02・瑠璃色銀と青鈍色鉄
Side・プリム
「おう、今日もご苦労さん。どうだった、武器の方は?」
アビス・タウルスをハンターズギルドに売ってから、あたし達はアルベルト工房に足を運んだ。リチャードさんが作ってくれた瑠璃色銀製の剣と槍の使い勝手を報告するためよ。もちろんエドとマリーナが作ってくれたアーマーコートも軽くて動きを妨げないのに、昨日まで使ってたバトルドレスより防御力が高いわよ。下手なプレートアーマーよりすごいんじゃないかしら?
ちなみにアーマーコートのお値段は一着2万3千エルよ。装甲板を魔銀だけど、瑠璃色銀に換装したらそれだけで5万エルぐらいすると思うわ。
「魔銀とは段違いだな。魔銀と同じような感じで魔力を流してるんだが、切れ味が格段に増してる。なにせ災害種の首も簡単に切り落とせたからな」
なんて大和が言っちゃったものだから、エドがきょとんとした顔しちゃったわ。
「……悪ぃ、よく聞き取れなかったから、もう一度言ってもらえるか?」
「構わないけど、どこからだ?」
「災害種がどうのって辺りだ」
「ああ、災害種の首を簡単に切り落とせたことか?」
「……聞き間違いじゃなかったのか。っていうかまた災害種倒したのかよ!なんてもんで試しやがったんだ!!」
いえ、狙ったわけじゃないのよ。もちろん他の魔物も狩ってるんだけど、使い勝手を報告するんだから災害種云々を伝えた方がわかりやすいでしょ?
なんて思ってたらエドの叫び声に驚いて、工房からマリーナ、リチャードさん、タロスさんが慌てて飛び出してきた。
「ど、どうしたの、エド!」
「災害種がどうとかって聞こえたが、ブラック・フェンリルの爪でも手に入れたのか?」
「違ぇよ!こいつらがまた、災害種を倒してきたとかぬかしてんだよ!」
その一言で訝しげな視線をエドに送っていたみなさんが、一斉にあたし達の方に驚愕の視線を送ってきた。もう慣れたけど。
「また、じゃと?今度は何を倒したんじゃ?」
「アビス・タウルスです。さっきハンターズギルドに売ってきましたから、近いうちにクラフターズギルドで解体が始まると思いますよ」
「アビス・タウルスだと?ああ、そういえばマリーナがそんなことを言っていたな」
「いや待ってよ!漁師が報告したのは異常種のサージング・バッファロー!あたしは見てないけど、そういう話があったからトレーダーズギルドが二人に情報を提供したってことは知ってるけど、それが実はサージング・バッファローじゃなくてアビス・タウルスだったってことなの!?」
「多分な」
「!?」
漁師でもあるマリーナは絶句するしかないわよね。
そもそもサージング・バッファローは積極的に人を襲ったりはしないけど、アビス・タウルスは見るもの全てに襲い掛かる破壊の権化。自然災害よりもタチの悪い災害種なんだから、目撃した漁師が襲われずに済んだのは運が良かったとしか言いようがない。しかも災害種は結界を無視して街中まで入り込んでくるから、水の中だとどこにも逃げ場はない。
マリーナだって遭遇していた可能性があって、しかも絶対に逃げられない相手なんだから、真っ青になって絶句しちゃうのも当然だわ。
「まさかアビス・タウルスまで生まれていたとはな。これもレティセンシアのせいなのか?」
「聞き出した話からするとブルーレイク・ブルも対象になってましたから、その可能性はあります。だけど前に倒したデビル・メガロドンみたいに普通に生まれていた可能性も否定できませんね」
「だけど災害種がそんな簡単に生まれるとは思えないし、サージング・バッファローなら漁師への直接被害はないんでしょう?」
「そう言われてるけど、ベール湖で目撃されたことはなかったはずだから、何とも言えないっていうのが正直なところかな」
それはそうでしょうね。
凶暴で好戦的な異常種の中じゃ例外的に大人しいとされているサージング・バッファローだけど、異常種であることに違いはない。それに湖や池の生態系を完全に乱しちゃうんだから、直接襲われないとしても厄介すぎる魔物だってことも間違いないから、早急に討伐しないといけないわ。
「でも討伐してくれたんだよね。ありがとう。これで明日から、安心して漁に出られるよ」
「お礼を言われることじゃないわよ。それにマリーナ達漁師が漁に出られなかったら、お魚が食べられなくなっちゃうしね」
「魔物を狩るのがハンターだしな。これも仕事だよ」
面と向かってお礼を言われると、やっぱり照れるのよね。でもこれでベール湖に異常種はいなくなったと考えてもいいと思う。
残ってるのはフォレスト・ビーとオークが二匹だけど、こっちはある意味じゃアビス・タウルスより厄介だわ。なにせ活動範囲が広すぎて、簡単に見つけられる気がしない。まだベール湖から出ることがないアビス・タウルスの方が見つけやすいでしょうね。
「っと、それでリチャードさん、アビス・タウルスの他にもそこそこ魔物を狩ってきてるんですが、言われた通り戦闘時以外は魔力強化もしていません」
「すまんな。どれ……」
小さな傷や刃毀れ程度なら、マナリングを使うことで修復することができるわ。といっても魔銀や晶銀、神金みたいに魔力伝達率が高い金属や魔物素材限定だけどね。鉄や金剛鋼もできなくはないけど、魔銀の倍以上の魔力が必要になるから大変なのよ。
今回は金剛鋼と比べてみたいってことだったから、魔物を狩る時以外はマナリングは使ってないわ。さらにアビス・タウルスの後は魔物と遭遇することもなくフィールに戻ってきたから、普通よりも色んなことがわかるんじゃないかしら?
