閑話 残された人々 リタ・クレインバース
私の生家であるクレインバース家は魔導の大家などといわれているが、その実態はただ単に知識を伝えるだけの古い家柄に過ぎない。
そも。魔術とは世界に満ちる不可視の力を感じ取り、操る妖精の術だ。人間がその力を行使するためには、人ならざる者、即ち妖精人の血を継いでいる必要がある。
当然、我がクレインバース家も家祖である大魔導士から妖精人の血を受け継ぐ一族ではある。だが、世代を経るごとにその血も徐々に薄まってしまい、私が産まれる以前に魔力を繰ることが出来たのは曾祖父が最後だった。
そのため、クレインバース家当主が代々就いてきた宮廷魔術師という地位も、父の頃にはすっかり名ばかりのものに成り果てていた。かつては王への助言役として重用されていたというが、現在ではただ単に古くて不思議な話を研究しているだけの学者だと見做されており、宮廷内には廃止を囁く声も多かったという。
そんなことになれば、クレインバース家の存続が危ぶまれる。
そうした中で、妖精人の血がわずかながらに発現した私は産まれながらに御家再興を期待されていた。
だが。妖精人の血が私に与えたのは魔力を感じ取る感覚と、只人には見えぬ“何か”を見ることができる瞳だけだった。そんなわずかな恩恵だけで、どうやって家を再興させろというのか。
ただ悪戯に過ぎてゆく日々の中、自身の能力の限界と、父と祖父の期待に板挟みになりながら、御家再興の道を模索して焦るばかりだった、そんな時だ。
私が、ルシオ・アルバインと出会ったのは。
初めて彼の姿を見たのは、王都が魔獣の群れに襲撃された日のことだ。
獣と呼ばれてはいるが、魔獣とは自然の生態系に存在するはずのない生物のことをいう。
首が二つある狼や、目玉がたくさんある巨大な蛙など。一目で生き物だと分かる姿形をしていればいい方で、中には複数の獣が混ざり合ったようなものや、ぶよぶよした肉塊から蹄のある足が無数に突き出しているものなど。およそ生き物とは呼べないような異形まで、その姿は千差万別だった。
なぜ、そんな生き物が産まれるのかはさておき。
警鐘が鳴り響く王都を、人々が安全な場所を求めて逃げ惑う中。彼はそんな怪物たちを次々と屠っていた。剣を握るその手には、目も眩むような魔力を放つ指輪が嵌っていた。
それを目にした時、私は怪物たちから逃げるのも忘れて、見惚れてしまった。
物品に魔力を籠めるのは、上古のエルフのみが扱えたという秘術だ。彼の指に嵌っているのは、間違いなく神代に作り出されたものだろう。
そんな貴重な品を惜しげもなく使う彼の姿に、私はクレインバース家再興の可能性を見出した。
つまり。どうにかして、その指輪を手に入れることができはしないか。そう考えたのだ。
あれほどの魔法の品。持っているだけでも箔が付く。籠められている魔力を操ることができれば、どれほどの魔術を行使できることか。或いは、家祖である伝説的な大魔導士すらも凌ぐ力を得られるかもしれない。
それは、その時の私にとって耐えがたいほどの誘惑だった。
だから。私は彼に近づいた。怪物と戦いながら、どうにかして人々を避難させようとしている彼に協力したのは、そんな下心から出た行動だった。
けれど。隙あらば指輪を手に入れようとする考えは、彼と行動を共にするうちになくなってしまった。いや、その必要がなくなったともいえる。
理由は単純。彼があまりにも活躍し過ぎたからだ。
指示を出すべき貴族たちが権利争いをしているせいで動きの遅い騎士団とは違い、余所者であるが故の身軽さから国中を自由気ままに駆け巡ることのできた彼が救った街や村は片手では足りない。
そうして助け出された人々が彼に向ける感謝や称賛はやがて、行動を共にしていた私たちにまで及んだ。
いまや、私の名は貧しい農村の生まれからこの国の近衛騎士団長にまで上り詰めた“剛剣”ユースタス・レンベンドルフや、“鉄槍”マルクロメイン伯爵といった赫奕とした武功を挙げた英雄の一人として数えられている。巷では“灼眼の魔女”などという二つ名まで賜っているらしい。彼ほどではないが、身の丈を越えた英雄扱いには気後れしてしまう。
