第十二話 北の一族 1
放り込まれたのは、薄暗い部屋だった。
俺を部屋に放り込んだ山賊たちがどこかへ行ったのを見計らってから、上半身を起こす。
身ぐるみを剥がすと言っていた割に、取り上げられたのは武器と荷物を入れていた袋、それから上着くらいのものだった。
「アンタ……」
服を整えていると、背後から小さな声がした。
振り返ると、あの赤毛の少女がいた。部屋の隅で膝を抱えるように座り込んでいる。
よほど抵抗したのだろうか。顔中、痣だらけで、唇には渇いた血の塊が張り付いていた。
「……何してんのよ」
しゃがれた声でそう訊かれる。
「助けにきた」
そう答えると、呆れたような半眼を向けられた。
「へえ……? 助けに、ねえ?」
「そんな顔するなって、大丈夫だから」
溜息交じりの彼女のそう言って、立ち上がる。すると、彼女が座り込んでいるのとはまた別の方から、息を呑むような悲鳴が聞こえた。
そちらへ目を向ければ、暗がりの中で三人の女性が身を寄せ合っていた。
みんな若い。服は取り上げられたのか。薄い布一枚に、三人で縋りついている。
やはり全員、顔には殴られた跡があった。
「大丈夫、みんな。大丈夫よ」
酷く怯えた様子の彼女たちを落ち着けるように、ラキアが優しく声を掛けている。
「連中に連れていかれたって人たちか」
「そうよ」
彼女たちから目を逸らしながら訊いた俺に、ラキアが頷く。
連中が彼女たちに何をしたのかは、聞く気にもならないが。
「アイツら、私が言うことを聞いてる間は、この人たちにも手は出さないって言ってたのに……」
「オークみたいな連中だな」
悔しさの滲むラキアの声に、そう返す。
同じ人間として恥ずかしい。
「ラキア、だったよな。君は大丈夫か?」
壁際に腰を下ろしながら訊くと、彼女は膝に顔を埋めながら答えた。
「別に。この人たち比べたら、私なんて大丈夫よ。怪我だって、もうほとんど治ってるし」
「そうか」
天上間際に設けられている小窓から差し込む陽光に照らされて、真紅の髪がさらりと下に流れるのが見えた。
妖精人の血がその身に強く発現している人間は、ただの人よりも力が強かったり、傷の治りが早かったりする。
彼女の場合はそれに加えて、あの類まれな身体能力にも恵まれたのだろう。
「ありがとな」
「なによ、いきなり」
俺が礼を言うと、彼女は訝しむように訊き返してきた。
「奴らから、あの短剣を取りもどそうとしてくれたんだろ?」
「ふん。首を切られるのが嫌だっただけよ」
「ああ。嘘だけどな、あれは」
「殺すわよ!?」
さらりとネタ晴らししたところ、ラキアが憤怒の表情を浮かべて立ち上がった。
どうやら、元気なのは本当らしい。
「じゃ、じゃあ……私はいったい、何のためにこんな……」
「まあまあ」
打ちひしがれた様子の彼女に、そう声を掛ける。
「うるさいわね! 気安く慰めるんじゃないわよ! 人を騙しておいて!」
「王から預かったってのは、本当だ」
ただし、盗まれたとバレれば、首は飛ぶのは俺の方だが。
この場合でいう“首”とは、今の地位を失うという意味だが。
……あれ。
それでよかったんじゃないのか。むしろ。
「いったい、何者なのよ。あんた……」
色々考えている俺に、ラキアがため息交じりに訊いてくる。
「ただの旅人だよ」
「ただの旅人が、なんで王様から剣なんて貰うのよ」
疑うようなその視線から逃れるように、部屋の中を見渡す。
奥に縦長の部屋で、天上間際についている採光用の小窓に鉄格子が嵌められているのを見ると、ここが砦だった頃から牢として使われていたのだろう。
もっとも、扉の鍵は新しく取り付けられたもののようだ。
悪党のくせに妙なところで几帳面だな。いや、悪党だからか。
「……ところで、アンタの名前は?」
誤魔化すように黙り込んだ俺へ、ラキアが思い出したように尋ねる。
「……」
答えたくない。
答えたくないが、こちらだけ一方的に名前を知っているというのも失礼だ。
「……ルシオ」
こんなことで嘘を吐くのもなんだしと、諦めて答えた途端。
「ぷっ」
ほら。笑われた。
「何それ? もしかして、天下の大将軍にでもあやかっているつもり?」
「うるさいな。北じゃ、よくある名前なんだよ」
よくある名前というか。よくある名付け方というか。
子供を名付ける際、高名な先祖の名前から一音貰うのだ。
俺の一族のご先祖様は、それはそれはまあ、有名な英雄やら偉大な王やらがずらりと揃っているから。
例えば、俺の名前は北方王国の初代国王であるエルダルシオンから貰ったものである。
「北ってことは、やっぱり」
有難いことに、ラキアはこの名前よりも俺の出自に興味を持ったらしい。
まじまじとした目を、俺の頭に向けてくる。
「そうだよ。俺はかつて滅んだ北方王国の末裔だ」
別に隠すようなことではないし、隠せることでもないので、そう答えておく。
「俺たちを恨んでるか?」
「え? なんで?」
何気なく尋ねると、彼女はぽかんとした顔で首を傾げていた。
「なんでって……君らが故郷を失う原因になった魔獣大襲来も、魔軍との戦も、元を糺せばうちのご先祖様のせいだし……」
「……良く分からないんだけど、アンタたちのご先祖様が、魔獣襲来とどう関係してるわけ?」
「なんだ。この世界の歴史を知らないのか?」
「えーえー、ごめんなさいね。私はど田舎の寒村出身ですから。世界の歴史なんて教えられてませんよー」
思わず訊き返した俺に、ラキアは不機嫌そうにそっぽを向いて答えた。
どうやら、本当に知らないらしい。




