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28・侯爵の決意

Side・フレデリカ


 今日はなんて日なのかしら。まさかプリムローズ嬢、ミーナ、フラム、そしてマナリース様から大和君の子を産むつもりはないかと聞かれるなんて、思ってもいなかったわ。


 確かに冗談交じりでプロポーズはしたけど、半分以上本気だったし、彼は信じていなかったみたい。だから残り半分は諦めていたし、数年以内に適当な男を見繕って子供を産むしかないと思っていたから、彼の子を産ませてもらえるなんて、思いもしなかったのよ。


「嬉しそうですね、フレデリカ様」

「ええ。結婚できないのが残念なぐらいよ。ああ、子供が成人して家督を譲ったら、娶ってもらえばいいのよね」


 私は私室で、顔がにやけてしまうのを止めることができなかった。


 大和君は客人まれびとということもあって、ヘリオスオーブとは違う結婚観を持っていた。ミーナと婚約した際に少しは吹っ切れたみたいでフラムとも問題なく婚約したけど、未婚の母には抵抗があると聞いている。

 だからプリムローズ様、ミーナ、フラム、マナリース様が説得、とは違うわね。丁寧に説明して誤解を解き、気持ちの整理をつけるために数日待つことになったんだけど、それぐらいで彼の子を産むことができるならいくらでも待つわ。いえ、さすがに何年、何ヶ月となると無理だけど。


「失礼します。聞きましたよ、フレデリカ様。うちの娘が失礼をして、申し訳ありません」

「とんでもありません。むしろプリムローズ嬢にはお礼を言いたいところです」


 心からそう思うわ。私が侯爵である以上、フィールを拠点にする大和君と結婚することはできない。だから未婚の母になって子供だけでもと思ったことはあるけど、その場合でもプリムローズ嬢達に話は通しておく必要がある。落ち着いてから聞こうと思ってたんだけど、先に来てくれるとは思わなかったからすごく嬉しいわ。


「ではフレデリカ様は、未婚の母になられるのですか?」

「そうしたいのですが、大和君の世界とはそちらに関する常識がまったく違うようなので、今は心の整理をしているそうです」


 結婚に関しては観念したみたいだけど、未婚の母となると話が別だったそうなの。なんでも大和君の世界だと、結婚もせずに子供を産ませた男性は無責任ということで、世間から厳しい目で見られるらしいわ。大和君もそう思っているそうだから、未婚の母のことは知っていたけど、すごく忌避感があったんですって。


 だけどプリムローズ嬢達のおかげで考え直してくれることになったし、迫っても断られることはないだろうって言われているわ。大和君の心の整理ができたら教えてもらえることになってるから、その日が来たらヒーラーズギルドに行かないといけないわね。


「そうですか。では正式に決まりましたら、改めてお祝いを述べさせていただきます」

「ありがとうございます、アプリコット様」

「それと、フレデリカ様は初めてでしょうから、私が手ほどきをいたしましょうか?」


 ああ、確かに私は男に抱かれたことはないから、手ほどきはしてもらった方がいいかもしれないわね。というかプリムローズ嬢達が手伝ってくれると思ってたんだけど、まさかアプリコット様が手を挙げられるとは思わなかったわ。大変ありがたいんだけど、気になる問題があるのよね。


「それはありがたいのですが、プリムローズ嬢達が手伝ってくださると思いますので」


 アプリコット様もプリムローズ嬢も、すごく胸が大きいのよ。ミーナとフラムもそれぞれの種族だと平均的なんだけど、私からすれば羨ましい。エルフやハーピーは胸が小さい種族なんだけど、私はその中でもさらに小さい。具体的な数字は言えないけど、私の体は彼女達と比べると明らかに見劣りしてしまうの。エルフなのにプリムローズ嬢並に大きなものをお持ちのマナリース様が羨ましいわ。


