北からの使者 1
そんなこんなで、一月ほどが流れた。
毎日のように書類仕事に追われ、合間を見ては訓練場に顔を出して、シェルヘルミナ殿下からは頻繁にお茶に誘われ、顔を合わせるたびにあれこれと理由をつけて王位を譲ろうとしてくるセルゲイン王を適当にあしらう。
そんな、ある日の事だった。
すっかり夏らしくなった陽も傾き始め、今日はもう切り上げようかと思っていたところへ。
「俺に、客?」
その知らせを持ってきたリタに、俺は警戒するように訊き返した。
またぞろ何処かの貴族が晩餐会の誘いにでも来たのかと思ったのだ。
だが。
「ええと。その、恐らく、将軍と同じ北方の方かと思われます」
そんな俺に、リタは珍しく戸惑った様子で答えた。
……北の一族が?
わざわざ、何の用だ。首を捻っても答えは出ない。
「何やら、将軍に重要なお話があるとかで」
「分かった。とりあえず、会おう」
答えて、俺は立ち上がった。
うちの一族が北の荒れ地を離れるとは、よほどのことだ。
服装を整えながら、何があったのだろうかと考える。
そこへ、リタが客人を連れて戻ってきた。
「お元気そうですな、若」
「アルド!」
リタに先導されて執務室へ入ってきた男を、驚きの声で出迎える。
俺を見た彼は、無精ひげの目立つ口元に小さな笑みを浮かべた。
ぼさぼさの髪を無理やり撫でつけたような髪型に、やや面長の面立ち。そこに浮かぶやつれたような表情は、長い放浪の間にすっかり張り付いてしまったものだ。
痩身だが、身長は俺よりも頭半分ほど高い。
執務机を回り込んで近づいた俺に、アルドは手を差し出した。その武骨な手を、がっしりと握り返す。
そうして再会を喜んでいると、アルドの後ろからさらに二人の人物が顔を出した。
一人は、アルドよりもさらに背が高い。厳つい顔つきの見上げるような偉丈夫だ。口元にはやはり無精髭を生やしており、髭頭頂部だけ残して髪を剃っている。
もう一人は女性だった。左目の下にある泣きぼくろのせいか妖艶な雰囲気のある面立ちの美女で、後頭部で一纏めにした髪を背中に靡かせている。
そして、その全員が銀髪だ。
「ラルゴに、ミリアまで?」
「よ、ルシオ。久しぶりだな」
「はぁい、ルー君」
呼びかけると、ラルゴは厳つい顔面に野性的な笑みを浮かべて、ミリアは片目を瞑って手をひらひらとさせながら、それぞれ返事をした。
「……ミリア、ルー君は、その。俺ももう、大人だし……」
「なぁに言ってるのよ」
恥ずかしいのでやめてほしいと言った俺に、彼女はあっけらかんとした笑い声をあげる。
「私にとってはまだまだ、ちっちゃなルシオ君のままよ。おしめを取り換えてあげてたのが、昨日のことのようだもの」
思い出すようにしみじみとした声を出すミリアに、俺は口を噤んだ。
之だから、彼女は苦手だ。
「三人とも、どうしてここに?」
ミリアから顔を背けて、アルドに尋ねる。
思わぬ三人との再会は確かに嬉しいが、彼らは一族の中でも族長の側近中の側近たちだ。
特に、体調を崩しがちな族長に代わって一族の事を取り仕切っているアルドが北の地を離れるなど、よほどの事態である。
「なにかあったのか?」
俺の質問に、アルドは表情を引き締めると言った。
「族長がお亡くなりになりました」




