05・見習い騎士の決断
フレデリカ侯爵の屋敷で思わぬ時間を食ってしまったが、侯爵にも悪気があったわけじゃないし、俺としても興味深い話だったな。
それにフレデリカ侯爵の悩みは俺達にも理解できるものだったから、つい聞き入っちまったっていう理由もある。
なのでクラフターズギルドには立ち寄りこそしたものの、ラベルナさんには簡単に進捗状況を聞いて、フィーナには獣車の素材になる木材と鋼材の手配を頼んだぐらいだ。明日こそ獣車の設計図を完成させたいもんだ。
「それで、今日はどんな依頼を受けるんですか?」
駆け足でハンターズギルドに来た俺達だが、なんとそこでミーナと遭遇した。今日は非番らしいので、俺達がどんな狩りをしているのか見てみたいそうだ。というかついさっきハンター登録を済ませたそうだから、準備はバッチリだ。非番なんだからゆっくり休んだらいいと思うんだけどな。
ちなみにミーナは騎士団の装備での参戦だ。今は非常時ということもあって、ハンター登録をしている騎士が優先的に依頼を受けてくれている。だが装備を整えるためには金がかかるから、そういう場合は騎士団の装備をそのまま使ってもいい規則があるそうだ。
「そういえばまだクラフターズギルドから依頼されてるグラス・ボアは、まだ狩れてないのよね。こっちにもグラス・ボアの討伐、あるいは素材収集依頼があるといいんだけど」
「おお、忘れてたな。グラス・ボア、グラス・ボア……あったぞ。依頼者はクラフターズギルドだから、俺達が受けた依頼と同じだと思う」
日付を見る限りじゃ、一ヶ月前の依頼なんだけどな。他にもクラフターズギルドからの依頼は多くて、ホーン・ラビットにレイク・ラビット、フォレスト・ビーの巣の収集依頼なんてのもあった。いずれも先月の日付が踊っている。
「フォレスト・ビーで思い出したけど、確かサイレント・ビーの討伐依頼もなかったっけ?」
おお、そうだった。確かマイライト鉱山の坑道近くだったな。サイレント・ビー、サイレント・ビーっと。
「あったぞ。って坑道の近く?もう鉱山は再開されてるし、これってマズくないか?」
「そうだったわ!依頼はまだあるだろうから、今日はそっちに行きましょう。今鉱山にいる犯罪奴隷はあいつらだから別にどうなってもいいけど、監督官とかに何かあったら大変よ」
さりげなく本音が漏れたが、俺も同意見だ。幸い俺達にはジェイドとフロライトがいるし、ミーナもバトル・ホースを従魔にしてるから移動に関しては問題ない。
先日から再開された鉱山だが、使われてる犯罪奴隷は全員がフィールで悪行を働いていた元ハンターどもだ。男だけのレイドもあったし、全体的に見ても男の割合の方が多かったから、俺が両足を粉々に砕いたマッド・ヴァイパー以外の男どもは漏れなく鉱山労働に従事している。
女も何人かはそこにいるが、多くは鉱山とかで働く監督官とか採掘師の世話をしたり慰安婦になったりしている。
「大和」
「なんだ?」
「坑道にいる女奴隷は慰安婦になってるし、盗賊とかが出たら真っ先に差し出される存在だけど、だからって大和が抱いてもいい理由にはならないからね?」
まさかの浮気を疑われた!?俺だってあんな女どもに興味はねえし、願い下げに決まってるだろ!しかも新婚二日目でそんな疑惑を持ち上げられるなんて、これからの夫婦生活に大きな不安が!
「冗談よ。そもそも今回は第四坑道じゃなく、封鎖された第二坑道を再開させることになってたはずだから、誰もいないと思うわよ」
ビックリしたなぁ、もう。
というかミーナさん、クスクス笑うのは止めていただけませんか?
