第十八話 悪鬼(オーク) 3
すっかり陽も落ちている上に、ここは人里離れた森の中だ。
灯りなどあるはずもない。
無明の闇の中。気配と音だけでオークの位置を察することはできても、攻撃を躱すことは難しい。
急いで袋から中身を取り出そうとするが、手元が見えない。途中で面倒になって、袋を逆さにした。ちゃりんと軽い金属音を立てて、小さなものがいくつか床に転がり落ちる。
その中の一つ。この真っ暗闇の中で、淡い翡翠色の光を湛えているそれに手を伸ばして拾い上げる。
と、そこで近くにいたオークが吠えた。足を踏み込む音。それに素早く、後ろへ飛んだ。
鉄と石がぶつかり合う、甲高い音が暗闇に満ちる。
危ないところだった。
そう息を吐いて、手の中にあるものを確かめる。
俺が故郷から持ち出してきた三つの指輪の一つ。
銀の輪に嵌め込まれているのは夜光石と呼ばれる鉱石だ。陽の光の下ではただの石ころにしか見えないが、暗闇の中で淡い翡翠色の光を発する。
それを左手の人差し指へと嵌めた。
途端、暗闇の中で俺を囲んでいる三匹のオークが見えるようになる。
夜光石の指輪は、暗闇を見通す視力を与えてくれるのだ。
オークたちは吠えるのをやめ、何事かを言い合っている様子だった。
連中の話しかたは訛りが酷いので、完璧に聞き取ることは難しいが、奴らの言葉で“ずたずた”とか“バラバラ”とか、“少しずつ”という単語を口にしている。
まあ。どう考えてもろくでもない事を話し合っているのだろう。
俺が剣を握りなおして立ち上がると、目の前にいたオークが楽しそうに吠えた。
先ほど俺が足を切りつけたヤツだ。この暗闇の中で、俺が何も見えていないと思っているのだろう。
たぶん、手も足も出ないはずの俺を散々いたぶる妄想でもしているのだ。
やられたら、倍殺し。執念深いのもオークの習性である。
化け物が楽しそうなのは見ているだけで胸がむかつくので、さっさとその首を刎ねた。
咆哮が止み、首の断面から空気の抜ける妙な音をたてながら、頭部を失ったオークの身体がどさりと床に崩れ落ちる。
それを見た残りの二匹が、戸惑ったような声を漏らした。
何が起きたのか分かっていないといった様子だ。相変わらず、頭の回転が鈍い。
手の中で剣をくるりと回して、馬鹿みたいに突っ立っているもう一匹の首も落とす。
最後の一匹は、それでようやく事態を飲み込めたらしい。大きく吠えてから、手にしている鉄塊を思いきり振り下ろしてくる。
今度はそれを受け止めてから、ぐいと押し込む。
力で負けるはずがないと思っていたのか。
俺に押し込まれ、二、三歩下がったところで、オークが奇妙な声を漏らした。
それはそうだろう。
オークの筋力は、生まれながらに人間のそれを大きく上回っている。
並の人間では、こいつらと打ち合うこともできない。
だが。
この夜光石の指輪も、この前、酔い覚ましに使った指輪もそうだが。うちの一族に伝わる魔法の指輪には嵌め込まれている宝石それぞれの加護の他に、身に着けた者の肉体を強化する力が宿っている。
今の俺なら岩くらいなら砕けるかもしれない。
もっともそれに武器が耐えられるかどうかは別なのだが。
そのオークも、いつまでも戸惑っているわけでは無かった。
再び剣を振りかぶって、襲いかかってくる。その剣を握っている腕を、肘のあたりで断ち切ってから、刃を返して首を刎ねる。
これで四匹目か。少なくとも、あと二匹はいるはず。一匹も逃すわけにはいかない。
破られた扉から外へ出ると、待ち構えていたように木々の隙間から矢が飛んできた。
それを剣で弾いて、駆け出す。
夜光石の指輪が与えてくれる視力は、木々の影すらも見通すことができる。
砦の入口から真正面に生えている、大きな木の裏にその一匹はいた。
魔力によって強化された脚力で一直線に向かってくる俺を見て焦ったのか。オークが、弓につがえようとしていた矢を取り落とすのが見えた。
なので、ついでに頭も落としてもらう。
さて。あと一匹。
そう思って、辺りを見回す。が、探すまでもなかった。
近くの茂みがガサガサと揺れて、自分から飛び掛かって来てくれたからだ。
仲間が皆殺しにされてなお、化け物は恐怖を感じない。
奴らにとって恐怖とは、己が振りまくためのものだから。
勢いよく飛び出してきたオークが、手にしている剣を振り上げた。しかし、その刀身は半ばから折れている。
だから、弓も持っていないくせに外で待っていたのか。
オークにそんな知恵があったことに少し驚きながら、折れた剣の一撃を避けて、脇腹を切り裂く。
オークが絶叫をあげた。
だが、傷口は深い。夥しい出血とともに臓物が溢れだし、その絶叫も長くは続かない。
やがて、脱力したオークの死体から念のため、首を切り離しておく。こいつらは異常に生命力が強く、人間なら助からない大怪我からも割とあっさり復活することがあるからだ。




