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29・結婚の儀式

 翌日、朝飯を食った俺達は、まっすぐに神殿に向かった。


 フィールにあるバシオン神殿は体育館より一回り小さい。ここに来るのはプリムとの結婚の儀式以来二度目になる。そのプリムとの結婚も数日前なんだが。


「神殿に来たのって、実は初めてなんです」


 フラム、ラウス、レベッカは初めて神殿に来たらしく、物珍しそうな顔をしている。


 町規模なら大抵は神殿が建立されているが、村には建立されていないことが多い。理由は聖職者の数が足りないからだ。王都にあるアミスター大神殿にはかなりの数の聖職者がいるが、多くは修行中のため派遣されることはない。


 バシオン教は教皇が最高位階になるが、父なる神が男神であることから女性しか就くことができない。そのため男性にとっては教皇位に次ぐ枢機卿が最高位階となる。その枢機卿も二人しか選出されないため、バシオン教国はこの三名の合議によって運営されているそうだ。

 枢機卿に次ぐ位階が総司教で、こちらは各国の本部ともいえる大神殿の神殿長を務める者が任命される。ソレムネは宗教を排除しているため、総司教は8人となる。


 聖司教という位階が総司教の下になり、神殿長になるためには聖司教の位階が必要らしい。フィール神殿の神殿長も聖司教だ。


 その次の位階が大司教で、聖司教の補佐を主な仕事としている他、各地の神殿長に任じられることもある。


 大司教の下になるのが司教だ。叙階されると各地の神殿を巡礼することが義務付けられる。そのためほとんど所属している神殿にいることはない。巡礼を終えると所属神殿に戻ることになるが、その場合は大司教の下で修業と神殿業務を行うことになる。


 その下が司祭で、この位階に叙階されることでようやく聖職者と見なされることになる。まだ修行中の身であることは間違いないため、基本的に助祭とやることは変わらないが、神殿のない近くの村を定期的に訪れ、結婚の儀式を行うこともある。

 大司教に叙階されるためには結婚の儀式を行うことが必要らしいから、村への巡礼は神殿長が指名した司祭のみが行くことを許されており、その場合は司祭長に叙階されるが、あくまでも対外的な位階なので、待遇は司祭と変わらない。警察の巡査、巡査長と同じような感じだな。


 そして一番下が助祭で、いわゆる見習いだ。バシオン教の門を叩くとこの位階に叙階されるが、見習いらしく修行や神殿の下働きを主に行うことになる。見習いということもあって、この位階は聖職者とは呼ばれない。


 神殿長になるには大司教位階以上の者に限られるが、任命できるのは教皇、枢機卿、聖司教のみとなっている。しかも大司教に叙階される者はそんなに多くないため、小さな村に神殿を建立する場合は、新たな大司教を叙階しなければならないそうだ。


 そのためプラダ村には神殿がなく、結婚の女神像が祠に祀られているだけとなっている。


「フィールの神殿は魔法、結婚、武芸、陸の女神像が祀られているのよ。魔法と結婚の女神様はどの神殿にも祀られているし、アミスターじゃ武芸の女神様も厚く信仰されているから、この三柱と他の女神様っていう組み合わせが一番多いわね」


 マナリース姫がラウスとレベッカに丁寧に説明している。狩りに行くのは早くても午後からだって説明してあるんだが、俺の人となりを知るためだからってことでついてくることになってしまった。それに遅ればせながらプリムとの結婚も祝うと言われてしまえば、さすがに断り切れないからなぁ。


「ようこそいらっしゃいました、マナリース様。当フィール神殿の神殿長を務めさせていただいております大司教のミリアと申します」

「お初にお目にかかります、ミリア神殿長」

「お待ちしておりました、大和様、プリムローズ様、ミーナ様、フラム様。結婚の儀式を行うと伺っていますので、僭越ではございますが準備は整っております」


 エルフの神殿長、ミリア大司教が出迎えてくれたんだが、結婚の儀式は司祭長の仕事だから、貴族とかの結婚でもない限り、神殿長が出てくることはないんだけどな。しかも準備ができてるって、なんで俺が結婚することが知られてんだ?しかもミーナはともかく、フラムの名前まで。


