そんな日常 セルゲイン王
「殿下。如何に王陛下から軍の全権を預かっているとはいえ、将軍と一国の姫君ではその立場があまりにも異なります」
姫様に迫られて困っている俺を見るに見かねたのか。横からリタがそう口を挟んだ。
どうやら助け舟を出してくれたらしいと、ほっと胸を撫でおろす。
「そういうのは、もう少し将軍閣下が軍功を重ねられてからでも遅くはないでしょう」
あれー? 助け舟だと思ったんだけどなー?
「それもそうですわね」
姫様もなんで納得してんの?
「閣下なら放っておいても、そのうちにあと二度か三度は大陸を救うでしょうから。それほど先の話ではないかと」
「救わないよ!」
何故か頷き合っている二人に、声をあげずにはいられなかった。
人のことをどんだけ英雄視してるんだ、この二人は。
大体、戦場でも一緒だったリタは知っているはずだ。
「そもそも。俺は大陸を救おうとしたことなんて一度もない」
憮然として言い放つ。
これは事実だ。
化け物たちの脅威に怯えるこの大陸も。世界も。
救うのは俺じゃない。俺にはそこまでの力なんてない。
何故ならと、その先を考えるよりも前にリタが口を開く。
「ええ。将軍はそれ以上の志をお持ちでしたからね。なんでしたか。全ての弱き者に代わって剣を取り、大陸安寧のため、諸国万民の盾となる、でしたか」
どうやら、俺が定期的に口に出すから覚えたらしい。
その誓いの文句を諳んじたリタに、口癖のように仰ってましたねと姫様がふんわり笑う。
「そんな言葉を口にして、実際の行動に移した時点で、貴方は十分、英雄ですよ」
はっきりとそう告げられると、言葉に詰まってしまう。
本当に、そんなつもりは一切なかったのだ。
ただ目の前に倒すべき敵がいて、だから戦った。
それが魔獣大襲来から続く戦乱の中で、俺がやったただ一つの事だ。
俺は英雄じゃない。
何度となく口に出した否定の言葉を、しかし飲み込んで、無理やり話題を変えることにした。最近になってようやく、このやり取りには意味がない事を悟り始めているからだ。
「そ、そういえば、三ヶ国が通商協定を結ぶ会議で、随分とご活躍されたそうですね」
咳払いをしてからそう訊いた途端、姫様の表情がぱっと弾けた。
「あら、お聞きになられたのですか。お恥ずかしい」
嬉しさを露わにしたのも一瞬。すぐにはにかむような、照れたような笑みを浮かべて彼女が言う。
「新しい通貨制度の仕組みを、各国の皆様に認めていただくところまではうまくいったのですが……名称だけは却下されてしまって……」
「そ、そうですか……」
「力及ばず、申し訳のない限りです」
そう言って肩を落とす彼女に、いえいえ、そんなことはと励ますような言葉をかける。
同親ら、俺の名前を通貨単位の名称に使おうとしていたのは姫様だったらしい。
彼女には悪いが、各国の代表が良識のある人たちで良かったと思う。
危うく、俺が生き地獄に落ちるところを救ってくれたのだから。
「そういえば、その件について先ほど、将軍閣下からもご意見をいただきまして。セリオン、というのはどうかと」
そこで割り込んできたリタが、休憩中にした話をかいつまんで説明する。
いや、セリオンだと意味が……まあ、いいか。
姫様はその話を最後まで、目をキラキラとさせて聞いていた。
やがて、リタが説明を終えると、彼女は胸の前で両手を組み合わせながら、感極まったように吐息を漏らした。
「まあ、まあ! エルフの持つ伝説の宝石の名、ですか。なんて素敵なんでしょう! さっそく、財務卿と他の重臣の方々にも掛け合ってみますわ」
感激したようにそう言い残すや否や、それでは失礼しますねと、姫様は足早に王宮の中へ消えていった。
相変わらず、おっとりとしているようで割と行動派だなあ。
そんな感想を呟いたところ、隣からリタに誰のせいだとお思いですかと言われた。
誰のせいでもないと思う。
ちなみに。エルフはもう、セルマリオンを持っていない。持っていないというか。
