17・拠点決定
その日はアルカに泊まることにした。
ここをウイング・クレストの拠点とすることに反対意見はでなかったが、ほとんど俺とプリムの意見だけで決まったようなものなのが気になる。まあミーナ達は反対というより気後れしてただけっぽいから、慣れれば大丈夫だろう。
問題はアルカをどうするか、だ。
「どうするも何も、まずは陛下に報告しなきゃいけないんでしょ?」
「そうなるよなぁ。陛下だってアルカには興味あるだろうし、サユリ様の遺言があるからってだけじゃいい気はしないと思うし」
「そこは気にしなくてもいいと思うけど、その気遣いはありがたいわ。あと問題となるのはハンターズギルドね。まあこっちはそこまで大きな問題にはならないわ」
ハンターは魔物を狩ることを生業にしているが、全員がそういうわけではない。トレジャーハンターと呼ばれる遺跡専門のハンターも少数だが存在している。遺跡には魔物が住み着いていることが多いからBからSランクがほとんどだが、Gランクの中にもそういう者はいるらしい。
そのトレジャーハンターにとって、未知の遺跡は格好の飯のタネになる。ハンターズギルドに報告されている遺跡に無断侵入することは、遺跡のある国や発見者を蔑ろにすることになるため、盗賊行為として取り締まられるが、そうでなければ未発見の遺跡扱いになるため、後から発見した者が先に発見者として名を残すことになる。もちろんそれはそれで問題だから、同じ日に報告があった場合は本人達の意思にかかわらず、共同発見という扱いになるそうだ。
アルカは空の上にあり、しかもマイライト山脈の山頂にある石碑に刻まれている転移陣を起動させなければならないため、他の誰かに見つかる可能性はゼロに近い。だからと言って報告をしなくていいわけじゃないから、フィールに戻り次第ライナスのおっさんに報告をする必要がある。
ちなみに魔物を狩るハンターはモンスターハンターと呼ばれることもあるが、そう呼ぶのはトレジャーハンターがほとんどだ。
「そっちも問題ないと思います。大和さんの世界の文字で書かれている石碑を読める人なんて、ヘリオスオーブにはいませんから」
「それ以前にマイライト山脈の山頂に来れる人もいませんから。石碑も結界の中みたいですから、魔物に壊されるおそれもないでしょうし」
俺もミーナとフラムに賛成だが、それでも万が一っていう可能性もあるから、早めに報告はしておくべきだと思う。それにストレージングが使えれば石碑は持ち帰ることはできると思うから、石碑だけでも先に回収してくるべきだな。
「御心配には及びません。石碑はコンルとキナが回収してきています。ですから他の誰かがアルカに足を踏み入れる可能性はございません」
そう思ってたら既に回収されていた。仕事早いね、コロポックルさん達。
「それはありがたいけど、石碑って簡単に回収できるものなの?」
「はい。元々あの石碑は持ち運びを前提として作られていますから。大和様、お受け取りください」
そしてシリィに石碑を手渡された。こんなに小さかったか?あ、よく見たら転移陣を起動させる文面しかないぞ。
「この転移石板はマイライトにある石碑にはめ込まれていただけです。この転移石板は鳥居にある石碑と対になっていますので、ヘリオスオーブのどこにいても、石碑を使っていただければアルカへ来ていただくことができます。また鳥居からでしたら最後に石板を使用した地点に戻ることもできますので、旅の合間に来ていただくことも可能です」
思ってたより高性能な石板だな。つかかなり使い勝手がいいぞ。俺しか使えないってことが唯一の欠点か。
「それは仕方ないでしょうね。だけどそうなると、あたし達だけじゃアルカに来れないから、拠点としては使いにくいわね」
「だな。前にもあったが、俺が別行動になることもある。その時にみんながアルカに来られないってのは大問題だ」
俺とプリムはPランクのエンシェントクラスハンターだから、異常種とか災害種が出たら高確率で駆り出される。当然何日もフィールを離れることになるが、その間ミーナ達はどうするんだって話になってしまう。連れていくという選択肢もあるし、その場合はレイドで移動することも珍しくないんだが、アライアンスで移動ってことになったらアウトだから、どうしても石板の問題は大きくなってしまう。
「その問題も、ゲート・クリスタルと呼ばれる魔導具を使用していただければ問題ございません」
……解決してしまった。マジでそんな魔導具があるのか?
