愚痴くらい言わせて
「……待てよ? じゃあ、なんで俺の居場所が分かったんだ?」
王都から近い村や街には立ち寄らず、できるだけ街道を離れて野山の道なき道を進み、足跡を始め食事や火を焚いた跡など、俺がそこにいたという痕跡を残さないように細心の注意を払って行動したはずなのに。
王印の短剣に掛けられている追跡の術が嘘だったとすれば、何故、こんな早く居場所を突き止められたのか。
そう訊いた俺に、リタは早く仕事をしてくださいとばかりに冷たい目を向けながら答えた。
「貴方が姿を消した時には、確かに焦りました。が、かねてから魔軍の残党が棲みついていると問題になっていた西の山で、どこの誰が倒したのか分からないオークやゴブリンの死体が大量に見つかれば嫌でも分かります。しかも、そのほとんどから討伐の証明になる手首や耳が切り取られていなかったとなれば、そんなことをするのは貴方くらいのものです」
「……そうか」
呆れたような口調のリタに、俺は大真面目に頷く。
やはり、死体は焼いておくべきだったか。
いや、それはそれで煙が出て目立つ。しかし、全部埋めるにしても時間がかかり過ぎるし。
顎に手を当てて、ああでもないこうでもないと考えていると、横からリタの声が掛かった。
「今度はもっとうまくやろう、とか考えていませんか?」
「考えてない」
きっぱりとした声で答えるが、俺を見るリタの目は疑うように細められていた。
どうしてそんなに信用が無いのか。
憮然とした表情を浮かべてみるものの、射貫くような赤銅色の視線は鋭いままだ。
仕方なく彼女から顔を逸らすように、俺は机の上に目を落とす。
断じて逃げたわけでは無い。これは戦略的撤退だ。
これ以上、リタの機嫌を損ねると後が怖いというのも確かだし。
しかし。机の上に積み上げられた書類の高さに、改めて憂鬱な溜息が漏れた。
結局、色々なごたごたがあったせいで、あの街では屋台巡りもできなかった。
迎えに来た近衛騎士団副団長のダスティンと、あの辺の領主だったマルクロメイン伯爵に事の次第を説明してから、すぐ馬車に押し込まれて、王都へ強制送還されたからだ。
着いた途端、物静かな怒りの表情を浮かべているリタに、この王宮内にあてがわれている執務室へ引きずり込まれてから三日。
以来、一歩も外に出してもらえない。
寝るのは、この執務室と直接つながっている隣の部屋。本当は書斎なのだが、帰ってきたら寝室に改造されていた。と言っても、ベッドが運び込まれていたくらいなのだが。
食事は朝夕決まった時間に、メイドが運んでくる。喉が渇いたり小腹が減ったら、呼び鈴を鳴らせばいい。
そんなわけで、朝起きてから夜寝るまで、ひたすら書類に目を通してはサインをして、目を通してはサインをしての繰り返し。
それが三日だ。
もういい加減、気が狂いそうだった。
「というよりも、俺が将軍なんてやっぱりおかしいんだよ」
愚痴でも言ってなければ、とてもじゃないがやっていられない。
「どこがおかしいと?」
そんな俺の事をリタも分かっているのだろう。俺が零す愚痴にも律義に付き合ってくれる。
「まずは、ほら。この通り、俺は銀髪だし」
今回の家出、もとい、小旅行で改めて思い知らされたことだが。
やはり、北の一族に対する偏見はまだまだ根強いのだ。
銀髪というだけで、何処へ行っても、誰にあっても訝しむような目で見られた。
王都では顔も名前もしれているから、表立ってそういう目を向けられることは少なくなったが、それでもだ。
「それこそ、今さらです。そんなことを気にしているのは、頭の固い一部貴族たちと、貴方くらいのものですよ」
しかし。リタはやはりなんてこともないような声でそう言った。
「特に、魔獣大襲来や魔軍戦争の時、誰よりも先陣を切って駆ける貴方の背中を見てきた者たちは、貴方に全幅の信頼を寄せています。もちろん、私も」
最後に、彼女は冗談のように小さく付け加えた。
真顔だったため、本気か冗談か判断がつきにくいが、一応、そりゃどうもと返しておく。
しかし。そりゃ、戦場では役に立ったかもしれない。
こちとら産まれた時から化け物たちとの戦い方を叩きこまれるのだ。
その辺の知識に関してなら、王国の近衛騎士にも引けを取らないはずだ。
だが。
「戦うのと、書類仕事は違う」
紙を一枚摘まみ上げて、むっつりと反論する。
化け物との戦い方は知っている。奴らを皆殺しにするための方法も、いくらでも考えよう。
だが、新兵の教育やら各地のある野営地の整備に金貨が何枚必要かなんて、俺に分かるはずがない。
「君みたいに、俺よりも書類仕事が得意なヤツはたくさんいるだろ? そっちに任せればいいじゃないか」
名家の令嬢として幼い頃から学問を叩きこまれて育ったというリタの事務処理能力は確かなものだ。
共に戦場を駆けた仲でもある彼女が補佐してくれているから、今の所はどうにかなっているのだが。
「他よりも少し腕が立つからって、いきなり軍の全権なんて任されてもさぁ……」
溜息交じりそう漏らした俺に、リタが眉を吊り上げる。
「少し? 貴方よりも腕の立つ剣士なんて、この国にも、東の騎士国にも、もちろん西の公国にもいませんよ?」
「故郷にはたくさんいたぞ」
「ああ。はい。そうですか」
反論した俺に、リタはどうでもよいとばかりに肩を竦めていた。
そのあとに小さく、「この戦闘民族が」と呟いていたような気がする。
「さて。おしゃべりはこのくらいにして。そろそろ口ではなく、手を動かしてください。このままでは、本当に終わりませんよ」
聞き分けの無い生徒を叱るような口調でリタが言う。
血も涙もない。
だが、どの道、この仕事を終わらせない限り、この部屋から出ることは許されないのだ。
四六時中、リタに張り付かれているせいで逃げ出すこともできないし。
仕方ない。そう諦めて、ペンを手に取る。
「あら、将軍って……」
ペンを持った俺を見て、リタが何かに気付いたような表情を浮かべた。
「左利きだったんですね」
「君、俺に興味ないだろ」
二年近く一緒にいるのに、今さらそんなことに気が付いたのか。
まさか、本当は嫌われてるんじゃないかと心配になる。
「まさか。ぞっこんですよ」
そんな俺に、彼女は肩を竦めた。
相変わらず、真顔で冗談を口にするから嘘か本当か分かりにくい。




