26・良い男の条件
突然やってきたプリムの幼馴染の王女様にも驚いたが、俺としてはミーナのお父様の方が心臓に悪かった。昨日鳥を飛ばして手紙を送ったばかりだったから、心の準備なんかまったくできてなかったんだよ。
「大和殿、ミーナをよろしくお頼み申し上げます!」
なのにそのお父様、近衛騎士団副団長のディアノスさんに頭を下げられている俺がいる。いや、娘がほしくば俺を倒してみろ、とか言われるよりマシだけどさ。
「ありがとうございます、父さん」
「母さんも喜んでいたぞ。幸せになりなさい、ミーナ」
「はい!」
安心して放心してる俺をよそに、フォールハイト親子がそんなことを言っている。感動のシーンだとは思うんだが、俺としてはそんなことを感じる余裕がない。自分のことで精いっぱいだ。
「マナリース様、ありがとうございます。以後は護衛の任務を遂行いたします」
「ええ、お願いね。おめでとう、ミーナ」
「ありがとうございます、マナリース様」
お姫様に祝福されることなんて、そうあるものでも……いや、ハンターとして普通に街を歩いてるって話だから、それなりに祝福された人はいそうだな。王様だって用があればクラフターズギルドに出向くそうだから、大丈夫かって心配になるな。
「マナリース様、先程の褒賞の件なのですが、私としては悪い話ではないと思いますが?」
「それについては否定しないけど……突然すぎるでしょう。お父様も無理にって思ってるわけじゃないから、私が断ればそのまま立ち消える話ではあるけど」
「いずれにせよ、ご自身の目で確かめられた方がよろしいでしょう」
「そうさせてもらうわ。こうなるとプリムが結婚してたことが助かるわね」
いや、何の話よ?褒賞ってことは俺達に関係ある話なんだろうけど、プリムの結婚がどうとか言ってるから、もしかして俺達にそれぞれ相手を用意しようでもしてたのか?
「そういうわけではない。特にプリムローズ様のお相手に関しては、個人的にならともかく国としてはとても関与できるものではないからな」
ああ、そういやそうだった。プリムは元はバリエンテの公爵家のご令嬢だが、現在はアミスターに亡命している状態になる。ハンターとして活動してるから亡命とは少し違うかもしれないが、立場的にはそんな感じで間違いないだろう。
そのプリムの結婚相手を、結婚するかどうかは別としてアミスターが用意すれば、どう考えてもバリエンテとの間で戦争が勃発してしまう。レティセンシアとの関係や戦争一歩手前状態の今、それだけは避けなければならない事態だ。
ってことは俺に関係ある話なんだろうか?
「正解だ。君としても悪い話ではないと思うし、アミスターとしてもこれ以上ない待遇だと思う」
「ああ、なるほどね」
プリムさんがなんか納得されていますが、いったい何をご理解されたのですか?
「ミーナ、フラム、ちょっとこっち来て。マナもいい?大事な話があるのよ」
なんか俺の嫁さんとマナリース姫を拉致ってるけど、すげえ嫌な予感しかしねえぞ。元の世界にいた時から散々鈍いと言われてきた俺だが、さすがにこうまであからさまだと察せない方が問題だと思う。
「もしかしてなんですけど、マナリース様を俺の嫁にってことですか?」
「その通りだ。アミスターとしてもエンシェントヒューマンに進化したPランクハンターと縁ができるのだから、これぐらいのことは真っ先に考える。まあそこはマナリース様のご意思が優先されるから、マナリース様が否とおっしゃればこの話はなかったことになり、褒賞も別の物になるが」
やっぱりかよ!つか政略結婚は勘弁してくれよ!
