終章 新しい旅へ 3
何が起こったのかも分からぬまま、ウータヴァルに跳ね飛ばされて地面に転がった。
地面に叩きつけられて痛む身体に鞭を打って、すぐ起き上る。
ウータヴァルは黒鉄の巨体を震わせて、身を捩っている。まるで苦しみ悶えているようだ。
取り落としたらしいメイスが足元に転がっていた。
ヤツは脇腹を庇うように押さえている。俺が先ほど、光の短剣で切りつけた場所だ。黒鉄の手甲の隙間から、その部分の装甲が燃え尽きた薪のようにボロボロと崩れているのが見えた。
『貴様っ、それは霊光の刃かっ!?』
驚愕の響きとともに、ウータヴァルが俺の右手にある短剣を指さす。
どうやら、ヤツを傷つけたのはこの光の刃のようだ。
何を切っても通り抜けるだけで、照明の代わりくらいにしか役に立たないとばかり思っていたのだが。
「あ」
そういえば、と。この短剣を貰った時にエルフの奥方から言われた言葉を思い出した。
この刃はこの世の何物も切り裂くことはできない。けれど、だからこそ、ただの剣では切り裂くことができないものを切り裂くことができる、と。
その意味がようやく分かった。
たとえば刀身の発する光が闇を切り裂くように、この実体のない刀身が切り裂くのは、同じく実体のないものだけなのだ。
なぞかけというよりは、言葉遊びのような気もするが。
しかし、ならば。
この世の何物も切ることはできずとも、相手がこの世ならざる幽体ならば。
『おのれ、エルフの宝剣を何故、貴様がっ』
苦しそうに喚くウータヴァルを前に、自然と口角が上がった。
「その焦り方、つまりこの剣はお前に効くってことだな」
犬歯を剥き出して笑いながら、短剣の光刃をヤツに突きつける。
「これで切りつければ、もしかしてお前を滅ぼせるか? たとえば、首を刎ねてみるとか」
試してみる価値はありそうだ。
左手の中で精霊鋼の剣をくるりと回して、右手に光の短剣を握りなおすと、思わぬ手傷を負って動揺しているウータヴァルへと踏み込む。
『ぐっ……!!』
攻撃に転じた俺を見て、ウータヴァルが焦ったように足元のメイスを拾い上げた。それで俺の突き出した精霊鋼の刃を受け止める。
この戦いが始まって以来、初めて奴が見せた防御行動だ。どうやら、よほど霊光の短剣が恐ろしいらしい。
ならばと、光刃を突き出す。ウータヴァルが慌てたように後ろへ飛びのく。が、避けきれず、光の切先が右の前腕をわずかに舐めた。
やはり手ごたえはないが効果は絶大だった。
前腕を覆う装甲が裂けて、黒い蒸気のようなものが噴き出す。
『おおおっ……!? 貴様ッ』
「喋るなよ、舌嚙むぞ」
ま、嚙むような舌なんてないだろうが。
皮肉交じりにそう呟いて、さらに斬り込む。攻撃の手は止めない。
敵に息つく暇も与えないほどの猛攻。これが北方流剣術の神髄だ。
我が一族が伝え、鍛え上げてきたのは人の身でありながら人ならざる者を討つための剣。
人間は弱い。エルフのように永遠には生きられず、ドワーフのように頑健でもない。妖精人たちのように魔法を繰ることはできず、力ではオークに及ばない。
特別なものを何一つ持っていない。それが人間だ。
そんな卑小な存在である人間が、己を遥かに超える強大な敵を如何にして討ち倒すか。
答えは簡単だ。
滅びるまで、攻めて攻めて攻めつくす。
精霊鋼と霊光の二つの刃による猛攻に、ウータヴァルは先程から守勢に回りっぱなしだ。
それでもすべては防ぎきれず、光の刃は確実にヤツの鎧を削ってゆく。
受け身に立った途端、動きが悪くなったように思う。
恐らく、肉体を失ってから鍛錬などしてこなかったのだろう。
ヤツの本体である霊体に傷を負わせることのできる戦士などいなかったのだから、防御など必要なかったのだ。馬鹿みたいにデカいメイスを使っているのも、それが理由だろう。
防御はいらず、ただ圧倒的な怪力を持ってそれを振るえば敵を吹き飛ばせたから。
要するにヤツにとっての戦いとは長い間、草刈りをするようなものだったのだ。
だから、俺の剣に反応できない。
薙ぎ払うように振り抜かれたメイスを、腰を屈めて躱す。その際に、メイスの柄を握っているヤツの右手の指を霊光の刃で切りつけた。小指の根本から入った光の刃が、そのまま中指までを切り落とす。これでもうメイスを握れない。
それでもヤツは残った左手一つで巨大なメイスを振り上げてみせた。
しかし、もう遅い。これ以上悪あがきをしても無駄だ。
片手での攻撃を精霊鋼の剣で受け流して、霊光の短剣で止めを刺す。
そう思って、左手の剣を突き出した時だった。横からヤツの右手が伸びてきて、残った親指と人差し指だけで精霊鋼の刃を掴んだ。
これでは攻撃を逸らせない。だが、霊光の剣を止めることもできない。
『わしがこの程度の傷で怯むとでも思ったかっ!!』
どうやら、ヤツにとっても捨身の一撃のようだ。
ウータヴァルの怒号にこちらも覚悟を決める。
たとえ相打ちでも、ここでこいつを滅ぼすことができれば。
迫る三日月の刃が並んだ柄頭に歯を食いしばって、霊光の刃を突き出す。
そこへ、どこからか風切り音を立てながら三本の矢が飛んできた。それが正確にウータヴァルの左肩と腕、手首の関節部を射抜く。
『ぬっ!?』
驚愕の声はウータヴァルのものだ。関節部に矢が挟まったせいで、メイスを振り下ろす動きが鈍る。誰が放った矢なのかは確かめるまでもなかった。
そうしてできた、たった一秒の隙。
その間に、青い鬼火の灯る黒鉄の兜の隙間めがけて、俺は光刃を突き立てた。