彼らの作り出した至宝は神々に認められて、世界を照らす星の一つになったからだ。
今日も、北の空に燦然と輝いている。
などと、関係ない事を考えながら空を見上げた。
「どうじゃな? 我が娘ながら、どうして中々立派な姫に育ったであろう?」
「ええ。それはまあ」
ぼんやりと輝き始めた一番星を眺めていたところへ突然、背後から掛けられたその言葉に何とはなしに同意してから。
「って、陛下!?」
それが誰の声なのかを思い出して、弾かれたように振り返る。
立っていたのはやはり。このアンヌ―レシア王国の国王である、セルゲイン王だった。
さほど背丈はないが恰幅の良い身体付きに、白く染まった髪と髭。
赤地に金糸や銀糸で刺繍をあしらった豪華な貴人服を当然のように着こなすその姿は威厳にこそ満ちているものの、たっぷりと白い髭を蓄えた口元に浮かんだ愛嬌のある笑みのせいで、どこかの好々爺染みた雰囲気を持つ人物だ。
その背後には、長く使えているという年嵩の従者を従えている。
ぴっちりとした礼服に身を包んだ痩身の彼は、如何にも真面目一辺倒ですよみたいな表情を浮かべてはいるが、王の悪ノリに乗っかることにかけては他の追随を許さぬものがある。
要するに、困った王とそのお付なのだ。宰相には心から同情する。
王がただのお調子者であればよかったのだが、仕事に関してだけはきっちり有能なのだから手に負えない。
その政策は開明的で、能力さえあれば、それがたとえ平民でも重要な役職に取り立てる王の方針に、これまでの伝統を墨守する貴族たちからは大いに反感を買っているという。
銀髪の俺を将軍として登用したのもこの人だ。
それでも、自分に反感を持つ貴族たちごと宮中をまとめてみせる手腕は見事という他ない。食えない人物であることに違いはないが。
「視察とやらから戻ったようじゃの、アルバイン将軍」
「え? あー、ああ。まあ」
王の言った視察とは何のことかとリタに訊こうとしたところ、彼女の突き刺すような視線に一瞬で全てを理解した俺は、曖昧に頷いた。
たぶん、俺が突然いなくなったことを、視察といって誤魔化したのだろう。
もっとも。王の表情からみるに、その嘘はもうバレている。
「相変わらずじゃのう。将軍になってからも、第一線で剣を振り続けるとは。これで西街道の通行はしばらく安全だろうと、ダスティンからも報告を受けたぞ。うむ。褒美を取らす。玉座などはどうだ?」
「いりませんよ」
茶目っ気たっぷりに訊いてくる王に、溜息交じりの言葉を返す。
そんな雑に王位を譲ろうとしないでほしい。というか、譲れるものでもないだろう。
「では、うちの娘なんかはどうじゃ?」
「いや、遠慮しておきます……というか、その。女性を褒賞として扱うのは如何なものかと」
みっちり叩きこまれた女性に対する価値観から、そう返答する。
王がこんなだから、俺が旧臣たちから無駄に疎まれるんじゃないか。
姫を誑かし、王座の簒奪を狙う不届き者だとか、そんなつもりは一切ないのに。
「おっと、そうじゃったの。もう少し軍功を重ねてから、じゃったか」
肩を落としている俺など気にも留めず、王は呵々と笑う。
どうやら、先ほどの姫様とリタの会話を聞いていたらしい。油断も隙もない王である。
「じゃが。父である儂が口を挟むべきことではないかもしれんが、あまりあれを待たせてやらんでくれよ」
どちらにせよ、な。
そう小さく付け加えながら、王は片目を瞑った。
そのまま、俺の答えを聞くこともなく従者を連れて王宮に戻ってゆく。去り際、年嵩の従者が押し殺すような笑いを漏らしていた。
相変わらず、言いたいことだけ言って何処かへ行ってしまう人達だ。
「……まあ、お疲れ様です。将軍」
立ち尽くしていると、リタから慰めるように声を掛けられた。
あの二人に関しては、彼女も思うところがあるのだろう。
第二章、少し書き直しました。
前よりも良くなったかと思います。




