15・七人の妖精 ☆
「これが……天空島か」
その島は、天空に浮かんでいるのが信じられなかった。
「すごい……」
「島っていっても、空を飛んでるから大きくても城ぐらいだと思ってたのに……」
「城っていうレベルじゃないわね。ちょっとした村なら入っちゃうわよ」
「プラダ村より広いです……」
みんな一様に驚いてるが、俺も驚いている。山はあるし湖もある。森もあるし草原だって広がっている。雲を下に見下ろす形でなければ、信じられなかったと思う。
だけど一番驚いたのは、満開の桜が咲き誇っていたことだ。いや、桜じゃないんだろうが、俺からすれば目の前にあるのは間違いなく桜の木だ。しかもかなりの数がある。
「とりあえず、進んでみよう。鳥居が見えるから、何かがあるのは間違いない」
転移した先には、朱色の大きな鳥居があった。まさか鳥居なんて見られるとは思わなかったが、鳥居があるってことはこの先には神社かそれに似た何かがある可能性が高い。
門をくぐると中庭に通じていたようだが、一部は日本庭園のようになっている。というか中に入って初めて気が付いたんだが、これって確か寝殿造っていう平安時代の屋敷じゃないか?
「なんなのこの庭は。見たことも聞いたこともないわよ」
「これも大和さんの世界の様式なんですか?」
「ああ。だけど千年近く前の様式だったと思う」
平安時代だからそうだよな?
というかこの庭、マジで広いな。従魔や召喚獣は朱橋を渡った先にある中島の一つで寝転がっているが、ヒポグリフ二匹にバトル・ホース二匹、さらにはアイス・ロックまでいるのに全然狭さを感じないぞ。ルナ?カーバンクルは小型犬ぐらいだから、何の問題もないな。
「みんなもくつろいでるし、気に入ったみたいね」
プリムも嬉しそうだ。正直、こんなもんがあるとは思ってもなかったからな。俺達の拠点にすることも視野に入れることができそうだ。問題があるとすれば、デカすぎることだな。
「とりあえず、従魔は庭にいてもらえばいいから、俺達は屋敷に入ってみよう」
「そうね。大きすぎるのがあれだけど、私達の家にできるかもしれないし」
こんなデカい屋敷に住むなんて、落ち着かないけどな。まあウイング・クレストの拠点として使ってもいいし、そっちの方向で考えるか。
俺達はそのまま朱橋を渡り、屋敷の前に到着した。木造っぽいが石造のようにも見えるな。
というかこの屋敷、四階建てだったのかよ。しかもよく見たら城じゃねえか。
「デカいな……」
「すごいわね……。こんな屋敷、初めて見たわ」
「俺の世界の伝統建築に近いな。まあ明確な違いもあるが」
「そうなんですか?」
そうなんです。なにせ中島には噴水みたいなものもあったし、洋風庭園みたいな中島もあったからな。確か寝殿造の中庭は、どこかの風景を模したものだったと思う。建物をつなぐ渡殿っていう屋根付き廊下みたいなのはあるけど、こっちも微妙に違う気がする。もしかしたらサユリ様も、細かい知識は持ってなかったのかもしれないな。
「それより中に入ってみましょう。大和の世界の伝統的な屋敷って、すごく興味があるわ」
マナリース姫が急かしてくるが、俺も久しぶりだから心が躍ってる。
だが中に入ろうと思った直後、中央の建物から人影が出てきて、俺達に向かって頭を下げた。
「お待ちしておりました、ご主人様」
そんなに背が高くないし、何より背中に小さな羽があるところから判断するに、全員フェアリーっぽいな。というか、なんで全員大正ロマンあふれる和モダンなメイド服なんだよ?
