16・天空島アルカ
「ではご主人様、この館と島のご案内に移らせていただきます」
「あ~……そのご主人様っての、やめてくれないか?」
「では大和様とお呼びさせていただきます」
さすがにご主人様はむずがゆすぎたが、普通に様付けになってしまった。そっちも勘弁してほしいんだが。
「大和は主人なんだから、それは無理よ」
と、あっさりとプリムに言われてしまった。諦めるしかないのか……。
その後ジェイド、フロライト、ブリーズ、ルナ、シリウス、スピカとコロポックル達の顔合わせを終え、ノンノに世話を任せると、俺達は館と島を案内してもらうことになった。100年も前とはいえ、俺と同じ世界、同じ国から来た客人が遺した島なんだから、気にならないわけがない。そういえばこの島、なんて名前なんだ?
「なあ、シリィ。この島、名前とかってあるのか?」
「はい。ご主人様は『アルカ』と呼んでおられました」
アルカか。なんとなくアークに似てる気がするけど、関係はないだろうな。多分、ヘリオスオーブの言葉か何かだろう。
「へえ、綺麗な名前ね」
「ありがとうございます。このアルカの所在ですが、フィリアス大陸中央部、ベール湖の上空にございます」
「ベール湖って、思いっきり近くじゃない。私達、その近くにあるフィールにいたんだけど、全然気が付かなかったわ」
「アルカは地上から5,000メートルの上空にございますし、知覚遮断結界が施されておりますので、視認することはできなくなっております」
なるほど、結界か。そういうことなら納得だ。それにしても上空5,000メートルっていうわりには、そんなに息苦しくないな。
「結界のおかげで、アルカの環境は作られた時と変わりございません。例えドラゴンの上位個体であっても突破できない強度の結界ですので、破られるおそれもないと申し上げていいかと」
そんなとんでもない強度の結界なのかよ。
ドラゴンはこの世界にもいるが、下位個体であってもとんでもない強さを誇る。最弱と言われているレッサードラゴンでさえGランクが束になっても勝てるかわからず、上位個体ともなれば災害種すら凌駕する。
だが上位個体は人語を話すこともできるし、意思の疎通は不可能ではなく、人間の世界には関与しない。唯一、南にある島国のバレンティア竜国だけが、ドラゴンと共生している。
ドラゴン達はバレンティアの中央部にあるウィルネス山を住処としているが、長命でもあるドラゴンは数も少ないため、ウィルネス山周辺だけで十分に暮らせるようだ。
稀に人里を襲うドラゴンが出ることもあるが、それはドラゴンの長である聖母竜の意向を受け、バレンティア竜騎士に協力しているドラゴンがバレンティア竜騎士と共に退治し、死体はバレンティアがどう扱ってもいいことになっている。それもあってバレンティアでは、純正の竜素材が取引されることがあるんだとか。
逆にドラゴン達に害をなした場合は、捕らえられた後、聖母竜の下へと送られ、そこで裁きを受ける。聖母竜は嘘を見抜くことができるらしいので、無実、あるいは正当防衛であれば無事に帰されるが、そうでなければ生きて帰ることはできない。おっかない国だよな。
「ということは、ここから飛んで島の外に出ることはできないってことですか?」
ミーナに言われて気が付いた。そうだよ、この島の環境が地上と変わらないってことは、外気とかも遮断してるってことだから、島の外に出ることができなくてもおかしくないぞ。
「はい。残念ですが従魔であっても、転移を用いなければ島の外に出ることはできません」
「島の環境を保つためか。それはわからなくもないが、一時的に結界を解くとか、一部だけ通行できるようにするとかはできないのか?」
「できません。ご主人様はそうしたかったそうですが、どうしても結界の強度が落ちてしまいますし、再度展開することもできなかったと聞いています」
それだけ魔力を使うってことか。島一つを丸ごと覆って、外界から遮断してるわけだから、それも納得ではあるが。
「また結界は、島からの転落を防いでおります。下が湖とはいえ、上空から牧畜などが落ちてくれば、さすがに何かあるのではと思われるでしょう」
「それは納得だけど、牧畜って、もしかしているの?」
「はい。後程ご案内いたします」
まさか牧畜がいるとは思わなかった。この島がどれぐらいの大きさなのかはわからないが、自給自足はさすがに辛いんじゃないか?
「牧畜の世話って、どうしてたんですか?」
フラムも気になるらしい。餌の問題もあるし、繁殖の問題もあるからな。確か親等が近すぎると、遺伝子とかに問題がでたんじゃなかったっけかな。
「時折町に降りて買い付けたり、繁殖のための売買を行っていたりしていますので、その心配はありません」
一番シンプルな解決方法だな。わかりやすくていいけど、まさか町に降りたりしてたとは。
「それでは館のご案内からさせていただきますが、よろしいですか?」
「ええ、お願いするわ」
Side・プリム
この島、アルカって言ったっけ。本当に凄いわね。特に屋敷なんて、客人の故郷にある物を可能な限り再現したって言ってたし。
なんで部屋に草が敷き詰めてあるのかと思ったら、あれは畳っていう文化だって大和が教えてくれたわ。靴を脱いで素足で上がらないと痛めてしまうそうだけど、寝転ぶと気持ちいいのよね。この匂い、けっこう好きかも。
大和も懐かしい懐かしいって言って、シリィや館担当のレラの案内そっちのけで見て回ってるけど、よく案内なしでわかるわね。ラウスも興味があるみたいでついて行ってるけど、そんな二人は放っておきましょう。
なにせ次に案内してもらうのはお風呂なんだから。ここを作った客人は全員女性だってことだから、きっとお風呂も凄いものに決まってるわ。
この館は日ノ本屋敷って名前らしいんだけど、建物が十棟もあるのよ。一番大きな本殿、その次に大きな副殿が四つ、鍛冶や仕立てなんかの工芸殿が一つ、従魔や召喚獣の小屋になっている従魔殿が一つ、来客用の客殿が二つ、そして湯殿となっているわ。
私達は今、日ノ本屋敷で一番大きなお風呂がある湯殿を案内してもらっているの。
「こちらが浴室です」
「すごい!」
ほらね!ミーナとフラムも目を丸くして驚いてるわ。
「この湯殿は、建物を含めて総檜造りとなっております」
「総檜造り!?だからこんなにいい香りがするんですね!」
「まって、お姉ちゃん!すごいよ、あれ!」
そうなのよ!檜造りのお風呂があることにも驚いたけど、それよりもっとすごいお風呂があったのよ!こんなお風呂なんて、考えたこともなかったわ!
