思ってもない展開
「降参、ですか?」
ようやく息が落ち着いてきた様子のラキアに、俺は頷いた。
「そ、降参。大人しく屋敷に戻ればいいんだろ。それとも、このままリタの所に直行か?」
ご先祖様から受け継いだ魔法の指輪を全力活用しても振りきれなかったのだ。
焼こうが煮ようが好きにしてくれという気分だった。
たぶん、リタには物凄く怒られるんだろうなあ。
「ええと、あの……」
そんな風に肩を落としていると、何やらラキアから戸惑った声が掛かった。
「あの、私は別に、ルシオ様の旅立ちを止めるようにとか、連れ戻せとか、そういったことは言われてないのですが……」
「え?」
思わぬその返答に、首を捻る。
「じゃあ、なんで追ってきたんだ?」
「それは、ルシオ様が話を聞いてくれなかったからです」
「だって、俺を見張るよう、リタに命令されてたんだろ?」
叱るような声で答えたラキアに聞き返すが、ゆるゆると首を振られた。
「命令されたわけでは。ただ、頼まれただけです。ルシオ様から目を離さないようにと」
それが見張るという事なんじゃないのか。
ますます訳が分からなくなって考え込んでいると、ラキアが「それに」と口を開いた。
「リタ様も、ルシオ様が旅に出るのを止めようとは思っていないご様子でした」
そう言った彼女の口調は、妙な確信に満ちている。
しかし。そう言われてみれば、確かに。
リタの性格からして、俺が旅に出るのを本気で止めるつもりなら屋敷に泊まり込むくらいのことはしたはずだ。下手したら、寝室まで同じにしかねない。
そんな彼女が何の手も打って来なかったという事は。
うーん、と唸りながら、空を見上げた。明るい月が、柔らかく世界を見下ろしている。
「つまり、俺はこのまま旅に出て良いってことか?」
尋ねた俺に、ラキアはええまあと曖昧に頷いた。
「なにか、理由があるのでしょう?」
「いや、それは……」
ラキアの質問に、答えあぐねる。
理由は特にないのだ。ただ単に、旅をして世界を見て回りたいだけなのだから。
「ただちょっと、確かめたいことがあるんだ」
「確かめたいこと、ですか」
何を、とは聞かれなかった。
訊かれても困るが。世界のためだとか、大陸のためだなどとは口が裂けても言えない。
「ええ、その、じゃあ……行っていいか?」
思ってもみなかった展開に戸惑いつつ確認すると、ラキアはこくりと頷いた。
そんなあっさりと了承するのなら、どうしてあれほど本気で追い回してきたのだろう。といった疑問は、歩き出してすぐに氷解した。
「……なんで着いてくるの?」
三歩ほど後ろをぴったりと着いてくるラキアに振り返って尋ねる。
「ルシオ様から目を離さないようにと、言付かっていますから」
彼女はけろりとした顔でそう答えた。
「……あー」
そういうことかぁー、と。納得の唸りが漏れる。
ようやく、あの魔女の考えが分かった気がした。
つまり、こういう事か。
旅に出るのは許す。ただし、何処にいるのかは逐一把握させてもらうと。
俺一人ならまだしも、ラキアのような少女を連れて歩けば嫌でも目立つ。銀髪の男と真紅の髪の少女など、単体でも目立つのに。取り合わせれば珍しいなんてものじゃない。そんな二人組の足取りを追うのは簡単だろう。
だが。
「いや、やめておいた方がいいぞ、絶対。別に命令されたわけじゃないんだろう?」
俺は説得するように口を開いた。
そもそも。若い女の子が好き好んで旅になど出たいはずがない。
街や村に毎晩泊まれるわけではないのだ。そもそも大きな街に立ち寄るつもりはないから、俺と一緒にいけば必然的に夜営が多くなる。湯浴みはもちろん、水浴びだって滅多にできない。
一日中歩き通しになることなんてざらだし、獣や化け物に襲われる危険だってある。食事も満足に摂れるか分からない。
疲れて、きつくて、しんどい。それが旅だ。
それを好んでいる俺が言うのもなんだが。
「いいえ。ついて行きます」
だが、必死の説得にも関わらず、ラキアの返答は頑なだった。
「これは、私の意思です」
困って頭を掻いていると、駄目押しのように彼女はそう付け加えた。
まっすぐに俺を見つめてくる。
そういう目で見るのは、やめて欲しい。
ラキアから目を逸らすように瞑目した。眉間を揉みながら、いくつかのことを脳内で整理する。
まず、今回の旅。
それほど過酷な道を行くつもりはない。危険なことをするつもりも、あまりない。
ある程度は目立たない道を行く必要があるだろうが、先ほど見せつけられた彼女の身体能力があれば、十分にこなせる旅程だろう。
それに、ここで押し問答を続けようものなら夜が明けてしまう。
彼女を振りきることはもう諦めているし、もしも警備の兵にでも見つかれば強制連行待ったなしだろうし。
だが。連れてゆくとなると。大きな問題が一つある。
「……本気で着いてくるなら、一つだけ言うことを聞け」
「は、はい」
重々しく口を開くと、ラキアがやや上ずった返事をして背筋を伸ばす。
緊張した面持ちの彼女に、俺は指を突きつけて言った。
「その敬語をやめろ。普段通りの、君本来の話し方で良い」
それにラキアは、何やら拍子抜けした顔で頷いた。
「わ、わかりました……」
答えた彼女を、無言でじっと睨む。
「あ、いや、ええと……分かった、わ」
慌てたように言い直した彼女に、よろしいと頷く。
ひとまず、一番厄介な問題が解決した。そう長い付き合いにはならないだろうが、道中を共にする相手から恭しく言葉をかけられるなど冗談じゃない。
「よし。それじゃあ、静かにしろ。出来るだけ足音を立てるな。ゆっくりと、かつ、素早く動け」
「一つだけじゃないじゃないの!」
身を屈めて歩き出した俺の背中に、ラキアの小さな声が飛んだ。




