい死合いは久しぶりだ!」


「そうかい、そりゃよかったな」


 嬉々とした快哉を上げる男に、皮肉交じりに応じてみるが気にした様子はない。


「アンタが相手なら、楽しく死ねそうだ」


「なんだ、死にたがりか? 悪いが、俺はお前を殺すつもりはないぞ」


「なら、アンタが死ぬぞ」


 攻撃を捌きつつ答えた俺に、男が不意に低い声を出した。

 それと同時に、目の前へ男の剣先が迫る。


「……っと、」


 のけ反るようにして、それを躱す。が、完全には避けきれず、切先がわずかにフードの端を切り裂いた。額から皮一枚ほどのところを、男の剣が風圧を纏って通り抜ける。それに煽られて、被っていたフードが捲れ上がった。

 露わになった銀髪を見て、周囲の観客たちがどよめくのが聞こえた。

 だが、気にしている暇はない。

 二、三歩ほど後退すると、男がこれまでよりも大きく踏み込んできた。眉間めがけて突き出される剣を、身体を捻って躱す。そのまま背を低くして男の左側へと入り込んだ。身体を半回転させつつ、地面を踏みつけて勢いをました拳を男の顔面へ叩きこむ。

 男の身体がぐらりと揺れた。だが、倒れはしない。それも予想済みだ。

 顔面を殴られた衝撃から男が立ち直るより先に、その腹をブーツの靴底で思いきり蹴りつけた。男の痩身が吹っ飛ぶように、後ろへ転がる。だが、相手も大したもので、着地と同時にもう体勢を立て直していた。

 今回は手を抜いたつもりはないのだが。やはり人間相手になると無意識に力を押さえてしまうのだろうか。

 そんなことを考えていると、激しい動きについて来られなくなったのだろうか。男の顔を覆っていた黒い布が、はらりと外れた。



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