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若将軍は旅がしたい!  作者: 高嶺の悪魔
第二章 旅立ち

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泥酔会談

「ところで、若。まだ良い人はいないのですか?」


 そう俺に尋ねるアルドの目は据わっている。

 いつもぼさぼさの髪に、無精髭を生やしていたから気付かなかったが、髪を綺麗に梳かして髭を剃った彼の顔は貴公子然としている。

 まあ。そもそもエルフの血を継いでいることもあってか、北の一族は、全員が全員そうではないにしても、それなりに目鼻立ちは整っているから、驚くようなことでもないのかもしれない。


「良い人って……?」


「誤魔化すんじゃねぇよ、ルシオ! 女だ、女! 誰か、良い仲になった女はいねえのかって聞いてんだよ!」


 はぐらかすように応じた俺の背中を、隣に座っていたラルゴがバシバシと叩いた。

 こちらは髭を剃ってもあまり変わっていない。そもそも厳つい顔つきな上に、頭頂部だけを残して剃り上げているその髪型のせいだ。


「いるわけないだろ」


「いない!? 何故ですか!? 将軍にまでなって!」


 ラルゴの手を払いながら、溜息交じりに答えると、アルドがこの世の終わりみたいな声で叫んだ。


「いや。そもそもまず、将軍なんかになってることを驚いてほしいんだけど。大変だったんだぞ、これでも旅に出てから……」


「それは別に。若なら、その程度のことはあるだろうと思っていましたから」


 旅に出てから、どれだけ波乱万丈な日々だったかを語ろうとした俺を、アルドは片手をあげて制す。


「そんなことよりも」


 そんなことって。


「族長になられた以上。跡継ぎを残されるのは、貴方の義務ともいえます」


 眼が座ったまま、アルドは大真面目にそう口を開く。空のグラスをどんと机に置くと、ラキアがすかさずおかわりは如何ですかと訊いた。アルドは礼を言いながら、新しいグラスを受け取っていた。

 ちょっと待て。もう呑ませない方がいいんじゃないか。

 そう思うが、ラキアは誰かにそう命じられているかのようにラルゴにも新しい酒の入ったグラスを渡す。その視線が気になって先を追うとリタが居た。どうやら、全てはあの魔女の企みらしい。


「そうだぞ、ルシオ。お前さんの血筋が絶えたら、俺たちは本当に路頭に迷っちまうんだからな」


 対抗策を考える間もなく、アルドとラルゴは勝手に話を進めてしまう。


「いや。それは分かってるけど……そういうのはまだ早いって言うか。考えてないっていうか」


 だって、まだ二十一だぞ。俺。

 いや、こういうのは年齢と関係ないって言われたらそれまでだが。そもそもずっと戦い通しで、女性との出合いなんてなかった。そう答えると。


「なっさけねぇ……親父さんがそれを聞いたら咽び泣くぞ」


「ええ、そうかあ?」


 呆れたように額を手で打ったラルゴから目を離すと、対面に座っているアルドは遠くを見るような目つきをしている。


「そうですよ。御父君が若と同じ年頃の時にはもう、御母君と夜の湖畔を散策しながら、それはそれはもう。聞いているこちらの全身の毛が逆立つような睦言を交わし合っていたというのに」


 聞いてやるなよ、そんなこと。

 というか、両親のそんな話聞きたくないんだけど。

 心の中でそう言い返していると。


「まあ、将軍が誘えば一緒に夜の湖畔を歩いてくれそうな女性なら沢山いますが」


 シェルヘルミナ殿下とか、と。それまで黙っていたリタが突然、火に油を注いだ。


「なんだ、居るんじゃねぇか!」


「いや、相手はお姫様だぞ」


 楽しそうな声を出すラルゴに、冷静に返す。

 それから、何とか言ってくれとアルドに顔を向ける。が。


「それが何だというのですか、若!」


「そうですよ。あんまり鈍いフリをするのも、女性に失礼だと思いますが」


 なんでこんなに息が合ってんだ、この二人。

 いや、この場合、リタが酔っ払いに合わせてるのか。


「じゃあ、君はどうなんだ? 俺と夜の湖畔を歩けるのか」


 そんな彼女に、逆襲するつもりで俺は聞いた。


「あら。私も女性として扱ってくださるのですか?」


「いや、そりゃそうだろ」


 やけに棘のあるリタの口調に、首を傾げながらそう返す。


「そうですか。これまで戦いばかりで女性との出合いなどなかった、とおっしゃっていたものですから。どうやら将軍は、私を女性として認識していないのだとばかり」


「えぇ……」


 困ったような声が喉を震わせた。

 もしかして、それで機嫌悪いのか。相変わらず女性は良く分からん。


「まあ、将軍閣下がそうお望みでしたら、夜の湖畔でもどこでもお付き合いしますが」


「権力ありきじゃないか、それ」


「なんだ。ちゃんといるじゃねぇか」


 そんな俺たちのやり取りをどう聞いていたのか。ラルゴが横でぽつりと零していた。

 そこへラキアが新しい酒の瓶をもって応接間に入ってきた。どうやら、最初に開けた一本はもう呑み切ったらしい。結構強めの蒸留酒だったから、納得の泥酔具合である。

 そんな彼女を見て、何を思いついたのか。


「それでは、ラキアならどうですか?」


 リタがそんなことを口にした。


「え、はい。何でしょうか、リタ様」


「将軍が、一緒に夜の湖畔を散歩したいそうです」


 呼ばれたと思ったのか。聞き返したラキアにリタが告げる。


「へ!?」


「待て待て、言ってない! 言ってないから!」


 驚いたように動きを止めたラキアに、慌てて説明しようと立ち上がる。が、誰かに肩を掴まれて、無理やり座らされてしまった。


「まぁまぁ、ルシオ」


 ラルゴだった。


「そうです、若。照れくさいのは分かりますが、こういうのはやはり男性がしっかりと手を引いてやらねば……」


 そして、何やら神妙な面持ちで頷いているアルド。

 おい、大丈夫か。この北一番の知恵者。


「ちょっと待って、ルー君」


 そこへ、ミリアが低い声とともに割り込んできた。


「教えたと思うけれど、女性と付き合う上で最も大切なのは誠実さよ。複数の女性に思わせぶりな振舞いをするなんて、そんな子に育てた覚えはないわ」


「まず、そんな振舞いをした覚えがないんだけど」


 酔眼の彼女を見つめ返しながら、真摯に答える。


「どの口が言っているのやら」


 吐き捨てるようにリタが呟く。


「いやあ、これなら跡継ぎには困りませんな、若」


 そしてこいつはさっきから何を言ってるんだ。

 状況はもはや、俺ではどうしようもないほど混沌としていた。

 三人が酔ったらどうなるかという好奇心から、まさかこんな事態になるなんて。

 なんだかんだ、全員自制心が強い方だと思っていたのに。

 まさか、ここまで自由になるとは。今までよほど抑圧されていたんだろうか。

 そこまで考えてから、いや、それはそうかと思い直す。

 人並みの楽しみなんて何一つ知ることもなく、ただ化け物を狩り続けるだけの人生だったのだ。

 そして、それはこの三人だけじゃない。北の一族はみんなそうだ。

 決して、そのことを恨んではいないだろうが。それでも好いているわけでもないだろう。

 でも。これからはもう少しマシになる。

 マシにしてみせるのだ。

 一人、また一人と酔いつぶれてゆく仲間たちを見ながら、俺は静かにそう決心をした。

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