05・ある日の朝
本日はフレデリカ侯爵の私室で朝を迎えました。
はい、ご想像の通り、抱きました。しかもプレグネイシングっていう妊娠促進魔法を使ってですから、プリム達と違って完全に子供を作ることが目的です。
エルフは胸が薄い種族だからフレデリカ侯爵はプリムはもちろん、ミーナやフラムよりも小さかった。だけどそんなことは気にならないぐらい、とても綺麗な肌をしていた。フレデリカ侯爵は褐色肌のエルフだからダークエルフとも呼ばれているが、何百年か前にヘリオスオーブに現れた客人が肌の白いエルフをライトエルフ、褐色肌のエルフをダークエルフと勝手に呼んだだけなので、肌の色以外明確な違いはない。逆にその呼び方が定着してしまっていて、エルフの間でもそう呼ぶことはごく普通のことになってしまってるのが恐ろしい。なのにハイエルフに進化したら、ダークエルフも透き通るような白い肌になるそうだから、まったくもってよくわからない世界だ。
「あ、おはようございます、フレデリカ侯爵」
「ごめんなさい、起こしちゃった?」
「いえ、実は少し前から起きてました」
隣で寝ているフレデリカ侯爵と目が合った。照れてる姿が可愛いが、本当に10分ぐらい前から目は覚めてたんですよ。
ちなみに俺の右側にはフラムが、フラムの隣にはプリムが、フレデリカ侯爵の隣にはミーナが寝ている。プリムは朝が弱いからまだ寝てるかもしれないが、ミーナとフラムはは起きてる気がするな。
「どうされたんですか、フレデリカ侯爵?」
予想通り、ミーナは起きてたか。
「いえね、幸せだなって思ってたの」
「わかります。これで女になれたわけですし、何より侯爵は子供を産むことが前提ですから、多分私達とは感覚も違うと思いますし」
それはあるかもしれないな。
プリム、ミーナ、フラムは妊娠しないようにコントレセプティングという避妊魔法を使っているが、フレデリカ侯爵は妊娠するためにプレグネイシングを使っているし、俺も子供を作ることが前提の行為は初めてだから、いつもとは気分が違う。
「そうなの?ってそれもそうか。三人ともハンターとして活動を始めたばかりなんだから、子供を作るのはまだ先になるわよね。ということは私が産む子が、一番年上になるのね」
「そうなりますね。まあみんなと子供を作るとしても、何年か先になると思いますが」
「わ、私は別にいつでもいいんですけど……」
消え入りそうな声でミーナさんがそう言ってるけど、騎士団まで辞めちゃったんだからしばらくはハンターをしといた方がいいと思うぞ。もちろん絶対ってわけじゃないが。
「ところで大和君、お願いがあるんだけどいいかしら?」
「何ですか?」
「私にもみんなと同じように接してほしいの。夫婦になったわけじゃないのにおごがましいけど、私はあなたを夫だと思って接したい。だから大和君も、私を妻だと思って接してほしいの」
あー、なるほど。俺の子を産むとはいえ夫婦になるわけじゃないし、フレデリカ侯爵が領地に帰った後でも時々は訪ねるつもりだったとはいえ、俺はそこまでしていいのか判断がつかなかった。だけどフレデリカ侯爵は俺と結婚したかったわけだから、他人行儀じゃなく嫁さんの一人だと思って接してもらいたいってことか。そういうことならリクエストに応えるべきだな。
「わかった。それじゃあこれからはリカさんって呼ばせてもらうけどいいかな?」
「え?リカって……?」
「フレデリカだからリカ。だけど年上を呼び捨てにするのはちょっとあれだからリカさん。どうかな?」
「いえ、とっても嬉しいわ。別に呼び捨てにされてもよかったんだけど、大和君がそういうならどちらでも構わない」
さすがに年上を呼び捨てにする度胸はないんだよ。フラム?確かに年上だけど、最初は同い年だと思ってたから今更さん付けは逆に厳しいんだよ。
「あ、もちろんミーナ達もよ。立場で言えば私の方が下になるんだから」
「さ、さすがにそれは無理ですよ!」
