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若将軍は旅がしたい!  作者: 高嶺の悪魔
第二章 旅立ち

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そんな日常 シェルヘルミナ・アンヌ―レシア

 ようやく、リタから帰宅のお許しが出て、三日ぶりに執務室ろうごくから解放された。

 しかし、時刻はもうすっかり夕刻だ。

 もうすぐ夏が近いとはいえ、すっかり陽は傾いている。

 

「お疲れさまでした、将軍」


 赤い夕暮れの中に、王宮から突き出した尖塔がぼんやりとした影になって浮かび上がっているのを目を細めながら眺めていると、帰り支度を終えて部屋から出てきたリタにそう労われる。


「ああ、君もお疲れ」


 それに、俺もねぎらいの言葉を返す。

 考えてみれば、この三日間。俺に付き添って彼女も泊まり込んでいたのだ。

 向こうだって同じくらい疲れているはずなのだが、何故だか、そんな様子には見えない。


「これで溜まっていた仕事は一通り片付きましたから、明日はゆっくりとお休みになられて結構ですよ」


 澄ました顔でそんなことを言ってくる彼女に、明後日以降も働きたくないと泣き言を穿いてみる。当然のように無視された。


「くそ。俺はこんなことをするために旅に出たわけじゃないのに……」


 そもそも、こんなのはもう旅じゃない。

 生きるとは、人生とはそれそのものが旅のようなもの?

 うるせえ。誰の格言だ。


「みっともないですから、口を閉じていてください」

 

 ぶつぶつと文句を言っていると、リタにぴしゃりと叱られてしまう。

 むぐ、と口を閉じた俺は、先に歩き出した彼女のあとを追った。

 王宮というのは、ただ歩くだけでも面倒な場所だ。

 例えば、歩きながら話すのは無作法なのだそうだ。立ち話ならば、多少は大目に見られるそうだが、それでも長いこと話し込むのはよろしくないらしい。

 高貴なるものは立ち話などすべきではないという、貴族特有の価値観からくるものだ。

 市井であれば、なに言ってんだコイツ、で済む話だが。ここは王宮。数多くの貴族が闊歩する魔窟なのである。

 郷に入っては郷に従え。この場所においては、貴族たちのやり方に従うより他にない。


 そういった面倒な決まり事というか、礼儀みたいなものは数多く存在するのだが、その最たるものが、廊下で他人とすれ違う時の作法だと俺は思っている。

 すれ違ったのが巡回の兵や、宮廷に仕える使用人ならばたいした面倒はない。

 兵士たちは俺が通り過ぎるまで壁際に立って直立不動の姿勢を取るし、その他の使用人たちは同じく壁際に寄って軽く頭を下げてくるだけだからだ。

 だが、前からやってきたのが貴族だった場合は話が変わる。

 相手の爵位や立場によって、どちらが道を譲らねばならないかという暗黙の規則が存在するからだ。


 将軍である俺は、宮中席次とかいう複雑怪奇な決まりによって、伯爵と同席として扱われるらしい。

 なので、前からやってきたのが伯爵以下だった場合。例えば、子爵だったら道を譲られる。それに対して一々頭を下げたりする必要はない。

 逆に、それ以上の相手だった場合は、こちらから道を譲らなければならない。

 すれ違ったのが同席だった場合は、任されている役職などでどちらが上かを判断する。

 役職にもまた、爵位とは違った格付けがあるそうだ。一番上は宰相、そのすぐ下が内務卿、あとには各国務卿たちが続く。将軍職は国務卿と同列に扱われるそうなので、俺は伯爵の中でも最上位という位置づけになるらしい。


 とはいえ、この決まりが俺にはさっぱりわからない。

 見知った貴族ならまあ、確かあっちの方が偉かったな。という判断はできる。

 だが、この宮中には無数の貴族たちが蠢いているのだ。全員の顔を憶えることなどできるわけもない。

 そこで、見知らぬ貴族とすれ違った際には、相手が身に着けている服や腰帯、細かな装飾などの色で爵位を見分けるらしい。

 要するに、王宮内では爵位によって身に着けて良い服と色が決まっているのだ。

 例えば、今俺が着ているのは銀糸で縁取りをされた、深い藍色の騎士服サーコートだ。留め具も銀であり、胸元には赤い糸でアンヌ―レシア王家の紋章が刺繍されている。 

 藍色、銀、赤という三つの取り合わせは、伯爵以上の者しか身に着けることを許されていないという。さらに、王家の紋章を身にまとう事ができるのは特別な立場、つまり国務卿や、それに類する役職にある者だけだ。

 と、このように色々と細かい部分を見て判断するのだという。

 もちろん、俺にはできない。リタがそう言っていただけだ。

 なので、王宮内を歩くときはいつも、リタに先導してもらっているという、なんとも情けない構図になってしまうだった。


 とはいえ、時間も時間なので、今日はこれといった貴族の方々とはすれ違わずに済んだ。

 そのことにほっとしながら、正門までもう少しという時だった。


「あら、まあ、ルシオ様!」


 中庭に面している通路を通りかかったところで、突然、名を呼ばれた。


「これは、これは。シェルヘルミナ殿下」


 中庭に設けられている│四阿あずまやで休憩でもしていたのだろうか。そこから弾むような足取りでやってきたこの国の王女、シェルヘルミナ殿下に恭しく頭を下げる。

 ゆるくウェーブのかかった金髪に、碧い瞳。透き通るような白磁の肌に、華奢な体躯を見事な装飾の施された淡い水色のドレスが包んでいる。

 まさに絵に描いたようなお姫様だ。

 だが、そのお姫様は丁寧に頭を下げた俺を見て、不満そうに唇を尖らせた。


「もぅ。いつも言っているではないですか。シェルとお呼びくださいと」


「私は客将の身ですから。姫君をそのように呼ぶことなど出来ません」


 頬を膨らませながら、俺を見上げてくる姫様にやんわりと応じる。

 リタにはよく蛮族扱いされるが、俺だって礼儀作法くらい身につけているのだ。

 しかし、礼儀正しく振舞えば振舞うほど、目の前のお姫様はますます不満そうな顔になった。


「そんな丁寧な言葉遣いも不要です。初めて会ったときは、もっと親しく声を掛けてくださったではありませんか」


「いえ、それは……」


 その時は、まさか彼女がこの国の王女様だとは思ってなかったからだ。

 まあ、そこそこの名家の御令嬢だろうとは分かっていたが。


 シェルヘルミナ殿下と出会ったのは、北の辺境沿いにある街の酒場だった。

 俺はそこで北に伝わる詩や伝承などを他の客たちに語って聞かせる代わりに、酒や料理などを奢ってもらっていた。

 そこへ、何やら北の旅人から物珍しい話が聞けるという評判を聞きつけたこのお姫様がやってきたのだ。

 護衛に就いている騎士から謝礼もすると言われ、俺は求められるがままに色々な話を語った。どうやら、王宮でも聞いたことのない話ばかりだったらしい。彼女は俺の話を、目を輝かせながら聞いていた。

 そうこうしているうちに、街がオークに襲われて。

 まあ。その後は御覧の通りだ。

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