当然、それとともにクレインバース家の名声は高まった。戦後には王から直々に褒章を下賜されたのだ。我が家の存続は盤石たるものになったといえる。
それどころではない。父は現在、魔軍戦争中、西の隣国であるムトユルグ公国が抱えていた宮廷魔術師団が活躍したことを受け、新たに魔術研究機関として新設された王立魔導院の責任者を任されている。父は魔力を繰ることはできないが、魔術に関する知識はこの国で最も深い。国中から集められた魔術に適性のある者たちを教育するためにはこれ以上ない人物だろう。ムトユルグからも魔術師を講師として招くなどしており、今の所、その運用は上手くいっているようだ。地に落ちていた宮廷魔術師の地位は今や、国務卿と同等の扱いを受けるようにまでなった。
その何もかもが、ルシオ・アルバインのおかげであることは言うまでもない。
そのルシオ・アルバインが王都から姿を消して、半月が経った。
残されていた書置きを見るに、当分、ここへ戻ってくるつもりはないのだろう。
軍の主将が突如として出奔したことにより、王軍は混乱の極みに……は、無かった。
現在、失踪したルシオ・アルバイン将軍に代わって王軍を取りまとめているのは、彼に族長就任を伝えるため北からやってきた三人の使者の一人である、アルド様だ。
何故、そんなことになったかといえば。
彼が失踪した翌日。流石に、軍主将が姿を消したことを王に報告しないわけにもいかず、私はアルド様を連れて王宮へ上がった。事の次第を説明するためには、彼らがいた方が良いと思ったのだが、他の二人は彼から命じられた任務のため、既に王都を発っていた。
私たちの前で彼の書置きを読んだセルゲイン王は大笑いしていた。軍主将が失踪という大事件にも関わらず、その態度には困惑も焦りも全く無かった。どうやら、王も彼がいつまでも王都に留まるだろうなどとは考えていなかったようだ。
セルゲイン王は彼が北の一族の長に就任したと聞いた時も、それほど驚いた素振りを見せなかった。
王が何処までその事実を理解しているかは知らないが、彼と出会ってから北の一族について調べた私は知っている。北の一族の長という事は、かつて滅んだ北方王国王家の血を継いでいるということだ。つまり、伝説の英雄であり、北方王国初代国王であるエルダルシオンの直系。神代から続く、この大陸でもっとも高貴な血筋という事になる。
もしも、そのことを王が知っていたとなれば。事あるごとに王座を譲ろうとしていたのも、案外、まったくの冗談というわけでもなかったのかもしれない。そういえば、仮にも一国の王女である娘が、北の放浪人に想いを寄せていることに対して、王はただの一度も渋い顔をしたことが無かった。彼の血筋を知っていたとすれば、理由は説明がつく。何せ、相手は正真正銘の王族だったのだから。
もっとも、これは勝手な私の想像で王の真意は不明だが。
さて。その後に行われた、アルバイン将軍の後任は誰にするかという話し合いの中で突然、王がアルド様を指名した。彼の書置きに記されていた「アルド、あとは任せた。族長命令」という一文を拡大して解釈したのだ。将軍が後を任せたという事は、自分の代わりにアンヌ―レシア王国で采配を振るえという意味だろうと。
この思わぬ人事に、当然のことながら重臣たちからは反対意見が続出した。
だが、王は巧みに議論を誘導して、彼らを納得させてしまった。あくまでもアルド様は将軍代行であり、王軍の総指揮権は未だにアルバイン将軍にある、というのがその論法だった。
後々、話を聞いたところ。この大胆な人事は、セルゲイン王としても難しい綱渡りだったらしい。改革派の王としては、軍主将という重要な地位に大貴族たちの息がかかった者を就けたくなかった。かといって、子飼いの臣下を将軍に任じてしまえば、貴族たちとの間に軋轢が生じてしまう。
これまでは圧倒的な軍功と、軍民問わず英雄として持て囃されていた彼が将軍に就いていたからこそ、不満を抱く貴族たちの頭を押さえることができていたのだ。ここで下手な手を打てば、順調に進んでいた王軍の整備にも問題が起きてしまう。
そこで、アルド様を将軍代行に据えることで、貴族たちからの反発を最低限に抑えつつ、これまで通り、軍制改革を推し進めることができると考えたのだそうだ。
