15・エンシェントヒューマン
フレデリカ侯爵邸で報告を終え、ハンターズギルドに依頼達成と買取査定に行く前に、俺達は二人でフィールの街を歩いていた。
本当はライナスのおっさんやギャザリングさんがフレデリカ侯爵の獣車に送ってもらってるから俺達もどうかって誘われたんだが、急いでるわけでもないし息抜きもしたかったから断らせてもらったんだよ。
なので俺達は、腕を組みながらデートを楽しむことにしていた。
「こうやって大和と歩くのって、実は初めてよね」
「そういえばそうだな。今までは、っていうか今もなんだが、けっこうバタバタしてたし、昨日はミーナもいたから、二人だけでっていう機会はなかったな」
昨日はミーナも交えて三人で歩いてたんだが、それはそれで楽しかったぞ。結婚した日はアプリコットさんもいたし、その翌日にはミーナと婚約したから、プリムと二人きりでっていうのは初めてなんだよ。もちろん結婚前には何度も二人で歩いてたが、その時はまだ互いに気持ちを知らなかったから、デートってわけじゃなかったしな。
「それにしても、まさか昨日の今日でエンシェントヒューマンに進化しちゃうなんてね。マリーナが喜ぶわよ?」
「……フラグは折るつもりだったんだけどな。こんなことならサイレント・ビーは無視しとけばよかったと思わなくもない」
今朝マリーナに、次に会った時にエンシェントヒューマンに進化してても驚かないとか言われたが、俺はそれを思いっきり否定した。なのに俺は、しっかりとエンシェントヒューマンに進化してしまった。まさに自分で立てたフラグを回収してしまった形だ。俺としてはそれは避けたかったから折るつもりだったんだが、残念ながらそれは叶わなかった。今更というわけではないが、どうしてこうなったんだろうか?やっぱりサイレント・ビーを狩りまくったのがマズかったんだろうか?
今更ではあるが、エンシェントクラスはレベル61以降で進化する可能性がある。レベル71になると強制進化すると言われているが、過去を見てもエンシェントクラスに到達した者は少ないため、ハイクラスへの進化と比較して推測するしかないからまだまだ曖昧な部分があるみたいだ。
エンシェントクラスに進化すると、見た目はハイクラスとほとんど変わらないが、自分の適性のある属性の消費魔力がかなり抑えられるようになるそうだ。ギャザリングさんは空属性にも適性があるから長距離転移魔法トラベリングを、通常よりも少ない魔力で使うことができるらしい。
レティセンシアのお姫さんを捕らえてた俺達は、すぐにジェイドとフロライトを召喚し、姫さんにはフライ・ウインドを刻印化させた魔石を縛り付けて空中輸送することにした。俺がフライ・ウインドを使うのは30分が限界だから、その都度休憩を挟むことになって森を抜けるのに少し時間はかかったが、それでも2時間弱で森を抜けることができた。
だが魔物に襲われなかったわけじゃない。特にマーダー・ビーを倒されたことを感じ取ったのかどうかはわからないが、かなりの数のサイレント・ビーに襲撃されてしまった。せっかくの機会だからと思い、球状にした氷を自在に操ることができないか試行錯誤を繰り返して開発したアイス・スフィアの実験台になってもらったが、最初は上手く扱うことができなかった。
そこでゲームとかアニメとかじゃ思考速度を加速させたりして使ってたことを思い出して、無属性の加速魔法アクセリングを使えないか試してみたら、思ったよりもあっさり使えてしまった。そのおかげでアイス・スフィアは非常に安定して使えるようになったから、思わず調子に乗ってしまったのは否めない。もちろんサイレント・ビーだけじゃなく、他にも魔物は倒しているぞ。
「アクセリングは難しいけど、使いこなせればすごく戦闘が楽になる魔法だから、あたしも使えるようになったのは嬉しいわよ。それにアイス・スフィアみたいに炎も操れるようになれば戦闘の幅がすごく広がるし、あとは結界とまではいかないけど、広範囲に効果を及ぼす魔法があれば、あたしの殲滅力は格段に上がる気がするわ」
「それは思うな。実際今までの戦闘も広域系の刻印術をかなり多用したし、無ければ面倒なことになってた事態だってあったからな」
フラムが捕まった時やトレーダーズギルドが人質になった時は、広域系がなかったら誰かが犠牲になってた可能性もあった。そう考えるとただの広域殲滅魔法よりも対象指定魔法の方が有用性は高いかもしれない。
刻印具で制御されてる刻印術と違い、魔法は自分の魔力とイメージで使うから、制御に関しては刻印術に軍配が上がる。だが魔法はイメージがそのまま形になるから、刻印具を必要としない魔法の方が咄嗟の場面じゃ有効かもしれない。実際アイス・スフィアは、俺の思い通りに動いてくれたからな。
「『クエスティング』。今日倒した魔物はマーダー・ビー1匹、サイレント・ビー9匹、フォレスト・ビー22匹、フォレスト・ファンガス9匹、アイアン・ビートル4匹、スタッグ・リッパー3匹、ウッド・ウルフ7匹、トレント2匹、カース・トレント1匹か。トレントの異常種までいたとは思わなかったけど、これもきっとあいつらのせいだったんでしょうね」
いきなりクエスティングを使ったと思ったら、今日の成果の確認をしてたのか。
狩人魔法クエスティングのいいところは、一日に狩った魔物の数と場所を個人単位、レイド単位で表示することができることだ。レイドを組んでいたとしても個人で活動することはあるから、その場合はレイドメンバーの狩った数と合算されないで済むため、揉めることもない。
ハンターズギルドとしてもどこにどんな魔物がいるか、異常種や災害種が出現したのはどこなのかを詳細に知ることができるから、報告の際にはクエスティングを確認しながら報告するハンターも多い。
そんな便利な魔法を、俺達はしばらく知らなかったんだよな。もちろん知ってからはすぐに本を買って、今じゃけっこうな数の狩人魔法を覚えたぞ。持続性体力回復魔法リジェネレイティングってのもあって、使うと少しの休憩でもけっこう体力が回復してくれる。長時間の狩りとか登山とかにはすげえ便利だぞ。なんでエビル・ドレイク討伐の時には知らなかったのかって後悔したもんだ。
プリムがクエスティングを使ってくれたからわかったが、カース・トレントっていうトレントの異常種を倒してたことには驚いた。葉っぱが黒いトレントがいるなとは思ってたが、希少種だとばかり思ってたぞ。
「そんなことだから、エンシェントクラスに進化しても気が付かないのよ。かくいうあたしも、カース・トレントには気が付かなかったけど」
プリムも気付かなかったのかよ。まあ俺達はアイス・スフィアと極炎の翼を試しながら進んでたから、魔物の種類とかにも頓着してなかったしなぁ。今度からどんな魔物かは確認してから攻撃することにしよう。
ちなみにトレントの希少種はブラッディー・トレントっていう、血の色をした葉っぱをつけているそうだ。魔物の特徴も覚えないとだなぁ。しっかり勉強しとこ。
「魔物にもライブラリーとかがあればいいのにね」
ボソッとプリムがそんなことを呟いた。いや、言いたいことはわかるし考えてることもわかるが、なんでも魔法頼りなのはどうかと思うぞ?
