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若将軍は旅がしたい!  作者: 高嶺の悪魔
第二章 旅立ち

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32/121

そんな日常 騎士団訓練場にて

「おう、ルシオじゃねぇか!」


 リタを引き連れて王宮の一画にある、近衛騎士団の訓練場として使われている広場へ足を踏み込むと、そこで訓練用の木剣を振っていた金髪の美青年から声を掛けられた。

 精悍な面立ちに、少年のように無邪気な笑みを浮かべる彼を見てほっと息を吐く。

 ユースタス・レンベンドルフ。

 平民の出身でありながら、魔軍戦争で多大な戦功を挙げて王都の近衛騎士団長を任されているこの若き英傑は、この国でほとんど唯一の、俺に敬語を使わない人物だ。

 それは別に互いが任されている役職が同格であるとか、そういった理由からではない。

 単に、彼がそういう性格だからだろう。

 たぶん、俺がこの宮廷内で一番付き合いやすい人物だ。

 お互い貴族の出身ではないので、堅苦しいのが苦手ということもある。


「家出してたんだって? 生真面目副団長ダスティンに連れ戻されたらしいな」


「家出じゃない。視察だ」

「家出ではありません。視察です」


 くつくつと屈託なく笑いながら近づいてきた彼に、俺とリタが同時に言い返す。

 それに、仲いいなあ相変わらずと、ユースタスは呆れたような顔をしていた。


「俺が迎えに行ってやっても良かったんだけどな」


「お前が行ったら、将軍ともども半年は帰ってこないだろうが」


 首に掛けた布で汗を拭っているユースタスの背後から、同じく部下の訓練に励んでいたらしい生真面目副団長が口を挟んだ。ダスティンは俺に向かって姿勢を正すと、軽く礼をしてくる。それに手を振って応じていると。


「そんなことねえよ。な?」


 ユースタスがおどけたように肩を竦めながら同意を求めてきたので、もちろんと頷いておく。そんな俺たちの背後では、リタとダスティンがほとんど同時に溜息を吐いていた。

 ユースタスは戦場でこそ有能かつ勇猛な戦士だが、事務は俺と同じくからっきしだ。

 訓練以外の仕事にはあまり熱心ではなく、騎士団の事務もダスティンに放りっぱなしだと聞いている。たぶん、リタとは何か通じ合うところがあるんだろう。

 もちろん、俺たちはそんなことお構いなしだが。


「んで、今日はどうしたんだ?」


「いや。暇だったから」


 ユースタスの質問に、正直に答える。

 溜まっていた仕事を終わらせて休みをもらったのは良いが、やることが無いのだ。

 王都では顔も名前も知れ渡っているため、ちょっと屋台巡りにでも行こうものなら大騒ぎになりかねない。

 かといって、屋敷に引きこもっているのは退屈だ。

 そうなると自然、選択肢は限られてくる。

 休みを返上して仕事をするか。若しくはこうやって、近衛騎士団の訓練に顔を出して混ぜてもらうかだ。

 当然、休みを返上してまで働く趣味など俺にはない。

 じゃ、ちょっと付き合ってくかと木剣を投げてよこすユースタスに、もちろんと応じてそれを受けとる。


「新しいのが何人か入ったばかりなんだ。ちょっと揉んでやってくれよ」


 そう言って、ユースタスが訓練場に整列している騎士たちを顎でしゃくった。

 見れば、確かに見覚えのない顔が二、三混じっている。ちょうど、彼らに稽古をつけていたところだったのだろう。


「ほどほどにしてくださいね」


 背後からリタにそう言われたので、手を挙げて答える。将軍が手ずから稽古をつけるのであれば、自分も要りませんなと言ったダスティンと共に、彼女は訓練場の隅に設置されている休憩用のベンチへ向かった。



