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08・新たな武器

Side・プリム


 リカさんが未婚の母になるために大和に抱かれてから二日後の夕方、あたし達はアルベルト工房にやってきた。理由はあたしの槍と大和の刀を受け取るためよ。

 本当はミーナ達の装備も一緒に受け取りたかったんだけど、ファリスさんに青鈍色鉄アビイロガネ製大斧の品評を、マナにも瑠璃色銀ルリイロカネ製の剣の品評をお願いしてるから、こちらを優先せざるをえないのよ。マナの瑠璃色銀ルリイロカネは非公式なんだけど、マナもハイエルフに進化したから武器を更新するいい機会だし、せっかくだしね。


「やあ、君たちも来たのかい」


 工房に入ると、既にファリスさんとクリフさんが来ていた。他にも何人かいるけど、全員ホーリー・グレイブだわ。


 ホーリー・グレイブは全部で12人のレイドなんだけど、リーダーのファリスさん、サブリーダーのクリフさん以外も三人がハイクラスに進化してるの。だから青鈍色鉄アビイロガネに興味があるんでしょうね。


「ファリスさん、武器の受け取りですか?」

「ああ。年甲斐もなく興奮して、今日はロクに狩りもできなかったよ。隣でクリフが使ってたから尚更ね」


 既にファリスさんとクリフさんには指名依頼を受けていて、クリフさんはエドがクラフターズギルドに提出した剣を使っている。昨夜使用感とかを聞いてみたんだけど、すごく好評だったわよ。


「だがファリスはオーダーメイドの斧じゃないか。俺からすればそっちの方が羨ましいぞ?」

「何を言ってるんだい。報酬はクリフ好みのオーダーメイドの大剣じゃないか。普通、品評依頼の報酬は依頼された武器なんだから、破格の報酬だよ?」


 クリフさんは依頼を受けた際、大剣のデザインも決めている。クラフターズギルドに提出した剣はオーソドックスな片手直剣なんだけど、クリフさんは両手でも扱える大剣をメインにしているから、依頼の剣じゃ少し感覚が違うみたい。もちろんオーソドックスな片手直剣だから品評がしやすいことはわかってくれてるし、青鈍色鉄アビイロガネのオーダーメイド大剣が報酬ということもあって、張り切ってくれてるわ。ちなみにクリフさんの希望は幅の広い刀身を持った、片手でも両手でも使える大剣よ。


「だから依頼は手を抜かずにやるつもりだ。ところで君達も武器の引き取りかい?」

「ええ。本当は昨日でも良かったみたいなんですが、微調整があったみたいなので」

「なるほどね。私も君達がどんな武器を頼んだのか興味があるよ」


 あたしの槍も大和の刀も、かなり人目を引くでしょうね。特に大和の刀はヘリオスオーブにはなかったんだから、あたしもどんな感じで仕上がったのかが楽しみなのよ。


「お待たせしましたー、ってプリム?あ、大和もいた」


 どうやらマリーナがホーリー・グレイブの接客をしてたみたいで、やたら大きな斧を持ってきた。っていうか、あたし達の扱いがぞんざいじゃない?


「気にしない気にしない。先にファリスさんに斧を渡しちゃうから、少し待ってて。よいしょっと。あ~重かった。ファリスさん、これがご注文の品ですよ~」


 そりゃ重いでしょうね。フラフラしてたし。というか注文の品に間違いはないけど、それ以前に依頼の品っていうべきじゃないの?


「確かに私の好みのデザインで頼んだけど、品評が目的なんだからそれはちょっと違うんじゃないかな」


 ほら、ファリスさんも苦笑しちゃってるじゃない。だけどすごくうずうずしてるのがわかるわ。


「これがファリスさんの斧ですか。なんていうか、ハルバードに似てなくもないですね」

「だよね。使いにくそうだけど、慣れれば色々とできそうだわ」

「新しい金属で作った斧の品評依頼って聞いてたけど、まさかオーダーメイドだったとはな。すげえ羨ましいぞ」


 ホーリー・グレイブのハイクラス三人が呆れ半分羨望半分の表情をしてるけど、気持ちはわかるわ。三人も武器の問題はあるんだから、品評が終わったら頼みたいと思ってるでしょうね。

