どこで間違った?
思えば。故郷を出てから、本当に色々あった。
爺さんから出された成人の儀の試練を全て乗り越えて、ようやく旅に出ることを許されたのが三年前。
それから、この国に入って、たまたま最初に立ち寄った街で、たまたま辺境の視察に来ていた騎士団と、たまたまそれに同行していたこの国のお姫様と出会って。
たまたまその街がオークの一団に襲われて、その撃退のため騎士団に手を貸したところ、お礼にと王都へ招かれて。
都会見物にも興味があったし、路銀の節約にもなるかと思って招かれるがままにノコノコと王都へ来てみれば、そこであの魔獣大襲来事件が起こり。
騎士団や兵士たちに交じって国中を駆け巡り、魔獣との戦い方を教えているうちに、なんだか酷く慕われるようになって。
どうにか魔獣を撃退できたかと思ったら、今度はオークの軍勢が東から進行中という報せが届き。
東の隣国であるローセオン騎士国へ、単身で向かったはずが、何故か騎士団からも何人かが着いてきて。
ローセオンの騎士たちとも一緒になって化け物の軍勢と戦っていたら、いつしか戦の大将として担ぎ上げられるようになり。
その後、魔軍の脅威に対抗するため半ばなし崩し的に締結された大陸中央三ヶ国の軍事同盟で、同盟軍の総大将を任され。
およそ一年半に渡る戦いの末、どうにか魔軍を打ち破ったまでは良かった。
これでまた、旅が再開できると思っていたのだが。しかし。
三ヶ国から山野様な褒賞とともに、是非とも我が国に客将として残ってくれないかと頼まれてしまい。まあ、魔獣や魔軍の残党のことも気にかかっていたので、三ヶ国の真ん中にあって、東西のどちらへも動きやすい、このアンヌ―レシア王国にしばらく身を置くことにしたのだが。
用意されていたのは、当初言われていた客将の席ではなく、この国の主将の座であり。
気付けば、軍事の全権を任されていた――
「って、出来過ぎだよ!!」
どこの英雄譚だよ!
これまでの事を思い返していたら無性に堪らなくなってしまい、俺は両手を机の上に叩きつけた。
黒檀を削り出して作られた豪華な執務机が衝撃に揺れて、山と積まれていた書類の一部が分厚い絨毯の敷かれた床へと雪崩れる。
「なんですか、いきなり。将軍閣下のこれまでが出来過ぎているのなんて、今さらではありませんか」
床に落ちた紙の束に目もくれず、ペンを放りだして机に突っ伏したところで、横から冷淡な声が掛かった。
顎を机にくっつけたまま顔をあげて、声の主へ目を向けると、横の席に座る女性の凛々しい横顔が見えた。
長い濡烏の髪を後頭部で丸めた、凛とした佇まいの美女だ。
何かの霊石を磨いて作ったという眼鏡をかけており、その奥の瞳は彼女が人ならざる者の血を継いでいることを示す赤銅色に光っている。
身を包んでいる黒い礼服は男性物だが、彼女の女性としての魅力をいささかも損なってはいない。いわゆる男装の麗人というやつだ。
彼女の名は、リタ・クレインバース。
このアンヌ―レシア王国における魔導の大家であるクレインバース家の令嬢にして、王宮付き魔術師であり、魔獣大襲来の頃から共に戦場を駆けた戦友でもあり、そして今は俺のお付秘書官である。
「おかしいよー、絶対におかしいよー。こんなはずじゃなかったんだよー」
思いの丈を吐き出すように息を吐きながら、俺は机の上で頭を抱える。
そこに積み上げられているのは紙、紙、紙。
それは報告書だったり、部隊編制における計画書だったり、領土防衛のための作戦を纏めたものだったり、各部隊からの予算申請書だったり。とにかく、俺に決裁を求める書類の数々だ。
いったい、どこで間違えたのだろうか。
尽きることが無いように思える書類の山をぼんやりと眺めながら、そんなことを考える。
もっともう。見たこともない景色や、行ったことのない街、食べたことのない料理とか。そういうものを求めて、俺は故郷を飛び出したはずなのだ。
断じて、こんな豪華な部屋で、豪華な机に座って、ただ黙々と書類にサインをするだけの日々が送りたかったわけでは無い。
「黙々と書類にサインをするだけの日々になったのは自業自得です。突然、半月も行方をくらませたんですからね」
愚痴を零す俺に、リタは書類を整理する手を休めることもなく、叱るような声で言う。
「くそ。やっぱりこんな短剣、置いていけばよかった」
俺は机の横に吊るしてある金ぴかの短剣を恨みがましく見つめながら毒づいた。
例の、在処を追跡する術が掛けられているという短剣だ。
本当は将軍の座にあることを証明するためのものなのだが、俺からいわせれば無理やり付けられた首輪のようなものである。
絶対に、これのせいで見つかったのだ。でなければ、たった半月で居場所を突き止められるわけがない。
そんなことを考えていると。
「え? ……ああ、あの話は嘘ですよ」
リタは一瞬、何のことですかと首を傾げてから、思い出したように口を開いた。
「嘘かよ!」
本気にしてたのに!
この短剣を持っていくかどうか、結構悩んだのに!
結局。何かあれば、最悪これを使って見つけに来るだろうと考えて持っていったのだ。
そんな自分の仕事熱心振りが恨めしい。
「どうですか。これで少しは、騙される側の気持ちが分かりましたか」
「そんな……俺が嘘ばかりついてるみたいな言い方……」
視線を泳がせながら、歯切れ悪くそう返す。
いや。確かにあの街ではいつもより多めに嘘を吐いたが、それは正体を隠すためだ。
普段から嘘ばかりついているわけでは無い。
「事実では。貴方は嘘か、嘘のような本当の事しか言わないじゃないですか」
しかし、そんな俺にリタがばっさりと断言した。
ぐっと唸って、口を閉じる。
いや。だとしても、俺が嘘を吐かなければいけない状況にさせる周りが悪いのだ。
そう開き直った俺に、リタははいはいとばかりに溜息を吐いた。
「いったい、いつになったら本当のことを話してくれるのやら」
やれやれといったように、彼女が小さく呟く。
はてさて。いったい何のことやら。




