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若将軍は旅がしたい!  作者: 高嶺の悪魔
第三章 ローセオン

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気ままな旅路 1

 見上げた夜空には、満天の星々が瞬いている。

 今夜は新月だ。夜を優しく照らす空の女王がいない分、星々はいつもよりくっきりと、力強く輝いて見える。

 そして、視線を地上へと落とせば、そこにもまた星空が広がっていた。

 鏡のような湖面に、夜空がそっくりそのまま映りこんでいるのだ。

 永遠の命を持つエルフたちは、この世での生に倦むと至福の国へ至るため、星々の海を渡るという。人の身では決して行くことのできない天空の果て。そこはもしかしたら、こんな場所なのかもしれない。

 そんなことを夢想しながら、星明りを邪魔しないように旅期の大きさを調整する。

 眼前の景色は、いつまで経っても見飽きることが無かった。


「んぅ……ルシオ? まだ起きてたの?」


 焚火の薪が小さく爆ぜるのと同時に、背後からラキアの声がかかる。顔だけを振り向かせると、彼女が天幕から這い出して来るのが見えた。

 一人用の小さな野営天幕は、王都を出てから最初に立ち寄った小さな街で買ったものだ。

 天幕とはいっても、細長い形をした布の中央に通してある紐を、地面に立てた一対の支柱に括りつけて支えるだけの簡素なもので、買ったときについてきた木製の支柱は早々に折れてしまったため、今はその辺で拾った枯れ木で代用している。

 一人用だから中の空間も寝返りが打てるほど広くないし、敷幕もないので地べたに寝転がるのとそう変わりはないのだが、それでも吹き曝しで眠りよりはマシだろう。

 持ち出してきた路銀にもそれほど余裕があるわけでもないが、大きな街にはできるだけ立ち寄りたくないという俺の我儘のせいで、ラキアを野営に付き合わせているのだ。これくらいはまあ、必要経費だろう。


「寝るのがもったいない」


 天幕から出て、焚火に近寄ってきたラキアへ答えながら、視線を前に戻す。


「それはまあ、分かるけど……」


 焚火を挟んで横に座った彼女は、マントを身体に巻きつけながら俺に同意した。

 このマントも、天幕と一緒に買ったものだ。マントは旅の必需品といっても良い。単純な防寒対策としてはもちろん、山を歩く際には茂みの枝などから肌を守ってくれるし、寝る時には布団として使える。ラキアのものにはフードが付いていないが、いざとなれば頭からかぶって雨よけにもなる。


「でも、もう三日目よ? 流石に飽きない?」


 一緒に天地を埋め尽くす星々の明かりを眺めていると、ラキアがぽつりと聞いた。


「まさか」


 何言ってんだ、この子は。一生ここにいてもいいくらいなのに。

 そう思いながら、俺は答えた。


「ああ、うん。そう……」


 どことなく呆れたようなラキアの声を聞き流しつつ、俺は三日前のことを思い出していた。


 ここはアンヌ―レシア王国領の東、ローセオン騎士国との国境付近にある山の中だ。

 たまたま立ち寄った麓の村で、山の上に綺麗な湖があると聞き、せっかくだから登ってみようという話になったのだ。なった、というか。俺がどうしても行きたいと言い張っただけなのだが。

 旅に出てから、つまり王都を抜け出してから、半月ほどが経った。エルフに会いに行くとはいっても、急ぐ旅ではない。こうした寄り道は日常茶飯事だ。

 ほとんど夜明けと同時に村を出て、半日ほどかけて山を登った。それほど切り開かれているわけでもない山を登るのは一苦労だったが、ラキアは流石の身体能力で遅れることもなく着いてきた。

 そうして辿り着いたここは、苦労に見合うだけの場所だった。

 初めて見た時、豊かな木々に囲まれた湖は青く澄んだ水を湛えており、その湖面に周囲の景色と山頂を映し込んでいた。少し顔を巡らせれば、遥か遠くの山々まで遠望することもできた。その景色が見れただけでも、わざわざ山を登ってきたかいがあったというものだ。

 だが。この通り。この湖の真の美しさは、夜の闇の中でこそ真価を見せたのだ。

 満天の星々が湖面に映りこんで、上も下もなく星空が広がっている光景を最初に見たときの感動は言葉にできない。

 以来、ラキアの言った通り、既に三日間。この湖の畔で野営をしている。

 その間、俺は食事の用意をすること以外、昼も夜もただひたすら景色を眺めていた。

 念のため、麓の村で保存食を幾らか買いこんできたのだが、そんな必要は無かったかもしれない。夏ということもあって、山には森の恵みが満ちているし、湖には魚も泳いでいた。水が綺麗だからか。この湖の魚は塩を振って焼いただけだというのに、少しの泥臭さもなかった。


 飽きることもなく幻想的な世界の美しさに目を奪われていると、隣でラキアが小さくくしゃみをした。

 すっかり盛夏の季節ではあるが、ここは山の上である。湖の湖面を渡って吹き寄せてくる夜風は少し肌寒い

 冷えは女の大敵だったなと思い出して、明るさを抑えるために小さくしていた焚火へ薪を継ぎ足す。少し大きくなった火に、ラキアは有難そうに手をかざしていた。

 この半月で、彼女もすっかり野営に慣れたようだ。どんな場所でも割と抵抗なく眠れるようだし、粗食にも文句を言わない。

 そのことに感心している俺に、ラキアは別に慣れているからと答えた。

 そういえば、そうか。あの街で彼女のが家と呼んでいたものを思い返せば、天幕で寝るのも大して変わらないのかもしれない。

 そうならねばならなかったのかもしれないが、逞しい子だと思う。

 やはり丁寧な言葉遣いは苦手だったのだろう。俺に対する口調もこなれたものになっているし、旅の共連れとしてなんの不満もない。


 その点、リタなんかは酷いもんだった。

 魔獣大襲来の折から、なぜか行動を共にするようになった彼女とも何度となく夜営をしたものだ。だが、遂に彼女が野営に慣れることは無かった。

 名家の出である彼女には、まず地べたで横になることが信じられなかったらしい。それならばと枯れ草を集めて積んでやったこともあるが、渋い顔をしていた。

 食事でも魚や肉を焚火で炙ったものなら少しは食べたが、野草を使った料理などには決して口を付けなかった。彼女にとっては、その辺で摘んだ雑草にしか見えなかったらしい。

 まあ、世の一般的な女性としてはリタのほうが普通で、ラキアが普通より逞しいのかもしれないが。俺にはどうにも判断しかねる問題だ。


 しばらく会話していると、身体が温まってきたのか。ラキアはこくりこくりと舟を漕ぎだした。それを見て、明日出発するから早く休むようにと促す。

 この湖の畔を離れるのは大変名残惜しいが、いつまでもここにいるわけにもいかない。

 ラキアは素直に天幕へ潜りこんだ。中から、おやすみというくぐもった声が聞こえてきたので、同じ言葉を返しておく。

 そうは言われても、誰かが起きて火の番をしなければならないのだ。火を焚いていても、獣が襲ってこないとも限らない。

 俺はまた、夜明けごろに少し微睡むくらいでいい。

 それに何より。今は目の前の奇跡の光景を、少しでも鮮明に脳裏に焼き付けておくことの方が大切だった。


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