「ゲート・クリスタルは石板と同じようにお使いいただけますが、魔法陣を通れるのは多くても三名が限界です。また魔力を登録しなければなりませんので、他人が使うことはできません」
セキュリティもしっかりしてるし、何人かなら連れてくることができるのか。しかも使い勝手も石板と同じだから、個人で使う分には申し分ないな。
「ならみんなにはそのゲート・クリスタルを使ってもらうか。だけど魔力を登録って言ってたから、準備とかに時間はかかるよな?」
「コンルに聞いてみる必要がありますが、おそらくは」
「決まりね。大和は石板、あたし達はゲート・クリスタルにしましょう」
「そうですね」
「かしこまりました。ですが準備に時間がかかりますので、数日程お時間を頂戴いたします」
思ったより時間がかかるのが気になるが、何か問題でもあるのか?
「ゲート・クリスタルにはフェザー・ドレイクの魔石と脳、心臓を使うために、これから調達しなければならないのです」
「つ、つまり今からフェザー・ドレイクを狩るということなんですか?」
「はい。私達もレベルは60を超えていますから、御心配には及びません」
まさか今から素材を狩るとは思わなかった。ってことはフェザー・ドレイクがあれば、ゲート・クリスタルの量産は可能ってことなんだろうか?
「いや、フェザー・ドレイクならさっき大量に狩ったから、それを使ってくれればいい。それよりもしかして、ゲート・クリスタルって量産ができるのか?」
「はい。ゲート・クリスタルの本体は晶銀を使っております。その晶銀をフェザー・ドレイクを使って加工することで、ゲート・クリスタルが完成いたします。詳しい製法はコンルが知っていますが、この技術は混乱をもたらす可能性が高いため、サユリ様方からも口外することを禁じられておりますが」
トラベリングを付与された魔導具なんだから、迂闊に世に広めちまえば普通に混乱するだろうな。特にソレムネやレティセンシアが手に入れて解析に成功しちまえば、絶対にフィリアス大陸が大混乱になるし、そこをアバリシアに突かれる可能性もある。それは避けたいところだな。
「となるとアルカはベール湖に下ろして、石板やゲート・クリスタルを使わなくてもいいようにした方がいいかもしれないな」
「そんなことしなくても、普通に堂々と使っとけばいいと思うわよ。ハンターズギルドに報告するってことはハンターの間にも広まるってことだから、よからぬことを考えるバカは絶対に出てくる。それならゲート・クリスタルを使って逃げられるようにしといた方が、みんなの安全につながると思うわ」
「私も賛成よ。そもそもアルカって動かせるのかっていう問題もあるでしょ?」
プリムの意見ももっともだし、マナリース姫の意見は盲点だった。確かにそうだ。そこんとこどうなの?
