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若将軍は旅がしたい!  作者: 高嶺の悪魔
第三章 ローセオン

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気ままな旅路 5

 部屋に通されてからほどなくして、お湯の入った桶が二つ運ばれてきた。清潔な布も一緒だ。ラキアと交代で部屋の外へ出て、順番に身体を拭いた。

 さっぱりしたところで、ラキアは久しぶりのベッドに嬉しそうに飛び込んだ。そのまま、すぐにすやすやと寝息をたてはじめる。

 旅に出てからずっと野営続きだった。口には出さなかったが、やはり疲れが溜まっていたのだろう。


 さて。俺はといえば、やや疲れはあるものの、まだ眠くはない。

 初めて来る街だから、気分が高揚しているせいもある。出来ればもっと色々と見て回りたい。

 そうだな、と少し考えてから、ラキアの寝ているベッドへ近づく。

 んんっ、と身じろぎした彼女を起こさないように、ベッドの脇に置かれている荷物から財布を取り出し、銅貨を数枚抜き取って部屋を出た。


 マントのフードを目深に被り、軽い足取りで宿を飛び出す。陽はすっかり傾いているが、軒を連ねる店から漏れだす灯りで通りは明るい。この辺は街の飲み屋街になっているようだ。まあ、そうだと思ったからこの辺で宿を取るようにラキアをそれとなく誘導したのだが。


 軽く見て回った後で、特に騒がしい喧噪の聞こえてくる酒場へ入った。

 思った通り、客層はそれほど上品とはいえない店だった。これなら、銀髪を隠すためにフードを被ったままでもそれほど怪しまれないだろう。

 カウンターに立っている主人らしき初老の男に手持ちの銅貨を全部渡して、それで足りる分だけの酒とつまみを注文する。

 それから出来るだけ目立たないように、隅の席へ陣取った。

 席に着くと、泡立つエールが並々と注がれた木製のジョッキが運ばれてきた。

 アンヌ―レシアでは酒といえば蒸留酒かワインだが、ローセオンではエールが良く飲まれている。さっそく口をつけると、果実のような甘い香りが鼻腔に広がった。ほどよい苦みある液体が喉から腹へ滑り落ちてゆく心地よさが堪らない。

 思わず、ぷはっという声を漏らした俺の前に、豚のあばら肉を炙ったものが運ばれてきた。ぎとりとした脂を纏った肉が、エールとよく合う。

 酒とつまみ、どちらかもう一つ追加できるぞと店主に聞かれ、酒を頼んだ。屋台で買い食いしてきたため、腹は減っていない。


「兄さん、旅人だろ」


 あっという間に一杯目のエールを飲み干し、二杯目をゆっくり味わいながら店内を見渡していると突然、赤ら顔の男から声をかけられた。

 この街の住民だろう。屈強な体格と、日焼けの跡がくっきり残る顔面からして、たぶん農夫だろう。酒精の香りに混じって、わずかに土の匂いがした。

 もう随分飲んでいるらしい男の質問に、店の中でもフードを被ったままの、怪しい流れ者の正体を暴こうとしているのかと若干警戒しつつ頷く。

 すると、彼はさらにどこから来たのかと質問を重ねた。

 アンヌ―レシアからだと答えると、男の目が興味深そうに輝いた。なんでこの街に来たのか。あっちは今、どうなっているのかと、あれこれと訊いてくる。ややはぐらかしながらそれに応えていると、最後に何か珍しいものを見たり、聞いたりしたかという質問が来た。

 それでようやく、なんでこんなにしつこいのか合点がいった。

 こうした田舎の街は話題に乏しい。酒場で旅人と出くわせば、何か物珍しい話を聞きたいと思うのは田舎者の人情なのだろう。

 そうとなれば、この男の話に付き合うのも悪い気はしない。

 聞かれるがまま、あれこれと答えてゆく。アンヌ―レシアの現状。ローセオンほど魔軍の残党に悩まされてはいないが、あちらのほうが魔獣の被害が多いだとか。この国に入ってから立ち寄った場所や、見たり聞いたりしたことなど。赤ら顔の男は一々興味深そうに相槌を打っていたが、その視線がふと、下に落ちた。


