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06・騎士の夢

 森に入って2時間ぐらい経っただろうか。そろそろ戻らないといけないな。


「そろそろ時間ね。サイレント・ビーはもちろん、フォレスト・ビーの巣が三つも採れたから、クラフターズギルドも喜んでくれるわね」

「だな。他の魔物が狩れなかったことは心残りってとこか。場所が場所だから仕方ないんだが」

「まあね。代わりにフォレスト・ファンガスにアイアン・ビートルを狩ってあるし、トレントも一匹だけど狩れたんだから、これはこれで良しとしないと」


 森に入った俺達を迎えたのは、またしても大量の魔物だった。ハンターが魔物を狩っていなかったとはいえ、この増え方は正直気になる。この森に来たのは初めてだが、それでも食物連鎖や生態系があるんだから、必要以上に増えることはないはずだと思うんだがな。


 なのに俺達が狩った魔物は目当てだったサイレント・ビー2匹、フォレスト・ビー139匹、フォレスト・ファンガス16匹、アイアン・ビートル4匹、トレント1匹、さらにはオークとゴブリンも十数匹ずつ狩っている。驚いたのはサイレント・ビーが2匹いたことだ。希少種は通常なら1匹しか生まれないはずなのに、俺達が見つけたフォレスト・ビーの巣三つのうち二つにいたんだからビックリだ。この分だと他の巣にもいるかもしれないし、もしかしたら異常種のマーダー・ビーが生まれているかもしれない。幸いなのはマーダー・ビーはS-Iランクと、エビル・ドレイクより下のランクになることか。いや、普通なら異常種ってだけで大騒ぎになるんだが。

 一応ハンターズギルドには報告しておくけどな。


 近くにレティセンシアの前線基地があると予想されているが、サーシェスのエビル・ドレイクも討伐済みだから、そこに缶詰状態になっている可能性がある。

 正直、レティセンシアの連中がどうなろうと知ったことじゃないんだが、情報は得ておきたいし、この森をこのまま放置しておけば第四坑道付近はかなり危険になり、下手をすれば第二坑道まで使用不能になる恐れもある。再開されたばかりの鉱山がまた封鎖されるのは俺達としても困るので、できる限り迅速に魔物を狩るようにしようと思う。


「ミーナ、魔法はどんな感じだった?」

「イメージをしっかりして、それを言葉に出すだけで、あんなにも使いやすくなるとは思いませんでした。まだ一撃必殺の威力はありませんけど、それはこれからの私の努力次第ですから、帰ったら早速練習をしてみたいです」

「街中じゃやめといたほうがいいぞ。特にミーナは土と石っていう質量のある属性に適性があるみたいなんだから、もし制御にミスったりしたら、それなりの被害が出る」


 ミーナにも魔法の手ほどきはしているんだが、まだまだイメージがしっかりとできていないみたいだ。まあミーナはこれが初の実戦なんだから、まずは戦闘に慣れてもらわないといけなかったし、いつでもフォローできるようにスタンバっていたからケガ一つしていないぞ。


「でもレベルは上がったんでしょ?」

「はい。おかげさまで22になりました。まさか一日で、四つもレベルが上がるとは思いませんでしたけど」


 そう、ミーナのレベルは申告があったように22まで上がっている。2時間前までは18だったから、こんなに早くレベルアップすることは普通ならばありえない。

 だが俺達も身に覚えがあるし、何よりレベル30ぐらいまではそれなりに上がりやすいみたいだから、やろうと思えばもう少しレベルを上げることもできたかもしれない。一瞬パワーレベリングっていう言葉が浮かんだが、間違いなくそれだな。


「さて、それじゃ帰るとするか」

「そうね。どうかしたの?」

「いや、何でもない。行こう」

「はい」


 森を出るまではどこから何が襲ってくるかわからないから、ミーナが跨ったブリーズを中央にして、俺が乗ったジェイドが右、プリムが乗ったフロライトが左につくことで、ミーナが狙われるのを防ぐ。もちろんソナー・ウェーブとモール・アイも使用しているから、不意打ちに対する備えもバッチリだ。

