馬蹄砦の合戦 5
「門が破られた! 門が破られたぞ!」
「化け物が来る!!」
閃光で眩んだ目が視力を取り戻すと同時に聞こえてきた悲鳴に、急いで正門へと顔を向けた。無い。先ほどまでそこにあった門が、左右の壁の一部とともに消えてなくなっている。
「レティ、無事か!」
「な、なんとか……」
呼びかけると、彼女は尖塔の屋根にしがみつきながら応じた。
とても女の子がするような体勢じゃないが、まあ、良く落ちなかったなとほっとする。
下りてこいと言うと、彼女はひらりと屋根から飛び降りて俺の隣に着地した。ここからでもかなりの高さがあるのだが。エルフには体重を消す魔法が使えるのかもしれない。
「離れるなよ」
「そっちこそ」
彼女にそう言うと、ちょっとムッとしたような声で答えが返ってくる。
それに苦笑しつつ、ノーバスター卿の姿を探した。
彼は衝撃から立ち直り、部下を叱咤しながら応戦の指揮を執っていた。
「ノーバスター卿、ここは任せた!」
「任されました! 御武運を!」
短いやり取りの後に城壁を駆け下りて、そこで待機させていたダイツ達と合流する。
「行くぞ。俺たちの出番だ」
緊張と不安、焦燥に押しつぶされそうな顔をしている彼らに、俺はにっと笑いかけた。
昼頃から戦いが始まって、既に三刻が経とうとしている。
日が暮れれば、ただでさえ薄暗い空は漆黒に染まるだろう。
この攻城戦、これからが本番というわけだ。
遊撃隊を引き連れて正門へと急ぐ。
砦内はあちこちで小火が起きているものの、まだ敵の侵入はないようだ。
正門を潜った先には広場があり、内壁で囲まれている。砦本城へ攻め込むにはそこにある内門を破らなければならない。
ヴェルダン卿の率いる騎士隊が勇戦しているのだろう。
内門に辿り着いた。剣を抜きながら、そこを防衛している騎士たちに門を開けろと叫ぶ。もちろん、俺たちが突入したらすぐに門は閉めさせる。レティには壁の上から援護してくれと頼んでから、俺は遊撃隊を率いて正門広場へと駆けこんだ。
敵で満ち満ちていると思っていたそこはしかし、酷く閑散としていた。
いや。吹き飛ばされた門と城壁の外側にはオークどもが群がっている。しかし、スグ二も雪崩れ込んできておかしくない状況でありながら、踏み込もうとするものはいない。
何故かは聞くまでもない。
広場の中央に、天を衝くような鎧の巨人が聳え立っているからだろう。
黒鉄の幽鬼、ウータヴァル。
暗き鉄槌という名を表すように、その手には巨大な鉄塊が握られていた。どうやら戦棍のようだが、人間が使うそれとは大きさが桁違いだ。先端部には半月型の刃が円形に並んでいる。
「将軍……」
弱々しい声で俺を呼んだのはヴェルダン卿だった。
彼の周囲には部下の死体が転がっていた。どうやら、生き残っているのは彼だけのようだ。
そのヴェルダン卿も無傷ではない。額から血を流し、剣を握っていない右腕は折れているのか。だらりと垂れ下がっている。
『来たか、ルシオ・アルバイン』
黒い全身鎧の内側から、地の底から響くような、虚ろで重苦しい声が俺を呼んだ。
「よう、二年ぶり」
やたらと刺々しい兜の面ぼおの隙間に灯る青い鬼火を睨み返しながら、俺は努めて軽い口調でそれに応じた。




