出張、悪役令嬢!
悪役―――そう、それは恋のスパイス。
私は僭越ながら、そのような悪役を務めさせて頂いております。つり気味の目と美しい美貌、そして公爵家という高貴な家の生まれ、それが私の悪役さというものを引き立てていると言って良いでしょう。さながら悪役令嬢といったところですね。勿論、プライドを持ってやっておりますので、清く!正しく!がモットーです。まさか、その辺のちんけな悪役のように陰湿なことをするはずがありませんからね?
二人の恋が実るようにちょっとした手助けをするだけ。悪役というのは邪見にされがちですが、いつの時代の恋物語にも必要不可欠な要素ですから。
さあ、今日も迷える子羊たちを、私の悪役力で導いてみせるわ。おーっほっほっほ!
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私の名前はアンネリーエ・クレンク。何故か生まれる前の記憶を持っている、小説風に言うと転生者。だからといって此処が乙女ゲームや恋愛小説の世界というわけではなく、いたって普通の、中世ヨーロッパ風の世界。ただ、その世界に、私は日本の記憶を持って産まれただけ。
前世の私は、それはもう恋愛小説や乙女ゲームが大好きでした。日々ときめきを探す孤独な乙女だったわけです。そんな私が、こんな、小説のような恋愛事が起こりそうなお膳立てされた世界に生まれたのですから、浮かれないわけがないでしょう。ただ、残念ながら何かの物語の世界というわけではないので、これからどうしていくか、というのは生まれながら前世の記憶がある私の課題でした。
そんな私の転機は5歳のときでした。お母様方がお茶をしている間、子供たちだけで遊んでいたとき、とある女の子の髪飾りがなくなったのです。そんなとき、その女の子のお友達が言いました。「その子が隠したに違いない、だって意地悪そうな顔をているもの」と。その子というのは勿論私のことです。
酷い風評被害ですし、私はやってません。事実、普通に見つかりました。その後、その女の子やお友達の家の肩身が狭くなったのは仕方無いですね。私、公爵家令嬢ですし。
そしてショックを受けた私は、そんなに酷い顔をしているのかと改めて自分の顔を手鏡で見ました。それはもうまじまじと、侍女に引かれるぐらいには。鏡の中の私は、つり目でキツそうな風貌ですし、公爵家という家柄故に家をナメられないようにいつも毅然としています。
この時私は閃いたのです。これは……イケる、と。
公爵家という完璧な立場、いかにもという風貌――――
――――「悪役令嬢」を名乗るのにぴったりだったのです。
恋する男女の邪魔をする忌々しい存在、と思われがちな悪役令嬢ですが、彼女がいたからこそ彼らの仲は深まるといっても過言ではありません。絶対に必要な存在です。
そんな悪役令嬢に私がなり、間近で幸せな男女を見てときめき成分を得る、という完璧な計画がその時から始まりました。
それから、他人の上に立てるようにできることは全て完璧にこなせるようにしました。運動は少しばかり苦手ですが、座学は前世から得意でしたので、みるみるうちに私は完璧だと大人から評価される公爵令嬢になりましたとも。プライドも高く、常に毅然とした態度で佇む孤高の薔薇――なんて噂を聞いた時には思わず笑みが零れそうになりました。ガッツポーズなんてはしたないことはしませんけれど。
貴族には入学が義務付けられているという、これまた小説に出てきそうな学園に入学してからもそれは変わりませんでした。私は常に上から数えたら早い順位をキープ、外国語――この場合は近隣にある大きな帝国の言語――に至っては常に一番でした。……これは、その外国語が日本語だからなのですけれど。ズルではないです。ちょっとぐらい転生の旨みがあっても罰は当たりません。
学園に入ってからは私の本領発揮といったところで、じれったい男女を見つけては私がさり気無く悪役を演じ、彼らの行く末を見守っていました。リアル恋愛小説を見ているようで幸せな日々といえます。
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そんな私も数々の男女の縁を見て、早くも学園で2年目の生活が始まりました。
今のターゲットはいつも花壇の花の面倒を見ている変わり者の伯爵令息と、そんな彼に恋している大人しい伯爵令嬢です。令嬢は大人しいあまりアプローチが全くできていない。これは由々しき事態です。まあ、そんな時こそ、悪役令嬢の出番なわけですが。
放課後、彼が花壇にいるを窓からちらりと確認して、今日も私は令嬢に言います。
「あら、ゴミ箱にゴミが溜まっているわ。……ちょっと貴女、捨ててきてくれないかしら?」
「……分かりました」
大人しい彼女は私に反抗せず、ゴミ捨て場に向かいます。といっても、私のお願いに逆らうような立場の人間はこの学園にほんの僅かしかいませんので、ここまでは既定路線と言っていいでしょう。
ゴミなんて職員や従者に捨てさせればいいんですけどね。生徒がやる分には咎められませんので、良い手段になります。虐めももみ消せますが私のモットーに反しますから、あくまで他の人に見られても、悪役令嬢の気まぐれかと許されるレベルにとどめておくことが重要です。
そしてそのゴミ捨て場は、花壇の近くにある、つまり、必然的に彼と接触のチャンスが生まれるのです。悪役令嬢にこき使わるも、健気にそれに従う大人しい令嬢!ああ!守ってあげたくなる!
現に今日も彼らは何やら言葉を交わしています。窓から見えるというこの立地は最高です。……あ、ご令嬢がご令息の頬に手を伸ばして――土を取ってあげてるのでしょうか?これは胸キュンイベントというやつですね。ときめき成分頂きました、ありがとうございます!
これは二人の仲が進展したに違いありません。明日からが楽しみです。
そんな私の予感が的中し、その次の日から、私がゴミ捨てを頼まなくても彼女は勝手にゴミ捨てに行き、そして彼と話すようになった。少し寂しいけれど、今回私はこれでお役御免のようです。
恋に迷える羊の元へ、いつでもどこでも、悪役令嬢は出張いたしますわ!
密かに「縁結びの令嬢」なんて呼ばれていることは露知らず、今日も悪役令嬢は悪役を演じる。
息抜きに書きました。
王道悪役令嬢転生にしようとしたら王道になりませんでした。




