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09・工芸魔法メルティング

 俺はエドが新魔法を奏上したと聞いて、どうなったのか結果がすごく気になったから詳しく訊ねてみたんだが、そしたら渋々ながら白状してきた。


「神殿としても数十年ぶりのことだからってことで神殿長まで出てきたぞ。しかも涙を流して感謝されちまったから、すげえ居心地悪かったな……」


 うん、それは確かに居心地が悪いよな。だけどそれはそれだろ。なにせ数十年ぶりって話だから、神殿もクラフターズギルドも大騒ぎだったんじゃないか?


「おお、やったじゃないか。おめでとう、エド」


 俺は素直にエドを祝福した。実際にめでたい事だし、マリーナとの結婚に花を添えられたんだからいいだろ?


「ありがとよ、って言いたいとこなんだが、本当はお前がやるべきことだったんだぞ?」

「いや、エドが奏上できたってことは、エドじゃないとダメだったって証拠だろ。そもそも俺はアドバイスはしたが、どんな魔法になったのかも知らないんだからな?」

「それはそうだが……」


 よし、勝ったな。

 というかこれ以上こいつを問い詰めても無駄な気がするから、マリーナに聞いた方がよさそうだな。


「マリーナ、エドが奏上した魔法って、どんな魔法なんだ?」

「呼んだ?って奏上された魔法ね。無属性の工芸魔法クラフターズマジックに分類されたみたいだよ。名前はメルティング、だっけ?」


 工芸魔法クラフターズマジックになったのか。まあ金属を溶かす用途で開発したんだからわからない話でもないが、それにしても分類されたってどういう意味なんだ?


「それであってる。ん?どうかしたのか?」

「分類されたって、どういうことなの?」


 プリムも同じ疑問を感じてたみたいだな。魔法が奏上されたのは数十年ぶりだから、前回奏上された魔法がどうだったのかを直接知ってる人は、当然だがお年寄りになる。当時も噂にこそなっただろうが、実際にどうやって登録されたかは想像の域をでないだろうし、もしかしたら神殿の人達でも詳しいことはわかってないんじゃないだろうか?


「俺も初めて知ったんだけどな、魔法の名称と用途、効果を魔法の女神像の前で言葉に出さずに魔力を使ってお伝えする。これが魔法の奏上ってことになるそうだ。認められて登録されると魔法の女神像が光って、女神像が持ってる左手の開いた本に魔法の名称と属性が浮かぶんだよ。今回はそこに工芸魔法クラフターズマジックメルティング、無属性って浮かんでた。つまり名称に関しては俺が決めたのが認められたことになるんだが、属性と組合魔法ギルドマジックについては魔法の女神様がお決めになられたってことだ」


 だから工芸魔法クラフターズマジックになったってことなのか。まあ金属を溶かす熱量の魔法だから、迂闊に人体なんぞに使えばあっという間に燃え尽きてしまう。それを防ぐことにもなるから、工芸魔法クラフターズマジックに分類されたのは当然かもしれないな。


 ヘリオスオーブには、大きく分けて二つ、細かく見れば十近い数の宗教がある。


 そのうち大きい方の一つはここフィリアス大陸ではなく、お隣のグラーディア大陸で信仰されている宗教で、しかもフィリアス大陸最大の宗教とは真逆の性質を持っているため、今回は省略するが、俺のいるアミスター王国ではバシオン教という宗教が国教とされている。


 バシオン教はフィリアス大陸で最も人気の高い宗教で、アミスター南西に位置する小国、バシオン教国に総本山があり、教皇が最高司祭として位置付けられている。

 元はアミスター王国の一部だったのだが、数百年前にバリエンテの前身となった六つの小国を割譲する際、宗教の総本山がアミスター国内にあっては問題が起きると判断した時の国王が総本山のある町、並びに周辺にあるいくつかの村を当時の教皇に割譲し、各国の干渉を禁じた宗教国家として認めたことがバシオン教国の始まりだ。俺の世界だとバチカン市国が近いかな。


 だがバシオン教の司祭、神官達は政治には疎いこと、無益な争いを良しとしないこともあって、教皇がトップではあるものの兵士は最低限しかおらず、食料自給率も70%程でしかない。なのに輸出できる特産品は少なく、百年程前に誕生した迷宮からの資源とアミスターからの支援によってかろうじて国としての体裁を保っている国でもある。


 教皇としても司祭、神官達としても、バシオン教国は敬遠な信徒であるアミスター王家からの善意によって建国された国であることは理解している。だから表だって不平不満を言うことはないが、教都や周囲の村に住んでいる一般人には関係のない話でもある。

 さらにアミスターに割譲された六つの小国がバリエンテ獣人連合国としてまとまってしまったこともあり、バシオン教国の建国された意味が薄れてしまった。そのため教皇は、何度かアミスターへの復領を嘆願したとか。アミスター王としてもレティセンシアやリベルターとの兼ね合いもあるから、簡単に返答できてないみたいだが。


 ちなみにソレムネ帝国には、宗教は一切ない。昔はバシオン教以外の宗教も信仰されてたらしいんだが、先代のソレムネ皇帝が即位するなり宗教は惰弱だと謗り、国内にあった神殿を全て破壊し、司祭や神官達を一人残らず惨殺したって話だから強烈だ。元々力こそ正義の国色でフィリアス大陸統一を国是としている国だから反発も少なかったみたいだが、人としてどうかという問題は残されている。