「誤解しているようだが、たとえ王家であっても、アミスターでは政略結婚など滅多にない。客人の君にはわかりにくいかもしれないが、ヘリオスオーブは国の存続にかかわるレベルで男女比が激しい。政略結婚をしても家が滅んでしまえば何も意味をなさないのだから、王家のみならず貴族にとっても子を成すことが最も重要なことになる。そのために身分が違いすぎるからという理由で結婚できない、などといったこともないのだよ」
アミスターはその点を徹底していて、王族と奴隷が恋に落ちた場合は、奴隷を買い取って結婚するそうだからすごい。まあこれは、王族が男で奴隷が女の場合に限られるんだが。
「その話は聞いたことがあります。だから娘を有力な男に嫁がせることで、家としての発言力を高めることが多いんですよね?」
「そうだな。ある意味ではこれも政略結婚といえるだろう。だが王家と縁を持つことができるのだから、君としても悪い話じゃないと思う」
それについてはその通りだから否定はしない。だけどプリムとは結婚したばかりだし、ミーナはさっきディアノスさんに結婚を認めてもらったばかりだから、この後か明日にでもフラムと一緒に神殿に行って結婚することになるだろう。そんな矢先にお姫様がってことになったらミーナとフラムが委縮して、せっかくの新婚生活がギクシャクすることになりそうだ。
「もう一つ誤解があるようだが、別にマナリース様は、無理やり君に嫁ごうとしているわけじゃない。マナリース様が否とおっしゃれば、この話はすぐにでもなくなる。陛下もそれを承知の上でマナリース様に話を持っていかれたのだからな。その場合は別の褒賞を頂戴することになるだろう」
ああ、少なくともマナリース姫本人の意思は確認してるのか。ということは俺という男の人となりを見てから決めようってことか。
それはそれで面倒な気がするな……。
「グランド・ハンターズマスター以外では数十年ぶりのエンシェントクラスハンターなのだから、他の貴族や他国の王族からもこういった話は持ち掛けられるだろう。マナリース様を娶れば、そういった手合いも断りやすくなると思うぞ」
いや、そんなにマナリース姫を押してくるのは勘弁してください。というかついさっきお嬢様をお嫁に頂戴したばかりなのに、そのお義父様が別の女を勧めてくるってどうなのさ!?ヘリオスオーブじゃこれが普通なのかもしれんが、地球で生まれ育った俺には理解できない感覚なんですけど!
「大和、ちょっといい?」
などと脳内の俺が脳内をのたうち回っていると、話を終えたプリムが声をかけてきた。思わず身構えてしまったぞ。
「大丈夫よ。マナが望めば別だけど、そうじゃなかったら無理に結婚する必要はないわ」
「そうですね。意に沿わない結婚をすれば、私達との関係もギクシャクしてしまうでしょうから」
「マナリース様もそれはご理解くださっていますから、頑張ってマナリース様を振り向かせるようにしましょう」
……ちょっと待ってくれる?マナリース姫を振り向かせるってどういうこと?
「政治的な問題でってことよ。マナも了承してるから、明日からは一緒に行動することになるわ」
言いたいことは色々とあるが、ここで俺の意見が通ることはまずありえないから、黙って頷くしかない。だけどマナリース姫はレベル41のSランクハンターだから、俺としてもどんな戦い方をするのか興味はある。
「あとはフレデリカ侯爵だけど、あの人は侯爵を継いでいるから、さすがに大和との結婚は無理なのよ。だけどあの人が大和の子を産むことには反対しない。というか賛成よ」
「フレデリカ侯爵もお相手が見つからなくて難儀しているところで大和さんとお会いしてしまったんですから、それぐらいはしてもいいと思います」
「未婚の母が大変だということは知っていますが、侯爵家の方なら生まれてきた子は跡取りとして大切に育てられますから、そこは心配はいりません。時々会いに行ってあげた方がいいと思いますけどね」
待とうか。なんでここでフレデリカ侯爵が出てくるのさ?しかも未婚の母って、どこからそんな話になったのさ?というかもしかして、冗談とはいえさっきフレデリカ侯爵にプロポーズされたこと知ってるのか?
