14・エンシェントクラス
Side・プリム
ギャザリングさんの一言で慌てて大和がライセンスを確認したけど、そこにはしっかりとこう記されていた。
ヤマト・ミカミ
17歳
Lv.62
人族・エンシェントヒューマン
ハンターズギルド:アミスター王国 フィール
ハンターズランク:ゴールド(P-G)
レイド:ウイング・クレスト
レベルが上がったのは、さっき森の中で大量のサイレント・ビーを狩ったからでしょうね。なにせ氷の塊を自在に操るアイス・スフィアっていう魔法を試してたし、加速魔法のアクセリングも使えるようになったんだから、そりゃレベルも上がるわよ。あたしも付き合って試してたらアクセリングは使えるようになったから、レベル上がってるかもしれないけど。
そして種族の欄には、しっかりとエンシェントヒューマンとあったから、大和が進化したことは疑いようがない。狩りに出る前はGランクだったから、後でランクアップの手続きもしないといけないわね。
「本当にエンシェントヒューマンになっている……」
「いくらなんでも早すぎるでしょう。いったい何をしてきたの?」
何と言われても、マーダー・ビーやサイレント・ビーを狩りまくったとしか言えないわよ。あとはアイス・スフィアとアクセリングね。
って言ったら、全員がすごく疲れた顔したんだけど、何かあったの?
「私達が言っているのは、レベルの上がるスピードだ。もちろん進化していることもだが、普通はそこまで簡単にレベルは上がらない。なのに君達は、そんな常識など関係ないと吹き飛ばす勢いでレベルが上がっているんだから、我々としては何と言っていいのかわからないんだよ」
なんてアーキライト子爵に突っ込まれたけど、それはあたしのせいじゃないわよ。どっちかといえば大和のせいよ。
そういえばあたしはどうなってるんだろう?
プリムローズ・ハイドランシア・ミカミ
17歳
Lv.58
獣族・翼族・ハイフォクシー
ハンターズギルド:アミスター王国 フィール
ハンターズランク:ゴールド(G)
レイド:ウイング・クレスト
「確かプリムローズ嬢、レベル55だって言ってたわよね?なのに58って、いったい何をしたの?」
あれぇ?
確かにあたしのレベルはフレデリカ侯爵の言うように、今朝までは、もっと言えば森に入るまでは間違いなく55だった。なのに今は58になってるってことは、三つも上がってることになるわよね?大和が近いうちにエンシェントクラスに進化するだろうことはわかってたけど、このままじゃあたしも、エンシェントフォクシーになっちゃうかもしれないってこと?
「さすがにこれは、ワシとしても呆れるしかないのぅ。ハンター登録をしてわずか数日でとんでもなくレベルを上げておる。ワシもそれなりに長く生きておるが、さすがにこんな話は聞いたことがない」
ギャザリングさんが何年生きてるのかは知らないけど、エンシェントクラスだってことを考えると200年近く生きていると思う。その人が初めて聞いたってことは、本当に異常事態ってことだわ。
ヘリオスオーブの寿命は、種族に関係なく50+レベルと言われている。つまりレベル30代前半の人が多いということは、だいたい80歳ぐらいが平均寿命と言ってもいいと思う。
だけどハイクラスは50年、エンシェントクラスはさらに50年寿命が延びるそうだから、レベル73のギャザリングさんの場合だと223歳が寿命ってことになるわね。あくまでも参考だから、絶対ってわけじゃないわよ。
「こうなったら一刻も早く、プリムもエンシェントフォクシーに進化してもらうか」
いきなり大和が不穏なことを言い出したけど、やめてよね。確かにエンシェントクラスに進化することには憧れるけど、このままじゃ惰性で、いつの間にか、何の感慨もなく上がっちゃいそうで怖いわ。
「いや、俺は感慨も何も、言われるまで気付かなかったんだが……」
そうだったわね……。というか進化すると何となくわかるものなんだけど、それにも気が付かなかったのかしら?
「大和、進化すると何となく進化したってわかるんだけど、そんな感覚はなかったの?」
「おう」
返答が早すぎるわよ。確かにエンシェントクラスとハイクラスの見た目の差はほとんどないっていう話だし、もしかしたら本人も気付きにくいのかもしれないわね。
「いや、魔力がかなり増えるから、感覚的にも気が付きやすいものじゃよ。それなのに気が付かなかったということは、それほど魔力がとんでもないということじゃろう」
ギャザリングさんに突っ込まれた瞬間、大和が両手で顔を覆っちゃったわ。自分でも鈍いってことがわかっちゃったから、穴があったら入りたいっていう気分なんでしょうね。
ってそうじゃないわよ!確かに大和がエンシェントヒューマンに進化してたのは驚いたけど、論点がずれてるわ!