 あ、名前は上からハイヴァンパイアのクラリスさん、ハイエルフのアリアさん、ハイヒューマンのバークスさんよ。


「では早速……やっぱり金剛鋼アダマンタイトより軽いけど、それでもズッシリとした重量感がある」


 あのサイズの斧だと鉄でも10キロ以上あるだろうから、青鈍色鉄アビイロガネのだと20キロは超えてるわね。

 それをフィジカリングとマナリングを使ってるとはいえ、自分の背丈ほどもある大斧を片手で軽々と持ち上げるファリスさんって、傍から見ると化け物にしか見えないわ。


「やっぱりいいね。すごくスムーズに魔力が流れてる。魔銀ミスリルの武器を使ってた時の感覚に似てるな」

「もしかして姐さん、魔力全開にしてます?」

「そこまではしてないけど、今まで以上にやってるよ。だけどこれは、明日の狩りが楽しみだな」


 ファリスさんが満面の笑みだわ。今までは武器に魔力を流しすぎないよう気を付けながら狩りをしてたけど、青鈍色鉄アビイロガネ製の斧ならそこまで気にしなくてもよくなるかもしれないし、軽くなったとはいっても使い勝手もあまり変わらないんだから、きっと狩りもはかどるでしょうね。


「いいなぁ、ファリスさん」

「クリフさんも報酬に剣を打ってもらってるんだから、破格の依頼だよねぇ」

「だよな。こっちから頭を下げてでも受けたいってのに、事前に交渉してもらったばかりかデザインまで決めさせてもらってんだから、破格どころか二度とない依頼だぞ」


 こっちもそんな依頼を何度も出すつもりはないし、瑠璃色銀ルリイロカネだって既にマナに依頼してるから、これが最初で最後の品評依頼でしょうね。


「俺達の依頼が終わればクラフターズギルドで手に入れることができるようになるはずだから、それまで待つんだな」

「それしかないかぁ」


 青鈍色鉄アビイロガネはそんなに作ってないし、何より金剛鋼アダマンタイトがもうフィールにないから、増産ができなくなっちゃってるのよね。幸いというか、今フィールでハイクラスに進化しているハンターはここにいる8人だけだし、あたし達は瑠璃色銀ルリイロカネを使ってるから、ホーリー・グレイブ分の青鈍色鉄アビイロガネは王都から回してもらう金剛鋼アダマンタイトを使えば足りるでしょう。


「ありがとう。明日からしっかりと品評させてもらうよ」

「よろしくお願いしま~す。じゃああんた達の武器だね。持ってくるからちょっと待ってて」


 次はあたし達の武器ね。今あたしと大和が使ってるのはデザイン性がなく、本当の意味での試作なの。今からマリーナが持ってきてくれる武器が、あたし達が希望したデザインになってるはずだから、すごく楽しみだわ。


side・大和


「これが俺の刀か」


 マリーナが持ってきてくれた刀を抜いた俺は、思わず見とれてしまった。

 最初に驚いたのは刀身が瑠璃色ではなく、魔銀ミスリルのように緑がかっていたことだ。魔銀ミスリルは銀色がかった白緑色びゃくろくしょくだが、この刀身は瑠璃色も入ってるようで、銀色がかった薄緑色をしていたんだからな。

 柄や拵えなどは形を似せただけどころか、さらに装飾が施されていたが、それでもこれは、俺にとっては十分に刀と言える代物だ。


「軽くて取り回しもしやすい。魔力は試作の刀以上に流れる感じがするな」

「その刀は大和から教えてもらった日本刀の製法を、リチャードじいさんが少しだけいじって打った物で、心鉄しんがね魔銀ミスリルにしてるんだよ」

「マジか?ああ、そういえばリチャードさんが開発した技術って、日本刀の製法と少し似てたんだったっけか」


 リチャードさんは金剛鋼アダマンタイトで刀身を作り、その刀身を魔銀ミスリルで覆って拵えるという製法を確立している。日本刀は心鉄しんがねという芯に鍛錬した皮鉄かわがねを巻き付けるという製法だから、完全にとはいえないが、それでもリチャードさんが独自に開発した技術とは似通っていると言える。


