世界の剣
俺は目の前に差し出された剣を静かに見下ろした。
武骨な柄が突き出す鞘は、白木を削り出して作られたものだ。表面にはこの剣の由来を示す、古いエルフ文字が刻まれている。
眼を瞑って、一つ。静かに息を吐く。
それから、俺はゆっくりと剣の柄に手を伸ばした。
やや太めな握りは、これまで使い込んだどんな剣よりも手に馴染んだ。
ぴったりと手に吸い付くような感触は、まるでこの剣が自分のためにつくられたようだ。
一同が見守る中。俺はアルドが持つ鞘から、ゆっくりと刀身を引き抜いた。
現れた刀身を見て、リタが小さく息を呑んでいた。
それは炎のように揺らめいて見える、白銀の刀身。
傾いた陽光に照らされた部屋の中でさえ赫々と輝くそれは、神々の白い焔を宿すといわれる精霊鋼を鍛えて造られたものだ。その刃は羽のように軽く、堅牢鋭利にして、通常の武器とどれほど打ち合わせたところで決して刃毀れすることはない。
剣の腹には、鞘と同じく古いエルフ文字が刻まれている。
それがこの剣の銘であり、同時にこの大陸と同じ名でもある。
ロディンシア。
聖上と万物の精霊の御名の下、エルフとドワーフによって鍛えられ、邪悪を打ち砕くため人の手によって振るわれる世界の剣。北の一族の長が代々受け継いできた、神代の武器。
「若、こちらも」
剣を垂直に立てて、陽光を浴びて輝く刀身を見上げている俺に、アルドが懐から取り出したものを手渡した。
大きな金剛石が嵌め込まれた銀の指輪だ。
それも、ただの金剛石ではない。透明無垢なその中には、七色の光が煌ている。
虹を閉じ込めたようなその見た目から、八輝石とも呼ばれている。
この指輪もまた、族長が受け継いできた秘宝の一つだ。
俺が祖父さんの下から持ち出してきた三つの指輪とは格が違う。これは北の一族が持つ魔法の指輪、その全ての力を併せ持っているのだ。
「それから、先代から若へ遺言が」
「聞こう」
指輪を胸元の物入れに滑り込ませ、アルドから受け取った鞘に剣を納めながら俺は応じた。
遺言はただ一言だった。
「心のままに、と」
俺はそれに、ただ頷いた。
あの厳格な祖父さんに、ようやく、少しは認めてもらえたかなという気になる。
「では。新たなる族長。御指示を」
アルドがそう頭を下げた。三人とも、まだ跪拝したままだ。
俺は彼らの頭を見下ろすと、少し考えてから口を開いた。
「我ら一族は、これまでひたすら北の地のみを守り続けてきた。遥か昔に破られたゴディシュの門から北壁を越えて、大陸に雪崩れ込む化け物どもを一匹でも多く押し止めるために」
誰も黙っている中、まずはそう切り出す。
「だが。取り逃した化け物どもは大陸の各地で数を増やし、それが三年前の魔獣大襲来、その後に続く魔軍戦争へとつながった」
そうだ。
賢者たちからの警告が無かった。貴族たちの下らない言い合いで対応が遅れた。
言い訳は腐るほど思い浮かぶが、それらは全て掃いて捨てるほど些末なものだ。
全ては、我らが北の地を守り抜くことができなかったが故に起きた悲劇。
ならば、そこで失われた命に我らは報いなければならない。
「全ての弱き者に代わって剣を取り、大陸安寧のため、諸国万民の盾となる。その誓いを果たすためには、いつまでも北方の守りに拘泥しているわけにはいかないと、俺は思う。そこで」
一度、言葉を切った俺はまずラルゴに目を向けた。
「ラルゴ。西に向かえ。鉄冠山脈のドワーフたちが、魔軍の残党相手に手を焼いているそうだ。現地の情報を集めつつ、彼らの手助けをするのだ」
「はい。族長」
答えて、ラルゴは顔をあげた。そこに浮かんでいるのは不敵な笑み。
立てた膝の上に置かれている手には、紅い宝玉の輝く指輪が嵌っていた。地の底で燃え盛る炎を封じたというその紅玉は持ち主を邪悪から守り、あらゆる困難を打ち払う剛力と頑強さを与える。
その指輪を受け継ぐに相応しく、ラルゴは一族きっての力自慢だ。
屈強な両腕で振るわれる大剣は、一撃でオークを十匹纏めて吹き飛ばす。
彼ならば、ドワーフたちが国を取りもどす力になれるだろう。
「ミリア」
次いで、ミリアに声を掛ける。
「大河を渡り、大陸南方へ向かえ。南方王国について、幾つか良くない噂を耳にしている。かの国は、元を辿れば我らと同じ出自。事の真相を確かめてきてほしい。それと、できるなら南方大森林にあるエルフの王国を訪ねて、彼らに伝えてきてほしい。北の一族は、今なお古き盟約を忘れてはいない、と」
「はい。族長」
柔らかな笑みと発音で、彼女は応じた。
まるで子供の成長を喜ぶ親のような笑みを浮かべている彼女の指には、蒼玉の指輪が光っている。
誠実や慈愛の象徴とされる蒼玉には、強力な癒しの力が宿っている。また、持ち主には真実を見抜く第六感を与えてくれるという。
ミリアに任せたのは、言うなれば間諜のような任務だ。その力はうってつけと言える。
剣士としても、彼女は一流だ。
北の一族は女性でも剣技を学ぶが、それはあくまでも自衛のためだ。彼女のように第一線で戦い続ける者は少ない。
小振りな双剣を自在に使いこなす彼女の太刀筋は、力は無くともしなやかで、まるで舞いを舞っているような華やかさがある。
それに、エルフ語にも堪能だ。
「残る一族は、これまで通り大陸へ侵入する化け物どもを狩り続ける。アバンにその指揮を一任する」
この場にはいないが、アバンもまた一族の中で傑出した戦士だ。
紫水晶の指輪を受け継いでいて、如何なることが起ころうと冷静さを失うことのない彼ならば、北の守りを任せても安心できる。
それに、この三人がここにいるという事は、今は彼が一族を指揮しているのだろう。
「……それで、若。私には?」
言いたいことを言い終えて口を閉じた俺に、アルドが顔をあげて訊いた。
一族きっての名剣士である彼の指には、大きな緑柱石が輝いている。叡智の象徴とされる緑柱石の指輪を受け継いだ彼は、北一番の知恵者として先代族長、つまり俺の祖父さんの右腕でもあった。戦いでも、一族の統率でも。彼にならば何を任せても良いのだが。
「うん。もちろん、アルドにも頼みたいことはある。でもま。それはまた今度という事で」
言って、俺は三人に立ち上がるよう促す。
「とりあえず、今日はみんな、俺の家に来ないか?」
そう誘った俺に、アルドたちは怪訝そうに顔を見合わせていた。