「ふむ……アビス・タウルス討伐後は魔物と遭遇せずか。これは都合がいい。と言いたいところじゃが、これはとんでもないかもしれんぞ」
何かリチャードさんが驚いてるけど、何かあったのかしら?
「どうかしたのか、じいちゃん?」
「したわい。お前も見てみろ」
「どれ……なるほど、納得した……。呆れるしかないぞ、これは」
エドもか。タロスさんにも渡して確認してもらってるけど、そのタロスさんも呆れてるじゃない。いったい何があったのよ?
「その前に二人とも、マナリングを頼む。もともと魔力強化前と後を比べてみるつもりじゃったから、説明するにしてもそれを見てからの方がいい」
わからなくもない話だから、あたしと大和は武器を受け取り、マナリングを使ってからもう一度リチャードさんに手渡した。
「……やはりか。この瑠璃色銀で作った武器と君らの魔力があれば、不朽不滅とまではいかんが、かなり寿命は長そうじゃ」
なんかとんでもない話になってない?不朽不滅に近いって、普通にあり得ないんですけど?
「災害種どころか異常種討伐に使った武器なんて、それだけで二度と使い物にならなくなることも珍しくない。だがこの武器は多少の刃毀れは見受けられたものの、マナリングのあとは綺麗に無くなった。これが魔銀や金剛鋼だと厳しい、神金とほとんど同じだと言ってもいいだろう」
神金と同等って、本気ですごいじゃない。瑠璃色に輝く銀が淡い黄金色に輝く金と同等なんて、これは本当に革命だわ。
「話には聞いていたけど、本当にとんでもないものを作ったわね」
マナにも瑠璃色銀のことは教えてある。レイドを組んでるわけじゃないけど幼馴染で親友なんだから、隠し事とかはしたくないのよ。
「マナリース様の仰る通りとんでもない金属じゃが、使い手もとんでもないからテストにすらなっておらんのですよ。なにせ二人の魔力が尋常ではありませんからな」
「そもそも二人はミスリルブレードとミスリルハルバードでかなりの数の異常種を倒してるんですが、それらですら今も見た目は新品同様ですからね。さすがにもう一度異常種と戦えば、おそらくは折れると思いますが」
「それはそれで問題だけど、あなた達の魔力ってどうなってるのよ……」
これは予想外だわ。神金に匹敵するって言われて舞い上がってたけど、まさかあたし達じゃテストにすらなってなかったなんて。どうしたら……、って丁度いい人がいるじゃない。
「大和、お願いがあるんだけど?」
「いいぞ」
「……まだ何も言ってないんだけど?」
「いや、多分同じこと考えてると思うんだよ。無礼を承知で言えば、他に適任はいないんだからな」
さすが大和だわ。以心伝心なんて、まるで夫婦みたい。いえ、夫婦なんだけどね。
だけど大和の許可が出たんなら、迷うことはないわね。
「なら瑠璃色銀のテストは、マナにお願いしましょう」
「私!?え?いいの?」
思いっきり驚かれたけど、そこまでなの?レベル47のハイエルフなんだから、身近で考えたらマナ以上の適任はいないわよ?
「大和も許可してくれたから問題ないわ。ミーナ達の武器も瑠璃色銀で作るけど、魔力のことを考えると多分マナが丁度いいのよ」
「あのね、私に頼むってことは、お父様の耳にも入るってことよ?秘匿したい気持ちも事情もわかるけど、そんなことしてもいいの?」
そうだったわ。しかも陛下もクラフターなんだから、マナの剣を見たら魔銀でも金剛鋼でもないことはすぐにわかるし、青鈍色鉄でもないことだって見抜かれちゃうわ。
「それは想定内ですよ。というか元々陛下には、大っぴらに広めたくない事情も含めて報告するつもりでしたから。機会があればですけどね」
あたしは慌てちゃったけど、大和はしっかりと考えてたのね。確かに広めたくない事情と合わせて報告すれば、陛下が広めたりするとは思えない。それに秘匿したままだと不信感を持たれるかもしれないから、そうならないように配慮するつもりなのね。
「それならいいんだけどさ……。まあ神金並の金属に興味がないわけじゃないし、せっかくの機会なんだし、私でよければ協力させてもらうわ」
こういうとこは素直じゃないのよね。婚約者候補とはいえ大和に嫁ぎにきたようなものなんだから、もしかしたらマナのために、しっかりと考えてくれてたのかもしれないわ。赤くなっちゃって可愛いわね。もう落ちたも同然なんじゃない?