 その技術と日本刀の製法技術を融合させて、心鉄しんがね魔銀ミスリルで、皮鉄かわがね瑠璃色銀ルリイロカネで鍛えたことで、魔銀ミスリルによく似た刀身になったということらしい。


 そしてこれが完成品ということは、間違いなく実戦にも耐えられる出来だということだ。


「詳しくはあたしもわからないんだけど、元々魔銀ミスリルを使ってることもあって、魔銀ミスリルとの相性がいいみたいなんだ。だからマナ様の剣、プリムの槍、ファリスさんの斧にも使ってるそうだよ」


 なるほどな。俺の刀だけ刀身が薄緑色なのはこれが素の色で、他の三人はそれぞれが希望した色に染色してるってことか。


「私の斧にも、そんな技術が使われてるのか。すごいとは思ってたけど、そこまでだったとはさすがに思わなかったな」


 リチャードさんの開発した技術も日本刀の製法技術も簡単にできるもんじゃないし、何よりリチャードさん以外の鍛冶師にはまだできないって話だから、ファリスさんが驚くのも無理はない。俺も驚いたよ。


「あたしの槍もすごいわよ」


 驚いてるところにプリムが声をかけてきた。


 プリムの槍は、プリムの翼を模した斧刃が一対、フォクシーの尻尾のような装飾を施された鉤爪が一つ、刺突に特化したランス状の石突き、そして穂先は片手用直剣と同じぐらいの長さを持った、切り払いも可能なランスになっている。色はプリムの希望で緋色だが、穂先や石突き、鉤爪は薄い銀色がかった紅色、一対の斧刃は白く染められ、遠目からは純白の翼のように見える。


「おお、これも見事だな。ヒポグリフだけかと思ったらフォクシーの特徴も入ってるのか」

「す、すごいですね……」


 ミーナも驚いてるが、俺も驚いた。鉤爪がフォクシーの尻尾になるとは思わなかったんだからな。


「すごい槍ね。こんなに大きいと使いこなすのが大変じゃない?」


 同じ槍を使うハイエルフのアリアさんは呆れていた。ここまで意匠をこらした槍が出てくるとは思わなかったんだろう。うちのメンバーもそうだからな。


「これが魔銀ミスリル金剛鋼アダマンタイトだったら、こんなデザインにはしなかったと思いますよ。だけど長く使えるってことなら、見た目も自分の好みに合わせた方が愛着も沸くと思ってね」

「ああ、そういう考えもあったんですね」

「一応納得はできるが、それでもこれはゴテゴテしすぎじゃないか?」


 レベッカは納得したように頷いてるが、ハイヒューマンのバークスさんは過剰なまでの装飾を見て、実用性が心配になったようで苦言を呈してくれている。


「大丈夫ですよ。なにせこの槍を作ってくれたのは、アミスターで一番の鍛冶師なんですから」


 俺もそう思う。装飾性重視の武器は脆いことも多いが、俺達の武器は瑠璃色銀ルリイロカネ製だから、マナリングを使っておけばちょっとやそっとじゃ欠けたりもしない。なによりリチャードさんが精魂込めて打ってくれたんだから、露程も心配していない。


「それならいいんだけどよ」


 バークスさんは装飾性重視の武器が脆いから心配してくれただけで、自分が気に入らなかったからそう言ったわけじゃない。ぶっきらぼうに見えるけど、根は優しい人なんだよ。


「私の剣は、けっこう面白いわよ」


 おっと、今度はマナリース姫か。おお、確かに面白いことになってるな。


「マナ様?なんか刀身が折れてませんか?」


 ハイヴァンパイアのクラリスさんが心配そうな顔をしているが、あれがマナリース姫が選んで作ってもらった剣なんですよ。


「折れてないわよ。これは元々こういう剣なの。こんな風にね」


 魔力流したマナリース姫の、白銀に輝く刀身は、次々と同じ大きさに折れたように分かれていき、まるで鞭のように伸びた。よく見れば何か糸のような紐のようなものに結ばれている。そしてマナリース姫が再び魔力を流すと、紐は収縮し、刀身は接合され、元の剣へと戻っていった。


