終章 新しい旅へ 2
『……あの剣士、貴様の一族か。儂が殺す予定だったのは貴様だけだったのだが、致し方無い。想定外だが、ここでもう一人くらい殺しておいても、死体さえ持ち帰れば文句は言われまい』
「なんの話だ」
アルドを見て呟くウータヴァルに、剣を手の中でくるりと回しながら訊く。
『貴様には関係ない』
素気ない答えとともに、黒鉄の巨人がメイスを振り上げた。
『ここで死ぬ貴様にはなっ!!』
「あ、そう」
風切り音とともに、鋭利な三日月刃のついた柄頭が襲い来る。それを最小限の身体の動きだけで躱して、精霊鋼の刃をウータヴァルの兜に叩きつけた。
『ぬぐっ!?』
がぁん、という大きな金属音に、驚いたような声が鎧の内側から響く。
俺はすかさずウータヴァルの巨体に回り込みながら、さらに兜を打った。そのまま背後へ回り込んで、また打つ。そうやってくるくるとヤツの周りを回りながら、兜を打ち続ける。
『貴様っ、ふざけているのか!?』
兜への打ち込みを繰り返す俺に、ウータヴァルが吠えた。
それに俺は至極真面目な顔で答える。
「ふざけているもんか。ただ馬鹿にしているだけだ」
思った通り。その一言で忍耐の限界がきたようだ。
糸が切れたように黙り込んだウータヴァルが、巨大なメイスを頭上へ振りあげた。
どうやら本気でキレたらしい。黒鉄の巨体から真っ黒な魔力が噴き上がる。
次に繰り出されるのは、先ほどまでとは比べ物にならない一撃だろう。そう確信させるだけの迫力があった。
だが、狙い通りだ。
俺はヤツの攻撃を避けるのではなく、むしろ踏み込むと、振り上げているその腕を覆う鎧の関節部めがけて精霊鋼の切先を突き立てた。
どうやってこいつを滅ぼせるかは分からない。なので、とりあえず思いついたことを片っ端から実行することにした。まずは、コイツの鎧をとにかくぶっ壊す。
装甲は精霊鋼の剣でどれだけ叩いても傷一つ付かないが、関節部分となればそうはいかないだろう。
その狙い通り、突き出した剣の切先は前腕と上腕を覆う装甲の隙間に深々と突き刺さった。これなら剣がつかえて、振り上げたメイスを振り下ろすこともできないはず。
このまま継ぎ目を破壊してやる。
そう思って剣を握る手に力を込めた時。
『ふ、貴様ならそうしてくるだろうと思ったぞ!』
勝ち誇るような声とともに、ウータヴァルが二の腕に力を籠めるような動きで剣の刺さっている腕を曲げた。ギチギチと金属同士が圧迫しあう音を立てて、万力のように装甲が剣身を挟み込む。
「ぐっ」
しまったと思って剣を引き抜こうとしても、びくとも動かない。逆に剣ごと身体を引っ張られてしまう。その間にウータヴァルはメイスをもう片方の手に持ち替えていた。
『さあ、終わりだ。ルシオ・アルバイン』
巨大な影が俺を見下ろしながら宣告する。
同時に、頭上から死が振り下ろされた。
「くそっ」
舌打ちとともに、空いている右手を腰元へ伸ばす。
諦めて堪るか。投擲用のダガーでもなんでもいい。どうにかして、ヤツの気を逸らせれば。
そう必死に考えていると、右手が何かに触れた。剣の柄だ。
何を考えるでもなく、それを掴んで引き抜く。
周囲がぱっと明るくなった。
そうだ。軽すぎてすっかり忘れていたが、腰の後ろには森で出会ったエルフの奥方から贈られた光の短剣を差していたのだった。
突然周囲を照らし出した白い光にウータヴァルも驚いたのか。振り下ろされるメイスの速度がわずかに鈍る。
しかし、この短剣は攻撃には使えない。光の刀身はあらゆるものをすり抜けてしまうだけなのだから。そうと分かっていても、攻撃の体勢に入った肉体はもう止まらない。
左手に握っている剣の柄を胸に引き付けるようにして距離を詰めると、そのままがら空きになっているウータヴァルの脇腹を光の短剣で浅く切りつけた。
当然、その刃はヤツの黒鉄の鎧をすっと通り抜けてしまう。
駄目か。
諦めが脳裏を過ぎった、次の瞬間。
『――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――っっっっっ!!!!!!!!』
ウータヴァルが、板金を引き裂いたような甲高い絶叫を上げた。