でもマナが品評をしてくれると助かるわ。ミーナ達はレベルの問題があるから、品評そのものはできるだろうけど、時間はかかっちゃうだろうからね。
「ではワシも腕に寄りをかけて打たせていただきますぞ」
「お願いします」
「お任せくだされ。して、デザインはどうしますかな?」
「デザインか……。悩むところね」
オーダーメイドはこれが悩みどころなのよね。見た目はもちろんだけど、実用性もないといけないんだから、ここが一番時間がかかるかもしれないわ。
「ならこういうのはどうですか?」
「ああ、いいわね、これ。ちょっと奇抜かもしれないけど、こんなのってできますか?」
「どれどれ……。ほう。珍しいが可能ですぞ」
「よかった。じゃあお願いします」
大和の世界の剣で、マナの好みにあう物があったみたいね。だけど奇抜って、どんな剣にしたのかしら?
「そうですな、二日後にはお渡しできると思いますぞ」
「楽しみだわ。だけどこれは迂闊に公表すると、レティセンシアやソレムネが狙ってくるわよ?」
マナの心配は当然だし、あたし達も想定してるから、そこは考えてあるわよ。
「実はこの瑠璃色銀を試作してもらった時、失敗とは言い切れない金属ができたんですよ。青鈍色鉄って名前を付けましたが、エドにはこっちを公表してもらうつもりでいます」
そう、瑠璃色銀より鈍い青色をした、金剛鋼の特性が強く出ている蒼い鉄。瑠璃色銀には一歩劣るけど、それでも合金として見たら成功と判断してもいいと思う。重さがネックだけど、それでも金剛鋼より軽いんだから、喜ぶ人は多いと思うわ。
「そんな金属もあったのね。確かにそれはいいかもしれないわね」
「ええ。丁度いい、と言っちゃなんですが、ファリスさんがいるから、試してもらうのもありだと思ってます」
「ああ、あなた達はこの合金っていうのの開発者側だから、外側からの意見がほしいってこと?」
「それはよい考えじゃな。彼女の武器は、確か身の丈程もあるバトル・アックスじゃったな。二日もあれば仕上げられるじゃろう」
ファリスさんっていうのはホーリー・グレイブのリーダーをしているハイフェアリーのGランクハンターで、自分の背丈と同じぐらいの大きな斧を使っているわ。しかも金剛鋼製だから、普通に持つだけでも大変よ。
ファリスさんもGランクで武器の寿命が短くてよく買い替えていると愚痴っていたから、丁度いいのよね。テストを押し付ける形になっちゃうからちょっと気が引けるけど、それでもファリスさんにもメリットがあるんだから、喜んで引き受けてくれそうな気もするわ。
「そういうことなら、あとでハンターズギルドに顔を出してみましょう。いなくても伝言を頼めば、アルベルト工房に来てくれると思うし」
「すまんが頼む。それと大和君、プリム嬢、君らの武器じゃが、明日明後日はマナリース様の剣とファリスの大斧に掛かり切りになるから、四日後になるが構わんか?」
「そういうことでしたら問題ないですよ」
「あたしもよ」
「すまんのぅ。それと今使っている試作品じゃが、できれば手元に置いておきたい。完成品を渡す際に引き取らせてもらってもよいか?」
試作ってことは最初の瑠璃色銀製ってことになるからね。鍛冶師なら手元に置いておきたいと思っても不思議じゃないわ。あたしも手元に置いておきたい気持ちはあるけど、武器は使ってこそだから、その分完成品を大事にすればいいしね。
「それも大丈夫です」
「同じく」
「すまんのぅ。残りの武器と盾じゃが、あと十日はほしい。金剛鋼が足りなくなってきておるから、現在王都にバレンティアから輸入した物を回してもらえるよう頼んでおるところなんじゃよ」
ああ、やっぱり金剛鋼が足りなくなっちゃったのか。あたしの槍は失敗、試作、完成品を含めても3本ぐらいだけど、大和の刀なんて10本近く失敗したそうだから、クラフターズギルドの金剛鋼全部買い占めたって聞いてたのよ。そんなに買って大丈夫なのかとも思ったけど、よく考えたら最初に買い占めろって言ったのはあたし達で、それぐらいのお金は渡してたから大丈夫だったのよね。
「それじゃあ予定としては、明日エドがクラフターズギルドに青鈍色鉄の存在を公表して、リチャードじいさんがそれを使ってファリスさんの大斧の試作を作るってことだね?」
「それでいいと思う。ファリスさんがすぐに見つかった場合はここに連れてくるけど、それでも公表は明日でいいぞ」
既に青鈍色鉄製の剣はタロスさんが一振り作ってあるし、準備はできてるしね。
さて、それじゃあハンターズギルドに行って、ファリスさんを探さないと。すぐに見つかるとありがたいわ。