大貴族からしてみれば、将軍代行などという地位に魅力は無い。だが、強引にアルバイン将軍の後任を決めてしまえば、将兵から反発されるのは目に見えている。
現在、王軍にいる騎士や兵士たちはみな、ルシオ・アルバイン将軍を慕うからこそ集まっているのだと、彼らとて知っていた。
王からそう言われてしまえば、重臣たちもその提案を飲むより他に無かったのだろう。
彼が聞けばげっそりしそうな話だが、政治とはまあ、こういうものだ。
ちなみに、その人事を受けるかどうか問われたアルド様は困ったように肩を竦めながらも、「まあ、族長命令ですからな」と苦笑していた。
こうした次第で、アルド様が彼に代わって王軍の指揮を執ることになったのだが、これまでのところ大きな問題は起こっていない。
最大の懸念であった将兵からの反発は驚くほど小さかった。むしろ、将軍代行となるアルド様が彼の剣の師であると知れ渡るにつれ、将兵たちは最大限の敬意をもってアルド様に接している。
アルド様もまた、先代族長に代わって一族を取りまとめていたというだけあって、王軍を運用する手腕は彼よりも優れているように思う。王軍の仕組みをあっという間に理解したし、他の国務卿や貴族たちとの交渉も巧みだ。
私は引き続き、将軍秘書官としてアルド様の補佐を命じられてはいるが。彼と違ってアルド様は宮廷作法の飲み込みも早く、毎日送り迎えする必要もない。唯一懸念していた金銭絡みの事柄も、まるで問題が無かった。
自賛するわけでは無いけれど。こうした混乱の少なさは、彼がいなくなる事態を見越して、彼でなければ決裁できないような仕事を前倒しにしていた私の計画も一役買っているだろう。
そんなわけで、王軍の整備は滞りなく。王都は今日も平和だ。
私の負担も減りに減って、こうして昼間からのんびりできている。
だというのに。
将軍の官邸として使われている屋敷の応接間で一人、物思いに耽りながら、ひときわ大きな溜息を吐いた時だった。
「どうなさったのですか、リタ様」
「ああ、別に。どうしたってわけじゃないのだけれど」
お茶の準備を整えて戻ってきたメイドのサラにそう訊かれて、私は誤魔化すように肩を竦める。
「まったく。そんなに思い悩むくらいでしたら、ご自身がついて行かれればよかったではないですか」
そんな私の内心を見透かしたかのように、サラが呆れた声でいう。そこにはわずかだが、非難するような響きがあった。
どうやら、まだラキアのことで怒っているらしい。
彼とともにこの屋敷から姿を消した真紅の髪の少女、ラキアに、もしも彼が旅に出るようなことがあれば、一緒について行ってくれないかと頼んだのは私だ。
サラはそのことに最後まで反対していた。
まだメイドの修行も始まったばかりの彼女を、危険な旅に出すなんて、と。
それはまあ、その通りなのだが。
「私がついて行ったら、あの人が望むような旅ができないじゃない」
「そういえば、リタ様は野営が苦手だったそうですね」
言い訳のように答えた私に、妙齢の美人メイドは相変わらず表情をぴくりともさせずに応じた。
なんでそのことを彼女が知っているのだろうか。
ああ、そうか。彼に聞いたのか。余計なことを。
確かに、野営は苦手だ。苦手というか、私にはそのために必要な資質が先天的に欠落しているといった方が正しいかもしれない。
魔獣大襲来から魔軍戦争終結まで、彼と行動を共にしていた頃はやむを得ず野営することが多かったが、遂に最後まで慣れることは無かった。
そもそも。北の荒れ地で育った彼とは違い、末端とはいえ貴族家の一人娘として王都でぬくぬくと育てられた私にとって、地面に転がって眠るというのは悲惨以外の何物でもない。
戦時中ということもあるが、食事にしてみても魚や干し肉があれば良い方で、大抵は堅いパンを白湯で流し込むだけで済ませることが多かった。時々、彼が山や森で獣を獲ってくることがあったけれど、それを目の前で捌かれては食欲など湧くはずもない。どう見てもその辺で摘んできた雑草にしか見えないものを鍋で煮込み始めた時には正気さえ疑ったものだ。
とはいえ、今回、私が彼について行かなかったのはそれだけが理由じゃないけれど。
「ラキアは大丈夫でしょうか」
