そんな日常 真紅の髪のメイドさん
門番の衛兵たちから直立不動の見送りを受けながら王宮の正門を出ると、そこは白石が敷き詰められた通りになっている。
白い道の両側に立ち並ぶのは、立派な門と鉄柵に囲まれた広い庭のある大きな屋敷ばかり。そのどれもが、大貴族たちの邸宅だ。
敷地を塀ではなく、鉄柵で囲っているのには、庭の華美さや屋敷の豪奢さを、通りかかる者たちへ見せつけるという意図があるらしい。どうにも、俺には理解できかねる感覚だが。
特区、一般には貴族街と呼ばれるこの区域は、一般民が住む市街とは壁によって隔てられている。四方に設けられている門から以外は出入りできず、当然その門にも衛兵が立っていて、怪しい者はもちろん、特別な許しを得ない限り、身分卑しい者は壁内に踏み込むことさえ許されていないので、安全対策のために塀を設けるまでもないのだろう。
王宮から放射状に伸びる八つの通りには、基本的に王宮から近ければ近いほど高位の貴族たちが住んでいる。それが正門へ通じる通りとなればなおさらだ。
そんな中で、正門からみて右手側。二軒目の屋敷が、俺の家だった。
俺の家というよりも、正確には将軍職に就いている者へ与えられる邸宅だ。
本来であれば、この国でも最上位の貴族しか住むことの許されない場所に邸宅を与えられるというのは、将軍に就いている者の特権なのだそうな。
まあ、何か事があれば真っ先に王宮へ駆けつけて軍を指揮せねばならないから、合理的といえば合理的だ。
それでも、左隣は公爵家。右隣りと真向かいは侯爵家と、錚々たる顔ぶれのご近所さんたちに、元旅人上がりの俺は肩身が狭い。
とはいえ、もうすぐ住んで一年近くになる家だ。
なんだかんだ、俺が王都で唯一落ち着ける場所でもある。
鉄門をくぐり、踏み込んだ庭は他の家と比べれば幾分小さいが、定期的に庭師を入れて手入れしているので、その外観は決して見劣りするものでもない。
左右対称になるよう屋敷の両脇に植えられた庭木は枝葉に至るまで綺麗に刈り込まれて、まるで鏡にでも映したかのようだし、玄関までの短い道の両端には名前まで分からないが、色とりどりの花が咲き誇っていた。
屋敷は赤レンガを積んで建てられた二階建てで、ずっしりと落ち着いた雰囲気のある建物だ。他の貴族たちの屋敷より華美さはないものの、豪邸と呼ぶには十分な広さもある。
「……何をしているのですか、将軍?」
その屋敷の玄関前に立って動きを止めた俺の後ろで、リタが怪訝そうな声を出した。
「いや、その……」
いざ、帰ってきたは良いものの。
よくよく考えてみたら、半月近く無断で家を空けていたのだ。
どんな顔をして帰ればいいのか。
そんなことを悩んでいる俺に、リタは呆れたように息を吐いた。
「何を下らないことを」
言って、彼女は俺を押し退けるように玄関を開けてしまう。
「お帰りなさいませ、ルシオ様。そして、リタ様。ようこそ我が屋敷へ」
ずっとそこで待っていたのだろうか。
濃紺のロングドレスの上から、肩口にフリルをあしらったエプロンを着けた女性が、深々と頭を下げて俺たちを出迎えた。
この屋敷で雇っているメイドのサラさんだ。
生真面目そうな面立ちの妙齢の女性で、リタと同じように後頭部で一纏めにした髪を白いカチューシャで押さえている。
元は王宮に務めていたという、この屋敷唯一の使用人なのだが……
「お、お帰りなさいませっ」
半月ぶりに帰ってきた屋敷には、サラさんの隣にもう一人。
真紅の髪のメイドが、俺に頭を下げていた。
「……なんだ、これは?」
思わず、サラさんと同じメイドのお仕着せに身を包んだその少女を指で指しながら訊いてしまう。
「なにって、新しく雇ったメイドでございます」
半月ぶりだというのに、サラさんはいつも通りの畏まった声でそう答える。
「いや、そうじゃなくて……なんで、この子がここにいるのかを聞きたいんだけど」
「将軍閣下がおっしゃったのでしょう?」
その質問に答えたのは、リタだった。
「この子は止むを得ぬ事情から悪党と関わってしまい、街には居辛いだろうから、王都の辺りで何か仕事を見つけてやってくれないか、と」
それは言った。確かに言った。
それは、あの街で近衛騎士団に捕まった後の話だ。
あれから、俺は事情を説明して、山賊たちをマルクロメイン伯爵に引き渡した。
伯爵はその場で裁定を下し、頭目を除く山賊たちは全員、苦役に就くこととなった。
頭目であったあの大男は、取り調べの後に死罪となった。
これはまあ、仕方のないことなのだろう。
マルクロメイン伯からは、申し訳ありませんなと小さく頭を下げられたが、犯した罪は罪だ。裁かれねばならない。そして、裁きを下すのは俺ではない。
