11・殺人蜂
突然合同披露宴の案を聞かされて取り乱すエドを放置してある程度の流れを決めた俺達はそのままジェイドとフロライトに乗って、昨日と同じく第四坑道の東にある森へと足を運んだ。
異常種のマーダー・ビーが生まれているかどうかを調べるためだが、マーダー・ビーはビー種の巣にいることが少なく、巣を渡り歩きながらクイーンに卵を産ませて希少種や上位種を増やしていくそうだから、既にこの森にはいない可能性がある。もしそうなら調査もかなり長期化する恐れがあるが、俺はすぐに見つかるんじゃないかって思ってる。
マーダー・ビーに限らず、異常種は好戦的だ。特に人間に対しては獰猛で、すぐに襲い掛かってくる。そしてこの森には、レティセンシアの工作員が拠点を作っている疑いがあるから、例え天然の結界に避難したとしても簡単には逃げられない。
「確かこの先の森を抜けるかどうかってとこに洞窟を含んだ広場があって、そこが前線基地だって言ってたな?」
「ええ、そう聞いてるわ。拠点としては十分だけど水場がないから、近くの川から調達してるって話ね」
だよな。その川は結界の外になるから、水を汲むためには絶対に結界の外に出なきゃいけない。当然魔物に襲われる危険があるし、もしその近くにマーダー・ビーがいた場合は、必ず狙われてしまう。だけど水がなければ人は生きていけないから、危険を承知で水汲みに行かなければならない。
異常種は知能も高いし、本能的に結界を憎んでいるとも言われているから、結界が消えるまで執拗な攻撃を加えることも珍しくない。街とかに村とかの結界は中央に起点があるから異常種に壊されることはないが、天然の結界は偶発的にできていることもあって、いくつかの起点が存在している。その起点の一つでも破壊されてしまえば天然の結界はすぐに消滅してしまうから、マーダー・ビーが生まれているとすれば、その結界の起点を狙っている可能性はある。
「じゃあ予定通り、ジェイドとフロライトは送還しよう」
「そうね。さすがにマーダー・ビーが相手じゃ、まだこの仔達には荷が重いわ」
従魔魔法には従魔を自分の近くに召喚するコーリング、指定した場所へ送り返すことができるリペイトレイティングという魔法がある。従魔限定の長距離移送魔法だが、どうやらトラベリングという長距離転移魔法を参考に開発されたようで、この二つが数十年前に奏上された魔法らしい。
この二つの魔法は牧場とか厩舎に預けていても使えてしまうので、突然消えたり、突然現れたりすることになってしまう。だから預けている牧場や騎士団から、指定されている場所に送還する許可をもらわなければ多額の罰金を取られることになっている。
当然だが俺達も許可を取っていて、二匹の首には送還許可証がぶら下がっているぞ。
俺達の送還という言葉に、ジェイドとフロライトが悲しそうに喉を鳴らす。いや、わかるんだけどさ、さすがに危険すぎるんだよ。そのことは十分説明したろ?