「我々はホムンクルスです。生前のご主人様のご意向によって、フェアリーハーフをベースに造られております」
フェアリーハーフだったのか。それにしてもなんでまた、って家を守る妖精ってのがいたな、確か。
「フェアリーハーフって、なんでまた?フェアリーじゃダメだったの?」
「確か俺の世界じゃ、妖精が家を守ってくれるっていう伝説があるんだよ」
「へえ、そんな伝説があるのね」
まあ、俺が知ってるのは座敷童子ぐらいだけどな。見た人に幸福を与えたり、家を守ったり、けっこう有名だから知らない人はいないと思う。
「だけどいたずら好きでもあるし小さいから、人間と同じ大きさになるようにしたんじゃないかな?なんでフェアリーハーフが基本なのかはわからないけど」
「おっしゃる通りです。我々はコロポックルと呼ばれておりました」
コロポックルか。確か北海道に伝わるアイヌの妖精だったな。けっこう小さいって話だったはずだから、この屋敷を管理させるためにフェアリーハーフを基にしたのは間違いなさそうだな。それでもたった七人で管理できるかって聞かれると、多分無理だと思う。
「そういえば大和の世界って、ヒューマンしかいないって話だったわよね。確かに小さい妖精じゃ、この屋敷を管理するのは大変よね」
「はい。ご主人様もそう仰っておられました」
「それはわかった。けどそれはともかくとして、なんで俺達がご主人様なんだ?」
「転移陣を使われたということは、ご主人様が遺された石碑を読むことができたということになるからです。ご主人様は文字を読み上げ、魔力を流すことではじめて、転移陣が起動するとおっしゃっておりました」
なるほどな。確かに転移陣に魔力を流すだけなら、誰かがやる、あるいは既にやっていた可能性がある。なんで読み上げろなんて書かれてたのかと思ったが、詠唱の代わりだったのか。そういうことなら納得だ。
あれ?ってことは、もしかしてご主人様って俺のことなのか?
「つまりあなた達は、ずっと大和を待ってたってことなの?」
「おっしゃる通りです」
マナリース姫も俺と同じ疑問を感じたみたいだが、中央に立ってるコロポックルがあっさりそう告げた。マジですか?
「申し遅れました、わたくしはシリィと申します。この島のコロポックル達の統括を任されております」
どうやらこのコロポックルがリーダーらしい。金のロングヘアーに落ち着いた感じの雰囲気がするが、もしかしてハーフエルフなんだろうか?
「カントと申します。野山の管理を任されております」
こっちは緑がかった金髪でベリーショートだ。活発そうし、野山の管理をしてるってことは、見た目通りなんだろうな。リス耳と尻尾があるからフェアリーハーフ・アルディリーか。
「アトゥイと申します。湖の管理を任されております」
青いセミロングのこちらの方は、腕とかに鱗っぽいものが見えるから、多分ウンディーネが入ってるんだろうな。湖の管理ってことだし、適任ではあるか。
「レラと申します。館の管理を任されております」
一番髪が長いけど、それをしっかりと結わいているな。ハーフヒューマンっぽいし、黒髪っていうのも親近感が持てる。
「ノンノと申します。牧場の管理を任されております」
明るい赤髪ショートの犬耳っ娘だからハーフウルフィーか。この子も活発なんだろうな。
「コンルと申します。魔道具の管理を任されております」
薄いブラウンの髪を二つのお団子にしてる一番小柄な子は、多分だがハーフドワーフなんだろう。魔道具管理に相応しいな。
「キナと申します。畑の管理を任されております」
銀髪ツインテールときましたか。一番大柄だけど角と尻尾が竜のそれだし、多分ハーフドラゴニュートだろうな。
「俺はヤマト・ミカミだ」
「プリムローズ・ハイドランシア・ミカミよ。プリムでいいわ」
「私はミーナ・F・ミカミです」
「フラム・ミカミです」
「俺はラウス」
「レ、レベッカです!」
「マナリース・レイナ・アミスターよ。まさかサユリ様がこんなものを遺されてたなんて、思ってもいなかったわ」
名乗られたので俺達も名乗り返した。それにしても牧場や畑、魔道具なんかもあるとか、ますます興味がでてくるな。
「アミスター王家の方でしたか。大変失礼いたしました。ですがこれがサユリ様のご遺言でした。自分達と同じように命を狙われるだろう客人の安寧の地にしたい、そう仰っておられましたので」
「サユリ様が何度も命を狙われていたことは知ってるわ。客人だからだろうって言われていたけど、どうやらそれは正しかったみたいね」
「はい。ご主人様が去られる間際、いつか自分のような客人が来られるのではと危惧されておりました。ご主人様のように複数なのか、それともお一人なのかまではわからない、とも申されていましたが」
「ちょっと待って!この島を作った客人って、本当に複数いるの!?」
マナリース姫が驚いてシリィに質問するが、石碑を信じる限りじゃそうなるだろう。マナリース姫も信じてなかったわけじゃないだろうけど、当事者(?)から聞かされると、それはそれで重みがあるからな。
「はい。ご主人様は七名おられました。私達コロポックルが七名なのも、それが理由です」
「なんで七人なのかと思ったらそんな理由なのか。じゃあなんで、全員女性なんだ?」
「ご主人様は皆様女性でしたので、同性の方がいいと判断されたそうです」
納得せざるをえない理由だな。まさか全員女性だったとは思わなかったよ。
「じゃあさ、新しい主が男の大和って、けっこう辛いんじゃないの?」
俺もそう思うが、その質問はやめてくれ!別の意味で辛いわ!