「相変わらず仲が良いですね。うらやましくなります」
仲が良いのは当然ですよ。何せ昨日結婚したばかりですから。
っと、惚気てる場合じゃないな。ターゲットも決まったし、第四坑道東の森に行くとするか。
Side・ミーナ
私は今、ブリーズの上で戸惑っています。
先日レベッカちゃんに唆されたとはいえ、一念発起して兄さんに無理やり今日を非番にさせてもらってハンター登録をしたんですが、まさか初陣で希少種のサイレント・ビーを狩りに行くことになるとは思ってもいませんでした。
あ、こちらが私のハンターズライセンスになります。
ミーナ・フォールハイト
17歳
Lv.18
人族・ヒューマン
ハンターズギルド:アミスター王国 フィール
ハンターズランク:ティン(I-T)
これが私の初依頼になりますから、まだ一番下のTランクですし、この依頼を達成すればIランクになることができますが、レベルもランクもまだまだなんです。
それとブリーズというのは、私が従魔契約をしているバトル・ホースの名前です。女の子です。
ソフィア伯爵のご厚意で第三騎士団の馬はバトル・ホースに変わっているんですが、その際に私も契約をすることができました。
普通なら騎士見習いの私が契約するなんておごがましいことなんですが、私の父は王都で近衛騎士団の副団長をしていて、しかもハンター登録までしています。ですからうちは騎士の家系ではありますが、それなりに裕福なんです。その父さんが、私のためにバトル・ホースを購入し、従魔契約をさせてくれたんですよ。
ですが妹で、しかも見習いでもある私が従魔契約をしてしまったものですから、契約をするつもりのなかった団長の兄さんも相性のいいバトル・ホースを、しかも自費で購入することになったんです。あれからしばらくは、兄さんの私生活がすごく質素になっていましたよ。
その一部始終をご覧になられていたソフィア伯爵が、娘には甘いのに息子には厳しい、と仰っていましたが、私もその通りだと思います。
そのブリーズに乗って、私はフィールの南にあるマイライト鉱山第四坑道に来ているんです。隣にはヒポグリフに、いえ、二匹とも希少種に進化していたんでした。ヒポグリフ・フィリウスのジェイドに乗った大和さん、ヒポグリフ・フィリアに乗ったプリムさんがいらっしゃいます。
ジェイドとフロライトの獣具はまだ製作中ですが、幸いにも体格が馬やバトル・ホースに近いこともあって、バトル・ホース用の獣具を使用しているそうです。バトル・ホースは空を飛べませんし、そもそも翼がありませんから、獣具も空を飛ぶのに適した作りをしていません。ですから空を飛ぶのは緊急時のみと決められているそうです。ジェイドとフロライトは不満そうですが、こればかりは仕方ありません。
「ここが第四坑道ね。まさか坑道と言いながらも、ほとんど掘り進められてなかったとは思わなかったわ」
「だな。ここでこれなら、第五坑道は場所を決めただけなのかもしれないな」
マイライト鉱山にある五つの坑道のうち、現在第二坑道だけが事故の影響で封鎖されています。ですが多くの犯罪奴隷が手に入ったこともあり、今は再開に向けての手続きが進められているはずです。そのため第四、そして第五坑道は後回しになっているんです。
ちなみにマイライト鉱山の埋蔵量は信じられない程あるらしく、採掘量が落ちていると言われている第一坑道も約700年前に開発が始まったと記録が残っています。
「第四坑道がこれだけしか掘られてないなら、確かにレティセンシアの工作員がここを無視したのもわからない話じゃないなぁ」
「確かにそうですね。だけど第二坑道は封鎖されているし、第一坑道は再開が通達されれば真っ先に人が来ます。多少の危険を承知で、第三坑道を選ぶしかなかったんですね」
これは捕まえた工作員からも聞き出していますし、大和さんとプリムさんが個人的に納得できたっていうだけの話みたいです。問題はこの先にある地域に天然の結界があって、そこにレティセンシアの前線基地になっている可能性があるということですね。
「大和の言いたいこともわかるけど、まずはサイレント・ビーの討伐に集中しましょう。その後のことは、その時に考えればいいでしょ?」
「そうするか。警戒はしておくが、さすがに浅いとこに結界があるわけでもないだろうからな」
本来ならここは私のような騎士見習い、登録したばかりの新人ハンターが来るような場所ではありません。ですから大和さんは反対されていたんですが、お二人がいれば危険は少ないということは間違いありませんし、今日するつもりですから、焦っている自分もいます。ですからプリムさんの後押しもあって、無茶を承知でこの場についてこさせていただいたんです。
「大丈夫よ、ミーナ。あたしがちゃんとフォローするから」
「ありがとうございます。そういえば大和さんはご存知なんですか?」
「一応はね。今朝ご飯を食べてる時に教えたから私の母様も知ってるけど、母様はあんた達を応援してたわよ」
それはすごくありがたいです。ところで肝心の大和さんはどうなんでしょうか?
