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若将軍は旅がしたい!  作者: 高嶺の悪魔
第二章 旅立ち

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いざ、冒険の旅へ

 貴族街の通りに敷き詰められた白い石畳が月光を浴びてぼんやりと浮かび上がる中を、ラキアと隣り合って歩く。


「それにしても、身軽過ぎないか?」


 ふと訊いたのは、ラキアの恰好についてだ。小さな肩掛け鞄以外、これといった持ち物もない。身軽というのは旅をする上で重要なことだが、それにしたって着の身着のまま過ぎる。


「それは、だって。持ち物なんて元々無かったし……」


 少し唇を尖らせて答えたラキアに、それもそうかと頷く。

 うちの屋敷に来る前は、田舎街の貧民街に住んでいたのだ。たった一月の間に彼女を巡る環境が一変したとはいっても、そこまで持ち物が増えているわけもないか。

 もしかしたら、初の給料日もまだなんじゃないか。


「じゃあ、何が入ってるんだ?」


「えっと……」


 ラキアが下げている鞄を指さして尋ねると、彼女は中身を確認しながら答えた。


「余っていたパンを包んできたのと、バターと、バターナイフと、ハンカチと……」


 遠足気分か!

 パンとバターはともかく、バターナイフはいらないだろ!

 と、そう言いたくなるのを我慢して、「他には」と先を促す。

 すると、ラキアは何故か顔を真っ赤にして俯いてしまう。


「まさか、それだけ? それしか持って来なかったのか?」


 旅を何だと思ってるんだ。

 それに持ってきたというパンも、夕食に出た白パンのことだろう。白パンは柔らくて旨いが、あまり日持ちしない。旅に持ってゆくようなパンは固く焼しめたものか、ガチガチに乾燥させたパンのどちらかと相場は決まっている。とにかく日持ちさえすればよいので、味は二の次だ。

 どうやら、この子には旅というものを一から叩きこまねばならないらしい。

 ……とりあえず、最初に立ち寄った村か街に雑貨屋があれば野営用の天幕でも買うか。それにマントも必要だ。寝るときは布団の代わりになるし、雨よけにもなる。

 持ち出してきた路銀もそんなにないんだけどなぁ。


「後は……その、」


 と、消え入りそうな声が聞こえて、俺はラキアを見た。


「その、替えの下着を……」


 三日分、と。囁きよりも小さな声で最後の荷物を口にした彼女の横顔は、月灯りの中でも見てとれるほど赤い。ほとんど髪と同じくらいだ。


「ああ、うん。その、ごめんな?」


 なんとなく、謝ってしまった。

 そんなことを言わせるつもりは無かったんだ。うん。必要だよな、下着。女の子だもんな。


「と、ところで! どうやって王都から出るつもりですか? 大門はもう閉まってますよ? そもそも、まず貴族街ここを出るためにも門を通らなきゃいけないし……」


 ぱっと顔をあげたラキアが、早口でそう捲し立てる。照れ隠しのつもりなのだろう。敬語になってるぞなどと、野暮なことは言わない。

 確かに彼女の言う通り、貴族街は他の地区とは壁によって隔てられている。当然、その門には不寝番の兵が立っているし、抜けたとしても王都は周囲を高い壁によって囲まれた城塞都市だ。外へ出るための大門も夜の間は閉まっている。如何に俺がこの国の将軍だとしても、よほどの緊急事態でもない限り通るには面倒な手続きが必要だ。

 柵や家の門のように飛び越せる高さでもない。

 だが。古の賢者は言った。

 越えられぬ壁があるのならば、その下を潜れば良いのだと。


 目指していた場所についたので足を止めた。

 後からついてきたラキアが、立ち止まった俺の隣に並ぶ。

 目の前にあるのは水路だ。周囲の地面よりも低く掘られたその下を、王都のすぐ東を掠めるように奔るエレンヌイア河から引かれた水が流れている。

 王都にはこうした水路が縦横無尽に走っている。かつての国王たちが数台に渡って気付きあげたという水路網は、王都の豊かさを支える基盤なのだそうだ。

 当然、その水路は貴族街にも通っている。俺たちが立っているのは、水路に水が流れ込む起点となっている場所だ。そこだけ壁の一部がくりぬかれており、水を通すための穴が空けられている。

 水を通している穴は、ちょうど人が一人通れるくらいの大きさだ。俺だと少し身を屈めないといけないが、ラキアくらいなら問題ないだろう。

 水位は穴の半分ほどだった。王都はこのところ晴天に恵まれていたが、川の上流で雨が降っていた場合、水位が高くなっている可能性を心配していたのだが。これならあまり濡れずに済みそうだ。