 当然だが今の皇帝も先代の路線を継続し、宗教は国内から徹底的に排除している。


 そのせいでほとんどの国と国交を断絶され、ギルドも活動を縮小しているが、ソレムネ帝国は鉱物資源以外は国内にある迷宮で賄える上に食料自給率も100%を超えていることもあって、ほとんどに陸の孤島と化している。鉱物資源に関しては国内に鉄鉱山を有している他、ハンターズギルド、クラフターズギルド、トレーダーズギルドに依頼を出して、他国から買い付け、あるいは討伐されたゴーレム、パペットを手に入れることで解決を図っている。

 とは言ってもギルドを見下しているソレムネは、依頼料や買付額も最低限にも満たない金額しか出さないそうだ。そのくせすごい圧力をかけてきてるから、クラフターズギルドとトレーダーズギルドは撤退を決めており、ハンターズギルドの撤退も時間の問題となっている。


 話がずれたが、バシオン教は13柱の神を主祭神とし、他の宗教にも寛容なことで有名だ。


 バシオン教が信仰している神は世界を生み出したとされている父なる神と母なる女神、魔法の女神、武芸の女神、結婚の女神、海の女神、陸の女神、空の女神、人族の女神、獣族の女神、竜族の女神、妖族あやかしぞくの女神、そして翼の女神の13柱で、呼び名からもわかるように父なる神以外は全員女性となっている。


 バシオン教はこれら全ての神に感謝と祈りを、神殿に祀られている神像に捧げている。神像は神殿にあるが、祀られている神像の数や女神にはバラつきがあるし、父なる神を祀っているのはバシオン教国の教都エスペランサにあるエスペランサ大神殿だけだそうだ。これは父なる神が12柱の神の夫であり、中心的な存在だということが大きな理由になっているようだ。


 また他宗教にも寛容なバシオン教は、その神殿に13柱の神以外の神を祀っていることもあるらしい。なんとなくだが寛容っていうより、13柱の神以外の他の宗教の神々も、バシオン教にはいると見なされてる気がするな。


 ちなみにフィールにある神殿には魔法の女神、結婚の女神、武芸の女神、そして陸の女神像が祀られているぞ。エスペランサ大神殿には13の神像が祭られているが、他は大都市で5~7、地方都市で3~4、小さな村とかだと1つの神像を祀るのが普通らしい。王都にある神殿には、父なる神を除いた12体の神像があると聞いている。


 魔法の奏上が頻繁に行われていた時代もあったために、魔法の女神像は基本的にどこの神殿に行っても安置されているし、自分の固有魔法も魔法の女神像を通して知ることができるから、ある意味じゃ最も重要だと言えるかもしれないな。


「それでそのメルティングって、具体的にどんな魔法なんだ?」

「物質を熱する魔法だ。炉みたいに火の中にぶち込むのは危ねえと思ったから、結界をイメージして、その中の物質に熱を加えることで金属なら溶かす。木なら燻す。料理なら温める。そんな感じで奏上してみた」


 思ってたよりいい魔法だな。しかも金属以外にも色々と使えるように考えてるから、応用性もかなり高そうだ。


「へえ、いい考えじゃない」

「自分で言うのもなんだが、俺もそう思う。もちろん熱量は調整できるようにしたが、大和の言ってたイメージが重要だから、慣れないと木は炭、料理は黒焦げになるだろうけどな」


 それはそれで大変だが、そこは周知徹底しとけば防げるんじゃないだろうか?あと使い方によっては、防寒具に付与することもできるかもしれないぞ。


「お前も狩人魔法ハンターズマジックを使ってるからわかるだろうが、組合魔法ギルドマジックはそういった細かいことも理解しないと使えねえから、そこはあんまり心配してねえな。それより防寒具に使うっていう発想はなかったな。確かに熱を加えるわけだから、寒さ対策にはいいかもしれねえ」

「熱量間違えたら服が燃え尽きるし、下手したら体も燃え尽きるけどね」


 マリーナが苦笑しながら突っ込むが、そうならないように調整するのもクラフターの腕だと思うぞ。


「でもアミスターは冬になると吹雪くことも珍しくありませんし、すごく寒い地域もありますから、そんな服ができれば多くの人が喜ぶと思いますよ」


 ミーナの意見に同感だが、アミスターってそんなに寒冷地だったのか。フィールは雪こそ降るがそこまで寒くはならないって聞いてたから、完全に予想外だったぞ。


 マイライト山脈もそうだったが、ヘリオスオーブの気候は地球とは根本から異なるみたいだ。


 山の多いアミスターは冬になると雪が降るが、山頂は冬でも灼熱地獄っていう山がいくつかあるし、隣のレティセンシアは年がら年中雨が降ってて、台風みたいな暴風を伴った雨で土砂崩れが発生することも珍しくない。

 ソレムネは砂漠が広がっていて雨はほとんど降らないし、トラレンシアは氷河が多いが、最大の氷河の中央には溶岩の海に大きな火山が浮かんでいる。

 バリエンテにも地面から海に突き抜けた根が広がり、海の上なのに広大な森が広がってるそうだからとんでもない。


 どうやらバシオン教国以外の国には最低でも一つ、そんなとんでもない地域があって、中でもバリエンテのガグン大森林、トラレンシアのゴルド大氷河、アレグリアのエニグマ島がフィリアス大陸の三大難所と言われているそうだ。この三ヶ所には男を精を受けて子供を孕む亜人が生息していることも共通している。他にもそういう亜人が生息している地域があって、その地域は例外なく指定亜人生息域と呼ばれて危険地帯に認定されている。

 マイライト山脈も危険地帯ではあるが、その亜人が生息していないことは判明しているため、警戒度はそれらの地域よりも低くなってしまっているらしい。


 そんな亜人と遭遇なんてしたくねえが、アミスターにも指定亜人生息域はあるから、そのうち依頼とかで駆り出されるかもしれないなぁ。

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