第十六話 悪鬼(オーク) 1
遠吠えのようなその声に、俺は弾かれたように採光用の小窓を見上げた。
差し込む陽光は心細い。元から部屋が薄暗かったため気付かなかったが、もう日暮れだ。
「だいたい、こっちにはまだ十人以上いるんだ。三人くらい倒しただけで勝った気に……」
「おい!」
まだ何かぐちぐちと言っている大男を遮って、俺は言った。
「早く、ありったけの薪と松明に火をつけろ! あと、俺の装備を返せ!」
「はんっ、まだそんなことを」
「馬鹿野郎! さっきの声が聞こえなかったのか!?」
俺にそう怒鳴りつけられて、大男は顔を怒らせた。
命令口調なのが気に食わないのかもしれない。
だが、これ以上、下らないやり取りをしている暇はない。
今の咆哮は。
「お、お頭ぁーー!!」
そこへ、山賊の一人が悲鳴のような声をあげて飛び込んできた。
「て、てえへんだ、お頭ぁ!」
「あんだよ、てめえまで! こっちは今……」
「お、オークだ! オークがここに!!」
怒鳴る大男も無視して、手下が叫んだ。その報告に、部屋中がしんと静まりかえる。
そこへ、再びあの遠吠えが響いた。
今度は一つではない。この砦を囲むように、そこら中から聞こえてくる。
それでようやく事態に気付いたらしい。通路で控えていた山賊たちが騒ぎ始めた。
「オークだって!?」
「なんでここに!? 奴らが棲みついてるのは、もっと東の山だったはずだろ!?」
「じゅ、十匹はいやしたぜ!? お頭、どうしやしょう……?」
口々に慌てふためいている山賊どもの前で、報告にきた手下が不安そうな顔で大男に指示を仰ぐ。
「いや。十匹はいないな」
大男が何か言うよりも早く、俺は口を開いた。
「せいぜい、五、六匹ってところだ」
そこら中で吠えたてている声を聞く限り、そんなところだろう。
東の山の残党だろうか。
散々に追い回し、追い詰めて、皆殺しにしたと思っていたが、まだ生き残りがいたか。
「おい、もういいから、俺の装備を返せ」
俺は手にした鉄の剣を大男に突きつけた。。
山賊相手ならこの奪った鈍らでも十分だが、オーク相手となればそうはいかない。
「てめえ、さっきから随分と偉そうじゃねぇか……」
「それじゃあ、みんな揃ってここで皆殺しにされるか? もうすぐ陽が沈む。そうなれば、連中からは逃げられない」
憎々しげに唸る大男へ、脅すようにそう言う。
この世界の夜は、化け物たちの時間だ。
陽射しの下では濁っている連中の目も、夜の闇の中では灯りを必要としない。
「連中はお前らほど慈悲深くないぞ。捕まる前に殺される。もし捕まったとしても、惨い拷問の末に殺されるだけだ。そして死体は切り刻まれて連中の餌になる」
決断を迫る俺に、大男は悔しそうに顔を歪めた。
俺の言っていることが真実なのは、こいつも重々承知のようだ。
「お、お頭……ここは、コイツに任せてみるってのも……」
「ああ?」
恐る恐るといった様子で口を開いた手下を、大男がねめつける。
だが、黙らせることはできなかった。
「だ、だってよぅ、お頭! 五、六匹たって、オークですぜ!? 一匹でも、騎士が数人掛りで相手するようなバケモンを、俺たちだけじゃ……」
そう言って、手下は縋るような視線を俺に向けた。
他の山賊たちも同じような顔で俺を見ている。
それに気づいた大男が、忌々しそうに舌打ちをしたところで。
「ひ、う、うわっ、ぎゃああああああああ!!」
砦の入口のある方から、悲鳴が響いてきた。
「ど、ドルジの声だ!」
山賊の一人が怯えたように叫ぶ。
それに続いて、別の悲鳴が聞こえた。
「お頭あああ!! オークが砦の中にーー!!」
「ちっ」
もうこれ以上は待てない。
俺は大男を押し退けて、部屋の外へ飛び出した。
「ルシオ!」
背中にラキアの声が掛かる。
「ここにいろ! 動くなよ!」
この部屋に通じる通路は一つだけだ。入り込ませなければ、何とかなる。
振り返りもせずにそう叫んで、俺は狭い通路を駆けた。
山賊たちは俺を止めようともしない。誰も彼もが、怯えた顔を見合わせている。
その手にある武器は飾りなのかと怒鳴りたくもなるが、今はそれどころではない。