「多節剣とは、また珍しい武器ですね。だけど今までは普通の剣を使っていたのに、いきなりそんな珍しい武器にして大丈夫なんですか?」


 ファリスさんが述べたように、マナリース姫の剣は多節剣と呼ばれる武器で、魔力によって刀身が剣状、鞭状になる。ちなみに紐のようなものは、ウインガー・ドレイクの健だ。これを瑠璃色銀ルリイロカネで覆うことで、簡単に切れたりはしないように加工されている。


 マナリース姫は今までは普通の片手直剣を使用していたが、盾を持たないこともあって防御力には難があった。本人曰く、盾があると素早く動けない、両手で剣を持って威力の高い攻撃を狙うこともある、ってことなんだが、実はこの考えは俺と同じだったりする。俺は刻印法具マルチ・エッジとの二刀流を使うこともあるから全く同じってわけじゃないが、それでも盾が邪魔だという考えは同じだ。


 多節剣はその構造から、どうしても脆くなりがちだが、ヘリオスオーブではマナリングによる魔力強化で補うことができるし、瑠璃色銀ルリイロカネ製でもあるから生半可な攻撃は通用しない。


 マナリース姫は相手の攻撃を受け流すよりも回避することが多いし、動きも阻害せず、剣よりも遠い間合いで攻撃ができる多節剣は戦い方にあった武器と言ってもいいかもしれない。


「すごい武器だよね」

「うん。俺も何日かしたらこんな武器が使えるなんて、嬉しい反面気後れしちゃうな」


 ラウスとレベッカはもちろん、ミーナとフラムも数日後には瑠璃色銀ルリイロカネ製の武器が完成する。ホーリー・グレイブの面々には悪い気もするが、開発者権限ってやつだな。まあホーリー・グレイブがみんなの装備を狙うなんてことはしないだろうし、そこは心配してないが。


「それじゃあ最後に武器に名前を付けてよ。リチャードじいさん曰く、武器は名前を付けることで初めて完成する。そして名前を付けることができるのは、武器を使う者だけだ、って言ってたからね」


 今更だが工房にはマリーナしかいない。リチャードさんとタロスさんはクラフターズギルドから呼び出されてて、エドはトレーダーズギルドに行っている。三人ともどうしても外せない用事みたいなんだよ。


 っと、名前か。ならこれにしよう。


「名前か。じゃあ私はライトニング・ミルにしよう」


 竜胆色の大斧を持ったファリスさんが、最初に名前を決めた。なんでそんな中二感溢れる名前を?


「私は雷属性に適性があるんだよ。だから斧の色も紫系にさせてもらったんだ。自分で武器の名前を付けるってことなら、それを入れたいって思うのは当然だろう?」


 ああ、そういうことなのか。どうやら斧のデザインから風車を連想したようで、それと合わせた名前にしたようだ。


「あたしはスカーレット・ウイングね。翼は白いけど、槍自体は希望通り緋色だし」

「私は、そうね、ラピスウィップ・エッジってところかしら」


 プリムは緋色の翼、マナリース姫は瑠璃色の鞭刃ってとこか。悪くないな。


「大和はどうするの?」

「俺は魔銀刀まぎんとう薄緑うすみどりだ。刀身の色もだが、俺の世界に実在している刀の銘を使わせてもらった」


 父さん由来の刀だけどな。だけど一目見て、これ以外の銘は考え付かなかったのも事実だ。魔銀ミスリル心鉄しんがねに使ってるから、魔銀刀ってつけてもおかしくはないだろうしな。


「なるほどね。いいじゃない」

「プリムもいい名前だぞ。マリーナ、ありがとう」

「礼はあたしじゃなく、リチャードさんとタロスさん、ついでにエドに言ってあげてよ」


 エドの扱いがぞんざいだが、そこは気にしない。


「もちろんだ。近いうちに直接お礼を言いに来るよ」

「待ってるよ~」


 ようやく瑠璃色銀ルリイロカネの武器が完成した。まだどんな感じかはわからないが、それでもすごく手に馴染んでいるのがわかる。魔力疲労による問題も大丈夫だと思うから、明日からはさらに狩りに精が出せるな。


 魔銀刀・薄緑を鞘に戻し、腰に佩くと気持ちが一新されたような気になる。


 さあて、明日からはまたバリバリと働くとしますかね。

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