ハイ・オーク 6
その一言に、思わず憮然としてしまった。
「あ、ご、ごめんなさい」
よほど顔に出ていたのだろうか。ラキアが慌てたように謝ってくる。
「ただ、なんだか、そう見えたってだけで……ごめん、私、変なこと言ったわ」
俺の顔色を窺うように、上目遣いでちらちらと見上げながら謝る彼女に、思わず失笑のような溜息が漏れた。
「いや、別に良いよ」
嬉しそうに殺す、か。
彼女の視線から逃げるように背を向けて、あちこちにオークやゴブリンの死体が転がる村の惨状を眺める。確かに、少しやり過ぎたかもしれないと思った。
「ねえ、もしかして、ルシオの両親って」
「化け物を殺すのは、北の一族が当然果たすべき義務だ」
何かを言いかけたラキアを遮るように、俺は少し大きな声でそう嘯いた。
「全ての弱き者に代わって剣を取り、大陸安寧のため、諸国万民の盾となる。それが俺たちの誓いだからな」
だから、これは復讐なんかじゃない。
どの道、ここでオークを放っておくわけにはいかなかった。
ここで皆殺しにしておかなければ、奴らは次の村を襲っただろう。その次は街だったかもしれない。見逃すという選択肢は無かった。
振り返ると、視線がラキアのそれとぶつかった。
相変わらず、彼女は何かを心配するような顔をしている。
それが何なのか。良く分からないが、まだ俺にはやるべきことが残っている。
「ともかく。少し休んでな」
そう告げて、ハイ・オークが出てきた家を調べる。
村で一番大きな家といっても、貴族が住むような屋敷ではない。玄関の扉を開けた先はすぐ客間になっていた。オークどもが陽射しを遮るため、窓に木材を打ち付けたせいで部屋の中は酷く薄暗い。
踏み込むと、まず悪臭が鼻についた。
汚水と鉄錆の交じり合ったような臭いに顔を顰めつつ、薄闇に目を凝らす。オークの気配はないが、念のため剣は抜いたままにしておく。
部屋の中は乱雑に荒らされていた。何の意味があるのか分からないが、調度品のほとんどが叩き壊されている。
客間の中央に目を向けると、大きな机の上に女性が寝ていた。寝ているというよりも、倒れていると言った方が正しいのだろうか。長い髪の毛と伸ばされた手が、天板からくたりと垂れている。
ゆっくり近づくと、荒縄で首を机に縛り付けられているのが分かった。顔を覗き込むと、女性というよりはまだ少女といえる年齢だった。衣服が全て剥ぎ取られた裸体には、全身余すことなく生傷が刻まれている。わずかに胸が上下しているから、まだ生きてはいるらしい。
背後で、ラキアが息を呑むのが聞こえた。
外にいろと言ったのに。
そう溜息を吐く俺の脇をすり抜けて、ラキアは少女の下へ駆け寄る。腫れ物にでも触るような手つきで少女の怪我を確かめてから、悲しそうに首を振った。
「酷い。どうしてこんな」
「理由なんてないさ」
ぽつりと呟いた彼女に、俺は短く答えた。
床に落ちていた衣服の残骸を少女の身体にかけてやるラキアの横を通って、奥の部屋に通じる扉へ向かう。
そう、理由なんてない。家具が叩き壊されているのと同じだ。生き物を痛めつけて、その苦しむ様を見て悦ぶ。そういう奴らなのだ。
「化け物が考えるのは三つだけだ。壊すこと、殺すこと、そして――増えること」
言いながら、俺は扉を開けた。
すえた臭いのする真っ暗な部屋の中に、すっと弱い光が差し込む。
照らし出された床の上には、いくつかの塊が転がっていた。それは首と手足のついた、肉の袋だ。数は六つ。それにあの少女を加えて、七つ。これで全部か。
確認が済んだので、扉を閉めて振り返るとラキアが絶句していた。
自分が今見たのは何だったのか。理解できていない様子だ。
「あの人達は……」
「もう人じゃない」
今にも吐き出しそうな彼女の声を遮って、俺は言った。
「そもそも奴らに雌がいるのかは知らないが、オークは同族同士で子を成すことができない。だから、増えるために人間の女を使う」
これはオークに限った話ではない。ゴブリンなど、暗黒の王によって産み出された化け物は全部がそうだ。
そもそも暗黒の王はこの世界を創造した神の一柱だった。
だが、生命の創造は、そうしたこの世界を創造した神々よりもさらに上位の存在による御業だとされている。
名前もなく、誰も見たことがない至高の存在。
それはただ、大いなる意思と呼ばれている。
この世で初めて生まれた生命であるエルフを目にした時。神々は自分たちの想像と力を遥かに超えた何者かが存在することを確信したのだという。彼らがこの世界を創造したことさえ、その何者かの意思によるものだったのではないかとエルフの伝承では伝えている。
事実。生命の創造は神々の中で最も力ある者でさえ、再現することができなかったのだという。
だが、この世の支配者たらんとした堕ちた神。暗黒の王は、その偉業を真似ようとした。
そして失敗した。
結局、暗黒の王に出来たのは既にある生命を残酷に捻じ曲げることだけだった。そうして産み出されたのが、オークを始めとした化け物どもだ。
その上、生命の神秘を中途半端に模倣して造り出された化け物どもは同族同士で数を増やすこともできなかった。放っておけばすぐに消えてゆくはずの種族。それがオークやゴブリンだった。
だが、暗黒の王は化け物の絶滅を回避するための方法を発見した。