「兄さん、随分立派な剣を吊ってるな。もしかして、アンヌ―レシアの騎士か」


 俺の腰に吊っている剣を見て、男が目を丸くしながら訊いてくる。


「いや、俺は傭兵みたいなもんだよ」


 いつものように手を振ってそう誤魔化す。


「もしかして、前回の戦でも戦ったのか」


 その質問に、まあねと返す。すると、男の顔つきが変わった。


「前回の戦では、俺も戦ったんだ。あの、ルシオ・アルバイン将軍の下でな」


 突然立ち上がり、誇らしげに胸を張った男の言葉に一瞬、ぎくりとする。


「へ、へえ。そうかい……」


 もごもごと口を動かしながら、それとない仕草でフードを深く被りなおす。もしかしたら、戦場で俺を見たことがあるかもしれない。

 が、そんな心配は杞憂だった。


「おうおう、その話ならもう何度も聞いたぞ、カルム!」


 すぐ傍にいた別の客が、赤ら顔の男にまぜっかえすように口を開いた。


「騙されんなよ、旅人さん。アルバイン将軍の下で戦ったつっても、コイツは荷運びしてただけなんだからよ。そもそも、将軍の顔だって見たことねえんだろ、おい」


 笑いながら種明かしをしたその客に、赤ら顔の男がうるせえと言い返す。どうやら、彼の名はカルムというらしい。

 そのやり取りに、俺はほっと息を吐いた。

 こんな場所で正体がバレてしまえば、色々と面倒なことになる。


「俺だって化け物と戦ったんだ。荷馬隊がオークに襲われてな、それで、俺は槍をひっつかんで応戦したんだ」


 胸を撫でおろしている俺の横で、男が武勇伝を語り始めた。


「あらぁ、おっそろしい化けもんだったぜ。馬鹿みてえに力が強くて、鉄の塊みてえな剣をぶんぶん振り回してよ。俺が持ってた槍もあっという間に折られちまった。だがよ、その時ちょうど運んでたのが武器だったから、得物には困らなかった。折られるたびに俺は新しい槍に持ちかえて、それで……」


「見事、一匹のオークを討ち取ったと。その話は昨日も聞いたぜ」


 客の一人が飽き飽きしたように、話の最後を掠め取る。どうやら、彼は酔うたびにこの話をするようだ。


「足を滑らせて転んだ拍子に、うまいこと穂先がオークの顔面に突き刺さったんだっけか?」

「俺は、転んだのはオークのほうだって聞いたぞ」

「化け物が転ぶことなんてあるのか?」

「じゃあ、やっぱり転んだのはカルムだな」

「ちげえ! 俺の渾身の一撃が、奴の息の根を止めたんだ! 誰だ、そんな法螺吹いたやつぁ」

「鍛冶屋のベンが言ってたぞ。アイツの腕前じゃ、そんなところだろうって」

「あの野郎!」


 言い合う客たちを眺めながら、賑やかな店だなと思った。

 こういう雰囲気の店は嫌いじゃない。

 そんなことを考えながら、ジョッキの底に残っていたエールを飲み干す。名残惜しいが、今日はこれでお終いだなと思っていると。


「そういや、南の村が奴らに襲われたらしいぜ」


 喧噪の中から、そんな話が耳に飛び込んできた。素早く視線を巡らせると、声の主は深刻そうな顔を浮かべて向かい合った客と話し込んでいる。相手の客が「またか」と答えるのが聞こえた。

 話の流れからみて、奴らというのはオークのことだろう。またか、ということは。これまでにも何度か被害が出ているのだ。

 もう少し詳しく聞きたい。そう思って、椅子から腰を持ち上げた時だった。

 いつの間にか向かいの席に座っていたカルムが、飲み干したジョッキをどんと机に叩きつけた。


「ところで、兄さんは何処で戦ったんだい?」


「ん? 俺か? あー、そうだな……俺は傭兵だったかあ、あちこち行ったけど、大きい戦いだとそうだなあ、エドレスの戦いとか、西の山の合戦とか……」


 酔眼で尋ねる彼に、なんとはなしにそう答えた途端。周囲の客たちがぎょっとした顔でもちらへ振り向いた。

 エドレスも西の山も、魔軍との激戦が行われた場所だ。特に、この国の首都であるエドレスで行われた合戦を知らぬ者はいないのだろう。

 そこからは、オークの話を聞くどころではなくなってしまった。


「え、エドレスの戦いに参加したのかい?」


「てこたあ、王国騎士様なのかい?」


「いや、傭兵だって。小銭でも稼ごうとしてたところに、偶然アンヌ―レシアの騎士団と出くわしてさ。その流れで……」


 あっという間に俺を取り囲んだ客の一人から尊敬の眼差しを向けられたので、慌てて否定する。


「王と一緒に戦ったってことだろ? アルバイン将軍とは? 会ったことあるか?」


 一人の客が興味津々といった顔でそう訊きながら、俺の前にエールの入ったジョッキをどんと置いた。どうやら、奢ってくれるようだ。

 その代わり、もっと話を聞かせろという事だろう。


「あるよ」


 有難くエールを頂戴しつつ、俺は客の質問に頷いた。

 途端、堰を切ったように質問が飛び交った。酒で口を湿らせながら、俺はそれに一つひとつ答えてゆく。エドレスの戦い。西の山の合戦、等々。一つの話が終わるたびに、新しい酒とつまみが差し出された。そこまでされれば、俄然、語る口にも力が入るというものだ。 

 もちろん、俺がアルバイン将軍だという事は伏せたけど。

 場は大いに盛り上がり、一通りを話し終えた頃にはすっかり夜も更けていた。客たちはまだまだ興奮冷めやらぬ様子だったが、明日も仕事があるのだろう。一人、また一人と名残惜しそうに店を出てゆく。

 見知らぬ街で、見知らぬ人々と酒を呑み交わす。

 これも旅の醍醐味だな。

 心地よい酩酊感と、深い満足感に満たされながら俺も帰ろうかと立ち上がったところで、店の主人がそっと湯気のたつ碗を差し出してきた。中には温かいスープが入っている。

 今夜はいい商売が出来たし、面白い話も聞けたから、その礼だと言われた。

 少し塩気の強いスープは、酒を呑んだ後には嬉しい、ほっとする味だった。

 やっぱり、旅は良い。

 スープを味わいながら、心からそう思った。


 翌日。


「ねえ、ルシオ。財布の中身がちょっと減ってるんだけど?」


 正直に話したところ。別に怒られはしなかったが、少し呆れられた。

 うちの会計係は、思った以上にしっかり者だった。



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