「先程ミュンさんに教えていただきました。それにマナリース様からも許可をいただきましたから、遠慮はいりませんよ?」
遠慮するわ!何段階話を飛ばしてんだよ!そもそも未婚の母がどうこう以前に、フレデリカ侯爵は領代としてフィールに来たばかりだろ!なのに妊娠なんかしたら、仕事ができなくなるだろうが!
「そこは心配しなくてもいいわよ。そういうことも見越した上で、領代は三人ということになっているから」
ここでまさかのマナリース姫。結婚するかもしれない相手にそんなことを教えるなんて、とてもじゃないが俺の常識が追い付かない。マジでどうすりゃいいのさ!
「大和の世界じゃ違うのかもしれないけど、ヘリオスオーブじゃこれが普通よ。男を独り占めする女は浅ましいってことですごく嫌われるのよ」
「未婚の母ですけど、結婚が難しい女性が見初めた男性の血を後世に残したいからお願いするわけですから、その……つ、妻としても夫が認められたということになるので、とても嬉しいことになるんです」
世界が違うと、ここまで価値観が違うのか……。
そういえばレイドを女性ハンターで固めて、さらに全員を侍らせているハンターがいるそうだけど、養うだけの甲斐性があるってことで女性からの印象はすごく良いんだよな。未婚の母の場合は女から懇願された男ってことで、これも良い男と見なされるらしい。
「この先もあなたは結婚を申し込まれることがあるだろうし、未婚の母になることを懇願されることも増えるでしょう。なにせ数十年ぶりのエンシェントクラスのPランクハンターなんだから、女からしたらあなた以上の男を見つけるのが難しいわ。私だって否定できないもの」
俺の中の理性君と常識君は拒否しようと頑張っているが、建前君はヘリオスオーブの常識を受け入れるべきだと訴えているし、本能君に至っては強化変身でもしたかのように理性君と常識君に激しい攻撃を加えている。このままでは理性君と常識君が必死になって守っている本音の玉座に建前君か本能君が就くのも時間の問題だろう。
「マナのことはまだ会ったばかりだからすぐに決めろとは言わないけど、フレデリカ侯爵のことは考えておいてほしいの。フレデリカ侯爵だって跡取りの問題があるから、早く子供を産むにこしたことはないんだから」
脳内で熾烈な戦いが繰り広げられている中、プリムが趨勢を決める一言を投げかけてきた。その結果、戦いは理性君と常識君を本能君が薙ぎ払った一瞬の隙を付き、建前君が本音の玉座に就くことになった。
「それがヘリオスオーブの常識ってことはわかってたけど、まだ本当に覚悟ができてたわけじゃなかったみたいだ。これからもこういうことがあるのはわかったから、何とか覚悟を決めなおすように努力するよ。だけど未婚の母は、男から迫るのはご法度だろ?」
「さすがにそれはね。その場合は妻がそれとなく教えることで、その女性がどうするかを決めるの。大和さえよければ、すぐにでも確認してくるわよ?」
ああ、引っ込み思案な女性もいるだろうから、そういう手を使うこともあるのか。
「今日明日ってのはさすがに勘弁だ。なにせ俺の世界じゃ、そんなことをした男は世間から激しく叩かれるからな。俺の中じゃ未婚の母ってのはそういうイメージがあるから、少し時間がほしい」
「大和の世界とヘリオスオーブって、そこまで違うのね。確かにそういうことなら、無理に話を進めても問題かもしれないわ」
「そうですね。それじゃあ大和さん、数日後ぐらいなら大丈夫ですか?」
「その時になってみないとわからないが、努力はする。今はそれで勘弁してくれ」
ヘリオスオーブの常識は侮れなさすぎる。だけど結婚するにしろ未婚の母になるにしろ、女を侍らせることが良い男の条件で、それが相手の女にとっても誇らしく感じられるなら、もう少し頑張ってみるとするか。
……元の世界の家族や師匠、友人知人には絶対に知られたくないな。その心配はないだろうけどな。