「既に街はその噂で持ちきりですし、エンシェントヒューマンに進化されたあなたの結婚の儀式を行われるのですから、さすがに司祭長では失礼に当たります。しかもあなたは、先日エドワード様が奏上なされた魔法の発案者とも伺っておりますから」


 ニッコリと笑ってそう答えるミリア神殿長だが、俺としては納得がいかない。つか街の噂って、俺は聞いたことないんですけど?


「え?新しい魔法が奏上されたの?」


 だが俺が突っ込む前に、マナリース姫が奏上されたばかりの新魔法に興味を持った。


「はい。工芸魔法クラフターズマジックとして奏上されました。名称はメルティングといい、物質を熱することができる魔法です」

「それだけ聞くとよくわからないけど、奏上された以上は有用だと女神様に判断されたということですね?」

「はい。鍛冶師はもとより、調理師や仕立師も使う機会が多くなりそうな魔法だと思います」


 俺もそう思う。瑠璃色銀ルリイロカネを作るためにアドバイスしてみただけなんだが、思ったよりも使い勝手がいい魔法になってたからな。


「その魔法を奏上したのがエドなのね。なかなかやるじゃない」


 親父さんがグランド・クラフターズマスターだし、王様がリチャードさんの弟子ということもあって、エドは王族と会う機会が多かったらしい。だからマナリース姫とも何度も会っているし、マナリース姫としても久しぶりなので、クラフターズギルドの後でアルベルト工房によることにしている。


「ありがとうございます、ミリア神殿長。メルティングという魔法は奏上した本人から詳しく聞かせていただこうと思います」

「わかりました。それでは皆様、こちらへどうぞ」

「よ、よろしくお願いします」


 マナリース姫も今は結婚の儀式を優先してくれたみたいなので、俺達はそのままミリア神殿長に先導され、儀式の間へ向かうことになった。


 儀式の間とは普通の礼拝所より一つ置くにある部屋のことで、魔法の奏上にも使われている。この部屋に女神像が安置されており、普段は礼拝所に祀られている、それぞれの女神に対応した御神体を礼拝することになっている。武芸の女神なら長剣、魔法の女神なら杖、結婚の女神なら短剣、陸の女神なら麦が御神体となっているが、結婚の女神の短剣は最初意味がわからなかった。

 元の世界だと刃物は縁が切れるってことでタブーだったが、ヘリオスオーブだと身を守る護身具になるし、害あるモノから夫を守るという意味もあるため、夫が妻に渡すのが一般的だそうだ。

 俺的に女性に守ってもらうのはどうかと思うんだが、それが常識で短剣が婚約の品だと言われてしまえばどうすることもできない。


 さすがに婚約してから結婚するまでがマッハだったから、まだ誰にも短剣を渡してないが、それを理由にしてプリム達には待ってもらっている状態だ。婚約の短剣は鍛冶師にオーダーメイドで頼むことが望まれるため、現在アルベルト工房に、最優先で作製をお願いしていたりする。


「それでは大和様は結婚の女神像の正面に、ミーナ様は大和様の右側に、フラム様は左側にお立ちください」

「は、はい!」

「こ、これでよろしいでしょうか?」


 ミーナとフラムはガチガチに緊張している。プリムの時みたく司祭長がやってくれると思ってたのに、まさか神殿長が仕切ってくれるとは思わなかったし、結婚するための儀式なんだから緊張するのは当たり前か。


「はい、結構です。プリムローズ様もこちらへお願いします」

「あたしは先日儀式を済ませてますけど?」


 なんでプリムを?プリムの言う通り、俺達は先日儀式は済ませたし、その証拠にプリムは名字が変わってますよ?