「そうですか?では私は遠慮させていただきます。では決まりましたら、私がプレグネイシングを使わせていただきます」

「ありがとうございます」


 プレグネイシングは使っていただけるのはありがたいわ。


 妊娠促進魔法プレグネイシングを使っても確実に妊娠できるわけじゃないけど、使わなければ何年かかるかわからないんだから、領代の任期中に子供を産んでおきたい。


 ヘリオスオーブはプレグネイシングを使わなければ、一人も子供を産めないまま生涯を終える女性も珍しくない。もちろん妊娠する女性もいるんだけど、せっかく結婚したのに10年以上子宝に恵まれないなんて話はよく聞くの。

 だけどプレグネイシングを使えば、妊娠する確率をかなり上げることができるそうなの。サユリ様が仰っていたそうなんだけど、一月毎日抱かれていれば、ほぼ確実に妊娠できるそうよ。逆に使わなければ、二年間毎日抱かれて妊娠できるか、といったところだとか。もちろん妊娠する人はプレグネイシングを使わなくても最初の一回で妊娠するそうだから、サユリ様も最後まで解明することができなかったそうよ。


 プレグネイシングは快癒魔法ヒーラーズマジックの一種だけど、これの魔法はヒーラーズギルドの設立と同時に使えるようになった魔法でもある。

 快癒魔法ヒーラーズマジック狩人魔法ハンターズマジックのような組合魔法ギルドマジックは、登録したギルドに対応した魔法しか使えないんだけど、これは組合魔法ギルドマジックが魔法の女神様に奏上された魔法だからなの。


 だけどプレグネイシングは、奏上した人物のことは一切わからない。一説にはサユリ様が、別の説では初代グランド・ヒーラーズマスターが奏上したと言われているんだけど、お二人ともはっきりと違うと断言されているそうだから、誰が奏上したのかは一切謎に包まれている。中にはヒーラーズギルドの設立を祝って魔法の女神様が授けてくださったという人もいるけど、有史以来そんなことは一度もなかったから少数の人がその可能性を調べている。


 ちなみにだけどプレグネイシングはコントレセプティングと同じく、初めての場合は痛みを緩和してくれるそうよ。すごく痛いって聞くから、緩和してくれるならそれだけでも十分ありがたいもの。


「フレデリカ様、そろそろご夕食のお時間です」

「あ、もうそんな時間だったのね。ではアプリコット様、参りましょう」

「はい。本日もご相伴にお預かりいたします」


 今日のお夕飯は何かしら?大和君とプリムローズ嬢が来てくれたから、フィール近郊も安全に近くなってきている。まだ数種の異常種がいる可能性があるし、魔物がいる以上完全にということは不可能だけど、それでもフィールから一歩も出られなかった最近までの状況を考えれば、格段に安全になったと言ってもいいわ。


 そして二人が狩りに行ってくれているおかげで、食料となる魔物も大量にトレーダーズギルドで扱っているから、食糧事情もかなり改善されたと思う。おかげで最近はご飯が美味しいわ。落ち着いたら大和君達と一緒に食事をするのもいいかもしれないわね。


Side・大和


 王家の別荘を後にした俺達は、そのまま魔銀亭に戻って晩飯を食うことにした。本当はミーナ、フラムと結婚するために神殿に行こうと思ってたんだが、けっこう時間がかかっちまったから、明日行くことに決まったんだよ。


「それで、何時頃神殿に行くんですか?」

「朝飯を食ったらすぐのつもりだよ。だけど本当にいいのか?」

「何がですか?」

「いや、プリムとミーナは家族から許してもらったけど、フラムはまだだから、挨拶とかいらないのかと思ってな」


 本当はミーナとだけにするつもりだったんだが、問題ないなら一緒でいいんじゃないかって話になったし、ミーナは最初からそのつもりだったそうだから一緒に結婚することにしたんだが、それでも俺としてはフラムの両親に挨拶どころか連絡もしてないことが気掛かりで仕方がない。