「いえ、ご主人様の御友人方がご宿泊なされたこともございますので、問題はございません。それにご主人様も、次の主様が男性である可能性は考慮なさっておられました」
「へえ。例えば?」
「夜のお相手です」
ど真ん中のストレート、しかも100マイルの剛速球来ましたよ!?待て待て待て待て!ってことは何か?そういったこともできるようになってるってことなのか!?
「ご主人様のお相手もさせていただいたことがございます。男性と女性では全く違うとのことですが、その辺の知識もしっかりと、ご主人様に教えていただいております」
まさかのカミング・アウト!?全員そっち系の人だったってことなの!?つか何教えてんの!?俺はそんなことするつもりは全くないよ!?ああ、やめてみんな!そんな下げ蔑んだ目で俺を見ないで!!
「よかったわね、大和。こ~~~んな美人が7人もいて」
「待て!そもそもなんでヤルこと前提なんだよ!?」
「ヤラないんですか?」
「当たり前だ!そもそも結婚したばかりなのに、なんで見ず知らずの女を……あ!」
ぬおおおおおっ!失言だった!マナリース姫は俺と結婚するために来たようなもんなのに、これじゃ拒絶してるようなもんじゃねえか!いや、俺も三人と結婚してるし、これ以上嫁さんが増えるのはどうかと思うんだけどさ!
「ご安心ください、プリム様、ミーナ様、フラム様、そしてマナリース様。我々は命令がない限り、ご主人様の寝室に入ることはございません。皆様の夜の生活が円満に進むよう、いくつかのアドバイスはさせていただきますが」
「シリィ、だったわね。お願いするわ」
「かしこましまりした」
「だから待て!」
なんで嬉しそうなんだよ、プリム!
「落ち着いてください、ご主人様」
「大和、楽しみにしててね?」
プリムが妖艶な笑みを浮かべた。初めて見るその顔に、俺は戦慄しましたよ、はい。
「そんなことよりも、この天空島はやっぱり大和の物ってことになるのよね?」
「はい。王家の方には申し訳ありませんが、私どもとしてもご主人様の遺言に従うべきと思っています。なにしろサユリ様以外のご主人様は、皆殺されてしまったのですから」
やっぱりか。サユリ様が何度も命を狙われたって話は聞いてるから、そんな予感はしてたんだよな。ってことはサユリ様が結婚したのって、仲間が殺された後になるのか?
「仕方ないか。お父様にも知らせる必要があるけど、サユリ様のご遺志って言われたら、王家としては引き下がるしかないわ」
「ありがとうございます。ですがご来島していただくことは問題ありません。その際は精一杯おもてなしをさせていただきます」
「ありがとう」
あっさりと引き下がったな。王家の先祖が遺した物でもあるんだから、所有権を主張するのは間違いってわけでもないのに。俺の心証は悪くなるが、それを考慮したってわけでもなさそうだから、本当にサユリ様の遺言に従うってとこか?
「それでシリィ、中庭に従魔もいるんだけど、大丈夫よね?」
「もちろんです。従魔のお世話も、我々の仕事ですから。それで、どの種族と契約なされたのですか?」
「カーバンクルにアイス・ロックとバトル・ホース。それからヒポグリフね」
「……珍しい種族と契約されたのですね」
シリィ達の表情が一瞬ひるんだ。よし、勝った。
「ですが問題ありません。ヒポグリフのお世話はしたことはございませんが、知識としてならございます。それにこの島には山も湖もございますから、従魔も快適に過ごせると思います。従魔のお世話は、牧場を担当しておりますノンノにお任せください」
「任せてください、皆様。ヒポグリフは初めてお世話しますが、生態は知っていますから」
そういやそうだったな。ヒポグリフは元々山で暮らしてるわけだし、湖があれば主食の魚にも困らないだろう。うん、環境的には何も問題ないわ。強いて言うなら、まだ親離れできてない時期だってことか。ノンノが自信満々にしてるから、そこは大丈夫だと思いたい。