「マナリース様の仰る通り、アルカはこの位置から動かすことができません。無理をすれば動かすことも可能ですが、その場合は墜落すると思われます」
うん、諦めるしかないな。
「ならゲート・クリスタルを使ってフィールと往復するしかないか」
「それしかないわね」
「人を招待する場合は、どこかに集めてから石板で転移ですか。大和さんがいないと招待できる人数が少ないのが問題ですね」
「そこはどうしようもないから、諦めてもらうしかないわね。だけどこっちもアルカに来るのが誰かっていうのも確認できるから、帰ったとみせかけてアルカに残るような奴がいてもすぐにわかるわ」
「仮にそんな人がいても、帰れないですよね?」
確かにそうだが、悪事を働こうとしてる奴がそこまで考えるかは疑問だぞ。
「あとは誰にゲート・クリスタルを渡すかだが、ここにいるメンバーは当然として、あとはリカさん、エド、マリーナ、フィーナは確定でいいと思うんだ」
「賛成ですけど、それならリチャードさんとタロスさんもじゃないですか?」
「もちろん考えてるよ。あとはホーリー・グレイブをどうするかなんだけど、そっちはたまに招待するぐらいでいいかなって思ってる」
あんまり多くの人に渡すつもりはないからな。ホーリー・グレイブは信用できるけど、だからといって俺達の拠点に自由に行き来されても困る。
「それは当然ね。どこのレイドでも、自分の拠点に他のハンターを自由に出入りなんてさせないわ。私だってホーリー・グレイブの拠点には、招かれない限り行かないもの」
「それが普通よね。じゃあホーリー・グレイブを招待するのは、あたし達の披露宴の時でいいかしらね」
「だな」
「それではいいんだけど、部屋割りはどうするの?いえ、あなた達がこの一番大きい本殿なのはわかるけど、私とかラウス、レベッカはどうするのよ?」
「ラウスとレベッカは副殿のどれかでしょうね」
「だな。北西の副殿は工芸殿が近いからエド達として、残り三つのどこがいい?」
「お、大きすぎますよ!」
「じゃあ少し遠いですけど、北東でお願いします」
ラウスは予想通り遠慮したが、レベッカがあっさりと決めてしまった。この子ってけっこう肝が据わってるよな。
「レベッカ!」
「怒らないでよ。これもラウスのためなんだから」
「ああ、あなた以外の女性とも結婚するから、そのために慣れてもらいたいのね?」
「はい。大和さんの弟子ってことで注目を浴びてますし、ランクもBになりましたから、貴族の方との縁談も現実味を帯びてきちゃいましたから」
納得のいく理由だ。
先日ラウスは、ついにレベルが31になり、Bランクに昇格した。まだ13歳の少年がBランクに昇格した例は少なく、しかも例外なくGランク以上のハンターになっているために将来性も高い。そんなハンターを貴族が放っておくはずがないし、俺やプリムという二人のエンシェントクラスとの縁までできるんだから、噂が広まればラウスに娘を嫁がせようと考える貴族は次々と出てくるだろう。
ちなみにレベルが上がったのはラウスだけじゃなく全員だ。ミーナもBランクになってるぞ。
「あんまりひどそうなのは、あたし達も反対するけどね」
「当然ですよ。私も気を引き締めないとって思ってますから」
俺の第一夫人とラウスの第一夫人(予定)が、何やら不敵な会話をしている。しかもレベッカはプリムから槍の手ほどきも受けているから、貴族に対する作法なんかも叩き込まれてるんじゃないかと思う。
「諦めろ、ラウス」
助けを求めるな視線を向けてこられたが、俺にはどうすることもできん。ポンッと肩を叩いて慰めることぐらいだな。
「それでマナリース様ですけど、とりあえず本殿の客間に泊まっていただこうと思ってます。他の寝殿はまだ何があるかよく見てないですからね」
「それもそうか。わかったわ」
マナリース姫は客間以外の選択肢がないが、だからといって客間が大量にある客殿は論外だ。本殿にも部屋はたくさんあるから、そっちに泊まってもらった方がコロポックル達の手間も減るだろう。
「せっかくだし、今日はみんなで湯殿に行ってみましょう」
「賛成です」
「でも男女兼用って話ですよ?」
「さすがに夫以外の男に肌をさらす気はないから、女だけで入って、後でまた入ればいいでしょ」
「それがいいですね」
「好きにしてよ……」
湯殿は俺も入りたかったんだけどな。まあ仕方ない。上がってから行くとするか。どうせ夜も大変だろうからな。なにせどの風呂も防音は完璧にされてるから、中でナニをしてても声が漏れるないんだから、最悪本殿の露天風呂で襲われるかもしれん。体力が持つかはわからんが、せめて湯殿ぐらいはゆっくりと浸かりたいものだ。