 貴族街に流れる水路は市井の者たちが使うのとは異なる。エレンヌイア河近くの取水口からここまで、水は地面の下を通って流れてくるのだ。

 つまり、この流れを遡って行けば誰にも見られることなく王都の外へ出られるというわけである。


「……あの、本気?」


 流れ込む水を無言で見つめていると、ようやく俺が何をしようとしているのか悟ったらしいラキアが恐る恐るといった顔で訊いてきた。


「もちろん」


 笑みを浮かべて答えつつ、マントを脱いだ。


「あの、私……」


 何か言おうとしているラキアから鞄を取り上げて、マントを脱ぐ。彼女の鞄と自分の背嚢を一緒にマントで包んで、頭の上に乗せる。


「あの、私やっぱり……」


「大丈夫、大丈夫。こっちは上流だから、水は綺麗だよ」


 まあ、虫と鼠は多いけど。という続きは口に出さず。及び腰のラキアの手を取った。

 一月前に王都を抜け出した時。どうやって深夜に王都を脱出したのかと詰め寄るリタに、俺は決して口を割らなかった。

 だから、この抜け道を知ってしまった以上。もうラキアを置いて行くわけにはいかない。


「私、やっぱりかえ……!」


「さー、冒険に出発だー」


 何か言っているラキアの手を引いて、俺は水の中に飛び込んだ。



「うえぇ……信じられないぃぃ……」


 びしょ濡れのまま、夜の平原を歩く。俺の少し後をついてくるラキアは先ほどから泣き言ばかりだ。


「く、黒光りする虫がうじゃうじゃって……それに、あんな大きな鼠も……」


 身震いしながら呟くのは、通ってきた地下水路で見たもののことだろう。

 まあ、確かに、王都の鼠は肥えてるよな。アレならいざという時の非常食になりそうだ。

 などと考えつつ、俺はラキアに振り返った。


「まあまあ。もう少し行ったら、火を焚いてやるから」


 励ますようにそう言って、先を急ぐ。幸い、今は夏なのでびしょ濡れでも凍えることはないが、濡れた服のままでは気持ち悪い。それに装備も一度乾かさないといけない。

 だが、ここは王都の目と鼻の先だ。こんな所で火を起こせば、城壁の上で見張りに着いている兵から丸見えになってしまう。陽のあるうちに大門をくぐり損ねた商人や旅人が壁の外で一夜を明かすこともそれほど珍しくはないから、わざわざ確かめには来ないだろうが。それでも、今はできるだけ目立つ真似をしたくない。

 もう少し南へ行けば、川沿いに小さな林があったはず。今夜はそこで休もう。


「ところで、これから何処へ向かうの?」


 しばらく夜の中をさまよっていると、ようやく立ち直ってきたらしいラキアからそう訊かれた。


「んー……とりあえずは、東に向かう」


「東っていうと」


 人差し指を頬にあてながら、ラキアは何かを思い出すような表情になった。


「隣国の?」


 その言葉に頷く。


「そう。まずはローセオンに入る。で、そのまままっすぐ進んで、ウェルノア・カルザス……あー、大陸語だと、中央大連峰か。その麓まで行く」


 このアンヌ―レシア王国と、東西の隣国であるローセオン騎士国、ムトユルグ公国の三つを指して大陸中央三ヶ国と呼ばれるが、それは大河を挟んだ先にある南方王国から見た際の呼び名に過ぎない。実際には、この辺りの地域は大陸北西部にあたる。大陸の東にはさらに広大な大地が広がり、様々な国があるそうだ。

 そんな大陸の東西を隔てているのが、中央大連峰だ。

 山脈に連なる山々はどれも峻険で、天を衝くほど高く、山頂には絶えず白銀の雪冠を戴いているという。俺が先ほど口にしたウェルノア・カルザスとはエルフ語での呼び方だ。大陸語に訳すと、神々の御座とかいった意味になる。

 山脈の南側にはイグアス・エグニアと呼ばれる大瀑布があり、これが大陸西部を南北に分ける大河イグアスの起点となっているらしい。切り立った山肌から莫大な量の水が流れ落ちているというその大瀑布も、是非とも見ておきたいところだが。目的地はそこではない。


「目的地は、中央大連棒の麓に広がるロスリンの森だ」


「森? 森が目的地なの?」


 目的地を告げた俺に、ラキアは不思議そうに訊き返した。そんなところに何があるのかといいたげな顔だ。そんな彼女に、にっと笑って俺は言った。


「森の奥深くには、エルフの住まう黄金の館がある。そのエルフに会いに行くのさ」


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