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若将軍は旅がしたい!  作者: 高嶺の悪魔
第三章 ローセオン

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ハイ・オーク 3

 そろそろ夜明けだ。

 淡く色づき始めた東の空を眺めながら、装備を整える。

 ラキアも起きていた。


「行くの?」


 確かめるように尋ねる彼女へ、もちろんと頷く。

 今から村にいっても、村人が助けられるわけでは無い。それは分かっている。

 だが、オークどもを野放しにはできない。

 それに、村人は身体の大きなヤツがいたと言っていた。恐らくはオークの中でも特に力の強い、ハイ・オークと呼ばれる個体だ。

 ハイ・オークは、長く生きているオークのことだと言われている。

 戦う以外に能のない化け物であり、退屈すれば同族同士で殺し合いを始めることも珍しくないオークがそもそもどのくらい生きるのかは知らないが。奴らは長く生きれば生きるほど身体が大きくなり、力も強くなる。

 そして、幾度かの戦いを乗り越えて知恵をつけたハイ・オークはやがて、群れの長として他のオークどもを統率するようになる。魔軍でも下級指揮官のような役割を果たしていた。

 身体が大きく、残忍で、戦術を理解する。厄介な敵だ。

 そんなヤツを一匹でも放っておけば、小さな村などあっという間に滅ぼされてしまう。

 統率する群れの規模が大きくなれば、大きな街でも危うい。


 日が昇りきる前に村人二人を叩き起こし、北の街へ助けを呼びにいくように言って送り出した。もちろん、村からは十分離れた道を行くように念を押しておく。

 彼らを見送ったら、次の問題に向き直る。

 ラキアをどうするべきかだ。彼女を連れて行くか、置いていくか。難しい問題だ。

 どちらにせよ、危険はある。だが、連れてゆけば間違いなく見なくて良いものを見るし、知らなくていいことを知ることになる。

 どうしたものか。

 困って、ばりばりと後頭部を掻いていると、彼女がまっすぐ俺を見ながら口を開いた。


「私も行くわ」


 きっぱりと言い切って、すぐに荷物を纏め始める。


「あー、いや」


 何か言おうと口を開くが、連れて行く以外にどうするかと言われれば、何も思い浮かばない。だからといって、そうかと頷くのも躊躇われた。

 昼間、陽射しのある中でオークを十匹相手にする程度なら容易い。だが、何が起こるか分からないのが戦いというものだ。


「大丈夫」


 そんな俺の背中を押すように、彼女は言った。


「貴方は英雄でしょ」


「……いや、俺は英雄じゃない」


 励ますように、確信しているように。そう微笑む彼女から、そっと顔を逸らす。

 もしも。俺が本当に英雄なら、彼女一人を守りきることくらいできるのだろう。

 だが。残念ながら、俺は英雄じゃない。

 守るための戦いは、苦手なのだ。


「……絶対に、俺の傍から離れるなよ。それと、何があっても俺の言う通りにすること」


 だから、はぐらかすように強めの口調でそう告げた。固い表情ではあったが、彼女はしっかりと頷いていた。


 日が昇りきった頃合いで、昨日の村に着いた。

 森側から回り込んで、茂みの影から村の様子を窺う。囲いの一部は無残に破られていた。正方形の囲いの中に十軒ほど立ち並ぶ家や倉庫も壁や扉が壊され、ところどころに赤黒い染みが生々しく残っている。

 村の中でも一番大きな家の前に目を向けると、四匹のゴブリンがいた。オークとは違い、ゴブリンは昼間でも目が見える。見張りにでも立たされているのだろう。

 ゴブリンとオークの関係性は、奴隷と主人のそれに近い。いや、オークは気まぐれでゴブリンを殺すこともあるから、奴らにとってゴブリンは奴隷以下の存在なのかもしれないが。

 そんな扱いをされながらも、ゴブリンはオークの傍に集まる。

 何故か。


 村にあったものを奪ったのだろう。家の前にいるゴブリン共は、くわすきなどの農具を手にしていた。それをしきりに、足元へ振り下ろしている。

 耕しているわけでも、穴を掘っているわけでもない。

 ゴブリン共の足元は赤黒い水たまりがあった。しばらく見ていると、一匹が耳ざわりな笑い声をあげながら、何かを蹴った。人間の男性の、頭部だった。

 つまり、奴らは死体を切り刻んでいるのだ。もはや原型が何だったのかも分からないほどぐちゃぐちゃになった肉塊を、鍬や鋤でさらに泥と混交させながら、げたげたと笑っているのだ。

 これが、奴らがオークの傍に集まる理由だ。

 自分たちでは敵わない人間の男を殺してもらい、その死体を切り刻む楽しみのために。

 腹の底で、ぐずぐずと黒い炎が燻り始めた。


「着いてこい」


 小さく言って、立ち上がった俺は、ラキアを連れて村へ近づく。

 敵から丸見えになってしまうが、下手に彼女を隠れさせておくよりも、見える場所にいてくれた方が安全だと考えたからだ。

 囲いが破られているところまで来たところで、一度足を止める。ゴブリン共は足元の死体を切り刻むのに夢中で、まだこちらには気づいていない。


「ここから動くなよ」


 それにラキアがしっかり頷くのを見てから、俺は村の中へ踏み込んだ。そのまま、大きな家の前まで一飛びで駆け抜ける。

 金剛石の指輪は既に左の親指に嵌めてある。ラキアもいるのだ。力の出し惜しみはしない。

 すぐに一匹のゴブリンが俺に気付いた。手にしていた鎌をこちらへ向けて、甲高い絶叫をあげる。残る三匹が、一斉にこちらへ振り向いた。しかし、もう遅い。

 それ以上奴らが騒ぐ前に、精霊鋼の刃を一閃させて二匹同時に切り殺す。剣の勢いを殺さぬように手の中でくるりと回して、さらにもう一匹の首を刎ねた。

 最後に残った一匹が、慌てたように近くの家へ逃げ込もうとしていた。その後を追って、背中を思いきり蹴りつける。ブーツ越しに脆い骨が砕ける感触が伝わり、ぐぇっという気味の悪い声を漏らしたゴブリンの身体が逃げ込もうとしていた家の壁に激突した。そのまま壁を抜いて、ゴブリンの姿が家の中へ消える。

 死んだかどうか確認しようと家に近づくと、壁に空いた穴から三匹のゴブリンが飛び出してきた。俺を見て、口々に何かを騒ぎ立て始める。

 奴らはオークよりも酷く崩れた暗黒語を使う。何を言っているのかは聞き取れないが、家の中に向かって何事かを呼びかけているようだ。

 まあ、何を言っていたところで変わらない。

 手の中で剣をくるりと回して、ゴブリン共が群れる家に近づく。と、そこで。家の中から、不機嫌そうな唸り声が響いた。



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