「さすがに渋ってるわね。ヘリオスオーブが一夫多妻だってことは理解してるから、いずれはそうなることを覚悟してるみたいなんだけど、まさかあたしと結婚した翌日に、なんてのは想定外だったみたい。だけど大和はヘリオスオーブに来て日が浅いこともあるから、知り合った同年代の女っていえばあたしにあんた、フラム、それからフレデリカ侯爵ぐらいなのよ」
そこでフレデリカ侯爵の名前が出てきたことが驚きですが、言われてみればフレデリカ侯爵は19歳のはずですから、同年代というのも間違いではありません。
ああ、なるほど。既に侯爵家を継がれているフレデリカ侯爵と結婚ということになれば、大和さんが入婿になるしかありませんから、今回大和さんに告白する人にフレデリカ侯爵は含まれなかったんですね。
というかマリーナさんとフィーナさんが入ってませんけど、それはエドワードさんのお嫁さん候補だからなんでしょうか?
「他にも理由はあるんだけど、それは大和と結婚できてたら話すわ」
すごく気になりますけど、今聞いてはいけないことなんですね。わかりました。教えてもらえるように、大和さんを射止めてみせます。
「それとね、大和はあんたとフラムなら、いずれ結婚してもいいかもしれないって思ってるみたいよ。もちろん先のことはわからないけど、今回の功績を踏まえてみれば、あたしとしてはなるべく早く脇を固めておきたいのよ」
なるほど……。
確かに今回のフィールを救った功績は、大和さんもプリムさんもとてつもなく大きいです。そんなハンターの期限を損ねることは国としても損にしかなりませんから、大和さんと同年代の貴族の娘をあてがうことで、縁を深めることは間違いありません。いえ、貴族どころか王家の可能性すらありますね。さすがに話が大きくなりすぎている気もしますが、大和さんの年齢とレベルを考えれば、不思議なことは何もありません。これは逆に、私やフラムさんの方が委縮してしまいそうです。
「アミスターの貴族なら大丈夫だと思うけどね。というかミーナのお父さんって、近衛騎士団の副団長で騎爵じゃなかったっけ?」
「そうですね。ですが騎爵は当代限りですから、厳密な意味では貴族ではないと思っています。一応代々の当主は騎爵に叙されていますが、騎士の家系といったほうがしっくりくると思います」
私の生家のフォールハイト家は、代々王家に使える騎士を輩出していることでそれなりに有名です。ですが貴族ではありません。父や代々の当主は騎爵という爵位を頂戴していますが、騎爵は名のある騎士に叙される称号に近い爵位で、しかも当代限りしか名乗ることを許されませんから、貴族とはとても言えません。幸い父さんは陛下から騎爵の爵位賜っていますし、ハンターズランクもGですから、生活には困っていないどころか裕福な方だと思いますが。
あ、跡取りの兄さんも、第三騎士団の団長に任命された際に叙爵されていますから、私が嫁いでも何も問題ありません。
「おーい、いつまでも話してないで、そろそろ行くぞ」
「ああ、ごめん。すぐに行くわ。行きましょう、ミーナ。あたしから離れないように、ブリーズにもしっかりと伝えておいてね」
「はい。申し訳ありませんがよろしくお願いします」
狩りに来たのにいつまでもお話しをしているわけにはいきませんね。
大和さんに呼ばれて、私とプリムさんはそれぞれの従魔と一緒に、森の中に入っていきました。ブリーズにはフロライトから離れないようにしっかりと伝えましたから、よっぽどのことがあっても大丈夫でしょう。
騎士、ハンター通じて初めての実戦ですが、精一杯頑張りますよ!




