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若将軍は旅がしたい!  作者: 高嶺の悪魔
第四章 エルフの森

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黒い剣士 2

 それは全身を黒一色で包んだ、痩身の人物だった。

 上着からズボンからブーツまで、まるで黒炭で塗りつぶしたかのように何もかもが黒い。何故か頭と顔まで黒い布で覆っているため顔は見えないが、体格から辛うじて男であることが分かった。わずかに隙間の空いた目元から覗く瞳は、まるで白刃の切先のように鋭い。

 腰には細身の片手剣を吊っていた。


「な、なんだい、兄さん、挑戦するのかい?」


 一種、異様な雰囲気の男の登場に、小男が気圧されたように尋ねた。それに黒づくめの剣士は黙ったまま銅貨を二枚取り出すと、彼に向けて投げつけた。

 投げられた銅貨を慌てて空中で掴んだ小男は、どうしたものかといった様子で巨漢に目配せする。それに巨漢は自信満々といった顔で頷きを返すと、人の輪の中心に進み出た。


「挑戦するってんなら受けるが、俺に勝つ見込みはあんのかい、お嬢ちゃん?」


 からかうような口調で、巨漢が黒づくめの剣士に言った。お嬢ちゃんと呼びかけたのは、男の華奢な体躯を揶揄したのだろう。それにもやはり、黒づくめの剣士は答えない。

 反応がない男に、巨漢は詰まらなそうに鼻を鳴らしてから小男に頷きかけた。


「そ、そいじゃあ、両者見合って……」


 小男の合図で、巨漢と黒づくめの剣士が向き合った。

 こうしてみると、確かに両者の体格差は歴然だ。かたや筋骨隆々の大男。それと向かい合う黒づくめの剣士は傍目から見ても痩せすぎで、まるで枯れ木のようだ。とてもではないが、巨大な棍棒を軽々と振り回す巨漢と打ち合えるとは思えない。吹けば飛んでしまいそうだ。

 だが、これは。


「どうなるかな?」


 小声でラキアにそう訊かれた。その声には、わずかに心配するような響きがある。

 そりゃまあ。あの二人の対格差を見れば、黒い剣士の方を心配するのも仕方ないかもしれないが。


「勝負にならないな、ありゃ」


 向き合ったまま試合開始の宣言を待つ二人を眺めながら、俺は指についていた具材パンのソースをぺろりと舐めた。


「そうよねぇ」


 どこか納得したようなラキアの声。どうやら、俺の言葉を誤解したらしい。

 まあ、いいか。黙ってたほうが驚くだろうし。

 そう思って、俺も視線を前へ戻す。

 人々が注目する中、黒づくめの男が腰の剣をすらりと抜いた。見た限り、ただの鉄の剣だ。よほど使い込んでいるのか。刀身には刃毀れが目立つ。

 それを受けて、巨漢も棍棒を構えた。といっても、それは構えというより、棍棒を両手で握っただけといった方が正しい。


「いざ尋常に、始めっ!!」


 両者が武器を構えたのを見て、小男が試合開始を宣言した。

 だが、どちらも動かない。そもそも巨漢はこれまで、必ず先手を挑戦者に譲ってきた。

 どんな手にも応じてみせるという自身の表れなのか。それとも単に、相手を見くびっているだけなのかは分からないが。今も、丸太のような棍棒を正面に構えたまま、じっと相手の出方を窺っている。

 対する黒づくめの剣士はというと、剣を持った右手をだらりと下げたまま、悠然とした態度で佇んでいる。顔を覆う布の隙間からわずかに覗く目元は眠たげに細められていて、何処を見ているのか分からない。

 と、突然。黒づくめの剣士が、剣を胸の前まで持ち上げた。


「一手、死合いてもらいたい」


 くぐもった声とともに剣先をまっすぐ上に立てて、彼は軽く腰を折った。

 その行動に巨漢がきょとんとした顔になる。何を今さらと思っているのだろう。

 俺も思わず苦笑してしまった。あの黒い剣士は、改めて巨漢に決闘を申し込んだのだ。

 正式な作法とは少し違うが、なんとも律義な奴である。

 そう思っていると、男が再び剣をだらりと下げた。そして、次の瞬間。

 それまでただ突っ立っていただけの男が握っていた剣が、恐るべき速度で閃いた。巨漢の構えていた棍棒が弾けるようにして砕け、その巨体ごと吹き飛ばす。


「えっ」


 ラキアが驚愕の声を漏らしつつ見つめる先では、観客たちが飛んでくる巨漢を避けるために慌てて横へ飛びのいている。割れた人垣の間を、盛大に土埃を立てながら巨漢の身体がごろごろと転がって行き、その先にあった宿屋の壁に勢いよく激突した。