「ああ、重婚儀は初めてですか?」

「そうですけど……って国によって違いがあったんですか?」

「はい。儀式に先立ってご説明させていただきますね。重婚儀にはいくつか種類がございますが、最初に結婚された女性も儀式に参加していただくことになっているのです。本来でしたら右側にお立ちいただくのですが、今回はお二人同時にですので、プリムローズ様は大和様とミーナ様の隣にお立ちいただくことになりますね」


 そうなのか。重婚儀ってのは二人目以降の妻を迎える場合の呼び方で、アミスター独特の儀式なんだそうだ。なんでも重婚式を広めたのは例の客人まれびと、サユリ様で、最初に結婚した女性が妻の中でも重要な役割を果たすことになるから、夫と新妻だけじゃなく、初妻ういづまも儀式に参加することで家庭円満を意識することを提案されたらしい。


 その話は瞬く間にアミスター全土に広がり、王都のアミスター大神殿の神殿長が教皇に上奏したそうだ。当時の教皇も素晴らしい考えだと絶賛して、アミスター式重婚儀として儀式を確立されたらしい。初妻ういづまっていう呼び方もこの時に生まれたそうだ。


「知らなったわ。バリエンテは初婚も重婚も違いはなかったから、それが普通だと思ってた」

「アミスター式重婚儀は素晴らしい考えなのですが、国に、あるいは人によっては婚儀は夫と妻の二人でやるべきだと主張されていますからね。そちらも妻を大事にするという素晴らしい考えで儀式を行いますから、どちらが良いとか悪いとか、そういうものではありません」


 ああ、プリムが知らなかったのはそういう事情か。そっちが一般的な婚儀になるんだが、その場合は夫になる男と妻になる女、そして儀式を進行する聖職者の三人だけで行うことになっている。バリエンテやバレンティアはこっちが主流で、トラレンシアは重婚式を採用しているらしい。


「トラレンシア式ですと同じ日に結婚される女性が複数いた場合は、その女性の数だけ儀式を繰り返すことになりますね。その場合は大和様が中央、プリムローズ様が右側という立ち位置に変更はありませんが、左側に立たれるミーナ様とフラム様のどちらかが先に儀式を滞りなく終わらせ、その後代わられてからもう一度同じ儀式を行うことになります」


 ああ、トラレンシア式ってことで一般的な婚儀とアミスター式の良いとこどりみたいな儀式もあったのか。俺としてはそっちでもいいぞ。


「トラレンシア式も悪くはないと思うけど、確か順番が大事だったはずよ。何しろ妻になる女性に順番をつけるようなものなんだから。一人ずつと儀式を行えるのは魅力的だけどね」


 マナリース姫がトラレンシア式の欠点を教えてくれたが、言われて初めて俺も気が付いた。確かにそうだよ。俺は順番なんぞつけるつもりはないが、相手がどう思っているかまではわからない。

 トラレンシア式は夫になる男と新妻、初妻の三人で行う儀式だが、今回の場合だと新妻になるのはミーナとフラムの二人になる。だからどちらかが先でどちらかが後になってしまう。これはマナリース姫が教えてくれた通り、嫁さんに順番をつける行為になってしまう。トラレンシア式ということはトラレンシアが発祥の婚儀なんだろうが、そう言われてしまうとアミスター式の方がいいかもしれないと思えてくるな。


「私もトラレンシア式は知らなかったんですが、そういうことなら私はトラレンシア式でお願いしたいと思います」

「私もです。そもそも私の実家に報告をするためにフラムさんは結婚が遅れてしまったんですから、先にフラムさんの儀式をお願いしたいです」

「いえ、やはりここはプロポーズをした順番がいいと思いますよ」


 ……あれ?なんか俺が順番を決めたわけじゃないのに、ちょっとトラブってる?しかもお互いがお互いを先に勧めるという、俺の予想外の展開になってませんか?