「心配ないと思うけど」
どこか遠くを見るような顔で呟いたサラにつられて、窓の外へ目を向けながら答える。
昼間だというのに、外は少し薄暗い。どうやら、一雨来そうな空模様だ。この半月ですっかり夏らしい濃い緑の葉を一杯に茂らせている木々にとっては、久方ぶりの恵みの雨になりそうだが。サラは、どこかで雨に打たれているラキアのことでも想像したのだろうか。
まあ、彼と一緒にいる限り、無事かどうか心配するのは無駄というものだ。
しかし、私ほどそのことを確信できているわけでは無いのだろう。サラは厳しい視線を私に向けると訊いた。
「どうして、あの子を行かせたのですか」
「どうしてって……」
彼女の質問に、少し言い淀んでしまう。何と言うか。自分の気持ちをどう説明すれば良いのか分からないのだ。どうにも、私はあの人のことになると感情と思考がてんでバラバラになってしまう。
「だって、放っておけないじゃない。あの人」
結局、私はそんな言葉を口にした。
「そうであればこそ、リタ様がついて行かれればよかったではないですか」
冷たく答えたサラに、ううんと唸ってしまう。
確かに、そう言われてしまえばそれまでだが。でも、そうじゃないのだ。
実際の所、彼を一人で旅に出したところで何の問題もないことは分かっている。自然の中で生存自活する能力は並外れているし、剣の腕は言うに及ばず。大抵の人々にとっての危険は、彼にしてみれば危機でもなんでもない。
唯一の心配事は、屋台でぼったくられていないだろうかということくらいだ。
それが分かっていながら、どうして彼を一人で旅立たせたくなかったのか。
その気持ちを正確に言葉にするのならば、放っておきたくないというのが正しいのだろう。
「……サラは、あの人が戦うところを見たことがないものね」
「ルシオ様の戦うところ、ですか? それはまあ」
独白めいた口調で吐きだした私に、それが何かといった調子でサラが訊き返す。
かつて王宮で給仕長をしていたとはいえ、一介のメイドに過ぎない彼女は戦場のことなど何も知らないはずだ。
それが今は、堪らなく羨ましい。
「あの人ね……嬉しそうに敵を殺すの」
ぽつりといった私に、サラがまさかという顔を向けた。
確かに。聞いただけでは信じられないだろう。
サラがあの人に対して抱いている印象は何だろうか。天真爛漫な野生児か。それとも、途轍もない武勲を打ち立ててしまった小市民。或いは、単に腕の立つお人好しか。
最後のそれは、私の彼に対する第一印象だけど。まあ、そんなところだろう。
別にそれが間違いというわけでは無い。
行儀よく椅子に座っているよりも、外を駆けまわっている方が好きだし。書類仕事よりも何かと訓練場に顔を出して剣を振りたがるし。何時まで経っても他人から恭しく扱われるのには慣れないし。困っている人を見たらとりあえず声をかけずにはいられないし。苦手な話になった途端、口調が子供っぽくなるし。まあ、そんなところが堪らないのだけど。いやいや、何を考えているのだ。私は。
それでも。いざとなった時の横顔は、ハッとするほどに凛々しい。普段は飄々としているくせに。そのせいで多くの女性を勘違いさせてしまうのだ。
けれど。戦場での彼は。いや、化け物を前にした時の彼は、全くの別人だ。
たとえ相手がどれほどの悪人だったとしても、人間相手には剣を抜くことさえ躊躇うというのに。オークやゴブリンと言った化け物相手になった途端、こちらが震えあがるほど冷酷になる。
一度、ある戦闘が終わった後、彼がしていたことを思い出す。ローセオンの戦場で、オークの群れを撃退した後のことだ。彼は逃げ遅れたオークを切り刻んでいた。両足を、両腕を切断して、耳を削ぎ、鼻を落とし、顎を切り取って、眼球を潰し、腐臭のような臭気を放つ黒ずんだ臓物を引きずりだす。まるで、どこまで壊せば死ぬのかを確かめるように。
その横顔には、確かに。笑みのようなものが張り付いていた。
「だから、私がついて行くわけにはいかなかったのよ」
「どういう意味でしょう」
呟いた私の言葉の意味が、サラには分からないようだ。
「私がついて行けば、あの人は私を戦力として数える。あの戦争で、それくらいの経験は積んできたもの」