「じゃないわよ!今はレティセンシアのことでしょ!アバリシアから提供された魔化結晶っていうので異常種を生み出してたんだから、まだいるのかもしれないのよ!?」
魔化結晶とかについてはまったくわからないし、どれほどの数の魔物を異常種にしたのかもわからないけど、マーダー・ビーが最後だと考えるのは楽観的すぎる。もちろん最後に越したことはないんだけど、どこにもその保証はないし、何より自然発生した異常種だっているかもしれないんだから、その辺のことは絶対に白状させないといけない。
「そ、そうだったわ!ありがとう、プリムローズ嬢!」
「すまない、確かにそうだ。あまりにも衝撃が強かったものだから、一瞬我を忘れてしまった」
「感謝しますよ、プリムローズ嬢」
領代が復活してくれたけど、なんかフレデリカ侯爵の素が出てきてる気がするわ。ほとんど毎日顔を合わせてるし、何度も大和が常識外れなことしてるから、取り繕うのもバカらしくなってきたのかもしれないわね。同年代だし、もっとフランクに接してくれてもいいと思うわよ。
「レティセンシアの第一皇女を捕らえたと聞いたが、ハンターズギルドとしては異常種を生み出すことができる魔化結晶とやらの存在は見過ごすことはできん。ワシとしてはいかなる方法を用いてでも、魔化結晶とやらのことを聞き出してもらいたいと思っておる」
ギャザリングさんが過激なことを言ってるけど、気持ちはわからなくもないわ。どれだけの異常種を生み出したのかはわからないけど、一匹でも街を滅ぼし、国を傾けることができる異常種を、完全に自分達の都合で生み出してるってことは、それだけで十分に人類存続の危機につながる。自分達が自滅するのは自業自得だから助けるつもりもないけど、巻き込まれた方としては迷惑以外の何物でもない。しかも自分達で処理することもできないんだから、無責任にもほどがある。
「まさしくプリムローズ嬢の言う通りじゃ。現在レティセンシアにはGランクハンターはおらず、ハイクラスも数十人程度じゃし、場合によっては総本部や近隣のアミスター、リベルターに救援依頼が届くじゃろう。当然じゃが救援にはリスクが伴うし、何より時間がかかる。そしてレティセンシアは、必ずそれを問題にしてくる。そんな国に救援に行くハンターはおらん。少なくとも今回の件はハンターズギルドへの敵対行為と断定できる以上、ハンターズギルドはレティセンシアから完全撤退を考えておるよ」
ギャザリングさんが断言したということは、近いうちにレティセンシアからハンターはいなくなることを意味する。ハンターがいなくなれば狩人魔法も使えなくなるし、各国でも身分証として使えるハンターズライセンスも意味をなさなくなる。魔物を狩っても報酬はでないしハンターズギルド同士の連絡網も使えないから、どこかに異常種が出現したとしても、情報の共有すらできなくなる。
当然反発は起きるだろうけど、身から出た錆なんだから甘んじて受け入れてもらわないね。
「グランド・ハンターズマスターの意見はわかりました。ですがアミスターとしては、今回の件は陛下のご判断を仰がなければなりません。私達では問題が大きすぎますので」
「うむ、わかっておりますよ。今回の件で最も被害を受けたのはアミスターなのですから、陛下がどう判断されようとワシは従いますぞ」
どう対応してもレティセンシアとの戦争は避けられないと思うけど、だからと言って勝手に判断しちゃったら領代の存在意義に関わる。領代はあくまでも代官だから、領主でもある国王陛下に報告し、指示を仰ぐのは当然のことよ。
だけどワイバーンがいないし、だからといってギャザリングさんに連絡を頼むわけにもいかないから、王都に派遣したフレデリカ侯爵の部下が戻ってくるのを待つか、サーシェスを捕まえてワイバーンを取り戻すしかない。だけどどちらも確実とは言えないから、エモシオン辺りでワイバーンを借りた方が早いかもしれないわね。
「しばらくはワシもフィールに滞在するが、アミスター国王陛下へもお詫びをしなければならん。なので明日、王都へ行こうと思う。できれば領代のどなたかも来てくれると助かるのじゃが、よろしいかな?」
「そういうことでしたら。ソフィア伯爵、お願いしてもいいでしょうか?」
トラベリングを使って王都まで行って国王陛下にお会いするつもりって、すごく性急な気もするわね。だけどなんでソフィア伯爵を?領代を務めている間は爵位が意味をなさないって言っても、それは領代三人に対してだけなんだから、こういう場合はフレデリカ侯爵が行くべきじゃないかしら?