「あたしはアミスター式も知らなかったから、ミーナから先に婚儀を行うと思ってたわよ。そのためにミーナの実家から連絡が来るのを待ってたんだから」

「ですよね!」


 初妻プリムがそう言ったことで、決着はついた。ミーナも俺との結婚がイヤってわけじゃなくて、純粋にフラムを待たせてしまったから先にと勧めていたようだ。だけどそれじゃあミーナの実家から返事を待ってた意味がないよな。


「お互いがお互いを思いやる、とても美しい新妻関係ですね。でしたら予定通り、バシオン式で進めさせていただきたいと思います」


 バシオン式?しかも予定通りってどういう事っすか?


「バシオン式は最近制定された重婚式でして、夫が中央、新妻が両側に立たれる形になります。今回はお二人ですので、初妻は右側に立つ新妻と夫の間ということになります。最初にご説明させていただいた通りの並びですね」


 これはアミスター式と同じか。ってことはこの先が違うんだな。


「アミスター式ですと儀式を行う神官に従って同時に祈りを捧げていただくのですが、トラレンシア式は夫、新妻、初妻の順にお名前をお呼びさせていただき、その後で祈りを捧げていただきます。バシオン式はトラレンシア式のようにお名前をお呼びさせていただいた後、同時に祈りを捧げていただく形になります。アミスター式とトラレンシア式を合わせた形ですね」


 痒い所に手が届く感じだが、名前を呼ぶってことは順番にってことだから、普通なら問題があったのかもしれないな。俺達の場合は互いが先にどうぞって感じで勧めてたんだから、こっちの方が都合がいい。ちなみにバシオン式と言ってはいるが、これも発祥はアミスターらしい。提案者が熱心なバシオン教徒だから、採用されたら是非ともバシオン式で、って熱く語ってきたからバシオン式って呼ぶことに決まったそうだ。


「よろしいようですね。それでは此度の重婚儀は、バシオン式で進めさせていただきます」


 ミリア神殿長はそう宣言すると一礼し、結婚の女神像の前に進んだ。


「汝、夫であり新たな妻を娶りし者、ヤマト・ミカミ」

「はい」

「汝、新たな妻となりし者、ミーナ・フォールハイト」

「はいっ」

「汝、新たな妻となりし者、フラム」

「は、はいっ」

「汝、初妻であり新たな妻を迎え入れし者、プリムローズ・ハイドランシア・ミカミ」

「はい」

「汝ら、聖なる女神へ祈りを捧げたまえ」


 何気に結婚後にプリムの名前を全部言われたのは初めてかもしれない。なんか新鮮だよな。

 っと、お祈りお祈りっと。言葉に出さないでいいから助かるよ。


「ミーナ・フォールハイト、フラム、汝らが彼の者の新たな妻になることを、新たなる名と共に女神像に告げよ」

「私ミーナ・フォールハイトは、ただ今よりミーナ・F・ミカミとなることを誓います」

「私フラムは、ただ今よりフラム・ミカミとなることを誓います」


 結婚の女神像が光に包まれ、ミーナとフラムのライブラリーが表示された。そこにはたった今告げた名前が表示され、俺との結婚が正式に結婚の女神に祝福されたことを示していた。


「以上で重婚儀は終了となります」


 神殿長はそう告げると、マナリース姫、ラウス、レベッカを促して儀式の間を出ていった。婚儀の直後に、儀式の間で神官や参列者が声をかけることは、それが祝福の言葉であっても縁起が悪いとされているためだ。


「これで私達も、大和さんの妻になったんですね」

「はい。これからもよろしくお願いします、大和さん、みなさん!」

「こっちこそ、改めてよろしくね」

「俺からも、改めてよろしく。そしてありがとう」


 これで俺は、三人の嫁を持つことになった。四人目候補や未婚の母希望者もいるからまだまだ落ち着けないが、それでもようやくここまで来たって感じだ。

 ヘリオスオーブに来てまだ十日ほどだってのに、こんなことでいいのかと思わなくもないが、三人が三人とも幸せそうな顔をしてくれてるんだから、俺も深く考えるのはやめることにした。


 俺は三人を抱きしめると、もう一度感謝の言葉を贈ることにした。


「ありがとう、プリム、ミーナ、フラム。これからもよろしくな」

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