「大丈夫ですよ。私達の両親は何年も前に亡くなってますから」

「そうなのか?」

「はい。六年前だったかな。流行病で村の人も半分近くが亡くなったんです」


 知らなかった。これはマズいことを聞いてしまったかもしれないな。


「あー……知らなかったとはいえすまん」

「気にしないでください。そういうわけですからお姉ちゃんの家族は、今は私だけなんです。その私にはご挨拶していただきましたから、何も問題はないですよ」


 そういうことなら、って簡単に割り切れるもんでもないんだよな。ともかく家族に挨拶する必要がないのはわかったから、この話はこれまでにしとくか。


「わかった。じゃあ明日、予定通りミーナ、フラムと神殿で結婚の祈りを捧げることにするよ。そういえば獣車の方はどうなったんだ?」


 結婚の話も大事だが、獣車の方も大事だ。なにせ注文しようと思ったのは数日前で資材も用意してもらってあるんだが、肝心の設計図がまだできてなかったんだからどうしようもなかったんだよ。


「内装はできたわよ。ただ獣車の大きさやデザインは大和の刻印具がないと決められなかったから、予定通り五倍付与か、それとも十倍付与にしなきゃいけないのかはわからないわね」


 お、内装はできたのか。ミラーリングが五倍になるか十倍になるかは獣車の大きさが決まらないとどうしようもないから仕方ないが、それも明日決めればいいな。


「内装の設計図はあるのか?」

「ええ。仮決定だけど大和にも見せなきゃいけないから、フィーナから預かってるわ」

「お、見せてくれよ」

「私も見たいです」


 そういやミーナは王家の別荘で合流したから、内装の設計図はまだ知らないんだったか。なら一緒に見るとしよう。


「はい、これよ」


 どれどれ。厩舎、というか中庭になるんだろうが、けっこう大きいな。5平米を仮サイズで考えてるのか。獣車の大きさ次第じゃ本当に十倍付与を考えなきゃいけないな。


「こちらが大和さんの、こっちがラウス君の寝室ですね。うん、いいと思います」

「でしょう?あとはお風呂だけど、これは予定通りのサイズか少し大きくするかで考えてるわ。その場合、削るのは寝室と中庭のサイズになるわね」


 さすがに走り回れるほどじゃないが、それでも十分広いからな。というか厩舎を使うのは現時点だとジェイド、フロライト、ブリーズだけなんだから、ここまで大きくしなくてもいいと思うんだけどな。


「最初はそう思ったんだけど、マナと結婚することになればマナの召喚獣も使うことになるから、結果的にはこれでよかったと思ってるわ」


 なるほど。って召喚獣?


「召喚獣って、確か固有魔法の召喚魔法で召喚する、従魔魔法の上位魔法だっけか?」

「ええ。マナはその召喚魔法士なのよ」


 召喚魔法っていうのは従魔魔法と同じく魔物と契約する魔法なんだが、従魔魔法が一匹しか契約できないのに対して、召喚魔法には制限がない。あるとすれば召喚獣の世話に金がかかることだ。だから召喚魔法は固有魔法の中じゃハズレ魔法とも言われているそうだ。


 マナリース姫はその召喚魔法士なんだが、王家の姫ということもあって、今のところは召喚獣の世話を王城で頼むことができているそうだ。


「なるほどな。何と契約……してるのかは明日聞くとして、固有魔法はプリムの羽纏魔法ぐらいしか見たことないから、ちょっと楽しみだな」


 固有魔法は個人魔法となっているが、召喚魔法や羽纏魔法のように、いくつかある中からランダムで決まるそうだ。


 羽纏魔法はハーピーやフェアリー、翼を持つ竜族は使えないそうなので、翼族専用の固有魔法と認識されている。


 召喚魔法は上で簡単に説明してるが、従魔魔法の上位互換という認識で間違いはない。というか召喚魔法を参考にして、誰にでも使えるようにってことで奏上されたのが従魔魔法らしいぞ。


 他にも念動魔法、精霊魔法、魔眼魔法、生成魔法、治癒魔法、結界魔法、獣化魔法、竜化魔法、死霊魔法、付与魔法、融合魔法と全部で十三種類ある。どんな固有魔法が使えるかは神殿の魔法の女神像に祈りを捧げれば知ることができるが、どのタイミングで使えるようになるかはわからないが、多分レベルが関係してるんじゃないかと思う。


 俺も明日神殿に行ったら、どんな固有魔法が使えるのか確認してみるかな。

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