 新人がどの程度できるのか見ておきたかった。

 ユースタスと短い打ち合わせをした結果、一人ずつ試合形式で実力を見るということになった。


「おし、じゃあまずはマルロー!」


 ユースタスの威勢の良い呼び声に応えて進み出たのは、俺よりも若い騎士だった。

 年齢的に、まだ騎士に叙任されたばかりなのだろう。


「大陸の英雄、アルバイン将軍直々に指導してもらえんだから、遠慮するなよ!」


 やや緊張している様子のマルローに、ユースタスが快活な声を掛ける。

 たぶん、この少年は万事控えめな性格なのだろう。

 それが分かっているからこその、その言葉だ。

 遠慮するな。全力でぶつかっていけと、励ますようなユースタスに、マルロー少年が剣を構える。

 対する俺は、右手に持った木剣をだらりと垂らしながらマルロー少年を観察した。

 アンヌ―レシア中の精鋭が集まる近衛騎士団に入団できるのだから、当然、彼は年並外れた技量の持ち主であるはずだ。

 訓練用の木剣を正眼に構えたその姿からは、これといった隙が見てとれない。

 だが、やはり生来の気性だけはすぐに拭い去れないのだろう。

 力が入り過ぎている。

 少し待ってみたが、中々打ち込んでこないのでこちらから仕掛けることにした。

 といっても、ひょいと木剣を突き出しただけだが。

 マルロー少年はそれに、過敏なほどに反応した。俺が突き出した剣を、慌てたように思いきり弾いたのだ。そのせいで、姿勢が大きく崩れてしまう。

 俺は弾かれた勢いを利用して、木剣を手の中でくるりと回すと、やや前屈姿勢になっているマルロー少年の首元にぴたりと当てた。


「そこまで! おいおい、何やってんだマルロー! もっとこうがむしゃらにだなっ!」


 審判役のユースタスが判定を下す。

 それにマルロー少年が、もう一度お願いしますと声を上げた。

 どうする、と挑むような視線を聞いてくるユースタスに、もちろんとばかりに頷きを返す。

 仕切り直した二戦目、マルロー少年は果敢に向かってきた。

 なるほど。緊張さえ解れれば、筋は悪くない。いや、当たり前だが。

 右から、左から。剣を突き出しつつも、防御を忘れていない。しかし、足運びが少し雑だ。それに守りを忘れないのは大切だが、そこに拘り過ぎるのも良くない。

 こちらがわずかに反撃の素振りを見せただけで、ぐっと引いてしまうのだ。

 何度か剣を打ち合わせたところで、マルロー少年が大きく踏み込んだ。そこを見計らって、ほんの少し木剣の切先を下げてみる。

 その動きそのものには、特に意味はない。

 だが、見方によっては下から切り上げようとしているように見えなくもない。恐らく、その通りに判断したのだろう。マルロー少年がびくりとしたように剣と身体を後ろに引いた。当然、大きく前に踏み込んだ足はその動きについてこない。

 結果、彼は大きく体勢を崩して、訓練場の土の上に尻もちをついてしまった。


「そこまで! よくやった、マルロー! その意気や良し!!」


 転んでしまい、恥ずかしそうにしているマルロー少年を、ユースタスがそれを見ていた周りの失笑をかき消すような大声で褒めた。

 俺は彼に手を差し出して、良かった点を褒めつつ、いくつかの助言を与える。

 立ち上がった彼は、畏敬の眼差しも露わに俺へ頭を下げた。


 そんなこんなで新人たちと一通り剣を交えた後。ずっとうずうずしていたらしいユースタスとも一戦交えることとなった。

 まあ、こちらとしても彼相手なら全力を出せるので、ありがたい。

 たまには本気を出しておかないと、剣の腕というのはすぐに鈍るのだ。


 わずかに下げた頭の上を、木剣が風切り音を立てながら通り過ぎる。

 ユースタスは剛剣の使い手だ。戦場では重く、長い両手持ちの剣を使う。

 如何に訓練用の木剣だろうと、鍛え抜かれた腕力によって振るわれる今の一撃をまともに受けていたら無事では済まなかっただろう。が、そんなことは気にせず、俺は低い体勢のままユースタスに迫る。

 みぞおちめがけて、右手に持った剣を突き出す。しかし、その一撃はふん、という気合の声とともに横へずらされてしまう。もちろん、それは予想済み。剣の弾かれた方向に、身体ごとくるりと回し、反対側から襲いかかってきたユースタスの剣を受け流し、ざっと距離を取った。剣が見えていたわけでは無い。ほとんど直感だ。

 一呼吸の後、木剣を大上段に振りかぶったユースタスに対して、俺もまた剣に両手を添える。

 お互い、吠えるような大声をあげて剣を振るった。

 上からまっすぐに振り下ろされるユースタスの剣を、右下から掬い上げるようにして受ける。このまま単純な力比べをしてもいいが、それよりもやはり受け流してから斬り込んだほうが。いや、ユースタスが踏み込んできた。力で押し潰すつもりらしい。それならば。

 などと、色々な思考が矢継ぎ早に流れてゆく中、木剣が打ち合う。

 その瞬間、バキッ、という鈍い音が響いた。

 木剣が折れた音だった。

 お互いの木剣が打ち合わせたところから、弾けるようにへし折れている。


「あんだよ、畜生っ、良いところだったのに!」


 半ばで折れてしまった木剣を地面に叩きつけながら、ユースタスが大声を出した。

 同じく、半分になってしまった木剣を投げ捨てつつ、俺も頷く。

 まったくの同意見だ。

 やはり全力で振るうのに木剣では耐久力不足である。

 肩で息をしつつ、ユースタスと静かに見つめ合う。

 戦意に燃えるその瞳の奥で考えていることは、たぶん俺と同じだ。


「真剣もってこい! 次は絶対に左手も使わせてやる!」

「リタ! 俺の剣とって!」


 ほとんど同時に、俺たちは叫んだ。


「却下」

「何を馬鹿なこと言ってるんですか」


 ダスティンとリタがそれに答えたのもほとんど同時だった。


「もう十分でしょう。部下を放っておいて、何してるんですか。二人とも」


 呆れたような顔で近づいてきたダスティンが両手を腰に当てて、叱るような声を出す。

 そこへ、ぽかんとした顔で俺たちを見つめている騎士の一人が口を開いた。


「あの、お二人とも飛んでもない速さで剣を打ち合わせてましたが、あれは見えてやっているんですか?」


「あん? んなわけねえだろ」


 その質問に答えたのは、ユースタスだ。


「勘だよ、勘」


「まあ。相手の姿勢や身体の動きからある程度は予測できるけど。大体は勘だな」


 それに俺も頷く。


「あー、良いか。諸君、今の二人の戦いは、どちらかというと野生動物のそれであって、努々真似しようとは思わないように」


 騎士たちに向き直ったダスティンが釘を刺すように彼らへ言った。


「おい、ちょっと待て」

「誰が野生動物だ」


 ユースタスと一緒に、抗議の声を上げるが無視された。


「騎士団長も大概ですが、普通の人間に、将軍の戦い方は参考にならないんですよ」


 あとからやってきたリタにまでそう言われてしまう。


「指輪は使ってないぞ」


「そういう次元の話をしてるんじゃないんです」


 反論するように両手を開いて見せた俺に、彼女は呆れたように息を吐いていた。

 俺はユースタスと顔を見合わせて、首を捻った。

 勘。大事だと思うんだけどな。

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