「終わったらすぐに召喚するから、我慢してね?牧場にはブリーズもいるし、他に仲良くなった仔もいるんでしょう?」
「クワッ!」
元気よくジェイドが答えた。
ジェイドは活発でいたずら好きだが、他の従魔ともすぐに仲良くなっていた。だから牧場でも寂しそうにすることはあんまりないんだが、フロライトは臆病な性格をしているようで、ジェイドの側を離れようとはしないらしい。エビル・ドレイクやマッド・ヴァイパーの件があるから、トラウマになってるんだろうな。フィアットさんにも頼んではいるが、どうなるかはまだわからないって聞いている。
「フロライト、大丈夫よ。牧場の仔達、誰もあなたをいじめたりはしなかったでしょう?」
「クワァ……」
「すぐに呼ぶから、ね?」
プリムが説得して、何とか牧場に送還できたが、けっこう大変だな。だけどマーダー・ビーは危険だから、今回ばかりは一緒に連れて行くわけにはいかない。なにせマーダー・ビーの毒針は、Oランクのドラゴンにも有効なんだからな。
「あの仔達の装備も何とかしないとね」
「だな。それじゃあ行こう」
「ええ」
ジェイドとフロライトの装備は獣具との兼ね合いがあるから、そっち待ちになっている。だから瑠璃色銀を使うつもりなんだが、どうしてもエドに頼まざるをえないから、これ以上仕事を持ち込んでも大丈夫なのかが心配だ。
歩くこと1時間、俺のソーナー・ウェーブに出た反応を目指しながら歩いていると、森を抜け、小さい小川の流れに突き当たった。その小川で三人の男女が水を汲んでいる。まだ生きてたか。
「ねえ、またあれが来ると思う?」
「だろうな。追っ払えたから水を汲みに来ることができたとはいえ、あれが狙ってるのは結界の起点なんだから、来ないわけがない」
「みんな殺されちゃって、残ってるのは七人だけ。しかもあれがいるから、本国に連絡することもできない。なんであたし達がこんな目に……」
「アミスターが素直にマイライトを差し出してれば、こんなことにはならなかったのにね……」
「まったくだ。アバリシアから献上された魔化結晶の試作を使って異常種を生み出して、外からは異常種達、中からはハンターどもにフィールを破壊しつくさせる計画たったってのに、まさかこんな時期にGランクのハンターが二人もやってくるなんて、完全な誤算だった」
「せっかく生まれた災害種も、そいつらに倒されちゃったんでしょ?」
「聞く限りじゃな。ハンターズギルドに死体が持ち込まれたって話だし、噂じゃサーシェス様のエビル・ドレイクまで倒されたらしいぞ」
「余計なことしてくれるわね。あたし達レティセンシアが穏便に事を進めてあげてるのに、なんで邪魔するのかしら?」
「知らないわよ。どうせ目先の利益に憑りつかれたんじゃないの?」
っていうのがプリムが聞き取った奴らの会話の内容だ。
おいおい、全部こいつらの仕業かよ。しかもアバリシアから提供されたもんを使ってとか、どう考えても侵略だろ。それでマーダー・ビーに襲われてるなんて、自業自得以外の何物でもないが、よくもまあ自分達のやってることを棚上げできるもんだ。
「あいつらを含めて七人しか残ってないみたいだけど、自分達が生み出したマーダー・ビーに拠点にしてる天然の結界の起点を壊されようとしてるなんて、自業自得もいいとこね。それよりどうする?」
「まずはその拠点を見つけよう。途中でマーダー・ビーと遭遇するかもしれないが、その時は速攻で仕留める。問題はあいつらをどうするかだが……」
「死体にしなきゃストレージには入らないし、かといって騎士団に報告するにしても、出陣は明日になる。そのうえマーダー・ビーを放置した結果あいつらが死ぬのは構わないけど、そうなったら見つけるのが難しくなる、か」
そうなんだよな。それにあいつらからの情報も捨てがたいから、最低でも一人は生け捕りにしなきゃいけない。念のためにってことで荷車は買ってあるから、グルグルにふんじばってから運ぶしかなさそうだな。
レティセンシアの拠点は、小川から歩いて五分の所にあった。
というか着いた時には、マーダー・ビーが水汲みに行ってた三人を襲撃しているところだった。起点じゃないかと思われる大岩は粉々に砕けてたから、そのタイミングで三人組が戻ってきたということか。それに起点が破壊されてる以上、結界は消滅したと思っていいだろう。
