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若将軍は旅がしたい!  作者: 高嶺の悪魔
第四章 エルフの森

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黒い剣士 1

 街の宿屋の前にあるちょっとした広場に、人々が輪になって集まっている。

 彼らの視線の先には、武器を手にして向き合う二人の男がいた。

 一人は筋肉太りした肉体を無理やり皮鎧の中に押し込んでいるような禿頭の巨漢だ。

 筋肉と血管が隆起する腕は丸太のように太い。大木をそのまま削り出したらしい大きな棍棒を肩に担ぐようにして持っている。

 対するもう一人は、如何にも旅人といった出で立ちの男。動きやすそうな服装に革の胸当てを着けている。身体はそれなりに鍛えてはいるのだろうが、それでも目の前の巨漢と比べればどうしても頼りなくみえてしまう。

 獲物は片手剣だった。片刃のそれを、胸のやや下あたりでまっすぐに構えている。


「では、いざ尋常に……始めっ!」


 両者の間に立っていた、商人風の身なりをした小男が威勢よく叫んだ。

 それを受けて先に動いたのは、片手剣の男だ。

 体格で劣る巨漢相手に、速度で勝ろうという考えなのだろう。巨漢の懐めがけて、まっすぐに踏み込む。だが、それを巨漢の振るう棍棒が阻んだ。

 ぶぉんと風を切って振り抜かれる棍棒に、男がたたらを踏む。その隙を見逃さず、巨漢は素早く棍棒を引き戻すと、その先端で男の腹を突いた。うっ、と息の詰まるような呻き声とともに、男の身体が後方へ吹き飛ぶ。周りで観戦していた人々が、飛んでくる彼を避けるために場所を空けた。男はそこへ背中から滑り込むように倒れ込んだ。

 男は仰向けに倒れたまま動かない。どうやら、気を失っているようだ。そこへ、先ほどの小男が近づいていった。


「勝負あり! またまたダイツの旦那の勝ちだ!」


 倒れている男の顔を覗き込んだ小男が巨漢の勝利を告げると、観衆たちからおおっという歓声とまばらな拍手が上がる。


「またアイツの勝ちか。強えなあ、あのハゲ」

「これで二十連勝か」

「しかも、今日だけでな。昨日、一昨日も負けなしだぜ。そろそろ百連勝くらいしてんじゃねぇか?」

「かっ、詰まらねえなあ。もうちっと、骨のある挑戦者はいねえのかよ」

「だったら手前がやったらどうだ?」


「さあさあ! 次の挑戦者は誰だい? 参加費は銅貨二枚! こちらの旦那に勝てりゃあ、賞金はこれまで集まった銅貨百枚が総取りだ!!」


 銘々、好き勝手なことを言い合っている人々へ、小男が威勢の良く呼びかける。それを受けて、新たな挑戦者が気合いたっぷりといった様子で人々の中から進み出た。


 こうした決闘風景は、ローセオンではよく見ることができる。

 決闘といっても、もちろん本気で殺し合うわけじゃない。軍の訓練でいうところの模擬試合、要するに腕試しのようなものだ。

 武芸の盛んなこの国ならではというべきか。アンヌ―レシアでもたまに、領主や街の行政府が武術大会を開くことはあるが、あれはどちらかといえば兵の採用試験としての意味合いが強い。

 もちろん、そうした大会はローセオンでも行われているが、この決闘はどちらかといえば個人同士で行う一種の賭け事のようなもので、対戦者は互いに金を出し合って手合わせし、勝った方がその金を総取りできる。武で身を立てようとしている者にとっては、腕試しと実益を兼ねた武者修行の一環というわけだ。

 また、こうした決闘はローセオン国民にとって一般的な娯楽としても親しまれており、興行として行われていることも多い。

 その場合、大抵は商人などが元締めとなって、腕に覚えのある傭兵や流れ騎士などを雇って挑戦者を募る。挑戦者は参加費を支払って元締めが用意した対戦相手と戦い、勝てばそれまで集まっていた金を賞金として総取りできる、とここまでは普通の決闘と同じだ。もちろん、この場合は賞金から元締めの取り分が差っ引かれはするが。


 今、俺たちの前で行われている決闘は恐らく、後者だ。たぶん、あの審判役の小男が元締めで、巨漢は雇われた傭兵か何かなのだろう。わざわざ宿屋の前にある広場で行っているということは、この店の宣伝も兼ねているのかもしれない。


