03・妖精への依頼
Side・マナリース
私の剣のデザインも決まって、少し雑談をしてからハンターズギルドに向かったんだけど、そしたら丁度よく、ファリスが鑑定室から出てきた。
「ファリス」
「え?ああ、マナ様じゃないですか。マナ様も査定ですか?」
身長110センチとフェアリーの中でもさらに小柄なファリス・リーンベルが、身の丈程もある大きな斧を背負ってる姿は、いつ見ても心配になるわね。
そろそろハンターも活動を終えて街に戻ってくる時間帯になるけど、そうなったらハンターズギルドはハンターでごった返す。一応時間は決めて狩りに出るんだけど、何が起こるかわからないから、早めに街に戻れるように調整しているハンターも多い。ファリス達ホーリー・グレイブもそうで、だからお兄様が紹介してくれたのよ。
「いえ、私達はもう終わってるの」
「終わってるって、それなのにハンターズギルドに来たんですかい?」
ホーリー・グレイブのサブリーダーでファリスの夫でもあるクリフ・リーンベルも、鑑定室から出てきた。他のメンバーの姿がないけど、酒場にでも行ってるのかしら?
ああ、ファリスは薄い青髪ショートでレベル53のハイフェアリー、クリフは金髪で精悍な顔立ちをしたレベル49のハイヒューマンよ。
っと、それはいいわね。
「俺達、ファリスさんを探してたんですよ」
「私を?なんで君達が?」
当然だけどホーリー・グレイブも大和達のことは知っている。王都でもそうだけど、大和はレティセンシアの魔の手からフィールを守った英雄ってことになってるし、エンシェントヒューマンにまで進化してるから知名度も高い。ハンター達にとってエンシェントクラスと言ったらエンシェントウルフィーのグランド・ハンターズマスターしかいなかったから、大和には畏敬の念を持って接するハンターもいるわよ。
プリムの話は王都で広まっていないのは、バリエンテとの関係を考慮してよ。もちろんプリムも了承済み。そうじゃなかったら、大和共々大体的に広めてるわ。
ファリスはそこまでじゃなかったんだけど、それでも遠慮している所はあったかもしれない。今はそんなことはないけどね。
「ファリスさんに依頼、とはちょっと違うけど、頼みたいことがあるんですよ」
「私に頼み事?多くの異常種、災害種を単独討伐できるほどの実力を持った君が?」
「あー、いえ、これはそっち系じゃないんですよ。最初は俺とプリムもやるつもりだったんですけど、直々に無理だって断言されちゃったんで」
その説明じゃ要領を得ないわよ。まだ公表前だから名前を出すわけにはいかないとしても、もうちょっと説明の仕方ってものがあるでしょう。
「君達が無理なことを、私にさせたいと?」
ほら見なさいよ。ファリスが訝しんでるじゃない。これじゃいつまで経っても話が進まないわ。
「ごめんなさい、ファリス。ここじゃ詳しい話はできないんだけど、ファリスに頼みたいのは試作武器の品評なの。この二人は魔力がとんでもなさすぎるから、そういうことには向いてないのよ」
「ああ、そういうことですか。それは私としても願ってもないことですけど、私だって一応Gランクですから、その試作武器がどうなるかは責任持てませんよ?」
ファリスも数ヶ月に一度、早ければ一ヶ月足らずで武器を変えてるんだから、それは当然の話よね。だけどだからこそ、ファリスに頼みたいのよ。
「それは承知の上よ。だからこそ、ファリスさんに頼みたいんだから」
「だからこそって……意味がわからないよ?」
でしょうね。
「引き受けてくれるなら、場所を移して詳しい話ができるんだけど、どうする?」
「そうですね、興味はありますし、試作武器を使い潰しても構わないなら引き受けますよ」
「良かった。じゃあ行きましょう」
ファリスとしても新しい斧が手に入るんだから、悪い話じゃない。それに試作武器の品評をハンターに頼むことは、珍しいけどないわけじゃないのよ。ハンターに頼む品評は、実戦での耐久力とか使用感とかだから、その過程で武器が壊れてしまうことは普通にあり得る。それも踏まえた上で頼むんだから、使い潰されても文句を言うクラフターはいないのよ。
それじゃあ引き受けてくれたファリスとクリフを連れて、私達は再びアルベルト工房にとんぼ返りね。
Side・ファリス
マナ様とウイング・クレストの面々に連れられてやってきたのは、フィールでも一番と噂のアルベルト工房だった。
道中で聞いた話じゃ、新しい方法で武器を作って大和君とプリムちゃんに品評を頼んだそうなんだけど、この二人の魔力が膨大すぎて、損耗度が一切わからなかったそうだ。しかもそれがアビス・タウルスっていう災害種を倒した直後だっていうから、非常識にも程がある話だ。そりゃこの二人じゃ、テストにもならないでしょうよ。普通のPランクは、そんなことできないからね?
