ハイ・オーク 1
朝食は宿で聞いたおすすめの食堂へ行ってみた。衣をつけた魚を油で揚げ焼きにした料理を出す店だった。それから、雑貨屋によって保存食と塩を買い足してから、まだ陽の高いうちに街を出た。
向かうのは南だ。
昨日の酒場で小耳に挟んだ話から推測するに、オークの群れが手当たり次第に村々を襲っているのだろう。聞いてしまった以上は、放っておけない。
街から南へ流れる小川に沿って三刻ほど歩くと、森が見えてきた。
その森に寄り添うように、小さな村があった。周りには田畑が広がり、背の低い柵で囲われた中に十軒ほどの民家と倉庫が建っている。
さっそく近づいてみたが、中に入ることはできなかった。
「旅人ぉ? 旅人が、こんな村に何の用だ」
村の周りにある畑で農作業をしていた男が、鍬を手に立ち塞がった。
俺たちを見る目つきは険しく、声には疑念がたっぷりと含まれている。
「村を見つけたから、寄ってみただけだよ。出来れば、一晩の宿を借りられないかと思ってさ」
努めて親しげな口調で話しかけてみるが、村人の反応は芳しくない。
「ここにゃ、宿なんてねえぞ」
バッサリとした返答に、これは無理そうだなと思いつつ、寝床は倉庫でもいいから貸してくれないかと食い下がってみる。
「んで、朝になってみれば小屋の中が空っぽになってるってことかい」
嫌味ったらしくっ村人が鼻を鳴らす。そんなことはしないと言っても、無駄だった。
「顔も見せねえヤツの言葉なんて信じられるかよ」
そう言われてしまえば、仕方がない。フードを下ろす。
途端に、村人は苦々しそうに顔を顰めた。
「銀髪。北の放浪人が、こんなところで何してやがる。それに、そっちの小娘も。なんだい、その真っ赤な髪は。混じりもんか」
混じりもの、というのは妖精人の血を引く者に対する蔑称だ。村人が俺たちを見る視線は嫌悪と侮蔑に満ちている。
これはいよいよ駄目だな。
そう肩を竦めて、村に泊まるのは諦めた。付近をオークの群れがうろついているかもしれないので、できれば放っておきたくは無かったのだが。
この辺でオークの被害が出ていると聞いたが、何か知らないかと聞いてみた。知らないという答えがあった。
「大体だ。化け物どもを連れてきたのはてめえらじゃねぇか」
俺を指さしながら吐き捨てた村人に、何も言い返せない。その通りだからだ。
ラキアが何か言い返そうとしているのに気づいて、慌てて手を伸ばして押し止める。
「分かった。すまん、騒がせたな」
そう詫びて、俺たちはその場を立ち去った。
「なによ、あの言い方っ!!」
肩を怒らせて歩くラキアをまあまあと宥めながら、苦笑する。あれからさらに南へ進み、村はすっかり見えなくなったが、彼女の腹の虫はまだ治まらないようだ。
「ルシオは悔しくないの? あんなことまで言われて!」
ふん、と鼻息の荒いラキアだが、俺からすればなんてことは無い。慣れたもんだ。
「仕方ないさ。あれも彼らなりの防衛術なんだよ」
肩を竦めて、そう応じる。怪しげな旅人が尋ねてきたら、警戒するのは当たり前だ。それが銀髪ともなれば、なおさら。
「それにしても、君もああいう扱いには慣れてると思ってたんだけどな」
そう言って、ラキアの真紅の髪を見つめる。
田舎に行けば行くほど迷信深い人間は多くなるし、その分だけ妖精人への差別も強くなる。リタのように人とは少し目の色が違うというそれだけで、魔女呼ばわりされることもあるのだ。ラキアはアンヌ―レシア西部の寒村出身だと聞いていた。そんな田舎で、彼女のように派手な見た目なら、なおさらだろうと思っていたのだが。
「……私はたぶん、お父さんのおかげだと思う」
俺の一言にそれまでの怒りはどこへやら。しゅんと肩を落としたラキアが、ぽつりと呟いた。
「お父上の?」
聞き返した俺に、彼女は小さく頷く。
日が暮れ始めたので、今日は小川沿いで野営することにした。火を熾して、夕食の準備をしながら、俺はラキアの両親の話を聞いた。
彼女が生まれたのは、アンヌ―レシアの西側にある山間の小さな村だった。
母親はその村の生まれで、父親はたまたまそこへ流れ着いた余所者だったという。出会った途端、二人は恋に落ちたらしい。熱烈な大恋愛の末、遂に結ばれたのだと二人は事ある度に、幼いラキアに言って聞かせたそうだ。
母と結婚し、村で暮らすようになった父は、以前どこかで兵として雇われていたらしく、鉄の剣を持っていた。だが、野獣が出た時などは剣を手に戦うこともあったというが、それ以外の暮らしぶりは普通の農民とそう変わらなかった。畑仕事に精を出し、日々の糧を得るだけの毎日だ。
そんなある時。村が野盗の一党に襲われた。ラキアの父は剣を手にこれと戦い、見事に村を守りきった。
以来、彼女の父は村人から郷士のような扱いを受けるようになったという。
そのため、ラキアが生まれた時も、その髪の色に驚きながらも、特に陰口を叩くような者はいなかったそうだ。両親とも、特に妖精人の血を引いてるようには見えない、普通の人間だったそうだが。それは別に驚くようなことでもない。世代を経て薄まっていた妖精人の血が、ある世代で突然、色濃く発現するというのは珍しい話じゃない。
そんなラキアの父は、二年前。村を襲った魔獣の群れと戦って死んだ。
ラキアは子供と老人を連れて逃げろといった父の言葉に従って、必死の思いであの街まで辿りついた。その後のことは、聞くまでもない。
「立派なお父上だな」
「うん。私もそう思う」
ぽつりと呟くと、膝を抱えて焚火を見つめている彼女も頷いた。
「お父上だけじゃなく、君もな」
どっちも立派だと、心からそう褒める。
幼い子供や老人を連れて逃げるのは、どれほど過酷な道のりだっただろうか。ラキアは口にしなかったが、たぶん、逃げる最中にも魔獣や野獣に襲われたはずだ。何人かは死んだだろう。見捨てなければならない時もあっただろう。
それでも挫けずに、彼女はあの街まで子供と老人を引っ張っていった。
なるほど。あの貧民街に住んでいた子供たちが、ああまで彼女を慕っていた理由が分かった。
「ルシオの両親は?」
一人納得していると、ふいにラキアからそう訊かれた。
「死んだよ」
何でもないことのように、肩を竦めながら短く答える。
それ以上は何も言わない。そんな俺の態度から何かを察してくれたのだろうか。
ラキアも、そう、と呟いたきり、何も聞いてこなかった。