「ね、ね。ルシオもやってみれば?」


 また一人。新たな挑戦者が巨漢の振るう棍棒で打ち据えられて昏倒したところで、隣にいたラキアから服の裾を引っ張られた。


「目立つのは嫌だな」


 苦笑しつつ、期待に満ちた彼女の眼差しを受け流すように答える。するとラキアはそっかぁと残念そうに肩を落としていた。

 そんなに俺に戦ってほしかったんだろうか。確かにまあ、殺し合うわけでもない純粋な腕比べというのは嫌いじゃないが。何もこんな人前でやらなくても良い。

 それに、こういうのは見ている方が楽しいのだ。

 また新たに進み出た

 新たに進み出た挑戦者の健闘を期待しつつ、俺は先ほど屋台で買ってきた包みを開いた。


 大きなキサの葉で包まれているのは、肉と葉野菜を薄く焼いたパンで挟んだものだ。

 粗く挽いた小麦を練って焼かれたパンにはところどころ麦の茶色い粒が残っており、白パンよりも小麦の香りが強い。挟まれているのは塊から薄く削ぎだした肉と、千切りにした玉菜だ。その上から、強い香辛料の匂いがする茶色いソースがかけられている。

 さっそく一口齧ってみた。肉に絡まったソースの強い味が、素朴な風味のパンとよく合う。千切りの玉菜もいい仕事をしていた。ソースの少し濃すぎる味をほどよく中和しているし、何よりもシャキシャキとした新鮮な食感が嬉しい。旅をしていると、どうしても新鮮な野菜を食べる機会が少ないのだ。

 決闘を観戦しながら具材パンを頬張っていてふと思ったが、ローセオンは何というか。こうした片手でも簡単に食べられる料理が多い気がする。恐らく、戦闘を生業とする騎士の国だからだろう。いつ事が起こるか分からない中で、手早く食事を摂れるように工夫されてきた名残なのかもしれない。

 ま、何はともあれこれは旨い。似たようなものを売っている屋台が他にもあったし、今度は違う具材を試してみよう。

 そう思いながら、最後の一欠けを口に放り込む。その間に、試合の決着がついていた。

 また巨漢の勝ちだ。隣でラキアが、あーあと残念そうな声を漏らすのが聞こえた。どうやら、試合観戦にすっかりはまってしまったようだ。

 そんなラキアへ盗み見るような視線を送りつつ、俺はここまでの道中を思い出していた。


 ここはローセオンの東境にある街だ。

 中央大連峰の雄大な山々の麓に広がる、今回の旅の目的地。エルフの住まうロスリンの森まであと少しの場所にある。俺たちは森に入る前の最後の補給と休息のため、この街に立ち寄っていた。

 あのオークに襲われた村での一件以来、ラキアはしばらく落ち込んでいた。

 良く眠れないらしく、夜になると時々ぼうっとした目で焚火を見つめていることが多くなり心配していたのだが。

 そんな彼女が立ち直ったきっかけは、たまたま立ち寄った村が化け物の被害に悩まされているという話を聞いた時だった。化け物に襲われた村がどうなるかを見てしまったからだろう。もちろん、俺も見過ごすつもりは無かったが。放っておけないという彼女の希望を叶える形で、俺は村近くの森に棲みついていた小規模なゴブリンの群れを退治した。当然、彼女は村に残していったが、森から戻ってきた俺が安全は確保したと伝えた時、随分とほっとした様子だった。

 それ以来、化け物被害の話を聞くたびに同じ調子だ。

 どうやらラキアはその一件以来、エルフに会うという目的は建前で、本当は化け物の恐怖に怯える人々を救うために俺が旅をしているのだと勘違いしたようだ。

 まあ、実際、これまで隠れてやってきたことと何も変わらないのだが。むしろ、こそこそしなくて良い分、気が楽ではある。それに交易所で討伐証明を換金するたびに言い訳せずに済むし。

 だが、行く先々で俺のことを宣伝しようとすることには困りものだった。彼女が何か言う前に止めてはいるが、どうにも化け物を退治した後、俺がそのことを誰にも教えずに立ち去ろうとするのも不満らしい。

 近頃じゃ、もっと英雄らしく振舞えばいいのにと、まるでリタのようなことまで言い出している。

 こっちは普通に旅を楽しみたいだけだというのに。


「おいおい、どうしたってんだい? まさか、このダイツの旦那に挑戦しようって気概のある勇者が、もうこの街にはいないってのかい!?」


 やれやれと小さく息を吐いたところで、小男のそんな声が聞こえた。

 どうやら、次の挑戦者がなかなか現れないらしい。煽るような文句を投げかけているが、群衆の反応は悪い。あの巨漢、ここ数日で百連勝ほどしているというし。見ていた限り、今日の試合もほとんど圧勝だった。それを見て挑む気が起こるほど、腕に自信のある者がもう残っていないのかもしれない。

 そんな時だった。一人の人物が、人混みを掻き分けるようにして進み出たのは。




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