そんなわけで白羽の矢が立ったのが、現在フィールで唯一のGランクハンターになる私ということだった。
元々フィールには二、三ヶ月は滞在するつもりでいるけど、途中で武器を新調しなきゃいけないと思っていたんだ。今の斧は陛下から下賜された物で、今まで使ってきた斧の中でも一番長く使えてるし、しっくりしてるんだけど、唯一の欠点が金剛鋼製ということだね。マナリングによる手入れは毎日しっかりとやってるけど、そろそろ限界が近いんだよ。
だから試作とはいえ、新しい斧が手に入ることは私にとっても悪い話じゃない。ハンターに品評を頼む武器は実戦に耐えられる物であること、これはクラフターズギルドでしっかりと規定されているから、戦闘中に折れたり壊れたりすることは滅多にない。もちろん絶対じゃないけど、それはどんな武器にも言えることだから、その場合は相手が悪かったか、使い方が悪かったかのどちらかになる。
しかもその試作品を作ったのがフィール一の鍛冶師で陛下の師匠でもあるリチャード・アルベルトとなれば、こちらから頭を下げてでもお願いしたいよ。
「ああ、先に言っておきますけど、武器はこれから作ることになります。今回アルベルト工房に来てもらったのは武器の形状やデザインを決めるためと、詳細をお話しするためですから」
ああ、そういえば大和君は剣を、プリムちゃんは槍を使うから、そっちはあるけど斧はないってことか。よく考えなくてもすぐにわかる話だったね。
「問題ないよ。というかデザインって、私が決めちゃっていいのかい?」
「せっかくですし、多分けっこう長く使えると思いますからね」
けっこう長く、って言葉がすごく気になるね。まさか神金……はさすがにないか。神金なんて滅多に手に入らない上にとんでもなく高いんだから、そんな武器の品評なんて頼むクラフターはいないだろうし、いても大和君やプリムちゃんが優先されるだろうね。
「ファリスに頼みたい試作武器なんだけど、実は大和が考案してエドが製作をした新しい金属を使ってるいるの」
なんて考えてたら、マナ様がとんでもないことをのたまった。待ってマナ様。新しい金属ってどういうこと?
