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若将軍は旅がしたい!  作者: 高嶺の悪魔
第三章 ローセオン

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ハイ・オーク 5

 予想通り。二匹のオークが突っ込んでくるのと同時に、ハイ・オークが矢を放った。

 まず、腰を低く落として矢を躱しつつ、左側から突っ込んできたオークの足に斬りつけた。

 足首を切られたオークが転倒したところで、二匹目が剣を振りかぶりながら突っ込んできた。

 それを見て、ちょっとした悪戯心が芽生えた。

 がむしゃらに振り下ろされる鉄剣に合わせて、精霊鋼の刃を突き出す。そのまま刀身に沿って滑らせるように敵の剣の軌道を修正した。

 すると狙い通り、オークが振り下ろした鉄剣は、倒れていたもう一匹の頭を砕いた。ぐしゃりという汚らしい水音とともに、黒い血が飛び散る。ほとんど目が見えていないオークは、自分が同胞の頭を潰したとは思っていないのだろう。その奇妙な手ごたえが何なのか。訝しむように捻ったその首をすぱりと刎ねる。


 剣をくるりと回しつつ向き直ると、瞬く間に二匹の部下を殺されたハイ・オークが吠えた。

 憤怒に満ちた咆哮とともに、背後にある大きな家からさらに二匹のオークが飛び出してくる。今まで倒した奴らよりも装備が良い。胴鎧だけだった他の雑魚とは違い、全身鎧に身を包んでいる。やけに目の上が張り出した兜を被っているのは、陽射しを遮るためか。

 なるほど、確かに。特にハイ・オークが指示を出しているわけでもないのに、まっすぐこちらへ向かって駆けてくる。

 二匹とも、手にしているのは斧槍だ。

 並んで突っ込んでくる二匹の背後では、性懲りもなくハイ・オークが新たな矢を弓につがえ直している。

 無駄なことを。

 そう思いつつ、剣を手の中でくるりと回す。精霊鋼の刀身が陽光をきらりと反射した。すると、突っ込んでくる二匹の内、右側のオークが眩しそうに目元を手で隠した。

 その隙に、こちらから踏み込む。

 突っ込んでくる俺を見て、左側のオークが斧槍を振り回した。その穂先を断ち切り、身体を回転させながら、オークの懐へと入り込む。兜と鎧の間、首元に空いたわずかな隙間へ剣を滑り込ませると、中から黒い血が噴き出した。

 がしゃりと重い音をたててオークが倒れる。俺はさらに身体を回転させて返り血を避けつつ、その途中で剣を左手から右手へと持ち替えた。右肩から顔の前まで、半円を描くように剣を振ると、ちょうど飛んできた矢が刀身に当たって弾かれる。

 目が眩んでいたオークはようやく視力が回復したのか。忌々しそうな唸り声とともに顔をあげた。しかし、もう遅い。再び左手に持ち替えた剣の柄に両手を添え、一気に踏み込む。十分に勢いのついた精霊鋼の剣は、鎧ごとオークの胴体を切断した。

 下半身の支えを失くしたオークが、糸の切れた人形のように地面へ転がる。そこへ再び矢が飛んできたので、無造作に構えた剣でそれを弾いた。


 さて。これで残っているのはハイ・オークヤツだけだ。

 剣をくるり、くるりと回しながらハイ・オークに向き直る。

 刀身が陽の光を反射して輝くたびに、ハイ・オークは嫌そうに目を細めている。先ほどやって見せたように、剣をくるくると回しているのは、何も遊んでいるわけじゃないのだ。

 ハイ・オークが弓を投げ捨てた。背負っていた矢筒も同様に、足元へ叩きつけるように投げる。そして、腰に吊っている剣を掴んだ。雑魚どもが使っているような黒鉄の剣ではない。着ている鎧と同様に鈍く輝く銀色は、それが鋼でできている証拠だ。切れ味は鉄剣の比ではないが、それも使いこなせなければ意味がない。


 ハイ・オークは剣を高く掲げて一声吠えると、まっすぐに突っ込んできた。

 振り下ろされる鋼の刃を左へ流すように逸らしつつ、その胸元に斬りつける。が、間一髪のところで後ろに飛んで避けられてしまった。追撃しようと踏み込むと、ハイ・オークは刺突を繰り出してきた。それを弾きつつ、攻撃に転じようとすると、ハイ・オークは今度は薙ぎ払うように剣を真横に振るった。

 これは驚いた。

 心の中でそんな感想を呟きつつ、一旦、距離を取る。

 オークの戦い方は基本的に、重い武器を力任せに振り回すだけだ。それは剣であっても槍であっても変わらない。生まれながらにして生き物の殺し方を知っている化け物には、武術という概念そのものが理解できないのだろう。

 だが、コイツは。振り下ろしからの切り上げ。突きからの薙ぎ払いと、一つの動作を次の動作に繋げる動きをしてくる。身体が大きいだけあって一撃は重く、怪力から生まれる剣速も侮れない。

