そんな日常 真紅のメイドさん 2
「お食事のご用意もできておりますが、先に湯浴みをなさいますか?」
応接間のソファに腰を下ろして一息ついた俺たちに、サラさんがそう尋ねる。
「いや。夕食が先で良いよ。冷めたらもったいないし」
答えてから、リタに顔を向ける。
「君も食べていくだろ?」
「将軍閣下がそうおっしゃるのでしたら」
そう確認した俺に、彼女は澄ました顔のまま答えた。
その言い方に、はてと首を捻る。
「おっしゃるも何も。いつも夕食はうちで済ませていくじゃないか」
俺が将軍になって、リタがその秘書官になってからのこの一年。仕事を終えてから、この家で一緒に夕食を摂るのは、すっかり当たり前のことだと思っていたのだが。
「あら、将軍からお誘いのあった時だけですよ」
「そうだったのか……?」
リタから明かされた衝撃の事実に、思わず聞き返す。
「ええ。もっとも。今のところ、お誘いの無かった日はありませんでしたが」
彼女はそう肩を竦めた。
……言われてみれば、そうかもしれない。
「ってことは。毎日誘わないと駄目なのか」
愕然として呟く。
「ええ。まあ。というか、なんですか。そんなに私と一緒に夕食を摂りたいのですか」
「うん」
茶化すような彼女に、素直に頷く。
それに、リタは虚を突かれたような表情になると、俺から顔を背けた。
「そ、そうですか……」
何やら、よほど前髪の毛先が気になるらしい。指でくるくると弄んでいる。
「だって、給仕されながら食べるのって緊張するじゃないか」
話し相手でもいなければ、とてもじゃないが耐えきれない。サラさんはどんなに頼んでも、一緒に食べてくれないのだ。
そう言ったところ、何故か憮然とした顔で睨まれた。
何故だ。
「それでは。準備いたしますので、少々お待ちください」
俺たちの会話が止まったところで、見計らったようにサラさんが口を開いた。そのまま恭しく一礼をすると、ラキアを連れて応接間を出てゆく。
たぶん、サラさんもそのつもりで二人分の夕食を用意していたはずだ。
リタと他愛もない会話をしていると、ほどなくしてラキアが呼びに来たので、俺たちは食堂へ移動した。
「お待たせしました」
燭台に灯された蝋燭の火が淡く照らし出す中。食卓に着いた俺とリタの下へ、ラキアが料理の乗った皿を運んでくる。
「失礼いたします」
そう断りながら、俺の前に皿を一つ置く。
緊張しているのは見え見えで、その手は小さく震えている。そのせいか、卓上に並べられていたフォークの一つがお仕着せの袖に引っ掛かって、床に落ちてしまった。
「あっ、ごめんなさ……も、申し訳ありませんっ」
酷く慌てた様子でフォークを拾い上げたラキアは、すぐに新しい食器を持ってくる。
「大変失礼したしまっ」
どんな嚙み方だ。
「なあ」
「うっ。は、はい……」
思わず苦笑しながら声を掛けると、酷く恐縮したように俯いてしまう。
「申し訳ありまえん」
だからどんな嚙み方なんだ。どんだけ緊張してんだ。
もしかして、叱られるとでも思ってるんだろうか。
だとしたら、まずはその誤解を解かねばと口を開く。
「いや、怒ってないから。というか、普段通りの言葉遣いでいいんだぞ。俺は気にしないから。それに、その方がやりやすいだろ、君も」
などと言ってみるが、正直やりにくいのは俺の方だ。
サラさんの畏まった口調には慣れてきたが、あの人は出会った頃からあんな調子だった。
まあ、雇い主と使用人という関係から始まったのだから、それはそうなのだが。
だが、ラキアは違う。
この少女とは、あの街で、ただの旅人と、街の住民として出会ったのだ。
いや、まあ。出会い方は少し特殊だったが。
なので、今さらそんな畏まった言葉遣いをされても。何と言うか、困る。
「そういうわけにはいきません」
しかし。そんな俺に答えた彼女の声は思ったよりも力強かった。
「私は、この家の使用人として、ルシオ様に雇われている身ですから」
続くその言葉に、溜息が漏れる。
「そう言えって教えられたんだろ? 嫌なんだよなあ、俺。そういうの」
別に、誰かに仕えることが悪いとは言わないし、思ってもいない。
そういった職業があって、その仕事の誇りを持っている人がいるのも知っている。
ただ、単に俺がそういうふうに扱われるのが苦手だというだけの話だ。
「いいえ。主人であり、また恩人でもあるルシオ様に、そのような失礼な態度を取るわけにはまいりません」
そう答えながら、彼女はここに来てから初めて、はっきりと俺を見た。
表情が強張っているのは、どうやら緊張だけではなさそうだ。
ああ。そんな顔。そんな瞳は、散々向けられてきた。
共に戦った騎士たちから。兵士たちから。化け物から救い出した人々から。
尊敬。畏敬、崇拝。言い方はなんだっていいが、つまりはそんな感情。
そして、そんな感情を向けられた時に俺が思うのはいつだって同じことだ。
困ったな。
そんな想いに、どうやって応えたらいいのか。いつも分からなくなるのだ。
そうやって悩んでいるうちに、厨房からサラさんの声が聞こえてラキアは行ってしまった。
頭の両側で結った真紅の髪をパタパタと揺らすその姿に、軽く溜息を吐く。




