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若将軍は旅がしたい!  作者: 高嶺の悪魔
第二章 旅立ち

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三ヶ国通商協定 1

「飲み物と、それから何か、軽いものでも持って来させましょう」


 椅子にぐったりと沈み込んでいる俺を見ながら、リタは机の上に会った呼び鈴を鳴らした。軽やかな鈴の音に誘われるように、すぐにメイドがやってくる。

 リタがお茶と軽食を持ってくるように頼んでいる間に、俺は椅子から立ち上がると全身を伸ばした。凝り固まっていた関節がバキバキと、自分でもびっくりするくらい大きな音をたてた。


「ああ。疲れた……」


 身体を解しながら、そう吐き出す。


「お疲れ様です。溜まっていた書類も、大半が片付きましたから。今日は家に帰れますよ」


 そう労いの言葉をかけてくるリタも流石に疲れたのか。眼鏡を外して目頭を揉んでいる。

 そうこうしている内に、メイドがお茶と軽食を持ってきた。


「お二人とも、お疲れでしょうから」


 そういってメイドが淹れてくれたのは、芳しい香りの立ち昇るハーブティーだった。

 いそいそと執務机から、部屋の中心に置かれている来客用のソファへと移動した俺は、差し出されたカップを、お礼を言って受け取る。

 空気の中へ溶け込むようにして立ち昇る湯気を少し吸い込むと、目の覚めるような芳香が鼻腔を刺激した。

 どこかで嗅いだことのある匂いだ。

 なんのお茶だろうか。そう思いながら、確かめるように香りを嗅いでいると。


「カミツレの花を陰干しして作ったお茶ですよ」


 そんな俺に気が付いたらしいメイドが教えてくれた。


「疲れにまで利くかどうかは分かりませんが、薬にもなるお花で、何より香りが良いでしょう?」


 そう言って笑いながら、ティーポッドの中を見せてくれる。お湯の中には、ふやけた白い花が浮かんでいる。

 カミツレ、という名前は知らなかったが。


「ああ、風邪ひいたときに齧るやつか」


 ちょっとがっかりしながら、その花の正体に思い至る。

 あった、あった。痩せた土地でも育ち、寒さにも強いらしく、北の荒れ地にもよく生えていた。

 身体を温めたり、毒気を抜く効果なんかがあるらしく、故郷では調子のすぐれない時には、良くこれを摘んできて齧ったものだ。


「苦いんだよな、これ……」


 嚙めば噛むほど、真ん中の黄色い部分が粉っぽくほぐれて、苦みと共に口中に広がるあの味を思い出しながら呟く。


「えーっと、そ、そのまま食べるのは、ちょっと、聞いたことが無いですけど……」


 そんな俺に、メイドは戸惑っているような声で口を開いた。


「え? そうなの?」


「はい……普通はお茶にしますね」


 聞き返すと、若干引きつった笑みのメイドが答える。

 そうだったのかと、お茶に口をつける。


「……苦くない」


 いや。苦くはある。だが、ほどよい苦みだ。

 あの背筋が泡立つような食感が無いのが大きいのだろうか。

 清涼感のある香りが口中に広がって、心地よく鼻に抜けてゆく。


「そ、それは良かったです……」


 こんなに香りのよい花だったのかと、衝撃を受けている俺に、ぎこちない笑みを浮かべながらメイドが応じる。


「ちなみに、陰干ししたものをそのまま食べても不味いだけですからね」


「それくらいは分かるわっ」


 対面に座ったリタからの指摘に言い返す。

 その程度の想像力もないと思われているんだろうか。

 枯れ葉ぐらい食ったことある。どんだけ不味いかなんて、改めて説明されるまでもない。

 メイドは最後まで若干引き気味のまま、甘い菓子の乗った皿を置いて部屋を出ていった。

 砂糖で煮た木の実を、練った小麦の生地に乗せて焼き上げた焼き菓子だ。一口齧ると、素朴な甘みが疲れた頭に染み渡る。お茶との相性も抜群だ。


「もう一生分働いた気がする」


「何を言っているんですか。たかだか、半月分です」


 口の中に残っていた菓子をお茶で流し込んでから一息ついた俺に、リタから冷たい言葉が飛ぶ。


「……ですが、まあ、朝から休みなしでしたからね。もう少し、休憩しましょうか」


 しかし、すぐに表情を和らげた彼女は俺のカップに二杯目を注いでくれた。

 自分のカップにもお茶を注いで、ふうと対面のソファに腰を下ろす。それから、ふと思い出したように顔をあげた。


「そうそう。これは将軍の仕事とはあまり関係ないのですが。貴方が失踪している間に、一つ大きなことがありました」


「へえ、何?」


 また一つ。焼き菓子を頬張りながら訊き返した俺に、リタは何やら自分の机まで行くと、引き出しから長方形の紙きれを取り出して戻ってきた。


「軍事同盟に次ぐ、通商協定が中央三ヶ国の間で結ばれることになりました」


「ふーん」


 通商ってことは、商売の話か。

 なら、俺には全然関係ないことだな。

 そう思って、他人事のように相槌を打っていると、リタが先ほど取り出してきた紙切れを俺の前に置いた。


「なにこれ?」


 俺はその紙きれを摘まみ上げて尋ねる。

 そこには何やら、複雑な模様と共に幾つかの記号と数字が書かれている。


「それは、金貨や銀貨などに代わる新たな貨幣。言うなれば、紙幣、です」


「……?」


 そんな、すごいでしょう、みたいに胸を張って言われても、全然意味が分からない。

 だが、そんな俺にはお構いなしにリタは話を続けてしまった。

2021/02/15 再登校。

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