体長2メートル程の真っ赤な体色をしているマーダー・ビーは、腹部にある大きな毒針で二人の命をあっさりと奪い、最後の男は羽によって首を切り刎ねられた。聞いてはいたがマーダー・ビーは全身が凶器らしい。殺人蜂の名前は伊達じゃないってことか。
「また厄介な。こうなったらあの女が一番身分が高そうだから、あいつを生け捕りにするしかないな」
当然だがマーダー・ビーに襲われていることは、結界の中にいた連中も気が付いている。その中に一人、プリムのドレスアーマーよりも豪華なドレスアーマーを纏った女がいた。残ってる三人の内二人は先日倒した近衛騎士と同じ鎧着けた女で、もう一人は男だが、こちらは皮鎧をつけてることからハンターじゃないかと思う。
そうなると当然、生け捕りにするターゲットは決まってくる。
「それしかないわね。マーダー・ビーはあたしが食い止めておくから、大和は連中をお願い」
「わかった」
即座に役割を決め、俺達は飛び出した。
プリムは極炎の翼を纏いながら、ものすごいスピードでマーダー・ビーに突っ込んだが、俺も援護のために風性D級支援系拘束術式バインド・ストリングを発動させて、マーダー・ビーの注意を引いておく。
風に羽ばたきを阻害されたマーダー・ビーは、一瞬だが動きを止めた。しかしそこは異常種、すぐに俺のバインド・ストリングを打ち破ると俺を標的に定めたようだ。だがその隙をプリムが見逃すはずもなく、極炎の一撃が尾を引きながらマーダー・ビーを貫いた。
マーダー・ビーはその一撃で胴体を真っ二つにされ、少しの間動こうとしていたが、やがて力尽きた。
そして俺は、マーダー・ビーの最期を見届ける間もなく、結界の中にいるレティセンシアの工作員の前に立った。
「な、何者だっ!?」
「まさか、アミスターの犬かっ!?」
マーダー・ビーのせいでここを引き払えなかったとはいえ、その狼狽え方はおかしいだろ。あれだけのことをしてたんだから、フィールから騎士団が派遣されてもおかしくはないのに、もしかしてこいつら、そんなこと考えてなかったのか?
まあ、捕まえればわかるか。
「犬はお前らだろう。ああ、あんたは殺さないから安心しろ」
「ぶ、無礼者!私を誰だと思っておる!?」
そんなことを言うってことは、それなりに身分は高いのかもしれないな。予定通りだがこいつは生け捕り確定と。間違えて砕かないように気を付けないとな。
「知るか。盗人風情が吠えるんじゃねえよ」
「無礼者めが!この男を殺せっ!」
その女を守るように立っていた騎士二人とハンター一人が剣を抜き、俺に襲い掛かってきた。
だが俺はいつも通りコールド・プリズンを発動させて全員を凍り付かせると、指揮官と思われる女以外の三人をアイシクル・ランスをぶつけて粉々に砕いた。
「呆気なかったが、これで終わりだな」
「ええ。マーダー・ビーも大和が隙を作ってくれたおかげであたしには反応できなかったし、指揮官を生け捕りにできたんだから情報も得られるでしょう」
「ああ。あとはこいつらが持ってきた魔導具とかを根こそぎ回収して、それから報告だな。その前にこいつのライブラリーでも確認しとくか」
「ああ、それもそうね」
指揮官と思われる女は氷り付くと同時にコールド・プリズンを解除したから、今は普通に気を失っているだけだ。
だが意識がない状態でライブラリングを使われた場合、称号は一切隠すことができないから、正体とかを隠していたとしても全て丸わかりになってしまう。この場に来ている以上、それなりの身分なのは間違いないはずだから、それぐらいは先に調べておいてもいいだろう。
「『ライブラリング』……おいおい、マジかよ」
「どうかしたの?」
「見ればわかる」
だがこの女の正体は、俺としても予想外だった。ライブラリーを見たプリムも、まさかの存在に驚いている。
それはそうだろう。この女のライブラリーには、こう記されてたんだからな。
マリアンヌ・レティセンシア
25歳
Lv.46
人族・ハイヒューマン
レティセンシア皇国第一皇女、皇位継承権第一位、冷血の戦姫




