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若将軍は旅がしたい!  作者: 高嶺の悪魔
第三章 ローセオン

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気ままな旅路 4

「なあ。さっきのはいったい、なんだったんだ?」


 牛串を買った屋台から少し離れた所で、振り返ってラキアに尋ねる。

 すると、彼女はこっちへ来てと手招きしながら細い路地に入っていった。何故か、少し怒っているようだ。


「ちょっと、ここに座って」


「え、でも。ここ地べた……」


「いいから」


 有無を言わさぬラキアの気迫に思わず従ってしまう。

 人気のない路地ではあるが、地べたに座り込むのはどうかと思い、膝を突いて踵に尻を乗せた。視線の高さがラキアより少し低くなる。完全に説教される体勢だ。


「財布貸してくれる?」


 そう手を差し出した彼女に言われるがまま、財布を渡す。すると、ラキアは小袋の中から一枚の銅貨を取り出した。


「これは、何?」


 摘まんだ銅貨を俺の目の前まで持ってくると、彼女は訊いた。


「銅貨」


 それ以外のなんだというのか。

 答えた俺に、ラキアはまあよろしいと頷く。何か言いたいことがあるようだが、それは一旦置いておくことにしたらしい。

 続けて、彼女は袋からもう一枚、銅貨を取り出した。一枚目と同じように、それを俺の顔の前まで持ってくる。


「それじゃあ、これは?」


「銅貨」


「違います」


「えぇーー……」


「えぇー、じゃない。いや、銅貨は銅貨なんだけど……ほら、よく見て」


 叱るような声で言って、ラキアが二枚の銅貨を押し付けてくる。

 俺は渡された二枚の銅貨を手の中で見比べた。銅貨だ。どこからどう見ても、銅貨だ。

 一枚目と二枚目の違いを強いてあげるとすれば、二枚目のほうがやや大振りで重たい。それと、表面の刻印も少し違う気がする。

 が、それが何だというのだろうか。同じ銅貨でも大きさや刻印が違うものがあることくらい、俺だって知っている。たぶん、作った時期とか作られた場所が違うんだろうと思っていたのだが。

 これがどうかしたのかと、尋ねるように顔をあげた俺に、ラキアが二枚目の銅貨を指さしつつ口を開いた。


「こっちは、大銅貨です」


「だい……どうか……?」


 とは、何か。

 聞いたところで理解はできない。そんな内心が顔に出ていたのだろうか。


「ああ、もう! 重さと表面の刻印が全然違うでしょ! それ一枚で、半銅貨五枚分なの!」


 痺れを切らしたようにそう言うが、はんどうか、という新しい単語が出てきたせいで俺の混乱は増すばかりだ。


「リタ様から聞いてはいたけど、ここまでとは……。なんでも知ってそうな顔してるくせに」


 呆れたように頭を抱えながら、ラキアが盛大に溜息を吐く。なんでも知ってそうな顔って、どんな顔だ。思わず両手を頬にあてて自分の顔つきを確かめる俺の前で、彼女は人差し指を立てる。


「いい? 銅貨には、半銅貨、大銅貨、正銅貨の三種類があるのよ」


 告げられたのは、衝撃の事実であった。


 その後。説教交じりに教えられたことを要約するとこうなる。

 まず、銅貨には半銅貨、大銅貨、正銅貨の三種類がある。普通、ただ単に銅貨と言った場合は半銅貨のことを指す。それよりも少し大きめの大銅貨は、半銅貨の五枚分。さらに大きな正銅貨は十枚分の価値を持つ。

 なぜそんなややこしいことになっているかというと、そもそも金貨や銀貨は一般にはほとんど使われることが無いのだという。

 材料自体が希少な金、銀貨は流通量が少なく、一枚当たりの価値が高い。そのため、貴族や大商人のように大きな取引をするわけでもない平民には持つ必要が無いともいえる。

 だが、そうはいっても日々の買い物ではそれなりの枚数の銅貨を使う。冬に備えて食料などを買い溜めする際などは特に。そうした時、何十枚もの銅貨を持ち運ぶのも、買い物のたびに一々枚数を数えるのも面倒だ。

 そこで、数枚分の価値を持つ銅貨を作ったというわけだった。


 先ほどの屋台で牛串を買う際、俺は店主に半銅貨二枚と大銅貨一枚を渡していたらしい。

 だから、本来はその差額分が戻ってくるはずだった。この戻ってくる差額分のことを、おつりと呼ぶらしい。

 だが、あの店主はおつりを返すことなく、そのまま受け取ってしまった。

 そもそもが大銅貨一枚で済むところに、さらに半銅貨二枚を付けて支払ったのだ。あの店主は俺のことを計算のできないヤツだと思ったのだろう。まあ、それは仕方がない。ただの事実なのだから。

 しかし。それにしても。


「……なんでそんなややこしいことを」


 ラキアの説教が終わったところで、俺は頭を抱えながら呻いた。

 いや、理屈は分かる。銅貨を何枚もジャラジャラと持ち運ぶよりは、この方がずっと楽なのは確かだ。

 だが。だが、である。

 全部同じような形をしてる上、なんで区別が半、大、正なのだ。大中小じゃ駄目なのか。その方が分かりやすいのに。

 そうぼやいたところ、元々は正銅貨しかなかったんだけどねと、ラキアが答えた。そのまま、通貨の歴史に関する講義が始まりかけたので慌てて止める。

 これ以上ややこしい話を聞いたら、頭が破裂してしまう。


「じゃあ、そういうわけだから。これからは気を付けなさいよ」


 お金は大事なんだから、と言いながらラキアが財布を返してくる。


「よし。分かった」


 俺はこれまでの話を噛み締めながら、深く頷いた。そして、返ってきたばかりの財布を彼女へ差し出す。


「この旅の間、君に会計係を任せよう。俺の代わりに、その辺のこと、よろしく頼む」


 先達の騎士が、修行を終えた者を新たな騎士として叙任するような厳かさで、俺は彼女を会計係に任命した。


「……それはつまり、覚えるつもりが無いってこと?」


「そんなことはないヨ」


 じとっとした目で見てくるラキアから顔を逸らしつつ、俺はそう嘯いた。


 ラキアの説教兼、お金講座が終わったところで、俺たちは通りへ戻った。

 そのまま屋台で買い食いなどをしつつ、街の外れまで来たところで、ちょうど良さそうな宿を見つけて部屋を取った。

 主人との交渉はラキアに丸投げだ。短いやり取りの後、部屋だけでなく、一人につき桶いっぱいのお湯をつけてもらえることになった。借りたのは二人用の部屋だ。二部屋借りて良いぞと言ったところ、お金がもったいないからという答えが返ってきた。年頃の少女が男と同室なのはどうなのかと思わなくもないが、散々一緒に野営してきたのだ。今さらなのかもしれない。

 代金は銅貨十枚だった。一人銅貨五枚とは、中々に破格の値段だ。

 そう思っていると、これが普通だと言われてしまった。その流れで思わず、あの街では鍵付きの部屋を二晩借りるのに金貨を支払ったと口を滑らせてしまう。


「部屋を借りるどころか、宿一軒丸々買えるわよ!」


 そう怒られた。

 やはり、この旅の間、金に関することは全部彼女に任せようと思った。


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