07・瑠璃色銀の危険性
Side・エドワード
「そういうことなら、俺はこの場にいない方が良さそうだな。話も終わったし、俺は行きますぜ」
いや、待ってくれガラバさん!まだ話は終わってねえんだよ!言いたいことは色々あるが、とりあえずフィーナのことは後回しにするしかねえ!
「いや、待ってください。まだ終わってないんですよ!」
「終わってない?だけど青鈍色鉄ってやつの取り決めはほとんど終わっただろ?」
「青鈍色鉄についてはそうですね。だけどある意味じゃ、こっちが本番なんですよ」
なにせ青鈍色鉄は、あくまでもダミーだからな。なんにしても、ガラバさんの離脱は阻止できたか。
「これが前座かよ……。いったい何なんだよ?」
「なるほど、あのことかい」
ガラバさんは驚いてるが、ラベルナさんは知ってる感じだな。多分マリーナかプリム辺りから仕入れた情報だろうが。
「さすがに詳細は知らないよ。エドが持ってきたのが、青鈍色鉄だけじゃないってことぐらいかな」
どんな取引をしたのかが気になるが、それは後でマリーナに白状させよう。
「大和にとって、青鈍色鉄は目的通りとは言い難いってことですね。話はここからになります」
「だろうね。私は一度だけ、彼らが戦っている所を見ているから言えるけど、彼らの戦い方はスピード重視だから、フィジカリングがあるとはいえ魔銀の方が性に合うと思う」
そういや以前牧場でハンターを捕まえたことがあったが、ラベルナさんとフィーナもいたんだったな。確かにあいつらもスピード優先の方が好みで、取り回しとかもあるから武器は軽い方がいって言ってたな。
「なるほど。ということはまさか、重さを抑えた青鈍色鉄もあるのか?」
俺からすれば青鈍色鉄が代用品なんだが、ガラバさんからすれば逆になるのも当然か。
「ええ。あいつらにとっての本命は、この瑠璃色銀です」
マリーナが絶妙なタイミングでストレージバッグの中から瑠璃色銀のインゴットと刀を一振りを取り出した。この刀はじいちゃんが形を見るために、ヘリオスオーブの製法で打った刀だ。刀身が細い以外はミスリルブレードと似たような感じだから、実戦でも使えると思う。
「な、なんだこれはっ!?金剛鋼どころか神金と同等じゃねえか!」
「まさか青鈍色鉄よりも上があったなんてね。私はてっきり重さを調整する技術だと思ってたんだけど、全ての面で青鈍色鉄を超えた金属を出されるとはは思わなかったよ……」
いや、金属の重さを調整するなんて、そっちの方が難しいし考えもしなかったけどな。
「見てもらったと思いますけど、こいつはマジで神金と同等ですし、重さも魔銀より少し重い程度です。だからあいつのリクエストにピッタリなんですけど、逆にそれが問題になりましてね」
「だろうね。青鈍色鉄だって十分革新的なのに、この瑠璃色銀はそれを超えている。製法は似ているんだろうから高価な物には違いないが、それでも神金よりも安価で手に入れることができるんだから、これの存在を知ったら確実にソレムネが動く」
「ですな。安定して供給されれば、アバリシアとも互角以上に戦えるようになるだろうから、アバリシアだって黙ってないかもしれねえ」
「だからソレムネは、フィリアス大陸を統一するために各国に戦争を仕掛けるだろう。魔銀、晶銀の産地であるアミスター、金剛鋼の産地であるバレンティアは無関係じゃいられない。つまり下手をすれば、フィリアス大陸全域が戦火に包まれるかもしれないんだ」
いや、俺が思ってたよりずっとデカい問題じゃねえか。神金と同等とはいえ、たかが金属でそこまでのことは起きないと思ってたぞ。
「確かに戦争を起こす理由としては弱い。ソレムネは鉱物資源の乏しいとはいえ、鉄鉱山は国内に持ってるんだ。だからある程度なら武器や防具は生産できる。それに噂じゃ鉱物資源に頼らない新兵器を開発したらしいから、ますます理由としては弱くなるだろう。だけどな、ソレムネがアミスターを越えられない理由の一つに、魔銀と晶銀の存在があるんだ」
それは俺でも知ってるぞ。鉄はヘリオスオーブじゃどこでも、とは言わないが、多くの場所で手に入れられる。鉄鉱山なんて、山の多いアミスターならほとんどの街で採れるぐらいだ。だからソレムネが自分とこで鉄を用意できても、アミスターはそれ以上の鉄を用意できる。さらに魔銀、晶銀っていう魔力伝達率の高い金属まで採れるし、クラフターズギルドの発祥国ってことでクラフターの技術も高いんだから、装備の質はソレムネじゃ足元にも及ばねえ。
「そうだ。晶銀は魔力伝達率が高い以外は鉄より若干脆いから武器になることはないが、魔銀はそうじゃない。これはソレムネにとっては屈辱的な違いなんだ。その魔銀を使って神金と同等の金属ができちまったんだから、ソレムネとの差はさらに広がる。そうなるとソレムネが、これ以上差が広がる前に何とかしたいと考えても不思議じゃないってことだ」
うわ、マジで面倒くさい問題なんだな。ってことは瑠璃色銀って、公表できないんじゃないのか?