「俺達も魔力の問題で、武器に困っていたんです。そこで思いついたのが合金っていう、俺の世界の技術なんです。魔銀並の魔力伝達率と重量、金剛鋼並の強度と硬度を持った合金ができないかをエドに頼んで試してもらったのが始まりですね」
大和君の世界の技術か。確かに大和君が客人だってことは知ってるし、多分今頃は王都でも広まってると思うけど、その知識を活かして新しい金属を作りだすなんて、とんでもない話だね。
「そういうことか。その合金とやらが成功したのはわかるし、それを使って君達の武器を作ったまではよかったが、君達の魔力が高すぎて実戦での性能を調べることができない。だからファリスにってわけだな?」
「はい。成功した合金は青鈍色鉄と名付けましたが、強度と硬度は金剛鋼並、魔力伝達率は金剛鋼の二倍ですから、金剛鋼を使っている人には使いやすくなったんじゃないかと思います」
そりゃすごいな。聞く限りじゃ硬度が少し劣るみたいだけど、それでも十分すごいよ。特に魔力伝達率が金剛鋼の二倍なんて、私達からしたら垂涎ものだよ。その金属、青鈍色鉄だっけ?それを使った武器となると、確かに品評は必要だ。というか、是非私にやらせてほしいよ。
「ちなみにこいつが、クラフターズギルドに提出するために打った剣です。魔力を流してもらえれば、そのすごさがわかってもらえると思いますよ」
エドワード君が持ってきたのは、青鈍色の刀身を持った無骨なデザインの剣だった。見た感じは金剛鋼よりくすんでる感じがするな。
「じゃあ失礼して……。うわ、これはすごいな。いつもより多めに流したつもりなのに、すごくスムーズに循環してるよ」
「そんなにすごいのか?」
クリフも興味津々だけど、気持ちはわかるよ。神金には劣るだろうけど、それでも部分的には匹敵してる気がする。
「クリフもやってみなよ」
「構わないのか?」
「ええ、どうぞ」
「じゃあ借りるぞ。……確かにこれはすごいな。どうやって作ってるんだ?」
「金剛鋼をベースに、魔銀と晶銀を混ぜてるんです。明日クラフターズギルドに話を持っていくことにしています」
金剛鋼も使ってるのに、金剛鋼より軽くなってるのか。そこのところは彼らにもわからないそうだけど、実際にできちゃったんだからこういうものだって考えるしかないか。
「そうなると、ハイクラスハンターはこの青鈍色鉄を手に入れたがるだろうな。なにせ金剛鋼を超える代物なんだから、武器に悩む多くのハンターにとっては間違いなく垂涎の代物だ」
「俺もそう思ってるんですけど、クラフターズギルドでも鑑定や査定、品評が行われるから、実際に広まるには……そうだな、一ヶ月ぐらいはかかるかな」
ああ、それもそうか。金剛鋼、魔銀、晶銀を使ってるって話だけど、どうやって作ってるのかは私には想像もできないよ。
「ファリスさんの斧なら二本は作れるだけの量がありますから、材料の心配はいらないですよ。ただクラフターズギルドには、ファリスさんに品評を頼んでることは言っておきたいんで、それは了承してもらってもいいですか?」
それは当然だね。そもそも新しい金属を使った武器なんだから、ハイクラスハンターに品評依頼が来ることになるのは間違いない。大和君とプリムちゃんを除けばフィールで一番レベルが高いハンターは私だから、私に依頼が回ってくる可能性は低くはないだろう。武器の問題があるから、除外される可能性も低くはないんだけどね。
「それぐらいなら全然問題ないよ。というか、それだけでいいのかい?」
「いえ、もう一つ。実はこの青鈍色鉄、失敗じゃないんですけど、成功ってわけでもないんです」
いや待ちなよ。金剛鋼を超える代物なのに成功じゃないって、意味がわからないよ。
「大和、頼む」
「わかった。実はこの青鈍色鉄は、瑠璃色銀を作る過程でできた物なんです」
ルリイロカネ?響きからして青鈍色鉄と同系列の合金とやらかな?
「これです。インゴットの方が比べやすいのでインゴットのままですが、持ってもらえれば違いがわかると思います」
これが瑠璃色銀か。青鈍色鉄より綺麗な青色だね。持てばってことは、重さが違うってことかな?
「では失礼して……軽いね。魔銀とほとんど変わらない。ちなみに性能は?」
「青鈍色鉄以上です。重さ以外は」
青鈍色鉄以上って、それはつまり神金並ってことかい!?何そのとんでもない金属は!!