「お任せください」
ソフィア伯爵も一瞬戸惑ったところを見るに、自分が指名されるとは思わなかったんでしょうね。何かフィールでしなきゃいけない用事でもあったのかしら?
まあそんな時のために領代は三人いるんだから、こういうこともあるってことでしょうね。
「それではレティセンシアの第一皇女は、契約魔法で行動を縛り、当家に軟禁し、事情聴取は騎士団に任せます。大丈夫だとは思いますが、万が一に備え、騎士団には屋敷の警備をお願いします」
「はっ。至急手配いたします」
ああ、そっちの役目を担うわけね。確かに報告は大切だけど、同時に生き証人を失うわけにはいかないから、契約魔法で行動を縛って軟禁するとはいえ、家の主が留守にするわけにはいかないわ。
「皇女についてはこれでいいとして、大和君、プリムローズ嬢、レティセンシアの拠点付近だけど、間違いなく結界の起点は破壊されてたのね?」
「あれが結界の起点とは断言できませんが、不自然に壊された岩がありましたし、あの皇女も含めて襲われてましたから、破壊されたと思ってもいいと思います」
「その結果、皇女を残して全滅した、か。数名程は君達と戦ったということだが、いずれにしても自業自得だ。同情の余地はない」
アーキライト子爵が不機嫌そうに言い捨てるけど、奥さんの子供ともいえるワイバーンを殺されてしまったんだから当然の言い分よね。あたし達もジェイドが殺される寸前だったんだから、気持ちはわかるわ。
「それと簡単に報告はしましたが、その拠点から魔導具を何点か回収してきています。隷属の魔導具もいくつかありましたし、魔化結晶じゃないかって思える結晶もありました」
「魔化結晶が手に入ったのは朗報ね。使い方を聞き出した後に一度実験をしたいところだけど……」
「やるなら大和君とプリムローズ嬢がいるところで行うべきでしょう。それもできる限り与し易い魔物を選ぶ必要があります」
「私は反対です。彼らの実力を疑うわけではありませんが、万が一取り逃がしてしまえば、多大な被害を被る可能性が高い。そうなった場合、誰が最初に被害を受けるか、考えるまでもないでしょう?」
魔化結晶を使って本当に異常種が生まれるかの実験は、あたしとしてもやるべきだと思う。だから協力するつもりだったんだけど、フレデリカ侯爵が反対意見を出してきた。確かにその可能性はゼロじゃないし、あたし達が倒されてしまえばまたフィールが危険にさらされることになってしまう。そんなことになってしまえば、最初に被害を受けるのはトレーダーや旅人、下手をすればフィールやプラダ村になってしまう可能性だってある。異常種や災害種を倒せる実力があろうと、逃がしてしまえば何の意味もないからね。
「俺も反対ですね。もちろん負けるつもりもありませんが、レティセンシアは異常種を制御することができずに自滅しました。たとえ実験だとしても、アミスターがそうならないとは言い切れないし、何よりリスクが大きすぎる」
大和も反対か。二人にそう言われてしまえば、誰も強硬することもできないから、詳細な調査はするけど実験は行わない方向で決まりでしょうね。
「プリム、一気にレベルが上がった反動で、気が大きくなってるんじゃないか?そんなことじゃ早死にするかもしれないぞ。結婚したばかりなんだから、そんな無茶なことはしないでくれよ?」
フレデリカ侯爵の屋敷を出てすぐに大和にそんなことを言われてしまって、あたしは自分が増長してることに初めて気が付いた。大和が反対したのは、あたしのためでもあったんだわ。ショックだったけど、心配してくれたのはよくわかったから、すごく照れちゃうわね。
あたしは大和の左腕に抱き着くと、そのまま頬に感謝のキスをした。