真紅の髪の少女、ラキアについては、貧民街の人たちを人質にされて仕方なく山賊に協力していただけだという俺の証言によって無罪放免となった。
しかし、良くも悪くも田舎の街だ。
どんな事情があれ、彼女が山賊と関わっていたという事実は隠せないだろうし、そうなれば余所者でもある彼女がどんな扱いを受けるかなど想像に難くない。
貧民街の現状を訴えた際、マルクロメイン伯爵がどうにかしましょうと力強く頷いてくれたのが大きかったのか。
ラキアもあの街には未練もないということだったので、俺はあと一日だけで良いから、この街で屋台巡りをさせてほしいという事と、彼女の今後の事を、迎えに来た近衛騎士団副団長のダスティンに頼み込んだ。
一つ目の願いはあっさりと却下されて、馬車へ押し込まれたが。どうやら、二つ目の願いは聞き届けてくれたらしい。
それは良い。
それは良いのだが。
「だからって、なんでうちで雇うことになってるんだ」
頭を抱えて呻きながらも、俺はラキアを見た。
当然かもしれないが、前に見たときよりもずっと身綺麗になっている。
彼女の象徴ともいえる真紅の髪は丁寧に梳かされて、前に見た時よりも輝きを増しているように見える。髪が長いためか、サラさんのように後頭部で一纏めではなくて、頭の両側で結い紐を使って結んでいた。
荒んだ生活のせいか、少し荒れていた肌も健康的な張りを取りもどしたようだ。
「この広い屋敷の家事を全て、サラ一人に任せるのは申し訳ないと、将軍も言っていたではないですか」
頭を抱えている俺の横で、リタがいつものように何てことないような表情で答えた。
それも確かに言ったけどさ。
俺はその後で、こう続けたはずだ。
だから、もうちょっと狭い家に移りたいと。いや、家でなくてもいい。何処か、その辺の下宿屋で一人部屋でも借りれば、使用人なんて雇う必要もないから、と。
人を雇うってのが苦手なんだ。それに、身の回りのことを他人任せにするのはなんだか、ムズムズする。
しかし、そんな俺の胸中を知ってか、知らずか。
「さ。お戻りになった主人から上着を受け取りなさい」
サラさんが、ラキアに小声でそう指示を出す。
「は、はい」
それを受けて、ラキアはいかにもぎくしゃくとした足取りで俺の前まで来ると、両手を差し出した。
「お、お荷物とお着物をお預かりしまひゅっ」
盛大に嚙んだな。
いや、そうじゃなくて。
「ちょっと待て」
俺はまだ納得していないぞ、と口にしようとした俺は、ラキアの表情に気付いて、その言葉を飲み込んだ。
「お荷物と、お着物を……」
両手を差し出したまま、耳を髪の毛と同じくらい真っ赤に染めて、瞳には涙を溜めながら、まるで見捨てられた子猫みたいに彼女は繰り返す。
……なんだか。こっちが悪いことをしているみたいじゃないか、これじゃあ。
「ああ、もう。分かったよ」
諦めたように息を吐きだして、脱いで上着をラキアに手渡す。
荷物は何も持っていない。
俺から上着を受け取ったラキアはほっとしたような表情を浮かべてから、すぐ思い出したように玄関広間の隅に立っている衣服掛けの下へ向かった。
「では。次にお二人を応接間までお連れしなさい」
戻ってきた彼女へ、サラさんが次の指示を囁く。
「は、はいっ。それでは、どうぞ、こちらへ……」
言って、俺たちを先導するように歩き出すラキア。
その動きは見事にカッチコッチだ。右手と右脚が同時に前へ出ている。
「申し訳ありません。何分、この屋敷に来てからまだ三日と経っていないもので。無作法があっても、どうか寛大なお心でお許しいただければ」
俺たちがちゃんと着いてきているかどうかの確認も忘れて、屋敷の奥へ歩いて行くラキアの後姿を見ながら、サラさんがリタに小さく詫びていた。
ちなみに、リタの荷物と上着は俺が渋っている隙にサラさんが受け取っていた。
「私は気にしないわ。それに、ふふ。可愛らしい子じゃない」
珍しく、リタが笑みを零しながら答える。
「いや。大丈夫か、あれ」
俺には可愛らしいというよりも、可哀そうにしか見えないんだけど。
何と言うか。場違いな場所へ放り込まれてしまった子犬を見ているような気分になる。
つまり、俺と同じ。
「当然です」
俺の言葉に答えたのはサラさんだった。
「雇った以上、責任というものがあります。私はあの子を、何が何でも一人前のメイドに育てあげてみせますよ」
そう胸を張る彼女だが、そういうことを心配してるんじゃないんだけどなぁ。
まあ、でも。これはこれで。彼女が手に職を持てるというのなら、それは良い事か。
しかし。それはそれとして。
「なんで俺の周りって、人の意見も聞かずにどんどん話を進めていっちゃう人ばっかりなんだろう」
「それは、将軍閣下がそうだからじゃないですか」
そう切り返したリタに、ぐうの音も出なかった。