「本当に軽いな。だがこれは俺みたいに重い武器を好む奴や、ファリスみたいに重量武器を使う奴には物足りない気がする」
さすがにクリフは冷静だね。だけど確かにこの軽さじゃ、重量武器には向かない。魔銀の斧を使ってるハンターもいるけど、そういう奴は手数で勝負をするタイプだから、金剛鋼の武器じゃスピードを活かせない。
クリフもスピードよりパワーで勝負するタイプだから重い剣を好んでいる。もちろんハイクラスだから、そんじょそこらのハンターよりは素早いよ。
「ええ。瑠璃色銀は確かにすごいんですけど、欠点があるとすれば重さです。なのでファリスさんがピッタリだったんです」
すごく納得できる話だね。
大和君達ウイング・クレストと合同で狩りに行ったこともあるけど、大和君とプリムちゃん、マナ様はスピード型だから、青鈍色鉄だとスピードが活かせなくなるし、そもそも三人は瑠璃色銀で武器を作っているはずだ。
フラムちゃんとレベッカちゃんは弓を使ってるから論外だし、強いて言えば盾を持ってるミーナちゃんとラウス君が向いているかもしれない。
だけど大和君とプリムちゃん以外はまだレベル30にも届いていないし、クリフのようなパワー型でもないから剣も盾も軽い方が望ましいね。
なるほど、確かに私が最適だ。神金並の瑠璃色銀には惹かれるものがあるけど、青鈍色鉄だって金剛鋼以上の代物なんだから、特に不足は感じない。重さも金剛鋼より軽いけど、それでも鉄の二倍の重さはあるんだから十分許容範囲だ。
何より瑠璃色銀の存在は隠しておくこともできたはずなのに、あえて教えてくれたことには誠意も感じるから、私としては全く不服はない。
「話はわかったが、瑠璃色銀を公表しないのはどうしてなんだ?需要でいえば、間違いなく瑠璃色銀の方があるだろう。あるいは両方とも公表して、どちらを使うかは使う者に任せるという選択肢もある。それなのに君達は瑠璃色銀を公表しようとはせず、青鈍色鉄のみにしようとしている。なぜそんなことを?」
クリフの疑問は当然だけど、多分それはレティセンシア、そしてソレムネのことがあるからだと思うよ。いや、どの国が狙ってきても不思議じゃないな。
「レティセンシアとソレムネ、バリエンテに情報が渡ることを防ぐためです」
やっぱりね。というかバリエンテもかい?確かに情勢が不安定だけど、アミスターの友好国だってことは間違いないんだから、そこまで警戒することはないと思うんだけどね?
「バリエンテに情報を渡したくないと思っているのは、実はあたしのせいなんです」
プリムちゃんのせい?それってどういうことなんだい?
「なるほど、そういうことか。いや、詳しく聞くつもりはない。人には事情があるからな」
「ありがとうございます」
クリフはわかったみたいだけど、どういうことさ?後でしっかりと聞かせてもらうよ?
「すいません。なので青鈍色鉄はともかく、瑠璃色銀のことはのことは伏せておいてほしいんです」
「わかった。ファリスは?」
「私も大丈夫だよ。レティセンシアはともかくソレムネが狙ってくる可能性は高いんだから、迂闊に喋ったりしたらエドワード君達の身が危ない。それならまだ、青鈍色鉄を公表して目眩ましにした方がいい」
私に品評を依頼するのも、そういった事情があるからだろうしね。それに私としては瑠璃色銀より青鈍色鉄の方が好みだから、文句はないよ。
「すんません、助かります。クラフターズギルドにはファリスさんを指名するよう頼んでおきますよ」
「正直言うと依頼なんかじゃなくて、こっちから頭を下げてでも作ってもらいたい代物なのに、わざわざクラフターズギルドを通してくれるなんて、ありがたい限りだよ」
「こっちのセリフですよ。品評がないと大っぴらに広げることもできないんですからね。なのでファリスさんの斧はマナ様の剣同様、最優先で仕上げますよ」
やっぱりマナ様も頼まれてたのか。ハイエルフに進化してるから魔銀じゃ物足りなくなってくる頃だし、何より瑠璃色銀の存在を知ってるんだから、非公式な品評を頼む意味じゃうってつけだね。多分陛下に話がいくことも想定済みだろう。
「ありがとう。私としても新しい斧は助かるから、完成したらしっかりと品評させてもらうよ」
あとはデザインだけど、大和君の世界の斧はどうかって話だから、ブージっていう反りのある斧刃を持った斧を選ばせてもらった。丸みがあって刺突にも使えそうなデザインが気に入ったんだよ。
本当に最優先で作ってくれるそうで、明後日の夕方には完成するのも嬉しい。
フィールに来て良かったと、心から思える瞬間だったよ。あいつが知れば羨ましがるだろうね。