「だってさ、クエスティングやコントラクティングなら名前や種族ぐらいは確認できるのに、ライブラリングで確認できないなんて意味が分からないじゃない?それに魔物の種族がわかれば、知らずに突っ込んで命を散らす危険性を減らせるかもしれないし」
ああ、そういう意味でか。
大抵のハンターは、自分で対処できる魔物と手も足も出ない魔物の区別がつくため、無茶な狩りをすることはない。だが稀に手も足も出ない方の魔物と遭遇したり、気付かずに攻撃を仕掛けたりする事故が起きる。前者はどうにもできないが、後者は暗がりだったり気が大きくなってたりする場合が多いためハンターズギルドも注意を促してはいる。それでも事故は減らないとカミナさんが愚痴っていたが。
だからプリムは、ライブラリングのように魔物の種族だけでもわかるようにできないかと考えているみたいだ。
「確かにそんな事故は減るだろうし、目当ての魔物を狩るのも楽になるかもしれないな。それにクエスティングやコントラクティングっていう魔法があるんだから、何とかなりそうな気もする」
「でしょう?今度何とかできないか考えてみましょう」
エドに触発されたのか、プリムがやる気だ。
しかしそのプリムのやる気を砕いたのが、カミナさんの一言だった。
「クエスティングで確認できますよ。クエスティングは魔物と現在受けている依頼内容の確認ができますけど、討伐した魔物とはどこにも記されていません。よくいらっしゃるんですよ、注意書きをしっかりと読まない人が」
俺達も読んでなかったからカミナさんの視線がすごく痛かったが、確かに注意書きには、依頼内容と魔物の確認、と書かれていた。いや、これは書き方が紛らわしいでしょ。今度ライナスのおっさんにクレームつけてやる。
「それでは買取額は明日のお渡しでよろしいですか?」
「ええ、それでお願いします」
「わかりました。それと大和さん、エンシェントヒューマンへの進化、おめでとうございます」
「あ~、どうもありがとう」
しまった、既にギャザリングさんとライナスのおっさんはハンターズギルドに戻ってきてるんだった。この分じゃ明日にはフィール中に広まってるんじゃなかろうか?
「既に広まってますよ。俺達もさっき、門番をしている騎士に教えてもらったんですから」
ラウスの声が聞こえた。どこから来た!?しかもなぜ俺の心がわかる!?
「丁度カミナさんが進化おめでとうって言ったあたりで、普通に入ってきたわよ。あとそんな微妙そうな顔してたら、誰でもわかるんじゃないかしら?」
プリムが種明かしをしてくれたが、嬉しくもなんともない。
というか門番してる騎士ってあいつか!あいつは一度シメておく必要がありそうだ。
「そんな怖い顔しないでください。エンシェントクラスに進化した人なんて、ここ数十年誰もいなかったんですから。おめでとうございます、大和さん」
「ありがとう。進化したとはいっても、何の実感もないんだけどな」
確かに魔力は増えてる感じがするが、急激にってわけでもない。見た目の変化もほとんどないってことだから、外見的にも気付きにくいし、本当にライブラリーとかライセンスとかを見て初めて気付くんじゃないだろうか?
「ハイクラスは人数がいるからかなりのことが判明してるけど、エンシェントクラスは大和とギャザリングさんの二人だけ。しかも大和は進化したばかりで、さらに言えば客人だから、もしかしたら純粋なヘリオスオーブ人とは少し違うのかもしれないわね」
その可能性はあるな。そもそも俺の世界にも進化っていう言葉はあったが、それが一定のレベルに到達したら急激に姿を変える、なんていう現象じゃなく、遥か長い時をかけて環境に適応していくことを指す言葉だったはずだ。
魔力と印子が同じものだという推測は立てているが、それでも根本的にこの世界と俺の世界は違うんじゃないかと思う。
色々と考えられるが、そこは考えても仕方ないのかもしれないな。実際客人もこの世界の人間と子供を作ることはできるんだから、根本的に違ってはいても大きな差はないだろうからな。