 なるほど。長く生きて、知恵をつけただけのことはあるというわけだ。

 そう思いつつ、ハイ・オークからの攻撃を捌く。真横からの斬撃を、頭を下げて躱した時だった。剣風に煽られて、フードが外れた。

 視界が悪かったのでちょうど良い。ここなら、誰に見られるわけでもないし。

 そう思っていると。


「銀髪カ」


 ふいに、ハイ・オークの喉がそう震えた。


「北ノ荒地ノ、屑ドモガ」


 濁った黄色い瞳で俺のことを見下すように睨みながら、ハイ・オークが吐き捨てる。

 コイツ、人間の言葉まで解すのか。という驚きよりも先に、まず不快感が沸き上がった。


「化け物のくせに、人間の言葉をしゃべるなよ」


 罵るようなヤツの言葉に、同じく罵るような答えを返す。

 地の底から響くような唸り声とともに、ハイ・オークが剣を振り下ろした。柄を両手で握りしめ、それを受け止める。結果、鍔迫り合いの形になった。


「コソコソト荒地ヲ這イ回ルダケシカ能ノ無イ鼠ガコンナ所デ何シテヤガル」


 臭い息を吐きだしながら、ハイ・オークがのしかかるように押し込んでくる。このまま、力任せに押し勝つつもりなのだろう。


「オ前ラノ時代ハ終ワッタ、コレカラハ俺タチ、オークノ時代ガ来ル。闇ノ時代ダ。血ト、暴力ト、死ノ時代ダ」


「残念ながら、そんな時代は来ない」


 答えて、俺は両手に力を込めた。


「貴様らの時代は千年も昔に終わった。貴様らこそ、いつまでも地下の暗がりでこそこそしていないで、いい加減、ご主人さまと同じ闇の底にでも堕ちたらどうだ」


 ギリギリと、剣を押し返す。金剛石の指輪の加護は、それだけの腕力を俺に与えてくれている。

 ハイ・オークの顔面が驚いたように歪んだ。が、それも一瞬。すぐに禍々しい唸り声を上げながら、押し込む力をさらに強めてくる。

 打ち合わせている刀身がギチギチと悲鳴を上げた。


「死ネ!!」


 ハイ・オークが叫ぶ。それに思わず、失笑が漏れてしまった。


「まったく。知恵がついても、所詮オークはオークだな」


 長く生きて成長し、知恵をつけて剣術の真似事ができるようになった所で。技の一つ一つはお粗末で、結局、最後には力で押し通すことしかできない。


「何ヲ言ッテ……」


 ハイ・オークが吠えた瞬間。ふと、押しあっている力を緩めた。後ろに二歩ほど下がりながら、上から押し付けられている敵の剣を刀身の上で滑らせる。ハイ・オークがつんのめるようにして体勢を崩した。

 素早く剣を引き戻して胸元に斬りつけると、急所を庇おうとしたのか。ハイ・オークは剣を握っていない方の腕を胸の前まで持ってきた。その太い腕を、肘よりも少し先の部分からバッサリと断ち切る。

 ハイ・オークは怒りに咆哮しつつ、剣を握っている腕を振り上げた。恐らく、全身全霊の力で振り下ろされた剣を打ち上げるように迎え撃つ。ガィン、と鋼鉄同士がぶつかり合う音が響き、ハイ・オークの剣が半ばから砕けた。

 当然だ。エルフとドワーフの名工が手を携えて鍛え上げたという、世界最硬度を誇る精霊鋼の刃に対して、あちらはただの鋼。先に音を上げるのがどちらかなど、考えるまでもない。

 ハイ・オークは何が起こったのか分からないという様子で、己が握っている砕けた剣を見つめている。まあ、奴らの表情なんてそもそも読めないのだが。

 そんなことを考えながら、無造作に剣を一閃させた。

 一拍の間を置いて、ハイ・オークの首がごろりと地面に転がり、重苦しい音をたてて大柄な肉体が地面に沈む。

 それに全身から緊張を解いた時だった。


「馬鹿ナ鼠ダ……俺ヲ殺シテモ、モウ遅イ……」


 足元で、ハイ・オークの生首がごぼごぼと喋った。


「うわっ! 気持ち悪っ!!」


 まさかまだ生きているとは思わず、生首の脳天に剣を叩きつけた。

 流石に、これで死んだよな。

 確認のため、真っ二つになったハイ・オークの頭部をつま先でつついて、ほっと息を吐く。

 何を言っていたのかよく聞き取れなかったが、これでもう喋りはしないだろう。


 周囲を見回すと、まだ一匹生きているオークがいた。鎧ごと胴体を切断したヤツだ。ずるずると黒い血の跡を残しながら、蛞蝓のように這いずっている。近づくと、反撃のつもりなのか、両手を振り回した。面倒なので、両腕を切り飛ばしてから首を刎ねた。化け物には相応しい最期だ。

 他に生きているのがいないか確かめていると、ラキアが隠れていた家の中から出てきた。


「大丈夫か?」


「う、うん」


 声をかけると、彼女はカクカクと首を縦に振った。

 怖がっているというよりも、茫然としている様子だ。

 まあ、村の中は死屍累々だ。戦闘慣れしていないラキアには少しきつい光景かもしれない。


「まだ後始末があるから、村の外で休んでいても良いぞ」


 オークは皆殺しにしたから、ひとまずは安全だろう。それに、ここからがオーク退治で一番嫌なところだ。できれば、彼女には見せたくない。

 そう思いながら、刀身にべったりとついた黒い血をオークの着ている服で拭っていると、ラキアが不思議な表情で俺を見ていることに気付いた。

 始めは茫然自失としているだけかと思ったが、どうやら少し違うようだ。

 なんだろうか。何かを案じているような、そんな顔だ。


「どうした?」


「えと、その、ね……」


 やっぱり怖かったのかと訊くと、そうじゃないと彼女は答えた。


「戦ってる貴方を見てたら、その、ちょっと」


「ちょっと?」


 さらに訊く。すると、彼女は酷く言い辛そうに口を開いた。


「なんだか、嬉しそうに敵を殺してるように見えて」




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