「まあ、英雄ですからね。リタ様も」
「だから、それは駄目。あの人にはむしろ、足手まといが必要なのよ」
「足手まとい、ですか」
訝しむように訊き返すサラに、私は頷く。
「そう。いくらあの人でも、戦う力の無い女の子を連れて、化け物の潜む砦を強襲しようなんて考えないでしょうから」
「それは、あの子がいるいないの問題ではないのでは?」
そう言った彼女に、私はゆるゆると首を振った。
確かに。普通ならそんなことはしない。たとえ十匹ほどのオークの群れであっても、普通なら兵を集め、騎士を揃えて準備万端に整えてから攻撃を加える。
だが、彼はそれを思いつきでやってしまうのだ。
一切の迷いも躊躇もなく、我が身を顧みることなく。敵を見れば、斬りかからずにはいられない。
化け物殲滅に駆ける彼の執着は、それほどまでに異常なのだ。
放っておけば、きっと化け物を殺し続けるだけで一生を終えてしまうだろう。
だから、放っておきたくない。
けれど、私が一緒にいても彼を止めることはできない。彼は私を、化け物を効率よく殺すための戦力として扱うだろうから。
もちろん、彼から直接そんな扱いを受けたわけじゃないけれど。でも、分かる。たぶん、無意識なのだろう。それほどまでに、もうあの人の思考は化け物殲滅を
しかし、ラキアは違う。確かに彼女は、並の人間からはかけ離れた身体能力の持ち主ではあるけれど、戦闘訓練を受けたわけでは無い。そんな少女を連れて、化け物の巣窟に乗り込もうとするほど、彼はまだ狂ってはいないはずだ。そう信じたい。
「酷い話ですね。そんなことのために、貴女はあの子を使ったのですか」
「強制はしていないわ。彼について行ったのは、彼女自身の意思よ」
私の話を聞いて、非難するように眉を顰めたサラへ言い訳のようにそう返す。
我ながら、酷いことをしている自覚はあるのだ。
ラキアが彼に対して淡い憧れを抱いているのは、初めて会った時から分かっていた。
私はそんな少女の気持ちを利用したのだ。赦されることではないのだろう。
それでも。それでも嫌だったのだ。
彼が、化け物を殺し続けるだけで一生を終えてしまうのが。
「……分かっているのよ。彼女には酷いことをした。本当は、自分でついて行く勇気が無かっただけなのも。でも、他にどうしようもなかったのよ。彼を止めることができない以上。どうしようも」
酷く情けない気分になって、大きな溜息とともにありったけの弱音を吐き出す。
自分はどうしたら良いのだろうか。命果てるその時まで、彼と一緒に化け物と戦い続けてあげればいいのだろうか。たとえあっという間に死んでしまうにしても。それくらいの覚悟をしておくべきだったのだろうか。
けれど。私はもう知っている。もしかしたら、シェルヘルミナ殿下も。
彼と私たちでは、生きる世界が違うのだと。
だって、一緒にいたはずなのに。一緒に戦っていたはずなのに。いつも見ていたのは、何処までも遠い彼の背中ばかりだったから。
ああ。なんだ。先ほど、ラキアのことを彼の足手まとい呼ばわりしておきながら。私だって結局は守られていただけではないか。
ならばいったい、誰が。あの人の隣を歩めるのだろうか。
「まったく。恋とはままならないもの、とは言いますが」
すっかり冷めてしまったカップを握りしめていると、サラのそんな言葉が頭の上から降ってきた。
顔をあげると、彼女の顔からは怒りが消えていた。代わりに、酷く優しげな目つきで私を見つめている。
「良いですか、リタ様。僭越ながら、貴女よりも少し豊富な人生経験を持つ私から一言、言わせていただければ。恋とはそれほど複雑怪奇なものではないのです」
「……いえ、その。私のは別に恋とはじゃ」
「お黙りあそばせ。話が進まないじゃないですか」
気恥ずかしさから口を挟んだ私に、サラはぴしゃりとした声を出す。そういえば彼女は以前、貴族令嬢たちの教育係もしていたことを思い出した。
「こほん。よろしいですか。恋とは基本的に、たった一つの選択肢の連続です」
「それって何?」
咳払いをして、右の人差し指をぴんと立てたサラに尋ねる。
彼女は微笑むと、今夜の晩餐の品書きを読み上げるような厳粛さで言った。
「諦めるか、諦めないか、です」




