09・深緑の襲来
Side・プリム
ご馳走様でした。やっぱりストレージングって便利よね。魔力の問題があるから使える人は多くはないけど、ストレージングを付与させた魔導具もあるから使ってる人はそれなりにいるし。
でも旅をするにはすっごく便利なんだけど、戦闘にはちょっと使いにくいのよね。大和の刻印術みたいにしっかりと体系化させるか、いっそのこと刻印術を付与した魔導具でも作ってもらった方がいいかもしれないわ。実際魔石に刻印術を付与させたことがあるんだから、できないことはないと思うし。まあバカとかに使われると面倒なことになるから、今すぐにってわけにはいかないけど。
魔導具で思い出したけど、移動中に大和の刻印具っていうのを見せてもらったのよ。だけど魔導具とはちょっと違うみたいだったわ。というか、何がなんだかさっぱりわからなかったわよ。見たこともない文字?記号?何かそんなのが並んでたし、使い方も全然わからなかったわ。
「そうか?まあ俺はほとんど生まれた時から使ってるようなもんだから、そこまで気にしたことはなかったな」
なんて言ってるけど、この刻印具っていうの、大和の世界じゃありふれた道具らしいで、お財布にもなってるし、本とかにもなってるそうだから、ないと生活ができないんですって。さすがにストレージングは付与されてないけど、もしされてたら完全にこっちの負けだったわ。……今の時点でも十分に負けてるわよね。
「ところで今日中にフィールに着くって話だったが、やっぱり夕方ぐらいになるのか?」
「それぐらいになるでしょうね。魔物が少なければ、もう少し早く着けたと思うんだけど」
大和の質問に母様が答える。今日も午前中だけで30匹以上のグラス・ウルフ、グリーン・ウルフを狩ったから、けっこう時間かかっちゃったのよ。倒すだけなら大和が一瞬で倒してくれるんだけど、死体を回収するのが手間なのよね。って、また来たわ。
あれ?あの白っぽい緑の毛色って、もしかしなくてもウインド・ウルフじゃない。さすがにグラス・ウルフ、グリーン・ウルフ合わせて100匹近くがあたしと大和のストレージに入ってるから、底が見えてきたってことかしら?
「あの白っぽい緑の毛色のがウインド・ウルフか」
「みたいね。数は5匹か。これは確実にグリーン・ファングがいるわね」
「グラス・ウルフにしろグリーン・ウルフにしろ、けっこう狩ったからな。もしかしなくても警戒させちまったか?」
でしょうね。まあ狩らなかったらあたし達が死ぬだけなんだから、狩らないわけにはいかないんだけど。
「仕方ない気もするけどね。今度はどうするの?」
母様が心配そうな顔をしている。ウインド・ウルフはBランクだし、それが5匹とはいえ群れで襲ってくるとなるとSランクハンターでも厳しいかもしれないわね。しかもウインド・ウルフは風魔法を使ってくるし、けっこう手間かもしれないわ。
「あんまり時間掛けたくないし、俺がやりますよ」
「待って大和。あたしにも一匹ぐらい残しといて」
「わかった」
そう言うと大和は刻印具を操作して氷の刻印術を発動させた。確かこれってコールド・プリズンだったっけ?あれ?他にも何か使ってる?
一瞬ウインド・ウルフの動きが止まって警戒したみたいだけど、そんなことはお構いなしに大和が作り出した氷の刃が渦を巻いて、あっという間にウインド・ウルフが絶命した。早いわよ!
あたしのために一匹残してくれてはいるけど、そのウインド・ウルフも怯んじゃってるじゃない!
まったくもう……。でも逃がすつもりはないから、フィジカリングとマナリング、灼熱の翼、さらにはフレイム・アームズまで使って体と槍を強化して、ウインド・ウルフに向かって翼を広げ、全力で突っ込んだ。
初撃は避けられちゃったけど、そうなることも想定内。フレイム・アームズを纏わせた槍を薙ぎ払うことで、避けたウインド・ウルフの首を切り落とすことができた。まずまずってところね。
「お見事。それじゃちょっと回収してくる」
「大和に褒められても、心から喜べないけどね。それよりコールド・プリズンだっけ?それを使ったのはわかったけど、なんで氷が渦を巻いたりなんかしたの?」
「ああ、そのことか。エア・ヴォルテックスっていう風の刻印術も使ったんだよ」
やっぱり氷の他にも使ってたのね。
なんでもエア・ヴォルテックスは風性B級広域干渉系術式とかで、領域内の風を操ることができるらしいわ。相手を窒息させることも簡単にできるって言ってたけど、なんて恐ろしい魔法、じゃなかった刻印術があるのよ。
「エア・ヴォルテックスに限らず、風属性の刻印術は使い勝手がいいんだよ。俺は水属性と光属性に適性を持ってるんだが、風属性にも特性があるから結構得意なんだよ」
刻印術の適正って、確か魔法と違って適性が低くても使えるのよね?魔法も適性が低くても使うことができるから、基本的なところは同じなのかもしれない。
というか、特性って何なの?
「特性ってのは俺の世界の人間が持ってる刻印術への特殊技能みたいなもんだな。持ってない人も多いんだけどな」
なるほど。つまり大和は、その特性っていうのを持ってるのね。
刻印術は火、土、風、水、光、闇、無の7属性があって、大和は水と光に適性があり、闇には適性がないみたいだわ。
それとは別に天空特性っていう、水、風、光属性、それから広域系と探索系っていう系統だっけ?が使いやすくなる特性があるみたい。広域系っていう刻印術には適性が低くて苦手だって言ってたけどね。
他にもいろんな特性があって、例えば大和のお母様は全属性適正っていう特性を持ってるそうよ。
その特性を使いながら、エア・ヴォルテックスとコールド・プリズンを同時に使って氷の刃を嵐のようにぶつけるなんて、容赦なさすぎだわ。容赦したらこっちが危ないから、それは別にいいんだけどさ。
「すごいわね。Bランクのウインド・ウルフを、こんなにあっさり倒すなんて」
母様は感心してるけど、こんなあっさりBランクの魔物を倒すなんて、ハイクラスハンターでも簡単じゃないわよ。あたしも何とか倒したけど、複数匹に襲われたら怪我の一つ二つはもらってたわね。大和とあたしに力の差があるのはわかってたけど、ここまであるともう笑うしかないわ。
「二つ以上の刻印術を同時に使うのって一応高等技術なんですが、けっこうポピュラーな技術でもあるんですよ。だからこれぐらいなら、俺の世界でも使える人は多いですよ」
やめてよね。大和の世界じゃそうかもしれないけど、ヘリオスオーブじゃこんな使い方、見たことも聞いたこともないんだから。だけど大和の世界の知識に加えてこんな技術まで持ってるんなら、客人が特別な存在になってるっていうのもすごく納得できるわ。
「よし、回収終わり。さすがに5匹だとすぐに終わるな」
倒してしまえば回収作業はグラス・ウルフとかと変わらない。だから一度に襲ってくる数が少ないってことは今のあたし達にはけっこう助かるわ。多い時なんて10匹以上の群れで来たからね、グラス・ウルフは。
なんにしても回収が終わったなら出発できる。あたしには刻印術は使えないけど、それでも大和の話はすごく勉強になる。また移動中に色々と教えてもらわないといけないわね。
そう思ってたんだけど、突然大和が、ウインド・ウルフが襲ってきた方向に視線を向けて足を止めた。
これって遠吠え?まさか!