 そのまま、巨漢は宿の壁に寄りかかる姿勢でぐったりと項垂れている。たぶん、気を失っているのだろう。


「な? 勝負にならなかっただろ?」


 他の観客同様、呆気に取られているラキアへ奇術の種明かしをするような気分で笑いかける。


「どういう事?」


 彼女はまだ理解が追いつかないようだ。


「あの黒い剣士。相当の腕前だ。たぶん、達人級の」


 そんな彼女に、俺は簡単に解説した。

 まず、所作が違った。足運びは影のように静かで、剣を抜く動作はまるで流水のように洗練されていた。一見、隙だらけに突っ立っていたように見えるが、あれは視界全体をぼんやりとこれは修練を積んだだけでは身につかない。実戦で練り上げられた動きだろう。

 戦い慣れているという点ではあの巨漢も悪くはないが、格が違うというか。

 とはいえ、今の斬撃は凄まじかった。

 ほとんど予備動作もなしに、あれだけの剣速と、あの巨漢を吹き飛ばすほどの重さがある斬撃を放つというのは並大抵の技ではない。もしも、あの男が使っていた剣がもっとまともなものだったら。今頃、あの巨漢は棍棒ごと真っ二つになっていただろう。

 決闘用にわざわざ刃を潰したものを使っているのか。いずれにしろ、何処かで名の通った剣士に違いない。となれば、顔を隠している理由もなんとなく察せられる。

 などと、説明を終えたところで。


「ふぅん……ルシオとどっちが強い?」


「ん? いや、それは……」


 ラキアからの唐突な質問に、どう答えたものかと言葉に詰まる。と、そこへ。


「しょ、勝負あり! 挑戦者の勝ち!」


 まさかの事態に茫然としていた小男が、我を取りもどしたように黒い剣士の勝利を叫んだ。途端、水を打ったように静まり返っていた観客たちが快哉を上げる。

 よくやった、すげえぞ、あの野郎ざまあみやがれ等々。巨漢を揶揄し、黒づくめの彼に好意的な野次が飛び交う。

 その中で、黒づくめの男は試合開始前と変わらず悠然と佇んでいた。表情は見えないものの、その態度は勝利を喜んでいるわけでも、己の技量を誇っているわけでもないようだ。黒い布の隙間から覗く瞳には、何処か失望したような光がある。

 気になってしばらく見ていると、男がゆっくりと踏み出した。音も立てずに歩いて行く先には、宿の軒下で伸びている巨漢がいる。その手には、抜身の剣が握られたままだ。

 何か、嫌な予感がする。


「兄さん?」


 何やら様子のおかしい彼に気付いた小男が声をかけた。しかし、黒づくめの剣士はそれを無視してぐったりと伸びている巨漢の前に立つと、右手の剣をゆらりと持ち上げた。


「ちょ、ちょいと待ちな、兄さん! 何してんだい!?」


 それを見た小男が、慌てて二人へ駆け寄る。観客たちもようやく事態に気付いたらしい。

 再び、人々の視線が集まったその先で、男は気絶している巨漢へ剣を振り上げた。


「おい! 何しようってんだ、兄さん! 勝負はもう着いた! アンタの勝ちだ! 武器を納めてくれ!!」


 小男が絶叫するも、男は聞かなかった。壁に寄りかかる形で伸びている巨漢の禿げ上がった頭頂部めがけて、男の剣が奔る。

 観客の中から、きゃあっという悲鳴が上がった。


「ルシオっ!」


 ラキアが鋭く俺を呼ぶ声が聞こえた。

 その直後。ガィンッ、という金属同士がぶつかり合う音が、周囲に響いた。


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