即ち、エルフや人間の女性を使って化け物の子を産ませるという、最悪の方法を。
だから、オークやゴブリンはエルフや人間の若い女を攫う。胤を残すための苗床とするために。そして、一度でも苗床にされた女性を助ける術はない。
「そんなっ」
俺が説明を終えたところで、ラキアが非難するような声をあげた。
気持ちは分かるが、これはもうどうしようもない。
「だ、レ……?」
そこへ、老婆のようにがさついた声が部屋に響いた。
机の上に寝かされている少女のものだ。身体中を切り刻まれる痛みに、一晩中泣き叫んでいたのだろう。その声は酷く潰れていて、まともに聞きとることも難しい。
「助けに来たのよ、もう、大丈夫だからね」
少女に素早く駆け寄ったラキアが、優しく声をかけた。頭を撫でようとしたのか。手をそっと少女の頭に伸ばし、すぐにひっこめた。
痛々しく血の滲む少女の頭皮には、髪の毛がほとんど残っていない。恐らく、髪を無理やり引き抜かれたのだろう。どこを撫でても痛そうだ。
悔しそうに唇を噛み締めたラキアを、俺は黙ってみていた。
今すぐにやめさせるべきなのだろう。これ以上、彼女が傷つく前に。
だが、少し遅かった。
「ころして」
潰れた喉で、少女が言った。
「え」
その言葉の意味を理解しかねるように、ラキアが聞き返す。
「コロシテ」
少女がもう一度言った。
「ど、どうしたの? 化け物なら、もう全部倒したわ。もう大丈夫。あなたは助かったの……」
「殺して」
懸命に声をかけるラキアを遮るように、先ほどよりもはっきりと少女が繰り返した。
「もう、イヤ、お願イ、痛いのはもうやめて、痛い、痛い、いたい……! 殺してよ、もう、殺して、はやく、殺してよぉっ……」
殺して、殺してと掠れた声で繰り返しながら、少女は火の点いたように泣きじゃくり始める。
恐らく、この一晩ずっと、そう懇願してきたのだ。だが、化け物どもは受け入れなかった。奴らはげたげたと笑いながら、泣き叫ぶ彼女の身体を切り刻み続けたのだろう。
そして、夜が明ける頃にはもう泣き叫ぶ力も残っていなかったに違いない。
ラキアは挫けずに声をかけ続けているが、少女にはもう届かない。
ただ、殺してと繰り返すばかりだ。
見ていられなくなって、俺はラキアの方を掴んだ。途方に暮れたような彼女の瞳が俺を見る。それに、黙って首を振った。
助けられない。
俺にはもう、この少女を助けられない。
たとえ命を助けたところで、彼女はもう、元の彼女には戻れない。
オークから助け出した人間を見たことなら何度もある。
奴らは人間から、生きる気力を根こそぎ奪う。
命を助けたところで、呆けたように昼を過ごし、夜になれば恐怖から狂ったように泣き喚き、食事もろくに摂ろうとせず、次第に痩せ細って死んでゆく。
「外に出てろ」
泣き喚く少女からラキアを引き離して、無理やり家の外へ放りだした。
「何を」
するつもりなのか。彼女が問うよりも先に、扉を乱暴に閉めた。
薄暗い家の中で、剣の柄を握る手に力を籠める。
机の上では、少女が殺して、殺してとうわ言のように繰り返している。
「済まない」
そんな権利があるはずもないのに。赦しを乞う言葉が口をついて出た。
暗がりの中に精霊鋼の刃が閃き、俺は少女の願いを叶えた。
全ての始末をつけてから家を出ると、入り口のすぐ脇にラキアが座り込んでいた。
「……いつも、こんなことをしてるの?」
涙ぐんだ声で訊く彼女に、まあなと肩を竦める。
だから、化け物は殺さなければならない。一匹残らず。この大陸から。この世界から。
それから、持ち出してきた荷物を持って村の隅にあった井戸へ向かった。幸い、まだ水は汚されていないようだ。水を汲み、家の中にあったベッドのシーツで包んできた中身を広げる。
それはあの少女と、捕まっていた女性たちの首だ。身体は置いてきた。一つひとつ、彼女たちの首を井戸水で清めてゆく。それから、粗末だがそれほど汚れていない布に包んで並べる。他の村人たちの亡骸もできるだけ拾い集めて、首と一緒に村の一画へ埋葬した。
放置すれば獣に喰われたり、腐って病の原因になってしまうからだ。
女性たちが囚われていた家には火をつけた。化け物に汚された身体には、彼女たちも未練などないだろう。
オークとゴブリンの死体も放置はできない。村から少し離れた場所に積み上げて焼いた。
オークの死体から切り取った右手と剥ぎ取った装備は、倉庫の中に積んでおいた。
右手は討伐証明として換金できるし、装備は雑な出来だが鉄製だ。ハイ・オークの使っていた剣は折れてしまったが鋼でできている。田舎の村では一財産になるだろう。
もしかしたら、昨日会った二人以外にも、生き残った村人がいるかもしれない。村を失った彼らが、また新たにやり直す助けにでもなればいい。
ラキアはそうしたあれこれを、黙って手伝った。
休んでいていいと言ったが、身体を動かしているほうが楽だと言われてしまえば止められない。
すっかり後始末を付けた頃には陽が傾きかけていたが、すぐ出発することにした。
村人が戻ってくるのを待たないのかとラキアに訊かれたが、いつ戻ってくるか分からないし、待っていたとしても何ができるわけでもない。
それに、ここにはもう化け物はいない。俺が居ても仕方ないだろう。