 まあ森の様子がおかしいとはいっても来た道を戻るだけだから、少なくともフォレスト・ビーに遭遇することはないだろう。


 狩人魔法ハンターズマジックの一つにマーキングっていう魔法があって、同じレイドに所属しているハンターにだけ見えるマークを、木とか石とかにつけることができるため、森の中でも道に迷うことは少ない。はぐれてもマークを見つけることができれば合流もしやすくなるため、かなり重宝されている魔法だ。その代わり街とか村では使えない、というか結界の魔力には弱いので、結界内では一切使用することができないらしい。あと人工物や迷宮内でも使えないそうだから、完全にフィールド用の魔法だ。

 まあミーナとはレイドを組んでないから、俺とプリムにしか見えないんだけどな。


 そのマークを逆行することで、俺達は無事に森を抜け、そのままフィールに帰り着くことができた。


「おかえり、ミーナ。狩りに行ったと聞いていたが、初めての実戦はどうだった?」


 フィールの門で待っていたのは、驚いたことにレックス団長だった。なんで団長が門番なんかしてるのよ?


「ただいま、兄さん。思ってたより大変だったけど、すごく勉強になりました。あ、ライセンスです」

「ああ、わかった。ってちょっと待て!なんでレベルがこんなに上がってるんだ!?」


 フィールに入るためには身分証の確認が必要で、これは領主や領代であっても例外ではない。当然騎士団もなので、ミーナがレックス団長にハンターズライセンスを渡すのは当然の事と言える。

 だがミーナのライセンスを確認したお兄様としては、完全に予想外だったんだろう。一つぐらいなら上がっても不思議じゃないが、ミーナは四つもレベルが上がったんだから、驚くのも無理もない話だ。


「なんでと言われましても、大和さんが行っている魔法の使い方を試したぐらいですね。ああ、けっこう魔物を倒しましたから、そのせいもあるかもしれません」


 けっこう倒したといっても、フォレスト・ビーやゴブリンを20匹弱といったところだな。明らかに格上の魔物とは戦わせていないが、それでも経験を積んでもらうために一発ぐらいは魔法を使ってもらってるから、経験値っていう概念があったらもっとレベルは上がってたんじゃないだろうか?


「な、なるほど、彼のおかげというわけか……」


 いや、そこで納得しないでくれますかね。しかも表情が疲れ切ってますよ?


「心配しなくても、ミーナにはケガ一つ負わせてませんよ」

「そこは心配していないよ。だけどレベル22になったということは、これでミーナも晴れて騎士を名乗ることができるようになったということだ。これが良いことなのかどうか、その判断ができなくてね」


 ああ、そっちか。確かに一気にレベルが上がったことによる弊害は、少なからずあるだろうな。


 レベルが上がると魔力量が増え、フィジカリングやマナリングによる強化の幅が広がる。細かく言えばまだあるが、大まかに言えばこの三つはかなり重要度が高い。身体強化にしろ魔力強化にしろ、どれぐらい強化できるようになったのかをしっかり把握しておかないと、逆に命を落とすことにつながるからな。

 かく言う俺は一度も試したことないから、今度しっかりと確認しておこうと思ったね。


「この後時間があれば強化の幅は確認するつもりですし、できなくても明日やりますから、そこまで心配しなくても大丈夫ですよ?」

「それならいいんだが……」

「レックス、せっかくミーナも騎士になるというのに、あなたがそんなに過保護でどうするの?」


 おっと、ここでミーナにとっては義姉になるローズマリー副団長のご登場ですか。


「マリーか。俺にとってミーナは可愛い妹なんだから、心配するのは当然だろう?」

「あなたのそれは行き過ぎです。それにせっかく可愛い妹が念願の騎士になったんだから、最初にお祝いの言葉を述べるべきじゃなくて?」


 おお、そう言われればまだ、おめでとう、の一言も聞いてないな。いや、一気にレベルが上がったことに驚いてたからわからない話じゃないんだが、騎士になるのがミーナの夢だったんなら、確かにまずはお祝いの言葉をかけるべきか。