まあ侯爵に敬語はいらないなんて言われても、騎士だったミーナには難しいよな。村人だったフラムはもっと厳しいかもしれない。プリムは喜びそうだが。
「遠慮しなくてもいいのに。それならせめて、あなた達もリカって呼んでくれる?」
「よ、よろしいんですか?」
「ええ。私は妻じゃないけど、気持ちだけはそう思ってる。だから対等に付き合っていきたいのよ」
「そ、そういうことでしたら……これからもよろしくお願いします、リカ様」
「ありがとう、ミーナ。よろしくね」
話はまとまったみたいだな。フラムが青い顔しそうだが、プリムが元公爵令嬢だってことは結婚と同時に伝えてあるから、意外と早く順応するかもしれない。
「さて、それじゃあプリムとフラムも起こしてから飯にして、クラフターズギルドに行くか」
「そうですね。獣車の進捗状況も知りたいですし、それに獣具は昨日完成してるはずですから、ジェイドとフロライトも喜ぶんじゃないでしょうか」
だな。
今日は、というか本当は昨日なんだが、依頼していたジェイドとフロライトの獣具が完成しているはずなんだ。時間がかかったのは製作依頼を受けてくれたクラフターズマスターのラベルナさんが、ヒポグリフ用の獣具を作ったことがなかったこと、ジェイドとフロライトが希少種に進化していること、成獣になる前に異常種に進化する可能性があることが重なっているからだ。
ヒポグリフ用の獣具を作ったことがある人はフィールにはいないから、その点じゃ時間がかかるのは仕方がない。だけどジェイドとフロライトが希少種に進化してたことは、俺達としても予想外だった。
ヒポグリフの希少種ヒポグリフ・ロードと呼ばれ、体長3メートル近くになるらしいが、二匹はそのヒポグリフ・ロードとは別の種族に進化していたから、どうなるのかがさっぱり予想がつかない。ジェイドがヒポグリフ・フィリウス、フロライトがヒポグリフ・フィリアだったな。俺の世界の言葉で王子、王女を意味するらしいから異常種に進化したら王、王妃、もしくは女王になると思われているが、どこの国の言葉なのかがわからんから、どんな名称になるのかがさっぱり予想ができん。
「噂のヒポグリフの希少種ね。私も一度見に行ったけど、すごく可愛い仔達ね」
「ああ、見に行ったのか。確かに人懐っこいな。だけどジェイドはともかく、フロライトは逃げたんじゃないか?」
「当たり。逃げたというよりジェイドの後ろに隠れちゃったわ」
プリムと契約しているフロライトは、エビル・ドレイクに親や仲間を殺されたり、マッド・ヴァイパーというレイドにジェイドを殺されそうになったりしたことがトラウマになってるようで、片時もジェイドのそばを離れようとしない。プリムがいればそんなことはないんだが、おかげで牧場でも仲良くなった魔物が少ない。ミーナと契約しているバトル・ホースのブリーズ、マナリース姫と契約しているカーバンクルのルナ、アイスロックのシリウス、バトル・ホースのスピカとは一緒に狩りに行くことが多いから仲良くなっているんだけどな。ああ、アプリコットさんが契約しているグラバーンのオネストとも仲は良いぞ。
「多分だけどあたしと仲が良い人かどうかを判断して、その人の従魔、あるいは召喚獣だってことを理解してるんだと思うわ」
お、プリムが起きたか。
「おはよう、プリム」
「おはよう、大和、ミーナ。それからおはよう、リカさん」
「おはよう、プリムローズ嬢。いえ、プリムさんって呼んでいいかしら?」
「もちろん」
予想通りだが、プリムは普通に話してるな。というかリカさんって、もしかして起きてたのか?
「当たりよ。丁度その辺りで目が覚めたの。可愛くて良い呼び方だと思うわよ」
「俺もそう思う」
最初はフレディって呼ぼうかと思ったんだが、そっちは男、しかも殺人鬼の名前だから絶対に無理。さすがにこれは言えないけどな。
「そろそろいい時間だし、フラムも起こして……」
「すいません、起きてます……」
おっと、起きてたか。そんな予感はしてたんだが、なんて話しかけたらいいかわからなかったってとこか?