「湯殿の下層は一面の露天風呂でございます。アルカは結界があり、雲の上に位置している関係上、雨は降りません。いつでも星空を臨みながらご入浴していただくことができます」
アルカの屋敷には、驚いたことに7ヶ所にお風呂があるの。特に一番大きな建物の最上階と南西の建物は露天風呂になってて、しかもどのお風呂も24時間いつでも入ることができるのよ。魔導具で水の流れを循環されているからだって教えてくれたわ。しかもいつでも星空を眺めながらお風呂に入ることができるなんて、夢みたいよ。
それにしても広いわ。魔銀亭のお風呂も大きいけど、これはその比じゃない。滝は流れてるし、小さいけど庭も作られてるじゃない。貴族でもこんな贅沢なお風呂は持ってないわよ。
「こちらの露天風呂は、ご主人様のお気に入りでした。皆さんでご一緒に入られて、そのままお楽しみになられることも多々ございました。もちろん私達も、何度もお相手をさせていただいたものです」
……そうだったわ。その客人達、そっち系の人だったのよね。だけどこれはいい話を聞いたわ。こんな素敵な場所で大和とデキるなんて、思ってもみなかったもの。さっきから尻尾が止まらないけど、そんなことはどうでもいいわ。
「ここで大和さんと……」
「ここでなら、大和さんもきっと……」
ミーナとフラムも顔を真っ赤にしてるけど、あたしと同じこと考えてるみたいね。気持ちはわかるわ。これは是非とも、一緒に入らないといけないわ。
「も、もう。いくら夫婦だからって、人前でそんな話はしないでよね」
マナも真っ赤になってるけど、あれは絶対に大和とのコトを想像してるわね。隠そうとしてるみたいだけど、そんなにモジモジしてたら意味ないわよ?レベッカを見なさいよ。平然としてるんだから。
やっぱりとっくに落ちてるわね。いい加減伝えればいいのに?あたし達はとっくに認めてるんだから、遠慮はいらないのよ?というか、手伝ったほうがいいのかしら?
Side・大和
「どうかされましたか?」
「いや、ちょっと悪寒が……」
ラウスと一緒にレラに案内してもらってたんだが、突然背筋が震えたんだよ。なんだ、これ?
「ご気分が優れないようでしたら、お部屋にご案内しますが?」
「いや、大丈夫だ、ありがとう。そういや部屋って、いくつあるんだ?」
「ご主人様が私室としてお使いになられていたお部屋は10程ですが、客間や資料室、遊戯室などをあわせますと50部屋はありますね」
多いよ!いくらなんでも、使い切れんわ!
「ご主人様が使われていたお部屋もしっかりとお掃除してありますので、お使いいただいても何ら問題はございません」
「それだけどな、一応みんなと話してから決めるよ。このアルカをどうするかっていう問題もあるから、簡単には決められないが」
俺としては、このままアルカを拠点にしてもいいと思っている。ハンターはどこを拠点にしているかは公表しないもんだが、それでもある程度は知られているし、毎回毎回町の外から来ているようじゃ、怪しまれること請け合いだ。それに国や高ランクのハンター相手じゃ、隠しきれるとも思えない。もちろん隠すつもりはあるが、それには俺達やコロポックル達だけでは足りない。信用できる人に協力してもらう必要がある。せめてもう少し、コロポックルがいればなぁ。
「コロポックルは私達七人だけですが、私達が使役するオートマトンがいますよ?」
オートマトンとな?しかも使役するってどゆこと?
「私達七人だけではアルカを管理することはできませんから、私達の命令に忠実なオートマトンを作り、作業をさせているのです。魔力を認識させれば、大和様の命令も聞くようになります」
なるほど、確かにそうだ。このアルカ、真円に近い形をしているが、面積は5k㎡ぐらいらしい。思ったよりは小さいがそれでも十分広いから、コロポックル達だけじゃ確かに手が回らん。
「そのオートマトンってのは、レラ達が作ったのか?」
「いえ、作られたのはご主人様です。私達も作って作れないことはありませんが、性能は著しく低下します。ですので今アルカにあるオートマトンは休眠状態にしてあり、コンルが定期的にメンテナンスを行っています」
魔道具管理担当のハーフドワーフか。オートマトンってのは確か機械人形のことで、この世界じゃ魔法人形になるんだったか。しかも希少価値が高く、遺跡とかからの出土品ぐらいしかないそうだから、失われた技術になってるってエドが言っていたな。ということはハーフドワーフでもあるコンル以外、メンテなんかもできないはずだ。エドが聞いたらひっくり返りそうな話だぞ、これは。
なんにしても、どうするかは考えなきゃいけないな。