「そ、そうだった。すまない、ミーナ。そしておめでとう。今日は非番だからダメだが、明日からは正式な騎士として任務に励んでもらうことになる。今まで以上に心してくれよ?」

「ありがとうございます、兄さん」


 嬉しそうだな、ミーナ。騎士になるのが夢だってのは初めて知ったけど、夢が叶って良かったな。


Side・ミーナ


 騎士になるにはレベル21以上であり、所属している騎士団の団長の認可が必要になります。


 私は今日レベル22になり、所属している第三騎士団の団長でもある兄のレックスから認可もいただきました。今日は無理やり非番にしてもらったこともありますが、これで私は、幼い頃から憧れていた父さんと同じ騎士になれました。


 ですが嬉しいことは嬉しいのですが、思っていたより感動はしていません。

 理由はわかっています。私には新しい夢ができましたから、幼い頃からの夢である騎士になることも、幼い頃ほど心に響かなくなってしまっていたのでしょう。


 だからなのか、私はごく自然に大和さんの前に立つと、笑みを浮かべながら口を開くことができました。


「ありがとうございます、大和さん」

「ん?急にどうかしたのか?」

「はい。大和さんのおかげで私は騎士になるための条件を満たすことができ、さきほど兄さんからも認可を頂きました。ライブラリーの称号も、騎士見習いから騎士と変化がありました」

「ああ、所属騎士団もライブラリーに出るって聞いてたけど、称号にも騎士っていうのがあるのか」


 忘れがちですが大和さんは客人まれびとです。ですからヘリオスオーブの一般常識にはかなり疎いんですが、これは仕方がありませんよね。


「はい。これで私の夢は叶いました。ありがとうございます」

「いや、別に俺のおかげってわけでもないだろ?もう少し時間はかかったかもしれないけど、ミーナならそのうち騎士になれただろうからな」


 そう仰ってくれますが、私は同期の中でただ一人残った見習いなんです。つまりそれは、私は戦いには向いてないのではないか、ということになるでしょう。事実、父さんにも兄さんにもそう言われました。

 だけど私は、どうしても父さんのような騎士になりたかったんです。ですからたった一人の見習いであろうと、一生懸命任務に従事してきたつもりです。幸い第三騎士団の皆さんは良い方ばかりでしたから、私のような見習いにもよくしていただきました。

 だから私は、自分でも気が付かないうちに焦っていたのだと思います。大和さんと初めてお会いした時も、一目惚れしつつも焦りに拍車をかけていたのではないかと思います。


 ですがその日の夜、私は大和さんのお部屋に泊まることになってしまいました。正確にはプリムさんとお二人で借りているハウスルームの一室にですが、私が泊まることは急遽決まったわけですから、私は誰にも伝えていません。そもそも騎士は外泊する際は必ず届け出をする規則がありますから、少なくともどこかの詰め所に届け出る必要がありました。

 ですので大和さんが付き添ってくださったのですが、そこで私達は、ノーブル・ディアーズというレイドに声をかけられることになりました。


 ノーブル・ディアーズはアーキライト子爵の奥様が従魔契約をしていたワイバーンを殺害し、フィールを孤立させることに一役買っていた集団でしたが、私が一人で騎士団に届け出をしに行っていれば、私は捕まり、女としての辱めを受け、非合法奴隷として売り払われていたかもしれません。領代の所有するワイバーン、しかも従魔契約をした個体を殺害したのですから、見習いとはいえ騎士を攫うことなど、ノーブル・ディアーズにとっては何でもないことだったでしょう。


 ですが大和さんが一緒についてきてくださったおかげで私は無事でしたし、ノーブル・ディアーズを捕らえることまでできました。


 多分その時に、私には新しい夢ができたんだと思います。


「大和さん、愛しています。私も大和さんと結婚させてください」


 大和さんと結婚し、幸せな家庭を築くこと。これが私の新しい夢です。

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