「おはよう、フラム」
「お、おはようございます……その、リカ様」
「フラムも話を聞いてたのね。ありがとう」
「い、いえ……私なんかがそんな呼び方をしていいのかと思うのですが……」
やっぱりそんなこと考えてたか。マナリース姫のことはまだどうなるかわからんが、覚悟はできてたと思ったんだけどな。
「そんなことは気にしないで。それにもしかしたらマナリース様もここに加わるかもしれないのに、私相手にそんなことじゃ大変よ?」
「そ、そうなんですけど、その、やっぱり緊張してしまって……」
「昨夜は一番激しかったのに?」
そうなんだよな。どうも妖族は性欲が強いらしく、フラムはいつも激しい。人化魔法を解くかどうかは本人次第だけど、朝起きたら解けてることの方が多い。
人化魔法は魔法で変化してはいるけど、魔力はそこまで使わないらしいから、寝てても解けない人はけっこう多いそうだ。一度使ったら本人が解除するまでは解けないって認識でも間違いじゃないみたいだからな。
「それじゃあみんな起きたことだし、朝ご飯にしましょうか。ああ、先にお風呂の方がいいかしら?」
「できればそっちの方がありがたいけど、用意が大変なんじゃない?」
俺もそう思う。昨夜入ったからわかるが、アマティスタ侯爵家の風呂は水瓶に用意してある水を入れてから、魔導具を使って湯を沸かす。準備だけで1、2時間はかかるそうだから、普段は入浴する日と時間を決めているそうだ。
「部屋に入る前にミュンが用意しておくって言ってくれたから、大丈夫だと思うわ」
と思ってたら、既に準備できてるのか。抜け目ないな、ミュンさん。あ、そういえばリカさんのお母さんに挨拶してなかったがいいのか?
「どうしたの、大和?」
「いや、リカさんのお母さんに挨拶してないことを思い出してな……」
未婚の母になるとはいっても、リカさんは侯爵家の当主だ。跡継ぎが必要なことはお母さんもわかってるだろうが、それでもどこの馬の骨ともわからない男と子供を作ったりしたら、お母さんもいい顔はしないだろう。
「大丈夫よ。母には未婚の母になるかもしれないってことは伝えてあるから。お相手があなただってことも含めて」
「いつの間に……」
「先日王都に行った時、帰りにアマティスタ侯爵領に寄ったのよ。どうなるかはわからないけど、とも伝えてきてあるわ」
あー、なるほどな。
アマティスタ侯爵領は王都のすぐ北、エモシオンのあるテュルキス公爵領の南になる。確かにフィールに戻ってくる際に寄り道がてら寄ることは簡単だし、久しぶりなんだから一泊しても問題はないだろう。
「ということは、この後でお母様にご連絡をされるわけですね?」
「ええ。結婚が難しいことは母も理解していたから、すぐに賛成してくれたわ」
それが良かったのかどうかはわからないが、一度アマティスタ侯爵領に行くようにしよう。結婚するわけじゃないけど俺の心情的には同じことなんだから、しっかりと挨拶はしとかないとな。
それを決意したまではよかったが、俺は迂闊にもヘリオスオーブの女性は妊娠しにくということを忘れていた。
リカさんは未婚の母になるために、俺との間に子供を作るために抱かれている。となると当然、妊娠がわかるまで行為を続けなくてはならない。プレグネイシングを使ってるからだいたい一、二ヶ月ぐらいで妊娠するそうだが、あくまでも平均なので、遅い人は半年かかることもあるらしい。なので最短でも一ヶ月、長くても三ヶ月ほどは、リカさんの屋敷に泊まらなければならないということになる。
なのでリカさんの屋敷に拠点を移すか、リカさんに魔銀亭に来てもらうかになるんだが、どちらにしてもすぐには決められない。とりあえず三日に一度はリカさんの屋敷に泊まることにして、あとは今まで通り魔銀亭に泊まることになった。リカさんの屋敷を拠点にしたとしても妊娠が発覚すれば出ていくつもりだから、それまでは通うか、もしくは家を買ったほうがいいかもしれない。