「青鈍色鉄がある程度アミスター、バレンティアに広まれば大丈夫だと思うよ。ソレムネとしては広まる前に何とかしたいと思うだろうけど、既に広まっていればどうしようもないんだ。なにせ妨害しても、現物は無くならない。奪うことは考えるだろうけど、剣が一振り二振り奪われたところで、戦の趨勢を決められるわけじゃない。グランド・ハンターズマスターや大和君と同じエンシェントクラスがいればともかく、ソレムネにはハイクラスが数十人しかいないって言われてるからね」
その噂は聞いたことがある。ソレムネにエンシェントクラスがいれば、アレグリアは落ちているだろうって言われてたはずだ。並のハイクラスじゃ何人いてもグランド・ハンターズマスターには届かない。最低でも大和やプリムと同程度の実力は必要だろう。あいつらクラスがそうそういるとは思えないから、確かにソレムネに青鈍色鉄の剣が何本か渡ったところでどうすることもできないな。
「もっともこれはあくまでも私の予想だから、陛下がどう思われるかはわからない。私達に瑠璃色銀のことを話したってことは、当然陛下にも報告するんだろう?」
「機会があれば、ってとこですね。できれば大和の口から報告させたいし、伝手もできましたからね」
マナ様があいつの婚約者候補になるとは思わなかったが、受けようが断ろうが陛下に謁見することは決まってるしな。
「伝手も何も、フィールを救った功績があるんだから、陛下から直接褒美を賜れるだろう。その時に報告すればいいじゃないか」
そりゃそうだ。
「大和のことだから、王都にいったらまた女を増やしそうだけどね」
それもありえるな。なにせあいつ、気が付いたら三人の女と結婚してたからな。しかもエンシェントヒューマンに進化しやがったんだから、ほっといても女の方から近づいてくるだろうな。
っと、それで思い出した。
「すんません。実はマナリース様には内々にですが品評依頼をお願いしています。結果は二人にも教えるんで、よろしく頼んます」
「マナリース姫様にか。また思い切ったことをしたな」
「あれ?ガラバさんはあの噂を知らないのかい?」
「どの噂ですかい?」
「マナリース姫様は大和君に嫁ぐために来たって噂だよ」
やっぱりその噂も広まってんのな。
「マジですかい?ってああ、そういえばそんな噂を聞いたような気がするな」
「マナリース姫様次第だから、まだどうなるかはわからないけどね」
だよな。俺としてはマナ様もあの中に加わりそうだと思ってるし、マリーナはとっくに落ちてるって言ってたから、時間の問題じゃねえかな。
「なんにしても話はわかった。瑠璃色銀のことは黙っておく。さすがに噂になるのは止められないが、製法や性能は絶対に漏らさん」
「ありがとうございます」
「じゃあクラフターズマスター、俺は行きますぜ。鍛冶部門の奴らにもこのインゴットを見せておきたいんでね」
「頼むよ。私は後でハンターズギルドに行ってホーリー・グレイブの二人に指名依頼を出してくる」
「ええ、よろしく。じゃあな、エド。これからも精進しろよ?」
そう言ってガラバさんは、青鈍色鉄のインゴットを持っていった。製法はさっき伝えたし、控えもあるから作ることはできるだろう。メルティングのおかげで魔力消費はかなり減ったけど、それでも消耗するのは間違いないから、鍛冶部門でもガラバさんを含めて数人しか作れないかもしれないが、それでも俺の負担は減るから助かる。
あ、金剛鋼が売り切れだったな。まあそこは何とかしてもらおう。
「ああ、そういえばエド。斧は作ってる最中なんだろう?仕上がりはいつになるんだい?」
「明日の夕方にはできます。じいちゃんが張り切ってますからね」
「また早いね。しかもリチャードさんが作ってるのか。色んな意味でとんでもない代物に仕上がりそうだ」
俺もそう思う。アミスター一の鍛冶師ってのは伊達じゃないからな。
「斧の納期も了解したから、あとは君への報酬だね」
お待ちかね、ってやつだな。俺がもらってもいいのかって思うんだが、実際に作ったのは俺だからって、あいつは受け取りやがらねえ。それどころか結婚の足しになるだろうって言ってきてるから、俺としても断りにくいんだよな。
「まずはランクだが、先日は新魔法の奏上、そして今日は合金という新しい概念と青鈍色鉄っていう金属の開発。これはクラフターズギルド始まって以来の快挙と言ってもいいだろう。その功績を考えればPランク、あるいはMランクが相応しいんだが、君にはまだ経験が足りない。なので申し訳ないが、P-Gランクとさせてもらう。だが経験を積んでしっかりと技術も身に着ければ、数年以内にPランクに昇格できることは約束しておくよ」
P-Gランクか。予想はしてたが本当に昇格できるとこみ上げるもんがあるな。
「おめでとう、エド」
「おめでとうございます、エドワードさん」
「ありがとよ、二人とも」
マリーナとフィーナが笑顔で祝福してくれたが、こういうのもいいもんだな。
「報酬だけど、今回は50万エルとさせてもらう。メルティングがこのために奏上された魔法だったのは予想外だったから、その分も加算させてもらっているよ。金剛鋼を買い占めた分は減らしてるけどね」
げ、マジか。いや、50万エルでも十分すぎる額なんだが、それでも金剛鋼を買い占めたツケがここで来るとは思わなかったな。
「それと、これは個人的に聞いておきたいんだがね。エド、君はフィーナを娶るつもりはあるのかい?」
ここで来たか……。いや、あるかないかで聞かれればもちろんあるんだが、このタイミングである必要は……ああ、もしかしたら報酬で天引きできる可能性があるのか?
「俺としてはいずれはそうしたいと思ってるけど、フィーナがどう思ってるかはわからないから、断られたらそれまでだとも思ってる」
俺としてはそう答えるしかない。なにせフィーナが俺のことをどう思ってるかなんて、確認したこともないんだからな。
「わかった。おめでとう、フィーナ。私は君達の前途を祝福するよ」
……へ?いや、ラベルナさんはなんて言ったんだ?思わずマリーナとフィーナの顔を見比べてしまったが、マリーナはしてやったりの表情だし、フィーナは真っ赤になっている。あれ?これってもしかしなくても、フィーナも結婚してもいいって思ってるのか?
「契約だからフィーナの身請け額を答えることはできないけど、君がそのつもりなら領代に報告し、主人変更の手続きをしようと思う。どうだい?」
「……お願いします」
マリーナの思い通りに進んでる気がするが、ここで断るって選択肢は俺にはない。俺としてもフィーナと結婚するつもりはあったんだし、今回の報酬を聞いた瞬間、フィーナを買い取ることを考えたのは事実だからな。
「わかったよ。じゃあ領代には報告しておくから、後日手続きを行おう」
「ありがとうございます」
手続きは領代に報告し、立ち合いの下でトレーダーズギルドで行う。だから今日明日は無理だろう。だけど近日中に俺はフィーナの主人になり、同時にフィーナは奴隷から解放される。思ってたよりずっと早かったが、ここまできたら俺も腹をくくるしかない。
だけど嬉しさの方が勝ってる。家族のために自分の身を売ったフィーナの新しい家族になるわけだからな。
翌日、俺の予想外の早さで事態は進み、俺はフィーナの新しい主人になった。
そこで初めて、フィーナの身請け額が残り32万エルだということを知った。大和達の獣車の製作報酬で半分以上は稼げるみたいだが、そんなものを待つまでもなく、俺は全額を支払い、フィーナも解放された。
フィーナには涙を流して感謝されたし、俺としても何の憂いもなくなったから、安心してプロポーズすることができたな。
あいつらの計画通りってのが気に入らないから、今度会ったら文句の一つでも言ってやるつもりだけどな。




